可愛らしい男の子が勇者に選ばれない!?ならば育て上げればいいじゃないっ!~聖剣の精霊は欲望だけで勇者を鍛え上げるっ!~
私は聖剣に宿る精霊だ。
かつて、とある賢者は世界が『魔物』によって侵される未来を予知した。
そのためかつて賢者が私、聖剣を作り、その危機に備えた。
そして今、世界に『魔』が溢れようとしており、私の力が必要となった。
聖剣である私は聖なる湖に備えられた台座にひっそりと刺さっており、来るべき勇者を待っている。ひっそりと待っている。
選ばれた勇者にしか私を台座から引き抜くことは出来ない。
しかし、もうすぐきっと予言の勇者が現れ、私の力が放たれるのだろう。
私が作られてから500年は経っただろうか。
500年、孤独で寂しかっただろうか?来るべき活躍の日が近づいて胸は躍っているだろうか?
そんなことはない。
道具である私に心なんて必要ない。
私はただの聖剣だ。ただ、魔を打ち払うだけの道具だ。
この500年、特に苦しみも喜びもなかった。それでいい。私は道具であって、心など必要ないのだ。
予言の勇者に傅き、ただ道具として役立つ。
それだけである。
私を作った賢者は私を聖剣に宿る女性の精霊として作成したようだが、男性だろうが女性だろうがどっちでも良かったことだ。
私は何も感じない。そして、感じる必要などないのだ。
私はただの道具であるのだ。
ただ魔を討つだけの道具であるのだ。
誰が勇者になろうと、誰が私の主人になろうとどうでもいい。
私に感情は必要ない。
何も感じる必要などない。
私はただの道具に過ぎないし、それに疑問など覚えない。
私には感情なんて要らないのだ。
…………おや?誰かが近づいてきている?
やはり『魔』が世界に溢れ出しているせいだろうか、予言が近づいているからだろうか、賢者がかけた湖の結界が弱くなっている。
近くにある村の人間だろうか。
それとも遠くから来た冒険者であろうか。
私にとってはどうでもいい。
そのものがここに辿り着いて、私を引き抜くことが出来ればその者が予言の勇者であり、それ以外の者ならば予言の勇者ではない。
ここに辿り着かなければ、ただそれだけの者と言うことであるのだ。
簡単なことである。
誰が勇者であり、私の主人となろうと私には構わない。
私はただの道具であり、心など必要ないからだ…………
さて、この近くに来ている人間はどんな者なのだろうか?
私に興味はないが、私にとって関係のある人間だ。
千里眼を使い覗いてみるとしよう。
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…………………………
………………
…………
きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!
好みっ!私の好みっ!好みの可愛い男の子だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
10歳くらいの可愛い男の子だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!!
目は大きく、まん丸いぃっ!愛くるしい顔をしているぅっ!不釣り合いの大きな弓矢がギャップとなっていて、また良いぃっ!
可愛いいいいぃぃぃっ!なんて可愛い男の子なのおおおぉぉぉっ!
ドンピシャッ!私の好みにドストライクッ!
あ゛ぁ゛っ!私はこの子に出会うために生まれてきたんですねっ!分かりましたっ!賢者様っ!ありがとうっ!賢者様っ!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……………………
ほんと可愛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……………………
天使のようやでえ゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……………………
………………………………………
え!?ちょっと待って!?どこ行くの!?
そっちは私のいる湖はそっちじゃないっ!そっちじゃないよっ!?
あぁっ!待ってっ!どこ行くの!?こっち!こっちにおいでっ!
あ゛ぁ゛っ!もうっ!見ていられませんっ!
迎えに行くしかありませんっ!
ここに辿り着かなければただそれだけの者!?私には関係ないっ!?そんなこと言ってないし!言ってません!私には1人でも多くの勇者候補を選定する義務があるのですっ!
今行きますよぉっ!
愛しの彼の元へえ゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!
