1.彼女の正義
大変お待たせしましたm(_ _)m
まずは5話を少しずつupしていこうと思います。
またよろしくお願いいたします。
キンバリー公爵邸は邸と言うよりも、要塞と言って良いだろう。王弟が主を務め、その血筋が途切れては又新たな王弟を迎えてきた要塞は、長きに渡る改装により壁が幾重にも作られ敵の侵入を阻むーーー正しく、『王家の要塞』の名に相応しいもので有った。
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キンバリー邸には離れが数棟有る。その数ある離れの1つに、次期公爵位を継ぐハンフリー子爵が家族と共に住んでいる。迫力有る本邸とは違い可愛らしい外観のその建物は、子爵の妻の本国―――北の小国に様式が似ている。北の小国の姫であった子爵の妻は慣れない風土で体調を崩しがちであった。その彼女が心穏やかに過ごせるように慮って改装されたのだろう。
その建物の中には白を基調とした少女らしい部屋があった。現キンバリー公爵の孫娘、キトリー・ハンフリーの部屋だ。
空に黄色い月が掛かる頃、部屋には寝台に眠る少女と父親の影が燭台の炎で揺れていた。
「今日のお話はここでお終い」
「え~?? もうちょっとだけ聞きたい~」
「だ~め。始めに約束しただろう?」
「『オイルランプが半分になるまで』、でしょう?」
「ちゃんと覚えているじゃ無いか……」
キトリーは声には出さなかったが、父の言葉に「当然だ」とツンと澄ました。キトリーは同年代の子より少しばかり賢い。言葉が出たのは一般的な子どもと変わらなかったが、赤子の頃から周囲の問いかけを良く理解し、意思表示をする子で有った。
そのような自分が、父親と約束したことを破ることなど出来なかった。キトリーは本の続きを読んで貰うことはあきらめて、父のハンフリー子爵に問いかけた。
「お父様、どうやったら私もマチルダやマドレーヌみたいになれるかな?」
キトリーが寝る前に父親によく読んでもらう本は「マチルダは小さな大天才」か「ちいさなマドレーヌ」だ。両方とも、意地悪な奴らを賢く退治&解決する話である。ハンフリー子爵はキトリーの頭を撫でながら微笑した。
「……いっぱいお勉強が必要だな。いろんな事を沢山勉強すれば、意地悪な奴らに勝つためにはどうすれば良いのかおのずと分かるようになる」
「おーのーず?」
「少しずつ分かっていくんだよ」
「ふ~ん」
キトリーは強くて優しい、絵本の中の少女達に憧れを抱いていた。
(大きくなったら、マドレーヌみたいに優しくて、マチルダみたいに賢くなるの。そうしてーーー)
「皆を、笑顔にするの……」
少女の呟きは、まどろみで上手く呂律が回らない口の中に静かに消えていった。その言葉が父、ハンフリー子爵に聞こえたかは分からない。ハンフリー子爵は「おやすみ、小さなレディ」と言った後に娘の額を軽く撫で、部屋を後にしたのであった。
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少女キトリー・ハンフリーは王族に連なる令嬢として恥ずかしくないよう物心が付いた頃から貴族の常識とマナーを祖母―――キンバリー公爵夫人―――より徹底的にたたき込まれた。現キンバリー公爵夫人は元ウェスト国の王女であった。元イースト=ウェスト帝国王族としての矜持が、利発な孫娘の教育を後押ししたと言えるだろう。その期待に応えるかのようにキトリーは学習に励んだ。言葉の理解が早かった事もあり文字の習得も早かった。優秀な生徒に対し家庭教師は諸手を挙げてキトリーの賢さをことさらに褒めた。勉強内容はどんどん先に進んでいった。
全ては必要なことだと、出来て当たり前のことだからと周囲に言われれば言われるほど彼女は努力した。自分が頑張れば周囲が笑顔になる。その事が嬉しかったのだ。
元来、線の細いキトリーの母が2度目の流産をし塞ぎ込むようになると、キトリーはより一層―――それ以上に、周囲を笑顔にするために行動するのであった。
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キトリーが5歳になった年の6月頭。王城で王太子妃主催のお茶会が開かれた。この茶会は6歳になったアーデン王子を上級貴族間で祝うことも兼ねていた。
初めての王城にキトリーは胸を躍らせた。
「わぁっ! 素敵! お花がいっぱいだわ!」
「キトリー、キョロキョロしないで。はぐれたら大変よ?」
「は~い、分かったわ。お母様」
色鮮やかな花々に、キトリーは目を奪われていた。
(お城の庭師はなんて腕が良いのかしら! 後で散策に行きましょう!)
