エピローグ
わたしは幼少のころからの思い出とともに懐かしの曲を奏で終わった。街についたころにはまだ高かった日がだいぶ傾いていた頃合いだった。先ほどまでは感じていた春の風が幾分冬の様相を含んでいるようで寒く感じられた。しかし、そんな中で昔を思い出しロークとリズに再会できたような気がした。
わたしはミルドの街を旅立った後ブリスの街でオリーに新たに3人の冒険者を紹介された。
神官戦士のウィスパードは好色漢だったが、その悪びれない態度にむしろ好感を持ったし、戦闘では後衛のわたしの盾によくなってくれた。
戦士のシェリーはまだあどけなさが残る15歳だったがその体に似合わないパワーでいつもわたしを助けてくれた。そして一方冒険から離れると本物の妹のようにいつも仲よく遊んでいたものだった。歓楽街を練り歩こうとするウィスパードに一緒にくっついては彼によく困った顔をされたものだった。
そして義賊のティムは危険察知のスペシャリストだった。屋内や迷宮の危険察知に疎かったわたしたちをすんでのところで救ってくれたのはいつも彼だった。
そんな彼らとともに母の足取りをつかむまでに2年もの年月を要した。スプリットの幹部がブリスの街の郊外で何かを企んでいるとの情報を得たわたしたちが駆け付けた先で久しぶりに見た母は真っ白な肌が露になった漆黒の鎧に身を包み、まるで別人かと見間違うほどに冷たい表情をしていた。2年の間に母はすっかりスプリットの連中に洗脳され、幹部に組み込まれてしまっていたのだった。
そしてその傍らにはグリンがいた。幼かりし頃わたしに瀕死の重傷を負わせた張本人だ。
数多くの手下を失い切羽詰っていたのだろうか。彼らは魔装具をもってブリスの街を吹き飛ばそうとしていた。しかし、その時発生した魔装具の暴発より始まった事故から母をかばったグリンは命を落とし、母も魔力の狭間に生じた渦に吸い込まれそうになっていた。
その時思わずわたしは駆け寄ろうとした。母を大きな声で呼びながら。
「お母さん!わたしよ!ティアよ!」
わたしは何とか母との距離を詰めようと必死だった。
やっと会えた。やっと見つけた。
砂埃の間で月光に浮かび上がる、わたしの視線はこの世で最も愛しい母の姿だけを捉えていた。
わたし自身に及ぶかも知れない魔力渦の危険など、まるで考えていなかった。とにかく何が何でも一歩でも近づきたかった。母への慕情がわたしの理性を吹き飛ばし、まさしく感情の赴くままに突っ走っていた。
わたしの叫び声に気づいた母の顔は悪鬼の如く叫び倒していた凄まじい形相から一瞬ほころんだ。
その次の瞬間、むき出しになった大地から「土の手」が伸び、わたしの足首をがっちりつかんだ。これは誰かがわたしを攻撃するためでなく、わたしまで魔力渦に巻き込まれないようにするための、母の精いっぱいだったのだろうか。
そして魔力渦に完全に飲み込まれる直前、母はわたしにこう叫んだのだった。
「生きなさい、ティア!私の可愛いティア!」
その言葉を残して結局母は魔力渦に吸い込まれてしまった。母はどこに行ってしまったのだろうか。わたしはその場で呆然とするしかなかった。
母を取り戻すにはさらに1年の期間が必要だった。あのあと「物品探索」の術を習得したわたしはその術を使い母の居場所を突き止め、仲間とともにはるか西国のターフェルラントまで渡航した。そしてこの地まで吹き飛ばされた母とやっとの思いで再会した。その時の母はすっかり洗脳も解けており、ようやく本来の母を取り戻したのだった。
その後さらに3年の間、わたしは母を助け出してくれた仲間へのせめてもの恩返しのつもりで彼らと旅を続けた。はるか南方の「呪われた島」を訪ねたときはアトドナ導師へのいいお土産話ができると喜んだものだった。そこで青龍の戦いに端を発する事故に巻き込まれメンバーが散り散りになった後、わたしはオルドの街に戻った。