そして精霊である私は聖剣の中から飛び出し、賢者が作ってくれた少女の姿を顕現させ、森の中をめちゃくちゃに走っていくのでした。
少年と同じ10歳くらいの少女の姿に自分の姿を調整しながら…………
【可愛らしい男の子が勇者に選ばれない!?ならば育て上げればいいじゃないっ!~聖剣の精霊が欲望だけで勇者を鍛え上げる~】
「ちょっ……!ちょっと待って下さいっ!君…………」
人の手が付けられていない深い森の中、自由に生えまわる木の根に足を取られながら私は例の少年の元に駆け寄った。
「え……?誰…………?」
少年は見知らぬ女性――私の事ですが――に驚いていた。そりゃ、まぁ、こんな森の奥深くで人に会うことなんて普通あり得ないでしょう。
息を切らしてぜーぜー言う私のことを少年は不安げな目で見てくる。
あ゛ぁ゛っ!その円らな目がとても可゛愛゛い゛っ!
「君!どこから来たの!?何が趣味!?年齢は!?好きな女性のタイプは!?好きな女性のタイプはどんな感じなんですか!?」
「えっ……?えっ……?えっ…………?」
おどおどとしながら怯えている!可゛愛゛い゛っ!
それも仕方ないでしょう!こんな森の奥深くで人に会うことなんて普通あり得ないでしょうから!
…………ん?違うでしょうか?私に怯えているんでしょうか?
でも、そんなの関係ありませんっ!
「えぇっと……僕はラピスって言うんだ。君の名前は……?」
あ!私としたことが自己紹介がまだでした!
でも、そんなことより…………
「ラピス…………とてもいい名前ですね…………」
あ゛ぁ゛…………耳が幸せぇ…………
ラピス……なんて良い響きなんでしょうか…………頭の中が蕩けてしまいます…………
「あのぉ…………あのぉ…………君の名前は…………?」
困った顔をしながらラピス君が私に尋ねてきます。
…………はっ!一瞬頭の中がお花畑に囲まれてしまいました!あ゛ぁ゛!なんて愛おしい子なんでしょう!その名前だけで人の心を魅了してしまうなんてっ!
「私の名前はセイと言います!ラピス君!以後お見知りおきを!」
「セイちゃんって言うんだ。いい名前だね」
そう言ってラピス君はにっこりと微笑みます。
「はうぅっ…………!」
何!?この胸の奥に突き刺さるような激しい衝動は!なんて可愛らしい笑顔なんでしょうか!もしかして、これがKO☆I!?
「セイちゃんはどうしてこんなところにいるの?ここは森の奥深くだから危ないよ?僕の村まで案内してあげる。行こ?セイちゃん?」
「ちょ、ちょちょちょっ!ちょっと待ったーーーーーっ!」
流れるように身の安全を考慮してくれて、流れるように安全な自分の村まで送り届けようとしてくれるラピス君は天使、聖人と言わざるを負えませんが、今はちょっと待って!
私が君の事を招待したいのです!
「ら、ラピス君、村は後で案内して欲しいのですけど、その前にちょーっと私に付いてきてくれませんか?」
「え?でもこれ以上森の奥へ行ったら危ないよ?帰ってこれなくなるよ?」
「そ、そんなこと言わずに……いいから、ちょっとだけですから…………」
私はラピス君の手を引っ張る。
「ちょっぴり……ほんのちょっぴりですから……さぁ、抵抗しないで……お姉ちゃんに身を委ねて……お姉ちゃんといいことしよう?……な?ええやろ?ほんのちょっとだけやから……?全然怖くないから……全然痛くしないから…………」
「セ、セイちゃん……こ、恐いっ!」
はっ!
つい鼻息が荒くなってよだれまで垂らしてしまいました!
これではラピス君の抵抗も強くなるというものです。つい我を忘れて、ラピス君を自分の巣へと持ち帰ってしまおうとしていました!