作り物の笑顔を浮かべた王子様に対外的な挨拶をし、年の近い貴族令嬢と自己紹介をした後、キトリーは行動を起こした。
「お母様、お花を摘みに行っても良い?」
「えぇ、良いわよ」
「行ってきま~す」
この『お花を摘みに行く』の言葉は、『お手洗いに行ってきます』と言う意味なのだが、キトリーはお茶会を抜け出す言葉だと思っていたのでそのまま使った。キトリーの母はトイレが長いと感じたが、道草しているのだろうと思いあまり気にしなかったのだった。
***
キトリーは1つ1つの花を指さししながら機嫌良く歩いた。そうしてしばらくしてハタと気づく。
「帰り道がない……?」
そんなまさか、と思ったときには遅かった。いくら歩いても同じ植物で出来た高い生け垣しかなく、キトリーは焦った。
(お花のアーチを何個も通って? トピアリーの隙間を通って? どうしてこうなったのかしら……?)
とにかく歩こうとキトリーは思い足を進めた。すると、子どもの声がした。
「お姉様~待って~」
舌足らずな女の子の声だった。どうやらこの生け垣の隣は普通に道があるようだ。
(こっち?)
聞こえるかすかな声から極力離れないようにキトリーは高い生け垣の中を進んだ。1度だけ行き止まりにあったが、その後はすんなりと出口を見つけることが出来た。声の主達が一体何者だったのかキトリーが確認しようと再び声のする方に足を向けると、
「成り上がりのくせにこんな場所に来て……良いと思ってるの?!」
金切り声と共に、ドサッとけたたましい音がした。
「騎士爵風情が格式高い王妃様のお茶会に来るなんて、思い上がりも甚だしいのよ!」
「父君が副騎士団長だからっていい気になるなよ、『平民』?」
「ね~え~? こんな奴ほっといて戻りましょうよ~?」
「戻るに決まってるでしょ。でもあんたは絶対戻ってくるんじゃないわよ、目障りなのよ!」
キトリーが思っていた和やかな一時とは全く違い、内容は物騒なものであった。キトリーは気持ちがムカムカしてきて後先考えずに彼らに近づいた。
「なにしてるんですのー?!!」
キトリーがズカズカと近寄ってみると、彼らは自分よりも背が高く、おそらく年上で有ることに気づく。しかし、それが何だとキトリーは思い、腕を組んで彼らを睨んだ。
「ホコリ高い貴族がこのようなことをするなんて……『ハジを知りなさい!!!!』」
覚えたての言葉だったが、意味は有っているだろうとキトリーは思った。
「王妃様のパーティーでフトドキは許さないんだから!!」
キトリーが至って真面目に起こっている傍らで、令息令嬢の3人組は口を半開きにしてポカンとした。
「何この子?」
「さぁ?」
「お腹空いたよ戻ろうよ~」
キトリーの目線に合わせて屈んできた彼らは、せせら笑いながら話した。
「私達遊んでただけだよ~? ね? そうよね?」
「そうそう。のろまなそいつが転んだだけ。分かるよね?」
「……」
チラッとキトリーが赤髪の少年に目をやれば、彼はふいっと視線を逸らした。ニヤニヤ笑う令息の態度もどこか慣れていると感じたキトリーは、これが初めてのことでは無いのだと思った。怒りがフツフツと湧いてきたが、令嬢のブローチに描かれた槍と剣の意匠を見てキトリーは頭が冷めた。
「……ソロン家はキシダンチョーの家だけど、今回はハズレ。優秀な平民が悪い。さっき、あっちで大人達が言ってたわ」
茶会や夜会での貴族の腹の探り合いを嫌うものは多い。だがキトリーは違った。嫌いだからと言って避けてしまうのは簡単だ。なら、皆が得意でないことを得意だと言えれば、それはとても格好いいのではないだろうか。
『情報を制せれば、それは己の身を守る盾ともなる』
キンバリー家に伝わる言葉を胸に、日々の学習の成果を出してやろうとキトリーは思った。
「何で私がソロン家だって……」
自分の家のことなのに、そんなことも知らないのかとキトリーは内心呆れた。
「ブローチを見れば分かるわ。ソロン家はフルイおうちだから」
「え…??」
令嬢は自分のブローチをまじまじと眺めはじめた。その姿に憤慨したキトリーは相手を指さし、強い口調で言う。
「優秀のどこが悪いの?? 悪いのは頑張らないあなた達でしょう?!!」
『マチルダは小さな大天才』作:ロアルド・ダール
『ちいさなマドレーヌ』作:ルドウィッヒ・ベーメルマンス




