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#3 - 『スライムテイムの取扱説明書』

◇前回のあらすじ◇

アルバイト、辛い。きつい。

そんな僕の生活は、はや13年。

 僕はイメレラ草の群生地その1まで戻ってくると、背後を振り返った。


「おい。なんでいるんだよ。」


 そこにいるのはスライム。しぶとい。


 それよりもスライムが身体をポヨポヨと揺らしているのが気になる。何がしたいんだ。僕はスライムじゃないから、君の行動は理解できない。さようなら。


 僕は前を向くと、全力で走った。人生で1番頑張った気がする。偉い偉い。


 走りながら後方を振り向くと、全力で追い掛けるスライムの姿がある。ストーカーだな。ストーカーは警察に通報するものだが、生憎とこの世界に警察はいない。残念だ。


 異世界に生まれ直して18年後に後悔するとは思ってもみなかった。だが、後悔してもこの状況はいつまでたっても改善されない。


「町の人達に見られるのは嫌だな。どうにかしないと……。」


 酸欠で痛む頭を抱えながら、僕は必死に脳をフル回転させる。誰かスライム取扱説明書でも作っていてくれれば良かったのに。罪のない先人に文句を言いつつ、考えて、考える。


「よし、こういう時、まずは交渉だな。おい、スライム。」


 僕は足を止める。すると、スライムも静止した。おお、見事な急ブレーキだな。……いやいや、それは置いといて。


「帰ってくれ。頼む。」


 交渉――――もとい、頭を下げて懇願する。最悪、泣き寝入りだ。ここにプライドなんてものは存在しない。いや、町の人に見られたくないという僕のプライドはあるから、存在はしてるな。


 どうでも良い事を考えながら、スライムが立ち去るのを待っていたが僕は気付いてしまった。身体を懸命に左右に振っているスライム。まさかあれはNOと言ってるのか?


 スライムが勢いよく左右に揺れる度に、分裂してミニスライムが増えている。分裂を繰り返していずれ見えなくなるのではないか、と思ったが、どうやらそれはスライムも受け入れられないようだ。ミニスライムはボススライムの元に来て、引っ付いている。なかなか滑稽な様子だ。


「ダメだ、僕にもプライドがある。」


 あ、口が滑った。まあ、聞いたのはスライムだけだ。知られる事は無い。


 スライムに頭を下げるこの状況が充分に僕のプライドを損なっているような気もするが、気のせいである。これを見た人がどう思おうが、気のせいなのである。スライムの動きが一瞬止まったけど、気のせいなのである。


「……ダメか?」


 じゃあB案だ。僕は再びちっぽけなプライドを捨てて、懇親の上目遣いをする。人生で初めての上目遣いをなぜ、スライム相手にしないといけないのか僕にも分からない。誰か理由を教えてくれ。


 だが、スライムは分裂した個体を一体に戻す作業に夢中で気付いていなかった。僕の顔は赤くなる。ニンジンよりは赤い自信がある。


 こうなると万策が尽き果てた事となる。無念……。僕はスライムになめられないように、スライムを凝視し続ける事にした。日も暮れかけている。早く帰りたい。


『……い。……ぉい!……おーい!!』


 脳内で誰かが叫んでいる。正直、うるさい。耳元で飛ぶハエの羽音に負けず劣らずの声量に僕は驚いた。こうして神はハエと同等の扱いをされるのだった。


 お茶が飲みたくなるのを堪えて、僕は返事をする。


『何ですか、不憫神。』


『どうして私がそんな残念な名前を付けられているのですか……?』


 そりゃあ、自分が言ったからでしょ、と言いたくなるが、必死に堪える。我慢我慢。僕は大人だ。不憫神とは違う。不憫神とは違う。そう考えると、なんだか我慢できる気がしてきた。さすが、不憫神だ。