いけませんね、理性的な話し合いが求められます。
私はコホンと一つ咳払いをして、仕切り直すように話し始めました。
「ラピス君。君のことを勇者の選定にかけさせて欲しいのです」
* * * * *
清浄なる湖のほとり、神秘の力が宿った地へ私はラピス君を連れ帰ってきました。
ラル君は結局半信半疑でしたが、心優しい彼であるためか、私の話を真っ向から否定せず、とりあえず付いてきてくれました。
あ゛ぁ゛っ!なんて優しいっ!なんて幸゛せ゛っ゛!
「あっ!あれが聖剣!?本当にあったんだぁ!」
「えぇ、本物ですよ。あの聖剣を台座から引き抜けたらその方が勇者なのです」
「で、セイちゃんはその聖剣に宿っている精霊なんだよね?凄いなぁ……」
そう言ってラピス君は宝石のようにキラキラした瞳を私に向けてくるのでした。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛
可愛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛
「でも……僕なんかが勇者として認められるのかなぁ…………」
私はここに来るまでラピス君に全ての事情を説明してありました。
でもラピス君は自信が無いようで、肩を落とし、しゅんと縮こまってしまいます。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛
それでも可愛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛…………
「大丈夫ですよ!ラピス君!私の中ではもうラピス君は最高の勇者です!」
「……本当?セイちゃん?」
「えぇ!それはもう!ハァハァ……」
ラピス君の肩に手を当て、彼を慰めます。
ラピス君に触っちゃったーっ!うひょーーーーー!あっ!でもさっき手も握ってたーーーーーー!忘れてたーーーーーーーー!しばらく手は洗えねーーーーーーーー!
ひょーーーーーーーーーーーー!
ハァハァ…………ハァハァ…………
「……セイちゃん?なんで鼻息が荒いの?もしかして、ここまで来るのに疲れた?」
「い、いえ……なんでもない……なんでもないですよー…………」
誤魔化しました。天使のラピス君は特に疑いの目を私に向けることはありませんでした。
ラピス君が湖の真ん中に佇む台座に上り、聖剣に手を掛けました。
さぁ!今この瞬間、勇者が誕生するのです!
私の愛しい勇者様がっ!
「ふんーーーーーーーーーーー!」
ラピス君が力いっぱい踏ん張ります。
さぁっ!勇者の誕生と言う歴史的な瞬間がっ…………!
「ふんんんんんんんんっ!」
歴史的な瞬間がっ…………!
「はぁはぁ……ダメだ、セイちゃん……抜けないよ…………」
…………え?
…………なんやて?嘘だろ?
え?ほんと?嘘でしょ?
……ええぇっ!?嘘でしょっ!?彼が勇者じゃないだって!?聖剣が彼を勇者に選ばないだなんてっ!?私が認めているのに!?聖剣の精霊である私がこんなにも彼を認めているのにっ!?それなのに彼は勇者に選ばれないんですかっ!?
ちょちょちょっ!どういうことだよっ!?どういうことだってばよっ!?こんなに可愛らしいのに!こんなに運命を感じているのに!それなのに勇者じゃないってどういうことだよっ!
賢者のバカヤローーーーーーーーーーー!
どういう基準で勇者を選ぶんでんだよぉっ!私が認めればオッケーしとけよぉっ!私にも分からない魔術、私にかけてんじゃないわよぉっ!
あぁっ!本当に!?本当にラピス君は勇者になれないの!?
私とラピス君のイチャイチャ冒険譚は起こらないの!?
賢者のバカヤローーーーーーーーーーー!
「やっぱり僕は勇者じゃなかったみたいだね……村に帰って大人の人呼んでみるよ。もしかしたら、誰か勇者になれる人がいるかもしれないし…………」
「ちょっ!ちょちょっ!ちょおおっと待ったあああぁぁぁっ!」
ストップをかけます。
他の人を呼ばれてラピス君以外の人が勇者に選ばれるなんてのは御免です!
