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〈幕間〉悩める弟王子様

親愛なるキトリー・ハンフリー嬢へ


拝啓  風薫るよい季節となりました。

あれからお変わりなくお過ごしでしょうか。


さて、先日の夜会では靴をお貸し頂きありがとうございました。その後、滞りなく無事に姫君は夜会を過ごすことが出来ました。本当に助かりました。


借りた靴なのですが、かかと部分が汚れておりますので、新しいものをこちらからお贈りしたいと思います。せっかくなので、一緒に選びませんか。今度王室御用達の商人が城に来場するので、その時に気に入ったものをと思っています。


頂いたバラ茶も是非ともに試飲いたしたく、良い返事を頂きたく存じます。どうぞよろしくお願いいたします。  敬具


あなたの友人ディオルより


追伸  聞きたいことが沢山あります。






*・*・*・*・*






ディオル・ジェンマ=センスティア様へ


拝復はいふく  若葉の候、つつがなくお過ごしのことと思います。


靴の件のことですが、お気になさらないで下さい。弁償などのお気遣いもなさらなくて結構です。お手数おかけしますが、そのまま返却して頂きたく存じます。


また、せっかくのお誘いですが、諸事情により王宮へ参内することが出来ません。申し訳ないのですが、バラ茶については、次にお会いするときにぜひ飲んだ感想をお教え下さい。また、私は茶葉の専門家ではありませんので、あなたの聞きたいことについては詳しく話すことが出来ません。どうしても知りたいのなら、専門家へお尋ねすると良いと思います。


季節の変わり目、お体にはお気を付け下さい。  敬具


キトリー・ハンフリーより






*・*・*・*・*






ディオル・ジェンマ=センスティア様へ


前略


お忙しい中、私の要件に答えて下さりありがとうございました。2足とも無事に届きましたことをご報告いたします。


また、新しい靴もお贈り下さりありがとうございます。小花の飾りがとても可愛らしかったです。私の好みをよくご存知でしたね。とても嬉しく思います。次回にぜひ使いたいと思います。  草々


キトリー・ハンフリーより






*・*・*・*・*






「え? 新しい靴? 僕、贈ってないんだけど……」


ディオルは自室に届けられたメッセージカードを開いて困惑した。ディオルは彼女の要望通り、借りた靴のみ返却したのだ。後日、違うものを持参して公爵邸を尋ねようと思ったからだ。


だが、実際これ(・・)はどうだろう。


彼女は律儀だから、だからディオルは要件通り靴を贈らなかった。しかし律儀だからこそ新しい靴を贈っても彼女は拒まなかったのではなかろうか。


(甘かったな……)


自分の名前を使って靴を贈ったのは、おそらく兄だろう。靴が汚れてしまった件は、極わずかな者しか知らないのだから。


兄に己の甘さを見抜かれ代わりに贈り物を贈られてしまったことに対し、ディオルは眉間にシワを寄せ、悔しさを滲ませた。


(でもーーーいつ用意したの?)


ディオルは夜会の次の日の正午に手紙を出した。返事は検問を通ったので、ディオルの元には2日後に届いた。それから靴を梱包して出したのだから、どう考えても用意する時間は2日、ないし3日である。王太子補佐として動いているアーデンに、新しい靴を用意する余裕など無いだろう。


(それに、靴の大きさは?)


ディオルは自室のソファーに深く座り、背もたれに身を委ねた。そして目を閉じ物思いにふけった。夜会の日のことを鮮明に思い出し、少しずつ兄がどう言う手口を使ったのかを考えた。


ディオルは翌朝、クシャーナ姫の元から靴を回収しに行っていた。遅くまで夜会に残っていたアーデンは、借りた靴のサイズを知らないはずだ。ならどこからサイズを特定したのか?


「……裏に置いていた靴から、大きさを特定したのかな?」


靴擦れの原因になった靴は、アーデンが回収したと見て良いだろう。そうしなければサイズなど分からない。靴など贈れない。


―――僕が用意しないとどうして分かるの?

―――キトリーが拒むと読んでいたの?

―――だけどどうして借りた相手がキトリーだと分かったの?

―――あの時会わせなかったのに……誰から聞いたの?

―――一体いったい誰……。


様々な疑問がディオルの中で湧いて出てきた。


クシャーナ姫は彼女が誰か分からないから言えないだろう。靴を取りに行かせた護衛はキトリーを見ていない。ならキトリーを呼びに行った護衛はどうだろうか? しかし、彼は自分と一緒に早く夜会から上がったから、報告も何も出来ないはずだ。


ディオルはゆっくり目を開けて、天井の模様を滑るように見た。窓のクラシックなカーテンに目がとまった。


「……女官から聞いたのかな」


あの場にいた女官は、皇后付きの者であった。彼女ならキトリーのことを知っていてもおかしくはない。


「それか、カーテンを誰かに見張らせていたのかも知れない……」


アーデン自身がしきりにカーテンを見ていては格好がつかない。なら誰かに見張らせていたのだろう。


(でも兄上のことだから、全部抜かりなく確認したように思う……)