母との再会を果たした直後に導師試験に合格したわたしはその後も西方諸国や「呪われた島」での冒険を通じてさらに実力を伸ばし、オルドの街に戻った時には高級導師の試験を受けてはどうかとの誘いを受けるほどまでになっていた。それからというもの猛勉強を重ね、見事にその試験に一回で合格した。正魔術師になってから6年という短期間だった。
そして高級導師になって最初の出張講座の場が図らずも正魔術師になった時に所属していたミルドの学院分院となったわけだ。多忙を極めたわたしにとって、あの出立の日以来のミルド訪問となったのだ。
丘の下のほうからわたしを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら二人いるようで双方とも女性だった。よく見ると二人とも久しぶりに見る顔だった。リィとアトドナだった。二人にはこの日ミルドを訪問することは伝えていたが、この丘にやってくることまでは話していなかった。それにしてもリィとアトドナはいつの間にお互い知り合ったのだろうか。もしかしたらアトドナに正魔術師試験を受ける直前にわたしが頼りにしていたリィのことを話したから、わたしが旅立った後アトドナがリィを訪ねたのかもしれなかった。
二人はそろって満面の笑みを浮かべながらわたしのところまでやってきた。
「やっぱりここだったわね」
リィがわたしを軽く抱擁しながら悪戯っぽく笑った。こうやってリィに抱きしめられたのはわたしが神殿に逃げ込んだ時以来だっただろうか。リィはしばらくの間わたしを解放してくれなかった。わたしはリィの体から漂うお香の香りに懐かしさを覚えた。
「はい、ご心配をおかけした様ですみません」
「いいのよ、あなたならきっとこの街に来たら真っ先にここに来ると思っていたし。なんと言ってもエリスとよく来ていた場所なのでしょう?」
そういいながらわたしを解放するとリィはくすくすと笑った。
次に、アトドナがわたしに両手を差し出してきた。わたしも両手を出して握手をし数回手を振ったが、やがてわたしよりも頭半分背が高いアトドナにもまた抱擁されることになった。
「ティア、お帰りなさい。あれから6年だったかしら?すっかりベテラン魔術師の顔つきになったわね」
そういいながら解放してくれたアトドナの顔は心の底からうれしそうだった。無事に戻ってきた弟子の元気な顔を見ることができたのがうれしいという風情だった。わたしが冒険に旅立ったとき30代半ばだったのでもう40代に入ったのだろうか、それでもアトドナの顔は全くそのような感じに見えなかった。まだまだ若々しいアトドナの顔がそこにあった。
「それはそうと、エリスとは再会できたのでしょう?フェリシアから聞いたわよ?よかったわね」
リィはそういうとまた柔らかく抱きしめてくれた。どうやらリィは「呪われた島」で巻き込まれた事故の前、青龍の戦いの中で一足先に大陸に飛んだフェリシアから母の話を聞いていたようだった。彼女は今はリィの最側近の高司祭として神殿長の補佐をしているらしい。そういえば、あの時以来久しぶりにフェリシアと会うことになるのだろうか。ますますミルドの街での滞在が楽しみになっていた。
それと、出立の日にアトドナに約束していたことを果たしていないことも気になっていたので、母と再会できたとの報告が今になったことをわびた。アトドナは微笑みながら首を横に振りあっさり水に流してくれた。
「それからエリスとは時々会ってるの?」
リィに尋ねられたので
「まだ冒険者としてあちらこちらに飛び回っていた時は時間があるときに訪ねていましたけど、オルドに来てからはなかなか会えていないのです。ミルドの所用が終わったら1日くらい時間をとれると思うので、久しぶりに母に会いに行こうと思っています。もちろん『転移の術』を使いますけど」