「大人の人を呼んではいけませんっ!それはダメなんですっ……!」
「ダメって……なんで……?人を呼ばないと勇者かどうか分からないし、勇者がいないと世界が困るんでしょ…………?」
「なんでって……それは…………」
答えに詰まってしまいます。
まさか、ラピス君以外の人が勇者に選ばれるなんてのが嫌なんて私情は言えませんし…………
「ほ、ほら……悪い大人まで来てしまったら、聖剣と言う伝説の武器が悪用されてしまうかもしれないじゃないですか?だから人を呼ぶときは慎重に、慎重に…………」
「分かった!信頼できる大人の人を呼んで来ればいいんだね!大丈夫!ぼくの村の人たちは皆優しい人ばかりだよ!」
「ちょっ!ちょちょっ!ちょおおっと待ったあああぁぁぁっ!」
ストップをかけます。
「…………なんで?セイちゃん?」
「えぇっと……それは…………」
何か良い言い訳……良い言い訳…………
勇者が選ばれてしまうようなことが無く、そしてラピス君と私の2人きりの時間が邪魔されないような良い言い訳…………
なにか……なにか…………
「な、なんと……なんと!初回挑戦者には初回特典ボーナスとして聖剣との3年間の独占契約を結ぶことが出来たのです!」
「えっ!?」
「3年間は何度でも聖剣に挑戦し放題!その他の方とは契約をいたしません!さらに!魔力ボーナスや経験値ボーナスも付いてとてもお買い得ぅっ!」
「えぇっ!?」
「さらにさらに!今なら聖剣がもう1本ついてきちゃうサービスもっ!
さぁっ!契約するなら今しかありませんっ!」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
…………私は何を言っているんだぁ……?
何か質問されても答えられんぞぉ……?特に聖剣がもう1本とか……無いわっ!聖剣がもう1本とか無いわっ!?
どうするっ……?!私!?どうする……?!
「よ……よく分からなかったけど……3年間は僕以外の人は勇者になれないってこと…………?」
「……は!はい!その通りですっ!」
伝わって欲しいところだけが伝わった!流石ラピス君!天使!天才!
…………嘘だけどねっ!全部全部嘘だけどねっ!?
「でも……僕……もう既に失敗しているし…………」
「それには問題ありませんっ!」
私は小さな胸を力強く叩いた!
「私がラピス君を勇者に成長させてみせますっ!」
「…………えっ!?」
「聖剣式ブートキャンプであなたも勇者にっ!」
こうして私とラピス君の勇者になるためのトレーニングが始まった。
* * * * *
次の日のお昼過ぎ、ラピス君は迷わず私の元まで来てくれた。
『今日と同じ時間にここに来てください』と機能約束したのだが、少し後悔しているのは『朝から』と約束しておけば私は朝からラピス君と一緒に入れたのにっ!
くそーーーーーーっ!
「まずその1!勇者は強くあるべしっ!まずは体を鍛えて鍛えて鍛えまくるのですっ!」
最初は腕立て伏せ、腹筋、スクワット100回ずつっ!そしてマラソン50km!
…………と思ったのだけれど、腕立て伏せもスクワットも30回で限界が訪れてしまった。最終的には5000回くらいは連続でやって欲しいのだけれど、大丈夫かなぁ?
「もうダメだよぉ……もうげんかいだぁ…………」
と言いながらふにゃふにゃになるラピス君はとてもとても愛くるしくてあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!可愛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!
「大丈夫だよ!ラピス君!まだ初日だもの!頑張れ!ファイト!」
「うん、ありがとう、セイちゃん!僕、頑張るよ!」
う゛ひょ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!
眩しいっ!眩゛し゛い゛っ!その笑顔がとてもとても眩゛し゛い゛っ!
「聖剣式トレーニングその2!勇者は敵に立ち向かうべしっ!魔物を倒し、人々を魔の脅威から守ってこその勇者!
…………という訳で行ってらっしゃーい」
「えええぇぇぇっ!?」
私は空間に穴をあけ、ラピス君をその中に放り込む。
空間の先は魔の洞窟。まぁまぁそこそこの魔物がたくさん住む洞窟である。
「さぁ!頑張って魔物を倒して!ラピス君!魔物を倒すとその魔力が自分の強さにも還元されるのですよ!」
「えええぇぇぇっ!?待って!?待って!?ここどこっ!?」
空間の穴からラピス君の様子を覗く。
あ、悪魔の熊が出てきた。やっつけちゃえ!ラピス君!
