ユスティンダ村
わたしがこの世に生を受けたのは今から29年前のことだった。
わたしの母は270年ほど前に生を受けたときからこの村に住んでいた。幼い時からおてんば娘で、村の外に遊びに行っては祖父母に怒られていたそうだ。そんな好奇心が高じてやがては村を飛び出し冒険者を志した。そして幾人かの人間たちとともに幾多もの冒険を繰り返したという。様々なパーティに入ってあまたの冒険をこなしていたが、そんな生活をしていたとき一人の冒険者仲間の男性と恋に落ち、彼に体を許した。その時授かったのがわたしだった。母はわたしを身ごもったことを知ると冒険者を引退し、父たちと別れ一人村に戻ってきた。村に名前はない。しかし村の名前を言う必要があるときは族長の名前から「ユスティンダの村」と呼んでいた。
母はわたしを一人で出産したという。エルフはよそ者には冷たく接すると言い、それは村に舞い戻ったとはいえ一度村を出奔した母も例外ではなかった。わたしを出産するときも、誰一人として構おうとする村人はいなかったのだ。村には祖父母や曽祖父母がいたが、彼らとて例外ではなかった。まるで勘当だとも言わんばかりの態度を取り、わたしにも顔を見せようとすらしなかったのだ。わたしは祖父母や曽祖父母の顔を知らなかった。
母はわたしに「ティア・マリル」という名をつけた。通常エルフの名に姓をつける風習はない。しかしあえて母は「マリル」という父の姓を付けた。それは別れた後も父のことを忘れられなかったからだろうか。
母娘に対する村人の態度が冷たいのはわたしが成長してからもそうだった。ましてや、ブロンドやシルバーの髪の色が多いエルフの村において、ブロンドとダークブラウンのメッシュという髪の色は大いに目立ち、さらに忌避されることになった。わたしは母とともに腫れ物にでも触るかのような扱いを受けたのだった。
そんな中で例外ともいえるのはわたしと同年代の二人の子供だった。
ひとりはわたしの3つ年上の男の子で「ローカリッグ」、愛称を「ローク」と言った。聡明で勇気もあったが優しさも持ち合わせていた。
あと一人は同い年の女の子で「リストリア」、愛称を「リズ」と言った。同性のわたしから見ても美しく、でもおてんば気質も持っていた子だった。母も小さいころの自分を見ているようだと評していた。
わずか数十人のエルフの村で(わたしも含めて)3人もの幼子がいる村はとても珍しい。わたしはそんな珍しさにずいぶん救われたものだった。
彼らはきっとわたしと遊ぶことを親たちに止められていただろう。それなのに親の目を盗んだのだろうかよくコッソリと村から忍び出て3人で遊んだり母も交えて4人で遊んだりしたものだった。
エルフの村はその多くが森の中にあり、ユスティンダの村もご多分に漏れず深い森の中にあった。エルフは自分の村を守るために森の中で活動するのに適した精霊魔術を身につけ、弓で武装している。子供たちは森の中で遊びながら素養を磨いていくのだ。わたしもそうやって精霊魔術と弓の技術を身につけていった。このことがその後どれだけ身の助けになったことか。
母はまた、わたしにとって剣術の師匠でもあった。一般のエルフも己の身を守るため、また自分の村を守るために剣をふるう。しかし母は幾年もの間人間界で冒険を生業にしていた。そのため村一番の剣の使い手として一目置かれるとともに、それもまた人間界で習得したよそ者の剣術として村人から忌避の目で見られるのだった。
まだ幼かったわたしだったので、母もこのころは優しく教えてくれた。本物の剣はもちろん、模造刀もまだ危ないということでまっすぐな木の枝を使っていたが、まだ剣術の練習というよりはお遊戯という態だった。それでもわたしにはとてもためになったものだった。
それに併せてわたしにとってとても大切なことの練習もつけてくれた。横笛だ。
まだ小さかったわたしが扱っても大きすぎず扱いやすいものだった。
「これは?」
母がわたしに小ぶりの横笛を渡したとき、わたしは尋ねたものだった。
「これはママとティアをつなぐ大事な笛よ」
母はそういいクスリと笑った。
「こうやって吹くの。ママとティアが一緒に吹くことで心も通うわ」
そういうと母は顔の右側に笛を構えた。同じ大きさのものを母も持っていたが、大きな母が持つとちょっと小ぶりで面白おかしく見えたのだった。
でも吹いて聞かせてくれた母の笛の音はとても美しいものだった。なんでも母は笛のうまさでも冒険者の間では有名だったのだそうだ。
「さぁ、ティアも吹いてごらん?」
そう促され吹いては見たが、スースーと息が通る音がするだけだった。そんな様子を見て母はまたクスリと笑った。
「ほら、ティアも竹筒に息を吹き込んで音を鳴らしたことあるでしょ?あの時と同じ感じで吹いてごらん」
わたしは言われるがままにしてみた。形は横笛だけどそれは見た目だけで、実は竹でできた水筒でこの穴は飲み口だ。この飲み口に息を吹きかけるんだ。そういうつもりで吹いてみると、ポォッという音がした。思わずわたしは母と目を合わせ、声を合わせて笑った。
「そう、音が鳴ったらしめたものよ。じゃあ少しずつ違う音を鳴らす練習をしましょう」
それからは母とよく笛の練習をしたものだ。笛の練習は村からやや離れた広間で行っていた。村の人たちに聞こえないようにするためだった。時折ロークやリズもきてわたしたちの笛の音を楽しんでくれた。わたしはそんな4人でのひとときが大好きだった。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。そう、あの日を境にわたしの運命は暗転したのだった。




