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7.姫のささやかな想い

と言っても怒りというのは長続きしないもので、王宮に戻った頃には大分落ち着きを取り戻していた。


王宮の案内された部屋に入ると、中にはアーデン様の他に王太子殿下、妃殿下、そしてディオル様がソファーに座っていた。スミス様もそのまま部屋に入り、促されるまま席に座った。話し始めたのは王太子殿下だった。


「クシャーナ姫、この度の試験についてなのだが……大変のようだね」

「……はい」


はっきりと言われないのがもどかしい。私は顔を上げられず、俯きながら王太子殿下の言葉を待った。


「先ほど、アーデンと妃と話し合ったのだがね」

「……はい」

「サウス国からご令嬢を2人、留学生として招こうかと思うんだ」

「……え?」


私は言葉に窮した。学園の他に家庭教師を付けるとか、そう言う話になると思っていたからだ。


「気心知れた侍女だけでは心細かっただろう。『慣れない環境』に、『知り合いがいない』。これでは勉強も息が詰まってしまう。そこでだ……」


視線をあげると、王太子殿下は私を見て口のを上げていた。


「誰か、姫と仲が良くて、賢いご令嬢はいないかな? 令息でも構わない。出来れば、母国で婚約済みだとありがたいのだが」

「ええと……はい。婚約しているかは分からないのですが……」

「取りあえず候補を数名書きだして提出して欲しい。手配などはこちらでするから、気にしないでくれ」

「分かりました……!」


友人を呼び寄せて良いという申し出は素直に嬉しかった。意外にも私は寂しかったらしい。私は婚約を解消させられてしまうとか、条件を付けられるとかを考えてしまっていたが、杞憂に終わったようだ。内心ほっとした。誰か来てくれるだけでとても心強い。そう思っていると、


「良かったですね、クシャーナ様」


ディオル様に声をかけられた。ディオル様は相変わらずニコニコと素直な笑みを浮かべていた。


「兄上、とっても心配していたんですよ。今回の案も兄上がーー」

「ディオル…」

「言っても良いでは無いですか。こうやって皆を呼びつけたのは兄上なんですから」

「……そうなのですか?」

「……」


アーデン様は何も言わなかったが、ディオル様が「そうなんです」と肯定してくれた。すると今度はスミス様が声をかけてくれた。


「クシャーナ様。もしよろしければ放課後一緒に……図書室で授業の復習をしませんか?」

「え? スミス様とですか?」


婚約者では無い人と一緒というのは良いのだろうかと首を巡らせていると、スミス様はクスッと笑った。


「アーデン様は……公務がない日とかは如何いかがでしょう?」

「そうだな……父上、ディオルに引き継げそうなものは渡しても良いでしょうか?」

「え?! あ、兄上??」

「お前の年には私はもう手伝わされていたぞ。簡単なものからやってみろ」

「ええーーーー??! そんなぁ~!」

「フフフ……」


ディオル様の素直な様子に、私は思わず笑ってしまった。笑って良い立場では無いと分かっているのだが、無邪気な姿に毒気が抜かれてしまう。


「すみません…巻き込んでしまって」

「え?! あ、そんなことは……はい」

「ディオル……」

「兄上~…」


ディオル様はその後も言葉にならない音でうなっていたが、最終的には折れ、王太子殿下の補佐の補佐をすることになった。


「あうぅぅ。良いですよ、皆さんに泣きついてでも終わらせますから…!」

「その意気ですよ、ディオル様」

「頑張れディオル」

「うぅぅ……」

「フフッ……!」


(何だか久しぶりに笑った気がする。知らないうちに、気が張っていたのかも知れない)


ここまでお膳立てして貰ったのだから、今度こそ上位を狙おうと思う。


(10位とは言わないけれど、20位以内には入りたいわ)


前より向上心が出てきた私は、どこか頭がスッキリしていて清々しかった。体のこわばりが取れたように思う。このことを妹に手紙で書いたら『だ~か~ら~! それじゃあただの学友じゃない!』とまた叱られてしまった。


(でも今は、学友でも何でも良い)


―――アーデン様の隣にいられるなら……






ねぇ、アーデン様。


私は大事にされている。そう思っても良いですか?


失言や失態の多い私を、これからも許してくれますか?


失敗が少なくなって、淑女の鏡のようになった暁にはーーー



そうしたらアーデン様。


いつか、本当に、心から微笑んでくれますか?






