3.姫の目から鱗が落ちる
私は帰りの馬車でアーデン様に謝った。
「殿下、先ほどは助けて頂きありがとうございました」
「うん」
アーデン様は馬車から見える風景を見ながら、曖昧に返事をした。そうしてしばらくしてから、私の方を向いて今日のことについて話し出してくれた。
「今回は、定期的な支援物資を届けるのに随行するものだった」
「は…い……」
サウス国は、修道院や孤児院が他の国より規模が大きいらしい。おそらく、砂漠の奥から流れてくる流浪の民達がいるからだろうとは思う。文化と言葉の違いをどのように擦り合わせて共に生活しているのか、不自由がないかを聞き、施設を見学する程度のはずだった。
(それなのに私は……)
いくら反省してもしようがない。私の侍女達も、修道院には行ったことがないのだろう。だから、「シンプルな装い」を上から注文されてはいたが、どれくらいにシンプルにすれば良いのか分からなかったのだ。アーデン様は腕を組んで、淡々と話す。
「ドレスなどは追加の支援になります」
「はい……」
「大使達が報告をするとは思うけど、姫も自分で、王妃陛下達にご報告するように」
「……はい」
私はドレスを握りしめながら俯いた。自分の不甲斐なさに、悔しくて目が潤んでくる。アーデン様の10年と、自分の10年にあまりに差がありすぎて、途方に暮れた。せめて、みっともなく泣かないように手のひらに力を込める。ドレスにシワが寄るのも気にすることなど出来なかった。
アーデン様は短く息を吐き出すと、
「君の姿を見て、そうなる可能性は考えたよ。前に見たことがあったしね」
とおっしゃった。私はどう言うことか分からず、顔を上げてアーデン様を見た。
「前に……?」
「視察の時に、ご令嬢達が困っているのを見たことがあるんだ。修道院、孤児院の支援は1度切りじゃないく継続的なものだろう? 私は母上と共に何度も足を運んでいてね……いろいろ学ばせて貰っているんだ」
アーデン様は「例えばだけど」と言って、私にも分かるように話をしてくれた。
「飾りが1つ落ちただけで、孤児院ではケンカの元になる。誰が最初に見つけた、誰が隠して持っている……私達にとっては些細なことかもしれないけれど、彼らにとっては大問題なんだ。他にも、小さな装飾なら赤子の口に入るかもしれないし、綺麗なドレスを見れば『自分はどうして着られないのか?』と不満を持つ……そう言ったことに配慮して、私達は訪問しなくてはならないんだよ」
「でも、そんなこと誰も……本にだって…」
「書物に載ってないことなんて、この世にはごまんとあるだろう?」
「……!」
アーデン様の言葉に、私は目から鱗が落ちる程の衝撃を受けた。
どうして勉強がつまらないと思うのか。それは、本の内容にしか目を向けていなかったからだ。本に書いてあることはただの基本で、そこから本当の学習は始まるーーー。
(そんな風に考えたことはなかった……)
何となくしか分からないまま授業時間は過ぎていき、分からないから疑問も質問も何も浮かばず、何も考えなかった。
(だってそんなこと、誰もーーー)
そんな浅はかな私の気持ちを見透かしたように、アーデン様は私に問う。
「君は、教えて貰わなければ何も考えないの?」
動揺を隠せないほど私はうろたえ、視線を彷徨わせた。アーデン様が言ったとおり、私は今まで何も考えていなかった。
「知らなかった。教えて貰っていないから分からない。それで本当に良いと思う?」
「あ……」
(駄目だと思うーーー)
そう口に出したいのに、私の視界は涙でいっぱいになり、のどが震えて声が出せなかった。アーデン様は横を向き、再び外の風景を見はじめた。だが鋭い言葉はまだ続いた。
「無知ほど愚かなものは無いよ。自分で知ろうとしなければ、ずっと同じ場所にいるしかない。だからといって、学んだことを生かすには自分から動かなければならない」
胸に突き刺さる程の鋭い言葉に涙が溢れるが、その言葉は何よりも力強く、私への激励でもあった。
「君は今まで何をしていたの?」
「わ、わたし……」
アーデン様のおっしゃるとおり過ぎて、何かを言いたくても何も浮かんでこない。むしろ今は何を言えば良いのかも分からなかった。いつの間にかハンカチが差し出されており、私はそれを受け取り目頭を押さえた。
「……意地悪をしすぎてしまいました」
アーデン様は苦笑していた。
「時間は有限で、過去は変えられません」
「……はい」
「だけど姫は、これから自分が何をするべきか分かったのではないですか?」
「……」
私は返事は出来なかったが、ハンカチで目元を押さえながら何度も頷いた。アーデン様がどんな表情をしていたかは分からなかったが、次の言葉はとても優しい声色をしていた。
「その涙が、無駄にならないようにして下さいね」