「うわああああああっ!…………ふべっ!」
「あ…………」
ラピス君は熊の一撃によって昏倒してしまった…………
止めを刺されない内にラピス君を回収する。
…………なんか、その…………ごめん。
このぐらいなら大丈夫かなぁ…………って思ったんだけどねぇ…………
普通子供は行かないか、魔の洞窟なんて…………訓練された兵士が行くような場所だもんね…………でも、勇者ぐらいならあの熊なんて弱すぎてどうしようもないんだけど…………
目が覚めたラピス君は膝を抱えて落ち込んでいた。
「やっぱり僕なんて……僕なんて……何の役にも立てないんだ…………」
「そ!そんなことないよ!私が無茶言っちゃっただけで…………もっと弱い敵から始めてみよう!大丈夫だよ!ラピス君!」
私は励ます。
私がへこましちゃったしなぁ…………
へこんだラピス君も可愛いんだけど……ぐへへへへ…………いやいや!ちゃんと励まさなきゃ!
「大丈夫!まだたった1日目ですよっ!ラピス君なら絶対大丈夫!」
「……でも、僕……運動も体力も全然ダメなんだ……勇者になんてなれる訳ないよぉ……!」
「大丈夫!ほら!私を信じて!聖剣の精霊である私が言うんだから、ラピス君は絶対大丈夫!絶対絶対大丈夫!」
涙目のラピス君が顔を上げ、私の事を見上げた。
うへへ…………かわいぃぃぃ…………
「ラピス君は勇者になれますっ!絶対絶対勇者になれます!絶対に!勇者に!」
大声をもって励ました。私の渾身の力で励ました。
ラピス君の顔がぽっと赤くなった。
「ぁ……ありがとう…………うん、僕、もうちょっと、頑張ってみる…………」
「その意気ですよ!ラピス君!」
もじもじしながらラピス君は続ける勇気を出してくれた。
かわいーーーーー、ラピス君、まじ可愛いーーーーーーーーー。食べちゃいたい。
「さぁっ!聖剣式トレーニングその3!勇者は人に優しくあるべきっ!体を鍛えるだけでなく、人のために役立ってこそ勇者!
まずは簡単なところから!家のお手伝いをやってみよう!」
「あ、それはもうやっているよ」
「え?あぁ、そう?じゃあ村のお手伝いをやってみよう!村の困っている人を探してその人の力になるの!」
「えぇと……それはいつもやっている人助けってことでいいのかな……?」
「え?いつもやっている?」
「うん……」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
……………………………
「免許皆伝っ!」
「雑じゃないっ!?」
突然の免許皆伝に流石のラピス君も驚いていた。
そういえばそうだった。ラピス君は優しさの塊のような純粋な子!私が昨日、半日で考えた優しさトレーニングなんてもう当然のようにこなしていたようです。
うーーーむ……どうしようか…………
トレーニング法なんて昨日半日で考えた雑な案だからなぁ…………別に大して練った案でも無いしなぁ…………それに何も思いつかないしなぁ…………
「……じゃあ私に優しくしてみて下さいっ!」
「えっ!?」
おねだりしてみた。
ラピス君が困っている。そりゃそうだよね。いきなり優しくして下さいと言っても何をしたらいいのか。
これはやっぱりやめるか。全くトレーニングになりそうにないしなぁ…………
そう思っていた矢先の事だった。
「い……いい子いい子…………」
ラピス君は私の頭を優しく撫でたのであった。
「……………………」
「……あれ?せ、セイちゃん?だ、ダメだったかなぁ?よ、よく分からなくて…………」
「……………………」
頭撫でられた…………
ラピス君に頭撫でられた…………
頭……撫でられた…………
「きゅう…………」
「あ!?あれっ!?セイちゃーーーーーーーーんっ!?」
私は感動で気絶した。
それが1日目のトレーニングの終わりだった。
* * * * *
「998……999…………1000っ!」
「わーっ!凄いっ!ラピス君!遂に腕立て伏せ1000回達成ですね!」
「うん、毎日頑張ってきた甲斐かな。これもセイちゃんのおかげだよ」
あれから1年間の月日が経った。
ラピス君は私の言ったことを愚直にも信じ、この聖剣の在り処を誰にも言うことはなかった。
なんて優しい!なんていい子なの!ラピス君!天使かっ!ほんまもんの天使なのかっ!?