もしも靴を借りた令嬢がキトリーではなかったら、この機会に喜んで参内し、王宮御用達の商人の品物から靴を選んでいるだろう。だが、相手はキトリーだった。


―――兄上はキトリーだと特定して、そして自分がするであろう行動を予測し贈る靴を用意した。


ディオルは1度結論を出したが、妙に納得しなかった。そして、意外にも答えは自分の口からスルスルと出てきた。


「……違う。僕が用意しようと無かろうと、この機会に贈るつもりだったんだ」


勝手に出てきた自分の言葉にディオルは唖然とする。どうしてそう思うのかも、口に出してしまったのかも、自分の中にそう考えてしまう何かがある。()()にディオルは驚いた。


(やるせないな……。だけどこの気持ちは嫉妬ではない…)


ディオルは自分を落ち着かせるために深呼吸をした。行儀が悪いかも知れないが、そのままソファーにゴロンと横になる。部屋の中の装飾物らをぼんやりと見つめながら今回の贈り物について改めて思った。


(キトリー好みの可愛らしい靴だって…?)


次回会うときに履くと書いてある。その時彼女はディオルにお礼の言葉を述べるだろう。


(何でだろう……それは凄く嫌だ)


自分が贈ったものでは無いものに対してお礼を言われるなんて、間抜けではないか。


(馬鹿正直に靴を返すのではなかった。かの有名な『灰かぶり』の童話の王子様なんて、靴の主をそのまま城につれて来るという荒技をしたじゃないか)


恋に理屈など要らないのだ。

時には駆け引きも必要だ。


(そうでもしないと、キトリーの心は一生自分には向かない。そんな気がする)


短くため息を付くと、カゴの中で寝ていたはずのチャコがいつの間にかディオルの隣まで来ていた。ディオルが「おいで、チャコ」と手を伸ばすと、チャコは嬉しそうに手にすり寄った。しばらくすると気が済んだのか、チャコは1人がけの椅子の上に乗り上がり丸まった。チャコはゆっくりまばたきをしながらディオルを見つめる。


(キラキラとした、青い瞳―――)


ディオルはチャコと始めて会った時のことが頭によぎった。


『兄上見て! 木の上に猫がいる!』

『どこで鳴いているかと思ったら……木の上だったのか』

『どうしましょう?』

『僕じゃ手が届かないよ……』

『可哀想です』

『……あ!』

『ふぇ…? あ、兄上! 危ないです!!』


(僕は兄上が突然木に登りだしてビックリした。あの時はかっこいいとしか思わなかったけど、チャコの目が青いと気づいたから、だから兄上は……)


アーデンはキトリーの瞳をのぞき込むのが好きだった。そのせいで、いつもキトリーに睨まれていたことをディオルは知っている。


目の前のチャコが、目を細めてひげをピクピク動かしはじめた。その可愛い姿に、ディオルは笑みをこぼす。


(前は兄上も、一緒にチャコを可愛がっていたのにな……)


いつからかアーデンはチャコと接する時間を淡泊なものにした。頭を数回撫でるだけにし、一緒には遊ばず、甘えて鳴くチャコを置いていき、そうして少しずつ離れていった。ディオルは兄の行動理由が分からなかったからーーーチャコの年齢も考えてーーー部屋で飼うことにした。そうすれば又、


(また一緒にいられると……思ったから…)


でもディオルは薄々気づいていた。子どもの時間は終わったのだと。それぞれの役割を自覚して、責務を負っていかねばならないのだと。


隣国の姫と婚約をした兄。

外国の使節団に同行するキトリー。

政務の小間使いを始めているスミス。


(そして僕もーーー)


ディオルは先日父から受けた話を思い返した。告げられた内容は薄々気づいていたことで有ったから、ディオルはその決断を受け入れた。だが、


『―――王命だからよ。私は臣下なのだから、当然でしょう?』


夜会でキトリーの言った言葉が、ディオルの耳から離れない。ディオルはキトリーの言葉を受けて、自分が受けた話が『王命』だと言うことに気がついた。そしてそのことも、キトリーは『王命』だと言って従うのだろう。


(―――今までと同じように)


「にゃ~」


椅子の上のチャコは、尻尾を振りながらディオルの事を見ていた。まるで「大丈夫?」と心配してくれているかのようだった。その様子に苦笑しながら、ディオルは呟く。


「チャコ……僕、どうしたら良いのかな」


チャコは首を傾げ「な~」と鳴いた。そうして目をつぶった。その様子を見て、ディオルはチャコと同じように目を閉じてみた。


目の前に兄と、姉のように慕う少女が写る。楽しくて、幸せだったあの頃。共に笑い合ったあの日々。だからこそディオルは思った。


(兄上……僕、思うんです。僕と兄上、どっちを選ぶ? ってキトリーに言ったらーーー)


彼女はいつものように微笑して、


1人、崖の上から飛び落ちると思う。











(―――だからこれ以上、僕達の心をかき乱さないで…)






※ディオルはキトリーと月3~4程度の交流をしていて、余裕があったから靴を贈りませんでした。別のものでも良いかな的な。そしたら兄が何かしてきたって感じです。


※ディオルの気持ちは難産でした。3倍書いて、2割り消しました。……ストックがないので、次回の更新は開きますm(_ _)m

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