と返すと、リィは
「いいわねぇ古魔術は。わたしも行きたいなぁ」
とぶつぶつ言い始めた。
「それでは一緒に行きますか?」
と尋ねると
「1日くらいはフェリシアに全部任せして旅行気分でいっちゃおうかなぁ」
リィはやはりつぶやき続けていたが、そんな彼女はわたしに古魔術を勧めたことが正解だったといわんばかりにちょっと誇らしい表情に見えた。
明日一日、リィがフェリシアと相談してまた返事するということになってこの話は落ち着きを見た。
「それとリィさん、ミルドでの魔術師学院の学費ありがとうございました。債務額を全額用意していますので、神殿に戻ったら返済させてください」
「あらあら、そんなのいいのに・・・といいたいところだったけど、それを言うとお金の貸し借りはきっちりしていたエリスやあなたに怒られるわね・・・それなら神殿に帰った後で受け取らせてもらうわ」
リィはそういうとパッと笑った。わたしは久しぶりに見るその笑顔に思わず顔がほころんだ。
「あ、そういえば」
リィは何かを思い出したように声を上げた。
「パメラがティアにおすすめのお店にいっしょに行きたいんだって言ってたけど、もう行ったの?」
「いいえ、それがまだなんです。パメラさんとは学院で顔を合わせることはあっても、オルドに来てからめまぐるしい毎日を送っていたので外を出歩く暇を持てなかったのです」
「あらあら、それはダメね、ちょっと落ち着いてきたらパメラさんと行ってきたら?」
リィとの会話にアトドナが口を挟んできた。
「そういうのでしたら、わたしにお休みをくださるように掛け合ってくださいよ、先生」
「ほらほら、時間調整は導師の必須スキルよ。これからは時間を作れるようにうまくやっていかないと。ね?」
「・・・今後努力します」
わたしはそう返すしかなかった。
「それにしても高級導師になったんですって?今更だけどおめでとう。やっぱり私があなたに教えることはなくなっちゃったようね」
「そんなことはありません、先生。これからもいろいろと教えてもらいたいことがあります」
「あら、わたしに何か教えられることがあるのかしら?逆に明日はあなたがわたし達に何か教えてくれるのではなくて?」
「いいえ、わたしはとんとん拍子にきてしまったので上を見すぎていて下をおろそかにしてきたかな、という実感があるのです。だからこそ改めて基礎をもっとしっかり勉強しなおしたいと思います。今まで長い間魔術の基本を教え続けてこられた先生にもう一度教わりなおしたいです」
そういうとわたしはアトドナに頭を下げた。
アトドナはまだ導師のままだった。アトドナとわたし、階級は逆転したが師弟のきずなは変わらないままだった。師匠はいつまでたっても師匠だったし、アトドナにとってもわたしはいつまでたっても弟子、という感覚だろう。でもそんな変わらぬきずながわたしにはうれしく思えた。
「そういえばあなた、『呪われた島』にも行ったんですって?パーティではそこでの話もぜひ聞かせてよね?」
「はい、先生。喜んで」
「私もお返しに以前約束した私の冒険譚をティアにしてあげるわ」
「楽しみにしていますね、先生!」
わたしはにこっと笑いながらアトドナ導師とそう約束しあった。
「さぁ、街に戻りましょう。あなたのお帰りなさいパーティを神殿で開くの。アトドナ導師もぜひ参加させてと言ってくださったわ」
そうリィに促され、わたし達は明かりがともり始めた街に向けて歩き出した。
わたしはリィの想い、アトドナの想いをかみしめながらこの上ない幸福を感じたのだった。
【Finem fabula ~ 本編・完】
この小説書いている最中に
最初の最初、わたしが頭の中で組み立てていたストーリーから順番が入れ替わったりいろいろしましたが・・・
この話で本編は完結です。
この後、あとがき、データセクションと進みます。