そんなこんなでラピス君は私のてきとーに作った聖剣式ブートキャンプを毎日毎日こなしていった。
それでも日に日にラピス君の体は逞しくなり、そして強くなっていきました。
あどけない顔にも精悍さが混じ入るようになり、日々の厳しい特訓を乗り越えてきた凛々しい男性のように成長してきておりあ゛あ゛あ゛ぁ゛っ!良゛い゛ぃ゛っ!良い゛よ゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛っ!ラ゛ピ゛ス゛君゛っ゛!
格好良くなってきたのに、それでもまん丸の目の可愛らしい顔はそのままでっ!男らしい雰囲気と女性らしい顔つきが非常にマッチしていてあ゛あ゛あ゛ぁ゛っ!素゛晴゛ら゛し゛い゛ぃ゛っ゛!最゛高゛っ゛!ラ゛ピ゛ス゛君゛っ゛!
……おっと鼻血でそう。
「それで?今日は何処に行くのかな?」
「あ、えぇと……今日は死の森で魔物狩りなんてどうでしょう……?」
「死の森か。うん、いいよ。あそこにもだいぶ慣れてきたしね」
そして私が作り出した空間魔法の穴を通ってラピス君は死の森へと入っていきました。
死の森とはその名の通り、一度入ったら生きては帰れないと言うことで有名になったとある国の危ない場所でした。
凶暴な魔物が数多く住み着き、魔力耐性の少ない者には嗅ぐだけで毒となる瘴気が蔓延している場所です。
そんな場所にラピス君は悠々と入っていきました。
私は付いていけません。
聖剣の精霊である私は聖剣から5km程しか離れられません。まぁ、大分離れられるのですが、どこか遠い場所になんて行くことは出来ません。
私に出来ることは修行の場を空間魔法で繋げ、そこからラピス君を見守ることだけでした。
ラピス君の前に凶暴な魔物が現れます。
凶暴な犬の魔物。高さは4m程、体の長さは10m程ある巨大な魔犬でした。
ラピス君の体の5倍も6倍も大きな魔物です。端から見ると、まだ未成熟な11歳のラピス君に勝ち目はありません。
でも、彼は魔犬に立ち向かっていきました。
魔犬の攻撃を紙一重で躱しながら、剣で魔犬の体を傷つけていきます。1撃1撃は浅いですが、それを何度も何度も繰り返し、魔犬の体に多くの傷をつけていきます。
そして遂にラピス君は魔犬の足の1本を斬り落としました。同じ箇所に何度も何度も剣を振り、肉を少しずつ削っていっていたのです。
足が1本無くなってバランスが取れなくなり、魔犬は無残にも倒れ伏せ転がりました。
その魔犬を素早く、せめてこれ以上苦しまないようにと、彼は魔犬に止めを刺しました。
ラピス君の勝利でした。
きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
格好いいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
ラピス君、めちゃくちゃ格好いいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
惚れそうっ!こんなの見せられたら誰でも惚れてしまうわーーーーーーーーーー!
あ゛ぁ゛っ!私もう惚れてたっ!そうだったっ!忘れてたっ!てへぺろっ!
そうしてラピス君は次々と魔物を打ち倒し、死の森を悠然と歩きまわっていきました。
「今日はこれくらいかな」
「そうですね、お疲れ様です」
私は空間魔法で彼を引っ張り上げ、元の場所に戻しました。
後は聖剣直伝の魔法の修業を行って、今日の修業を負えるのでした。
「ラピス君、もうここに通うようになってから1年ですね」
「あれ?もうそんなに経つの?あまり実感がないなぁ…………」
「ふふふ、今では最初にあった頃の君とは別人のような強さですよ?」
私はラピス君の膝の上に乗り、頭を撫でて貰いながら会話に興じています。
初日に出した課題『私に優しくすること』。それを今でも彼は守っていてくれて、私は彼に甘えるまま甘えて、彼の身に寄りかかっているのでした。
至福っ!あ゛ぁ゛っ!至゛福゛っ゛!