この時をもって、私はこの方の隣に立っても恥ずかしくないよう毎日研鑽の日々を送るようになる。勉強も、本で得た知識を生かして学ぶことが増え、少しずつ物事の本質が分かるようになった。そうなると勉強も楽しくなり、どんどん身が入るようになっていった。
アーデン様とは定期的に手紙のやりとりをした。最近興味のあることや分からないことをしたため、助言を貰い、更に知識を増やした。学友のような手紙の内容に妹や弟からは呆れられたが、当時の私は純粋に嬉しかったし楽しかった。
そうやって勉強に身を任せている間は、アーデン様が私のことを好きなのかどうかなんて、気にしないですんだからーーー
*・*・*・*・*
2週間の滞在を終え、アーデンは馬車で帰国の途についていた。国境までは大使夫婦とサウスの使者が付き添う。彼らとは関所で別れ、そこからは迎えに来てくれている自国の使者と共に残りの道中を帰る予定である。アーデンは毎日夜に報告書をまとめていたので、帰りの10日は悠々と最寄りの町を見るつもりだ。通り過ぎる景色と地形を見ていると、大使夫婦がアーデンに話しかけてきた。
「殿下、この度の視察はいかがでしたか?」
人の良さそうな大使夫婦の笑顔に、アーデンは微笑して答えた。
「とても面白かったです。聞いていたよりも、砂漠の民との交流が多いようで興味深かったですね。修道院は規模が大きすぎて驚きました。ですが、ほとんどが難民というのが……先のことを思うと気になりますね」
「ハハハ、殿下は本当に面白い。1度見れば10を知ってしまうと聞いておりましたが、本当ですね」
「止めて下さい、それは誇張ですよ。これは指導して下さった方達のおかげです」
「謙遜なさらず」
「いえ、本当に……」
和やかに会話に、夫人はニコニコしていた。その笑顔に釣られたかのようにアーデンもほほえむ。しかし、アーデンは大使の質問の意図に気づいて敢えてその話題を避けたのだが、大使はやはり聞きたかったようで見逃してくれなかった。
「殿下、姫のことはどうご覧になりましたか?」
(やはり来たか)
とアーデンは内心憎らしく思ったが、顔には出さなかった。
「とても可愛らしい方でしたね」
「ええ、見た目も愛らしかったでしょう?」
「え?」
その言葉にアーデンは瞬時に理解した。婚約が突然決まったこと、クシャーナ姫が、
(キトリーと同じ亜麻色の髪に、真っ青な瞳―――)
陛下や父と母、そして外務大臣のキンバリー公、その他関わっているであろう者達の姿がアーデンの頭によぎった。
『代わりを用意したのだから、あきらめろ』
頭を殴られたかのような衝撃がアーデンを襲った。右手を思い切り握りしめ、怒りを抑えながらアーデンは大使に切り返した。
「フフ……おかしな事を言いますね。王妃の資質は見た目では計れませんでしょうに」
アーデンの様子が変わったことに大使は気づき、ひるんだ。その隙をアーデンは逃さなかった。
「むしろ、見た目ばかりにこだわるような者であっては困ります……そうそう、姫はたいそう派手な色のドレスが好きなご様子でしたね」
初めは控えめな色だったが、次の日からは自分の好みのドレスを彼女は着ていた。言動、容姿、態度、どれをとっても違うだろう。
「陛下から『王女はしっかりしている子』と聞いていたのですが……だいぶ違いましたね。これは陛下に通告しなければ…」
「え、あの?」
「次回お目に掛かるのが楽しみですね」
「あ、はい。お伝えしておきます」
「よろしくお願いします」
アーデンは溜まった不快な気持ちを大使にぶちまけてしまった。この後は何事も無かったように過ごし、王宮へ無事に帰るのだが、この言動のせいでアーデンへの締め付けがますます強まるとは、まだ少年のアーデンは思いもしなかったのであった。
~強まった締め付け~
婚約が決まってから数ヶ月後のこと。
「ディオル」
「はい兄上」
「今日はキトリーと会うそうだな」
「久しぶりで嬉しいです」
「なるべく長く居てもらうように」
「分かりました~」
***
バンッ!(扉を開ける音)
「ディオル!」
「あ、兄上」
「ニャン!」(ディオルの精一杯の策、猫作戦)
「……」
「ごめんなさい。キト姉様は早々にお帰りになってしまって……」
「ニャン~…」
「……そうか」
「それと、これから会うのは公爵邸のみとなりました」
「ニャニャン~…」
「……そうか」
「兄上」
「うん?」
「何だか寂しいですね」
「……そうだな」
「ニャ~ン……」
※アーデンは3・4つ飛び級するくらいの頭脳があるのだと思ってください(笑)。学年に1人はいますよね? こいつ飛び級すれば良いのに……って人。
※アーデンがクシャーナ姫に言った言葉は「修道院・孤児院」で学んだことです。いつまでも嘆いているご婦人。懺悔する人の無知さ、愚かさ。そういうのに触れて色々思ったことを吐露しています。




