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6.姫は典型的なお嬢様

王立学園に通う日がやって来た。入学式では主席入学者としてアーデン様が壇上で挨拶をする。商家や平民出身者は、初めて見る自国の王子様の姿に敬服していたようだった。壇上の婚約者様の姿はとても素敵で、誇らしかった。



入学して直ぐに行われた実力テストの結果が、数日後に張り出された。順位はどうやら30番までしか公表されないらしい。私は人混みが少なくなった頃に掲示板の前に立ち、表を眺めた。1位は当然アーデン様だった。


(2位はキュトリー? 女子生徒かしら? 3位はスミス……この前紹介して貰った方ね。確か宰相閣下のご子息……)


そうやって上から下に順に名前を追っていき、自分の名前を探した。


(あった。27位……)


1学年に120人いるのだから、それを思えば27位は上位である。私は30位以内に入って良かったと一安心した。だがそれは、帰りの馬車までのことだった。


「クシャーナ姫、今回の実力テストなのですが…」

「? はい」


アーデン様の様子が如何にも困っていた。腕を組んで目を閉じては、口ごもっているようだった。


「その……主な上位貴族は分かるのですが……」

「え?」

「上流の商家も、推薦を受けている平民も分かるのですが……」

「ええと…どう言うことでしょうか……?」


私はアーデン様が言いたいことが分からず首を傾げると、アーデン様は組んでいた腕を解いて、膝の上に手を置き一言、


「順位が低すぎます」


と言った。私はアーデン様の言いたいことが分かると羞恥しゅうち心でいっぱいになった。


「せめて10位。いや、この際20位でもいいです。それ位には入っておかなければ、示しが付かないと言いますか……」

「あ、あの……」

「今回のテスト内容は、難しかったですか? 分からなかった所は?」

「その、大体解いたのですが……」


アーデン様は手を口元に寄せて「凡ミスって事かな……総ざらいするしかないか…?」と不穏な事をお言いになった。


「私は城に戻ったら父の補佐をしに行きます」

「は、はい」

「姫はまだ婚約者なので、公務などはありません」

「え、ええ…」

「しっかり復習しておいて下さい。次回は20位に入れるようにならなくては」

「は…い……」


その後もアーデン様は「家庭教師を付けるか」「ディオルと同じ課題を出して貰うか」とブツブツ意見を述べていた。私は勉強漬けは嫌だったので、


「しばらくは自分でしますわ! 王宮の図書室をお借りして…!」


と言った。アーデン様は腑に落ちないようだったが、私の意見を尊重してくれた。


「分かりました。次回のテストは5月下旬です。まずは姫の力だけで頑張って下さい」

「はい。頑張りますわ」


と、このときは生返事のようなもので、特に対策は考えずに就寝した。すると驚くことに、アーデン様は次の日には対策を立ててきていた。登校中の馬車の中では、


「セントラルとウェストの国境である川の名前は何でしょう?」

「……ラウリバー?」

「正解」


地理や歴史の問題を出されるようになった。昼食の席では、


「このハーブティーは『セージ』なのだけれど、姫は知っているかな?」

「はい」

「セージはノースウェストが1番収穫高が多い。市販されているものの多くはノースウエスト。次にウェスト……」


時事を交えた、各国の経済や特産品の説明や問題が出された。その他にも自分で学習もした。アーデン様が自分のために手を尽くして下さるのも、沢山話が出来るのも嬉しかった。その事を1番年の近い妹に手紙で書くと『学友じゃ駄目よ! 婚約者なのよ?!』と叱られてしまった。


そうして日々を過ごしていたある日のことだった。


「「「おはようございます、殿下、アース公爵令嬢様」」」

「おはよう」

「おはようございます」


王立学園の校門前にはいつも風紀委員がおり、生徒達に朝のあいさつをしている。その他に、制服が乱れていないかのチェックをしているそうだ。私はアーデン様と一緒にいつものように門をくぐった。もうすぐ校舎の入り口に差し掛かったところで、声がかけられた。


「殿下! 失礼いたします!」


振り返ると女子生徒が立っていた。彼女は私と似たような亜麻色の髪をしていた。目は少しつりめガチだがぱっちりとした青い瞳。


(どこかで見たような……)


そう思っていた矢先だった。


「何ですの、そのネクタイは」


(ネクタイ?)


