決意
実は、もともとこの部分は前の節とセットだったのですが
話が膨らみすぎてかなりの分量になったので
分割しました。
なにやら、ティアの中で何かが変わったようです。
その場が沈黙で静まり返った後。リィは「さっき話したことはあくまでも推測でしかないんだけどね」と言い足した後わたしに答えを促すように尋ねた。
「それで、あなたはどうするの、ティア?」
「わたし、母を探しに行きたい」
わたしは宣言した。ただその言葉に力を籠めることができなかった。どこかで強い自信を持てないわたしがいたからだろうか。それとも懸念があったからだろうか。
「でも3日後が正魔術師試験の日なんです」
「それなら、先に試験を受けたらどう?」
「でも、その間にもし母に何かがあったら・・・」
「それは大丈夫だと思う。もし拉致されたのだとしても彼らはエリスの力を見込んでいるのだからすぐに殺したりはしないわ。自分の手駒にするためにいろいろと手出しはするでしょうけど、それだってすぐに効果が出るわけではないし」
そしてリィは続けていった。
「実は昨日からオリーがミルドの街にいるの。じつはさっきの話もオリーから聞いたことなのよ。そして、今そのテロリストに対峙するための仲間を集めているんだって。あなたもその旅に加わったら?もしわたしのさっきの仮定が間違えていたとしても、あなたたちが動くことできっと事態はいい方向に進んでくれると思うわよ?」
「でも、わたしにそんなことができるのでしょうか・・・」
「確かに、腕に覚えがあって冒険者に身を投じる人もいるけれど、決してそういう人ばかりではない。あなたみたいに不安な気持ちをもって冒険者になる人だって多いの。それにあなたはもう少しで魔術師として独り立ちできるところまで来てるわけだし、エリスのもとで習った精霊魔術もできて戦士としての身のこなしもできる。あなたはきっと手練れの冒険者になれるわよ」
リィはそう言ってわたしの気持ちを後押ししてくれた。リィからのその言葉で、わたしもわずかながら自信が出てきたような気がする。
「それに、今回の試験を逃して旅に出たら、当分は魔術師になれるタイミングは得られないんじゃない?魔術師は魔法を使ってなんぼ。そうしないと実力は上がらないからね?一度正魔術師になったら、そのあとエリスを探すための魔術を覚えるのも早いと思うし。人間の格言で『急がば回れ』っていうのがあるの。一見3日間遠回りするようには見えるけど、それが一番の近道だと思うわよ?」
たしかに、長い時を過ごし人間界の様々なことに知見を持つリィの言葉には真実を帯びているように思えた。古魔術の中によく覚えている物が今どこにあるのか探知する「物品探索」の術がある。これを母の笛に対してかけることができれば、いずれは・・・。
しかしそれを使うにも、まずは正魔術師になり、そのうえで様々な状況で魔法を使ってノウハウをためないとたどり着けないのだ。
リィはわたしの表情の変化を読み取ったのかこう続けた。
「わたしの神殿にも一人冒険者志望の神官がいるの。あなたも会ったことある子よ?その子を呼ぶわね」
そしてリィはそばに控えていた従者にフェリシアという名の神官を呼びに行かせた。わたしの頭の中は疑問符でいっぱいになった。わたしも知っている冒険者志望の神官・・・誰のことだろう?