『不憫神、不憫神ってあなたの心の声、だだ漏れですからね?』


 おっと口が滑ってしまったようだ。そんな日もあるさ。


『そんな日もありません。』


 ナイスツッコミ。不憫神はいろんな才能があるようだ。その才能分けてくれてもいいのにな。主にスキルとかスキルとか。


 そこまで考えて僕は気付いた。神が何を言いたいのかを。


『神の要件は分かってます。お帰り下さい。はい、さようなら。』


 神はちょっと待って、と言うが、僕の全気力で吹き飛ばした。


「お前なんでこんなところに来たんだ?」


 スライムの方を向いて僕は聞いた。すると、スライムは分裂した。


「どうして分裂――――あぁ、そういうことか。」


 スライムは分裂体達と並んで文字の形になっていた。口に出して読み上げる。


「『気づいたら、そこにいた。』か。」


 御丁寧に訓読点まで付属している。お得商品だな。ハッピーなセットだ。


 だが、スライムの発言(?)に僕は首を傾げる。どうやらこのスライムは人間並みの知識を持っているようだが、記憶を全く持っていないようだ。何か理由があるのだろうか。


 突如、スライムという存在が不気味に感じられるようになる。


「どうしてイメレラ草を食べていた?」


「『色々食べたけど、1番美味しかったから。』」


 美食家もビックリだよ。まさかスライムと同じ事してるなんて。


 イメレラ草も薬草の1種だ。魔物には相性が悪い気がするが、このスライムは特別らしい。つくづく不思議なスライムだ。


 僕は何をすべきかは気づいている。だが、その選択肢を選ぶ事にまだ躊躇いがある。果たしてスライムなんて飼育できるのか。寝てる間に殺されて、死ぬんじゃないか。僕のスキルがあれば、そんな事はないのだが、根拠の無い不安が押し寄せてくるのだ。


「……はぁ。考えるな、僕。考えるだけムダだ。バカになれ。」


 ムダムダムダと大きな声で誰かが叫んでいるイメージが脳内に浮かぶが、ツッコミを入れる暇などない。邪魔。


 頭を空っぽにして、冷静になろうとした。この状況を認めたくない自分がいるのは分かっている。13年間、他人に貶されてきたのも僕自身が1番分かっている。だけど、落ち着け。今はその時じゃない。


 近くにあった池に顔を突っ込む。


「ぶはっ!」


 冷たい水が肌に刺さるようだ。まだまだ夏は遠いようだ。……冷静になれたかな。


 池に顔を突っ込んだだけある。どうやら頭は冴えたようだ。これで普段通りのバカがまた世界に戻ってきた。ただいま、世界。少しボケてみる。なんの反応もない。よし正常だ。


 何が正常か全く分からないが、今の僕にはこれぐらいで充分だ。改めてスライムを見る。


 憎いほどプルンとした白色のスライム。分裂して『え?』と書いてあるのもまた憎たらしい。でもそれが良いのだ。これがスライム。最弱の魔物スライムなのだ。


「何を思い詰めていたんだか。」


 考えてみると、自分がバカらしく思えてくる。たかがスライムなのだ。僕が恐れてどうする。スライムだって最強になれる……か、どうかは分からないけど、マシにはなるはずだ。


「よし!」


 両頬を手のひらで叩く。気持ちがシャンとする。僕は手を差し伸べた。


「白色のスライム。他とは違う異質な存在。……そうさ。僕と一緒。だから余り者同士で仲良くしないかい?」


 ダサすぎるナンパだった。だが、スライムは1つに戻ると、勢いよく飛んで僕の手のひらに乗った。冷たいような暖かいような。だけど、生き物の温かさがそこにはあった。


 スライムだって生きているんだな。改めて自分という世界の狭さを知る。もしかしたらこのスライムといれば、僕の世界は広くなるのかもしれない。


「僕は君と共に歩みたい。人間と魔物。似ていないようで実は似ているんだ。だって生きてるし。じゃあ、人間と魔物が共に暮らしたっていいじゃないか。」


 苦笑する。スライムもプルンと弾んだ。どうやら同感らしい。これで賛成票も1から2になった。なんと大きな1票だろう。二度と票は増えないかもしれない。だけど、仲間が出来たんだ。それで良いじゃないか。


 僕はスライムを見遣る。その時、スライムも僕を見ていた。ほんと、お似合いだな。


「――――【スライム使役(スライムテイム)】。」


 呟くと同時に僕とスライムを眩い光が包んでいた。かの大佐だったら、ここで目が~~、などと叫ぶのだろうが、生憎と僕は大佐じゃない。僕は黙っている派なんだ。


 やがて光は止んだ。そこにいるのは僕とスライム。何も変わらない。そのはずだった。


「え、誰?」


 僕の前には僕より少し若い女の子が座っている。白と言うより銀と言った方が適切な艶やかな髪。外に出ていないのかと疑ってしまうほどに肌が白く、美しい。クリクリとした目は僕を静かに見上げていた。おい、誰だよ。


「あー。あー。」


 綺麗な声。女の子は喉に触れながら、声を出していた。


「あー。うん、大丈夫。――――私は私ですよ?御主人様(マイマスター)?」

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【裏のおはなし】


「いや、なんで人間になるんだよ?」

「(๑>؂<๑)♡テヘペロリンチョ♡」

「チッ」

「ねえ、舌打ちしたよね!?ねぇ!?」


第4話もお楽しみに。

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