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〈幕間〉身勝手な想い

※本日2話投稿しております。

城の人間が寝静まるほどの夜更け。眠れない青年は自室のバルコニーに出る窓を開けた。ひんやりとした空気が鬱屈うっくつした頭を冴えさせる。下弦の月が空に鎮座していた。これから欠けていくその月は、今後の自分を暗示しているようである。


夕食時のディオルの様子から、アーデンは『バラの花束は受け取られた』のだと分かった。彼は手すりに手をかけ、静かに瞠目する。


(……王宮のバラを無下にする理由わけがないものな)


それなのにーーー受け取って欲しくなかったと思うのは、勝手だろうか。


(別の女性と婚約しているというのに、私は馬鹿なのか?)


アーデンは静かに苦笑した。本当に馬鹿だったならこんなにも重責に苦しまなくて済んでいるだろうと思ったのだ。


(手に入らないものほど人間は欲しくなるらしい。そして、あれ程欲しいものだったのに、いざ手に入ると興味が失せるとも……)


―――自分もそうなるのだろうか?

―――キトリーは物なのか?

―――これは、そんなつまらない感情なのか?


「振り切れない想いをいつまで持つつもりだ?」


自問した言葉は誰も応えることはなく、夜の暗闇に吸い込まれていった。


アーデンも分かっているのだ。婚約者のクシャーナ姫が、教養も礼儀作法も常に気を張って取り組んでいるのを。この1年半で国内の貴族を大半は覚え、与えられた公務に勢を出していることも。


(健気に頑張っていると思う……)


それなのに受け入れられないのはどうしてなのか。アーデンは己の狭量きょうりょうを責める。普段は絶対に考えないのに、心が弱ると思い出してしまうのはいつも()()ばかりであった。


ディオルに求められているものと、アーデンに求められているものは違う。なまじ能力の高いアーデンは周りから『出来て当たり前』の上に更なる要求がされている。それ故にアーデンは疲労が濃いのだ。


だからどうしてもアーデンは癒しを求めてしまう。


かつて己が幸せにひたった愛しい彼女にーーー


(初めて会った日から、ずっとそうだ)


今では学園に通っている誰もが彼女の凜としたたたずまいに見とれていることだろう。話をしたい、損得そんとく関係なく友達になりたい、目に止まりたい。キトリーに対する要望の眼差しは後を絶たない。それほど魅力的な人物なのである。キトリー・ハンフリーという令嬢は。


『何してるんですの?!』

『まぁ! なんて無様ぶざまなんでしょう!』

『それで本当に良いと思っているの?』


アーデンは学園でキトリーと面と向かって話はしていないが、毎日キトリーの声や噂は学園のどこからか聞こえてくる。


(相変わらず曲がったことが大嫌いで、揉め事1つ1つに介入して……)


嫌な顔一つしないのだ。自分の持てうる力を彼女はよく理解していて、それを上手く使うのにも長けている。常に勤勉で努力家、知ることを恐れず、いつだって誇り高い。


(彼女の本質は変わらない。あの時のまま、いつだって眩しい……)


持て余した感情は10歳の時に置き去りにしたままでーーー


(恋い慕うものの心も体も全て欲しいと思ってしまうのは、人のさがなのか?)


―――このままでは私は、キトリーを愛人にしてしまうだろう。


アーデンの顔が悲痛で歪んだ。手すりを掴む手に力が入り指先が白くなる。自身の婚姻の年が近づく度に非道な思考がアーデンを苦しめていた。何度打ち消しても途方もない未来を願ってしまう。しかし、


(絶対に許されることじゃない。諸外国の言語を努力でものにし積極的に活動している彼女の翼を折るようなことなんて出来ない……! そして、クシャーナ姫の努力をあざ笑うかのようなことも出来ない……)


アーデンの理性がそれを押しとどめる。王族なら誰もが通る道だと、為政いせい者が優先すべきものはまつりごとだと己に言い聞かせ、何度もじょうを暗闇で塗りつぶす。


「……やはり私は馬鹿だな。大馬鹿者だ…」


クシャーナ姫に対しては、自身に見合うように婚約後はひたすら知識を詰め込ませてしまった。その他にも、学園の定期テストでは周囲が目で確認できるほどの実力を求め、公然の場ではマナーの失敗が起こらないよう常日頃から挙動を改めさせた。『全てが順調だ』と思っていたアーデンだが、2年に上がったある日、姫の友人マグダ嬢に告げられた言葉に己の浅ましさを知る。