そしてあらわれた女性神官を見てわたしは驚いた。わたしが森から神殿に逃げてきた日の朝に応対してくれたあの女性だった。フェリシアと呼ばれた彼女もわたしを見てはっとしたようだった。
「この子がフェリシア。ティアも顔を見たことがあるでしょ?珍しい生き物が好きな子よ」
「初めまして・・・ではありませんね、ティアさん」
リィに紹介されたフェリシアはクスリと笑いながらあいさつした。
「あっ!こ、こんにちは、フェリシアさん」
わたしは慌てて立ち上がり、フェリシアにあいさつを返した。
「フェリシア、さっそくで申し訳ないんだけど今から『緑の畔亭』にいるオリーを呼びに行って」
「はい、かしこまりました」
そう返事をするとフェリシアは一礼して部屋から退出した。
「ティア、今日は時間ある?もしよければ顔合わせも兼ねてオリーとフェリシアと話でもしてみたら?」
その日は学院の勉強が終わってから神殿を訪れたので、これ以上の予定はなかった。わたしは勧められたとおりに2人と話をすることになった。
その晩の3人での話はとても有意義だった。オリーからテロリスト「スプリット」の情報を得ることができた。なんでも彼らは実力者を不意打ちで拉致しては長い時間をかけて洗脳して、洗脳が終わったところで幹部に抜擢して悪事を働くのだという。もし母がスプリットに拉致されたとしてもまだわずか7日間、元は熟練の冒険者だったこともあり洗脳はそれほど成果を上げていないだろうとの見立てだった。その他さまざまな情報を耳にするにつれて、わたしには母が「スプリット」に拉致されたというリィの仮説が次第に信ぴょう性を帯びてくるように感じた。
スプリット・・・わたしが魔術師学院に閉じこもっている間にまさか外の世界ではそのような事態になっていたとは・・・この時にして改めて外の情報を知ることの大切さを思い知った。
「スプリットの手先がこのあたりでも活動してはいるけれど主に実力者の拉致に動いているほんの一握りをのぞいてはほとんどただの下っ端。もう少し仲間を集めることさえできればわたしたちでもなんとかなりそうです」
フェリシアも遠慮気味ながら自らの得た情報を披露した。
オリーは力強くうなずいた。
「遠回りのようでもまずは我々にとって身近なその下っ端をつぶして行こう。そうしたら幹部連中も否応なく我々と対峙せざるを得なくなるだろう。それまでに我々も実力を伸ばし、さらに有能な冒険者を募り、十分に奴らとに対抗できる力を身に着けたところで頭をたたき、君のお母さんが奴らの中にいたら救い出す。もし仮に君のお母さんが奴らに拉致されていなかったとしても、我々が動くことできっとお母さんの足取りをつかむことができるだろう。エルフの格言で『大樹と為すもまずは小芽から』という。ひとまずはこの手でいくしかないだろう」
そう聞くとわたしの気持ちは少しばかり落ち着いたようだ。焦る気持ちがないわけではないが、ここで事を急いてはむしろ自分の身が危ういように思えた。わたしに何かがあれば母はきっと悲しむことだろう。
「しかし、ほかの冒険者も対スプリットで立ち上がるパーティが出てくる可能性があります。彼らにとってティアのお母様かどうかなんて関係ないこと。彼らの機先を制して誰よりも早くスプリットと接触する必要はありそうです」
フェリシアのその言にわたしは戦慄を覚えた。彼女が言う通り、ほかのパーティよりも先に母を助け出さないと、もし熟練冒険者パーティと遭遇したらいかに母が実力者と言っても不覚を取ることはあるだろう。
「ティアさん、あなたの正魔術師の試験は3日後ですって?それなら私たちは先にブリスに行って調査をするから、まずは試験をお受けなさいな。きっとあなたなら正魔術師の試験に合格できますわ。そうしたらブリスで合流して一緒にお母様を探しませんか?」
フェリシアにそう促されわたしは決心がついた。
「そうね、母のことは心配だけど今わたしが心配してもどうにもならなさそうだもの、まずは試験に集中して、一回で合格してみせる!そして皆さんと一緒に・・・母を探し出したい・・・」
最後は涙声になったが、わたしはそう宣言した。
そしてそれから5日後。わたしは真新しい革鎧に身を包み、まだ使い込んでいない魔術師杖を手にアトドナ導師の研究室を訪れていた。彼女に旅立ちのあいさつをするためだった。
「確かにあなたは冒険者生活にもともと興味を持っていた様子だったけど、本当に冒険者になるとはね・・・やっぱり弟子は師匠の道を歩むものね」
アトドナはしみじみと話した。
「それにしても、正魔術師試験に合格してわずか2日で・・・あわただしい出発になっちゃったわね。あなたのお母様がそのようなことになっていたなんて知らなかった。確かにちょっとティアの様子が心配になった時期はあったけど・・・」