**・**・**・**・**






妃殿下と共にクシャーナ姫は部屋を出て行った。男衆だけになった部屋はいささかむさ苦しい。テーブルの上のハーブティーは既に冷めていたが、爽やかな口当たりが丁度良く、むさ苦しい空気を一時ひとときでも霧散してくれた。一息ついたところで男4人は静かに話をし始めた。


「して、アーデン。本当の狙いは何だ?」


王太子殿下がアーデンに問うた。アーデンはカップを揺らした後、ハーブティーを飲みきった。


「クシャーナ姫の学力が、他のサウスのご令嬢とどれくらい違うのか比べたい……と言ったところです。サウスのご令嬢達の程度が分かれば、周囲のクシャーナ姫に対する評価も変わるでしょう? その中で上位にいられれば、姫の自尊心も傷つかずに済む。彼女は努力家ですが、身の丈に合わない背伸びも大好きなようですからね」


アーデンの『身の丈に合わない背伸び』の言葉にディオルが反応する。夜会での出来事のことだと気づいたのだろう。その事には触れずに、スミスが次に話す。


「勉学に励んでいるのはクシャーナ様だけではありませんからね。皆、私達より上になりたいようで、凄まじい勢いがあります。今回姫はよく30位以内に残れたと思いましたよ。アーデン様が始終、知識をたたき込んだお陰でしょうか? でもまさか、それで? アーデン様が1位を奪われるとは思いませんでしたよ」

「え? 兄上が? 誰に?」

「ハンフリー嬢です」

「キトリーが兄上に勝ったの?! さすがキトリー!」


ディオルの横やりで話がどんどんズレるのを、王太子殿下が軌道修正する。


「それだけでは無いだろう? 順位については彼女の努力次第なのだから。()()()()留学させる、その理由はなんだ」


アーデンは父親の目をしかと見つめ返して言う。


「ウェストから留学の申請が来たそうです」

「ウェスト?」

「はい。交換留学の窓口を使って、個人的に来るそうです」


アーデンは生徒会のメンバーと共に、学園の職員会議に出席していた。行事や生徒間での諸注意などの情報を交換しあい、その中で留学生の話を聞いたのだ。


「貴族の場合はなるべく王宮を通して貰いたいところだが……」

「個人的に来たいようですよ。交換留学なので期間は3ヶ月と短いのですがね」


アーデンは椅子に深く座り、足を組む。ディオルはクッキーをついばみ始めた。


「どこに滞在するのだ?」

「どうやら大使のご子息らしいのです。――スミス」

「はい」

「ゴーシュ・イグナシオ。会ったことは?」

「あります。最悪ですね、いろいろと。彼、あちらではハンフリー嬢にしつこかったんですが」

「なるほど、だからか。滞在先はキンバリー公爵邸だそうです」

「え゛?! ぐ、って事は、僕も会う可能性があると言うことですか?! 最悪だ…」

「……ディオル…」


ディオルは自分には関係の無い話だと思って油断していたようだ。少しむせてしまったらしい。スミスがすかさずディオルのカップにポットの中身を注いだ。


「もともと外務はキンバリー公の管轄だからな。しかし、今は申請の段階なのだろう?」

「話を聞いた後すぐに公爵に確認しました。前日に文が届いたばかりだったようですが……」

「拒む要素が無い……ですね?」

「あぁ」


ウェストには今年の2月から3月にかけて使節団を送ったばかりである。両国間の関係は良好だ。むしろあちらから個人的に来ることを歓迎するこそあれ、拒む理由は無い。


「現状を見られて、ウェストに姫が侮られては困りますからね。それに、姫1人では彼の接触を上手く交わせないように思いますし」

「そうですね…」

「それは僕も思います」


うんうんと頷くディオルを見て、スミスはクシャーナ姫に同情した。ディオルでさえ()()思っていると言うことは、周りもそう見えていると言うことだ。この、たった2ヶ月で。