『……殿下は、クシャーナ姫を何者なにものにするおつもりなのですか?』


その一言はアーデンを愕然がくぜんとさせた。今までの数々の仕打ちが、姫にとってどれほど残酷なものだったかと思い知ったからだ。アーデンは己の醜さに驚愕し、それをひたすら恥じた。知らず、アーデンは婚約者に『キトリー』を踏襲とうしゅうさせていたのだ。自分の思い描いていた『順調』とは、クシャーナ姫の人格を否定するものだったのだ。


(―――最低だ)


更にアーデンは、クシャーナ姫といくら出かけても交流を持っても、何らかの熱が込み上げることはなかった。それは、アーデンが以前『夜会で靴を汚してしまったから』と言うのを口実に、キトリーに贈り物をしてしまったのが起因であった。


アーデンは夜会から引き上げる際、報告を寄越した騎士と同様に、裏に残っていた女官が『靴の貸出人はキトリーだ』と言ったあと直ぐに画策かくさくした。姫のヒールの高い靴からサイズを測り、次の日にはカーダシアンに騎士服を用意させーーースミスには仕事を押しつけてーーーあっという間に王都に降り立った。自分の中にこんな行動力があったと驚きながら、アーデンはカーダシアンの知っているブティックに迷わず入り、どれが似合うか、彼女の好みに合うか真剣に考え、店主にも奥から大量に品を出して貰いやっと1足の靴を選んだ。満足しながら「コレを貰いたい」と店主に話し包装して貰っていると「……婚約者様の分はよろしいのですか?」とカーダシアンに言われ、アーデンは慌てて追加に3足選ぶ。その3足は、キトリーの贈り物候補だったものから見繕ってしまった。時間がなかったからと言うことも理由ではあるが、贈る側としては最低な行いである。


その時の高揚した気分をなまじ経験してしまった為か、アーデンはクシャーナ姫の前で心躍ることが出来なかった。


ーーーアーデンの心は既に、キトリーに奪われてしまっているのだ。


(私は姫を、幸せに出来ない……)


渡せる気持ちが残っていない。


どこを探しても、見渡しても。


(―――本当に、最低な人間だ)


しかし、これからもアーデンはクシャーナ姫を()()()として大事に扱っていくだろうーーー周囲から求められているままに。


変わらぬ日常に戻る為にアーデンがバルコニーから部屋に戻ると、月明かりが部屋の中心まで伸び、テーブルに飾った1輪の『フォリア』がぼんやりと見えた。


ここでアーデンは小さな差異に気づく。


(ディオルはスミスとキトリーの婚約の件を知っているようだった。それなのにバラの花束を持っていった……?)


アーデンはスミスから話を聞いたあと直ぐ宰相に確認を取っていた。宰相は「まだ先の話ですよ」と笑って答えていたが、キトリーが婚約者の最有力候補であることには変わらないだろう。


(バラの花言葉を知らない訳ではなさそうだった)


おそらく、去年の事があってから学習したのだろう。ここの庭師はアーデンにとってお節介で有名だ。そしてクシャーナ姫の『おかしくは有りませんか?』の言葉もアーデンの中で引っかかった。


(あの時は動揺して、常識の範囲内で完結処理してしまった気がする)


改めて研ぎ澄まされた頭で考えると、確かに()()()()()()()()()()()不自然に見えただろう。


(何かあるのか?)


アーデンは、ディオルが()()()その話を聞いたのかを考えた。宰相でさえまだ先だと言っていたのに、断定して話したのは1人しかいない。


「……考えすぎか?」


去来きょらいする疑念を払拭するために、アーデンはこの件をカーダシアンに探って貰うことに決める。そして()()家族だけの晩餐を迎え、打ちのめされた所にスミスの裏切りを知る。



アーデンはーーー



『良い子』をやめることにした。






●踏襲:やり方を前と同じようになぞりながら引き継ぐこと。

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