女子はリボンタイを付けているから、この場合『殿下』『ネクタイ』が当てはまるのは1人だった。私はアーデン様を見た。アーデン様は丁度、自身のネクタイを確認するように見ていた。


彼女は「ブレザーからネクタイが出ている…!」と言うと、アーデン様との距離をあっという間に詰めて、ネクタイを掴み、解き始めた。


「何で出てるのよ。おかしいでしょ」


言われてみれば確かに少し出ていたかも知れない。私は勉強にばかりかまけていたので、気づかなかった。


(気づいたとしても、ネクタイを結べないわ…)


私の侍女も護衛の騎士も、他国の王子の服の乱れを注意できる立場にはない。なら、私が気づかなければいけなかった。


(そして、侍女に頼んで直して貰って……)


そこで私はハタと気づく。


(どうしてアーデン様は何も言わないのーーー??)


彼女が「なるほど、通常のものより長いのね」とネクタイを注視している時だった。アーデン様は、彼女を見て微笑んでいた。それは、いつも見る微笑みとはどこか違かった。


ネクタイが結び終わったあと、アーデン様は短くお礼を言ってすみやかに校舎に入った。廊下を歩いている最中、私はさっきの様子が気になってしょうがなかった。すると、ふいにアーデン様が私を振り返った。


「そう言えば姫、先ほどのご令嬢なのですが」

「…はい!」


まさに気になっていたので、是非とも聞きたかった。しかし、言われたのは私が気になっていた事では無かった。


「彼女はキトリー・ハンフリー子爵令嬢。夜会であなたに靴を貸してくれた令嬢です」

「え? 子爵令嬢なのですか?」


私の受け答えに、アーデン様は首をひねった。


「……子爵と言っても、国王陛下の弟キンバリー公の嫡子が父君にあたります。家格は公爵令嬢と変わりません」

「ややこしいのですね」

「……私とディオルでお礼状は出しましたが、姫からも1度お礼を言うと良いですよ」


アーデン様のその一言で、私は自分の失敗に気づいた。サッと血の気が引いていく。恐る恐るアーデン様を見上げれば、いつも見る微笑みだった。さっきと違い、優しい微笑みではなく、目の奥が笑っていない微笑み。


私はこれ以上失敗しないよう、努めて冷静にお礼を述べた。


「は、い…。教えて頂きありがとうございます」


―――だけど、私はすぐに彼女にお礼を言えなかった。なかなか会うチャンスが無かったこともあったが、言いようのない不安が募って、会いに行くことが出来なかったのだ。


そんな中臨んだ5月下旬の定期テスト。放課後、順位が張り出された掲示板はとても賑わっていた。


「すごーーい!」

「これって有りなの?」

「ここのテストって本当に実力主義なんだな……」


私は自分の順位をいち早く知りたかった。20位以内に入っているか不安だったのだ。


(それにしても何なの? 何を皆、そんなに興奮しているの?)


何とか表が読めるところまで行き、上から表を見ると、


1st Quitterie・Humphrey 《キトリー・ハンフリー》

2nd Arden・Gemma 《アーデン・ジェンマ》

3rd Smith・Leikuia 《スミス・レイクイア》


1位がアーデン様では無かった。だからこんなに掲示板が騒がしかったのだ。そして私は、今回1位の女子生徒が自分に靴を貸してくれた令嬢なのだとやっと気づいた。あの時、『子爵令嬢なのですか?』と爵位で相手をおとしめるような発言をしてしまった自分の口がいとわしい。比べてはいけないのに、敗北感でいっぱいだ。


(駄目よ駄目! 比べたって仕様がないわ。私は私よ!)


私は気を取り直して、自分の名前を探した。視線を下げて10位、20位になっても名前が無かった。前の順位27にもない。……私の名前はさらに2個下がって書いてあった。


(29位……うそでしょう……?)


勉強してきたのに。

頑張ってきたのに。


愕然としてしばらくその場から動けないでいると、「クシャーナ様」と声をかけられた。声の方に目を向けると、そこにはスミス様がいた。スミス様は眉を下げて困った顔をしながら、


「王宮へ帰りましょう……話はそれからするそうです」


と言った。告げられた内容もそうだが、私はこの場に迎えにも来てくれないアーデン様に無性に腹が立った。


ねぎらいの言葉も無いの? どうしてこういう時に側にいてくれないの??)


自分の失態など棚に上げて、ただひたすら失意と嘆きの矛先をアーデン様に向けた。そうでもしなければ、この場から動けなかった。怒りという原動力で私は歩き始め、そのままスミス様に促されて王宮に戻ったのだった。






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