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ユスティンダ村を後にして

 わたしは母のおかげで一命をとりとめた。そして村も少なからず被害を被ったものの、母の活躍もあり壊滅的な被害は受けずに済んだようだった。母の剣術で葬り去った敵襲隊の人数は10人を下らないという。こんなすごい人が自分の母親であることを、態度にこそあらわさなかったもののわたしは誇りに思った。


 そんな中でわたしは絶望的な知らせを聞いた。ロークとリズの死である。

 なんでも、離れの広間にいる母とわたしの後を追い、二人の両親の目を盗み村から出ようとしたところで敵襲隊と遭遇し、無残にも惨殺されたのだという。母がわたしに施してくれたような治癒の術を唱える間もない即死だったという。

 その知らせは一層わたしの心を暗くした。

(ローク、リズ、ごめんね・・・)

 わたしがいなければ、ロークもリズももしかしたら助かっていたのではないか?わたしの数少ない親友を失った影響は、今後長い間わたしを苦しめることになった。


 しかし、何十年、何百年ぶりかに恵まれた子供を失った両親や村人の憤りは、そんなわたしの悲しみをはるかに凌駕するものだった。それはもっぱら村を救ったはずの母とその娘であるわたしに向けられた。

 あとになって知ったことだが、この襲撃は雇われたグリンたちが襲うべき村をいろいろ探しているうちにたまたまこの村が目についただけであり、ただの偶然だった。しかし村人の態度はまるで母が人間界から戻ってきたことが今回の襲撃を招いたのだとでも言わんばかりだった。

 今までは曲りなりにでも呼ばれていた村の集会にも声がかからないようになり、まさしく村八分のような状態に置かれた。そんな中でかすかなうわさ話で聞こえてきたのは、どのようにしてわたしたち家族を村から追い出そうか算段しているというものだった。


 そのころから、母の様子にも変化があった。わたしが寝室に入ってからも一人居間に残り思い悩んでいることが多くなったのだ。そして、毎晩のように母の啜るような鳴き声がわたしの寝室まで聞こえてきた。

 わたしは、母をこんなにも苦しめるわが身が憎く思うことさえあった。

(みんな、わたしが生まれてきたのが悪いのよね?)

 そう思ったことも一度や二度ではなかった。

 しかし、わたしには自らの命を自分で絶つという思いはなかった。それこそ母が最も望まない形だと思っていたから。わたしはたとえ母が苦しむのを見ていても知っていても、そしてわたし自身どれだけ辛くても、母のために生き続けようと決心した。

 それから幾日か経つと、さらに母の様子にもう一段の変化が現れた。荷物の整理を始めたのだ。それはちょっとそこまでという気軽いものではなかった。剣や鎧はもちろん、保存食や炊飯道具、テントのようなものまであった。まるでどこかに旅立つ支度のようだった。

 きっと母はわたしを連れて村から出るつもりなのだろう。そうは思ったが、それを指摘しても母を困らせるだけだと直感的に悟った。わたしは身を丸くし眠ったふりをしてギュッと目をつぶった。わたしはなかなか寝付けない夜を送り続けた。


 そして、月の明かりもないある夜のこと。

 最近いつもしているようにわたしが一人寝室で寝ていると。

「ティア、起きて。出るわよ」

 そうして薄目をあけたわたしの目に入ったのは、普段と異なる装いの母だった。それは近くの広場に行くときのものではない。皮鎧に身を包み、腰に剣、背中に背負い袋と長弓と矢筒を背負っていた。その姿はまるでわたしが知らない、冒険者時代に母がそうしていただろう時のものだった。


 そして、わたしにも木の皮で作ったものだろうか、急づくりの鎧を着せ半ば強引にわたしの手を引き家を後にした。

 家を出てさらに村の外、ちょうど母とよく来ていた広間の方向に歩を進め、10数歩したところで母は家の方を振り返りじっと佇んだ。それは今まで長い間過ごした家と永遠の別れをしているかのように見えた。そんな母の目から零れ落ちるものが見えた。その様子を見てわたしは母の覚悟を思い知るとともに、わたしも一生この家で過ごすことはないのだという悲しみを感じずにはいられなかった。

 わたしも母につられるかのように泣いた。ただ大きな声をあげて泣くことはできなかった。何よりほかの村人に聞かれるのは避けたかった。お互いひとしきり泣いた後、今度こそわたし達は村を後にした。


 その夜はいつもの広間で野営をした。ここまでの道中は明かりもつけず真っ暗だったが、母はもちろんわたしもそのころには精霊魔法の素養があった。精霊魔法の術者は精霊力を視覚に変えて見ることができる。視界という点だけで言えば夜間の行動も支障はなかったが、まだ体力がないわたしには休息が必要だった。そのためここで野営をすることになったのだ。

 わたし達エルフの村の住民は基本的に森の中では火を使わない。火が燃え広がって森に燃え移ったら自分たちの村に延焼しかねず自分たちの生活の糧も失ってしまうからということもあるし、何よりエルフは森を友のように思っているところがある。友が困るようなことをしないというのがエルフの村の習わしのようになっていた。

 しかし今はそのようなことを言っていられない。母はほかに延焼しないよう最小限度の焚火を起こし、寝ずの番を決め込んでいる様子だった。母はこのような過酷な環境にも慣れっこだったのだろうか、睡眠不足に陥ることも気にしていない様子だった。


 いつもは明るい間にいるその広間も、夜になるとまるで様子が一変していた。まるっきり静まり返ったその中でどこからともなく獣の遠吠えのような声が聞こえる。そんな様子にわたしは縮こまった。それはまるで別の世界のようだった。この場においてはわたしの力は及ばない、母が頼りだと思った。わたしはそばで見張りを続けている母に身を寄せ眠ろうと努力した。母はそんなわたしの背中に手を回し、まるでママがいるから大丈夫、落ち着きなさいと言っているかのようにやさしくさすり続けてくれた。そんな母に守られ、わたしは程なくして眠りに落ちた。


 わたし達は夜明けとともに森の外に向けさらに歩を進めた。これより先はわたしにとって未知の世界だった。以前は初めて行く場所に行くときはワクワクしていたものだったが、先の一件があってからはそれよりも恐怖心がまさっていた。これより先はどのような敵がいて、どこかに身を隠し、いつかわたしに向かって襲い掛かってくるのではないか。そのような気がしてならなかった。わたしは思わず左手で懐に収めていた笛を服の上から摩っていた。わたしの不安な気持ちを察してだろうか、わたしの右手を持つ母の手に力がこもった。わたしにはそんな母の存在がとても心強かった。


 やがてわたしたちは森から外に出た。初めて見るその風景にわたしは目を見張った。森の外にはこんな世界が広がっていたんだ!そしてこの世界で母は大勢の人を救う大活躍をしていたんだ!改めてわたしは母の存在の大きさを感じるのだった。

 母は村を出るときそうしたように森から数分歩いたところで振り返り、また森とお別れするかのようにその場に立ち止まった。しかし今度はその目に光るものはなかった。そんな母にわたしは母のゆるぎない覚悟を感じ取ったのだった。


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