「先生、ご心配をおかけして申し訳ございません。正魔術師となって落ち着く前の旅立ちになってしまいましたが、無事に母を助け出したら折を見てまた報告に参ります。そしてまた魔術のことをいろいろ教えてください」
「ええ、その時は喜んで。でもその時にはもう私が教えることは何もなくなっているかもね?」
「いいえ、そんなことをおっしゃらずに。無事に戻ってきたらまたわたしにいろいろ教えてください。先生の冒険譚もまだまだ聞きたいです」
そしてわたしはアトドナとひとしきり笑った。しかしそんなお互いの目から光るものが零れ落ちていた。
その後、わたしは神殿を訪れた。もちろんリィにあいさつをするためだ。
「リィさん、このたびはこの鎧、ありがとうございました」
そう、この鎧はリィから贈られたものだった。
「いいえ、わたしはあなたにこのようなプレゼントを贈ることができてとてもうれしいわ」
リィはそう言ってほほ笑んでくれたのだった。
以前からもわたしは鎧を持っていた。わたしが隊商の仕事を始めるにあたって市場で購入した革鎧だった。しかし魔術師の動きを妨げかねない固い革鎧だったので魔術師用の鎧を買ってくれたのだ。元冒険者らしいリィの心遣いに感謝した。
この前日に合格発表があり見事に合格したことを知ったわたしは、魔術師認定の儀式に臨み杖を授かった後アトドナ導師に報告に訪れたのだが、そこで大いにお祝いしてもらった後、神殿のリィにも報告に行った。
リィの喜びようは、まるで自分の娘が正魔術師試験に合格したかのようだった。そのあと、わたしが借りていた部屋を覗いてごらん?と意味深なことを言われたのでその通りにしてみると。
普段勉強に使っていたテーブルに真新しい鎧が載っていた。一見何の変わり映えもしない鎧だったが、よく見てみると鎧の内側、左胸の上あたりに意匠が施してあった。さらに注意深く見てみると、それはわたしのフルネームだった。きっとリィがわずかな時間で繕ってくれたものだろう。
そしてその鎧のそばには羊皮紙の手紙が添えられていた。そこには手短にリィからのメッセージが認めてあった。
親愛なるティア
合格おめでとう。これであなたも魔術師の仲間入りね。
この鎧はわたしからの合格祝い。何も言わずに受け取ってね。
これから出かけるエリスを探す旅、大変だと思うけどわたしは応援しています。
頑張ってね。
あなたを愛する リィーフェ・マリス・ボーディシア
わたしはこの手紙を読んで、ここまでまるでわが娘か孫娘かというくらいに愛情をたっぷり注いでくれたリィにこの上なく感謝した。わたしは鎧を抱くようにして泣いた。本当に、ここまでしてくれてありがとう、リィさん。
そろそろ旅立たなければならない。そういう時刻が近づいてきた。
「リィさん、それではそろそろ行きますね」
わたしはリィにお別れの挨拶をした。涙が零れ落ちそうだった。
「ティア、どうか息災でね。そしてエリスを助け出したらまた一緒にいらっしゃい。でもそれまでにももしまたミルドに来ることがあったらいつでも顔を出してね?」
リィはそう言葉をかけてくれた。そんなリィの目も潤んでいるように見えたのは気のせいではないだろう。
「はい、お約束します。本当に今まで、何から何までありがとうございました」
わたしは窮地をたびたび助けてくれた恩人に感謝の言葉を残し、ミルドの街を旅立った。
ブリスの街に向かう前にどうしても行きたいところがあった。ミルドの街のそばにある小高い丘だ。
ふもとから数十分かけて登りきったところでわたしは振り返った。眼下に広がるミルドの街とそばに揺蕩う湖を望むことができるその景色はまだ朝日の様相を残す日差しに照らされまぶしかった。以前からつらいことや忘れたいことがあるたびに訪ねていたこの地。でもわたしはこの風景が好きだった。
わたしは懐から笛を取り出した。まだ母とユスティンダ村で暮らしたときにもらった笛。わたしにとってこの上ない宝物だった。
わたしは笛を口元にあて、母に教えてもらった懐かしい曲を奏で始めた。幼かりし日々から今までの母と暮らした思い出が次々と思い浮かぶ。その母は今わたしのそばにはいない。しかしこれでわたしの母との思い出の終章には決してさせない。新たな決心を決めるとともにわたしは曲を奏で終わった。
これから始まる冒険者としての旅。果たしてそれはどんなものだろう。きっと隊商をやっていたころとはけた違いの危険な仕事もこなすことになるだろう。それでもわたしは悲観していなかった。先日オリーと話したところでは、ブリスで3人の手練れの冒険者と合流するという。二人の戦士と一人の義賊だという。
わたしは隊商時代の気が抜けないながらも楽しかった日々を思い返していた。またあの時のように楽しくも真剣に目の前の仕事をこなしていき、母を助け出したい。わたしは新しい決意を胸に一歩を踏み出した。
リィさんの手紙で、また泣いちゃった^^;