「私も常に側にいられるわけではありません。姫も親しい友人がいれば心が安まるでしょう? 丁度良い機会だと思います」


アーデンは生徒会や公務と何かと入り用だ。期待されている分、これからもっと忙しくなるはずだ。


「しかしアーデンがそのゴーシュとやらに掛かりすぎる必要は無いだろう。キトリーに任せておけ。面識があるなら尚更な」

「……そうですね」


半歩遅れて返事をしたアーデンを、王太子は見逃さなかった。しかし、気づかなかった振りをして要点を告げていく。


「それとスミス」

「はい」

「お前がアーデンの代わりにゴーシュとやらを気にかけておけ。人脈は広くしておくにさないからな」

「分かりました」

「ディオルは邸で会った時の様子を報告するように」

「はい、父上」

「他に何かあるか?」


王太子殿下は各々(おのおの)の顔を見渡し、変化が無いのを確認した。


「……無いようだな。話は終わりだ。私は執務に戻る」


王太子殿下が席を立つと同時にアーデン達も席を立ち、一礼して見送る。王太子殿下が部屋から出た後、部屋の中はやけに空気が重かった。原因が自分にあると自覚していたアーデンは、「私も仕事をしに行く」と言って部屋を出た。それを見届けたディオルはスミスに向き直り、笑顔で話す。


「ねぇスミス。僕、君にお願いがあるんだけど……」


更に増える要望に対し、スミスは頭が重くなるのを感じるのだった。






*・*・*・*・*






先ほどの半歩遅れたアーデンの返事を聞いた王太子は、息子がまだ彼女を()()()()()()ようだと踏んだ。その証拠が今回の留学生を受け入れるという案だろう。はじめはクシャーナ姫の評判に関わることだから良しとしたが、かまをかけて見ればキトリーが関わっていたでは無いか。


(なんだ。クシャーナ姫をご令嬢に押しつけて、自分がキトリーの為に動きたいだけじゃないか)


アーデンは気づいていないだろうが、言葉の端々に婚約者への苦言が見え隠れしている。ずいぶん姫はアーデンのお眼鏡にかなわないらしい。


(キトリーと比べるからいけないのだ。それが無ければそこそこ良いだろうに)


護衛を引きつれながら王太子は己の執務室へ向かう。慣れた道に入れば思考はよりはっきり進んだ。


(まだまだ青いなアーデン)


教師から絶賛されるほどの頭脳を持ってはいるが、こと、キトリーに関しては行動にブレがしょうじる。王と成るものそれは頂けない事象じしょうだ。


(なら仕事を増やしてやろうではないか)


仕事に忙殺させて色恋などを考えられないようにする。そうして疲れたところにクシャーナ姫をあてがわせればいい。そうでなければ()()()が困る。


(自分の立場をもう1度思い出させてやらねばな)


執務室に戻った王太子は自分の椅子にドカリと座った。その様子に書類を片付けていた宰相が方眉を上げるが、面倒くさそうだと思い声はかけなかった。


(キトリーにも話しておかねばならないな)


アーデンやディオルとは違いいち早く自分の役割を受け入れたキトリーは、調整役として何かと動いている。キトリーは大人達の子飼いなのだ。


(まぁ……あの子は優秀だから、自分がどう動けば良いのか分かるとは思うが)


陛下とキンバリー公に付かなければならないキトリーのことを、王太子は不憫に思っている。有る一つの事柄以外なら、願いは何でも叶えてやりたいとも。だからこそ、アーデンが彼女に接触する可能性は少しでも排除しなければならない。これはアーデンのためでは無く、キトリーのために必要なのだ。


「私は父として、最低だな……」


聞こえた言葉に宰相はため息を付いて、席を立った。1人になった王太子は、残していた文書に目を通そうとしたが身が入らない。しばらくすると宰相が侍従を連れて部屋に戻ってきた。侍従はティーセットのワゴンを押していた。


気の利く宰相に、王太子は思わず笑みをこぼしたのだった。











~大人げない古狸達の攻防~


「聞いたか?! 今回キトリーが1番だったようじゃぞ!」

「ちっ、アーデンめ、しくじりおって」

「ほれほれ、ノースウエスト産の貴腐ワイン20年もの。邸に届けておいてくれよ?」

「……ちっ」

「ガハハハハ! 次は何を賭けようかのぉ?」






貴腐きふワイン:ワインの王様と称賛されたハンガリー名産の『トカイワイン』。戦争によって収穫期を逃したぶどうがシワシワに干からびていたが、そのぶどう(貴腐菌のついたぶどう)でワインを作ったら甘みの増したワインが出来た。美味しいワインなので外交取引によく使われたらしい。 《byヘタリア知識》


※イグナシオの意味をググったら、関連の有る言葉に『ハンフリー』と出てきて少しビビりました。彼はクシャーナと関係が無いので、すっ飛ばします。


※クシャーナは乙女ゲームで言うところの『選択肢全ミス状態』なんだと思います……。空気読めない訳じゃ無いのに何なんだろう……。謎すぎる……。

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