何が幸せって、この瞬間が1番し゛あ゛わ゛せ゛っ゛!あ゛ぁ゛っ!わ゛た゛し゛っ゛!生まれて来てからというものこの1年間が1番し゛あ゛わ゛せ゛っ゛!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛
最゛高゛う゛う゛う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛………………
「魔物はどんどん倒していきましょうね。増えすぎても人にとって困るだけですし、魔物を倒した時、その魂が勝者の魂の中に入り込み、魔力の糧となるのです」
「そうやって、魔物を倒していくと僕の魔力が増えて鍛え上げられていくんだよね」
「その通りです。ラピス君。正解です。よく勉強していますね」
「僕の場合、先生が優れているんですよ」
2人で笑い合う。
「でも、未だに聖剣は抜けないんだけどね」
そうです。ラピス君は何度も聖剣が抜けないか挑戦し続けているのに未だに抜ける気配を見せないのです。こんなに強くなったというのに、聖剣は未だラピス君を認めようとしません。
お゛っ゛?賢者さんよぉ?聖剣を作った賢者さんよぉ?
勇者選定の基準おかしーんじゃねーの?お゛ぉ゛っ゛?賢者さんよ゛ぉ゛?
こんなに一生懸命頑張って、こんなに成長して、こんなに可愛くて、こんなに愛゛ら゛し゛い゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っラピス君が勇者に選ばれないとはどういうことだよ?お゛ぉ゛っ゛?賢者さんよ゛ぉ゛?
おかしーんじゃねーの?勇者選定狂ってんじゃねーの?お゛ぉ゛っ゛?賢者さんよ゛ぉ゛?天国まで問い詰めに行ってやんぞ?お礼参りしてやんぞ?お゛ぉ゛っ゛?賢者さんよ゛ぉ゛?
「大丈夫です!ラピス君!元々3年間の修業で勇者になる予定なのですから!まだまだ1年目!焦ることありませんよっ!」
「…………うん、そうだね!僕頑張るよ!セイちゃん!」
「はうぅ…………」
首を回し、見上げて見える彼の顔にはきらきらとした笑顔が輝いておりました。
あ゛ぁ゛っ!胸がジュキューーーーーーーーーーン………………
彼の膝の上に乗りながら甘やかされる日々は、幸せで死んでしまいそう。毎日毎日が死んでしまいそうな日々であります。天国に昇天してしまいそうです。
でも天国にはきっとあの憎たらしい賢者のアホもいるので、まだ私は死ねません。もっと彼の膝の柔らかさを味わうのです。
「…………もう1年になるんだね」
「はい」
「…………ありがとう」
「え?」
急にお礼を言われました。どうしたのでしょう?
「実を言うとね……僕は村での落ちこぼれだったんだよ……
同い年の友達よりも力が無くて、体力が無くて、臆病で、狩りも出来なくて、村の厄介者だったんだ…………」
「厄介者って……10歳の子なら誰だってそんなに村の役には立てないでしょう?」
「そうかな?でも、僕の村は裕福ではないからね、使える者は誰だって使うし、使えない者は誰だって穀潰しだったのさ…………」
苦しそうに彼はそう言いました。思わず胸が詰まります。
「でも、ありがとう。セイちゃんが鍛えてくれるおかげで僕は村の役に立てるようになってきた。農作業の体力も作れたし、狩りも上手くなった。
僕は僕に自信が持てるようになったよ」
「それは……ラピス君が毎日毎日頑張った成果ですよ。ラピス君自身の手柄です」
それまでのラピス君の頑張りを思い出して、私は笑いました。
「………………」
「……?どうしました?ラピス君?」
「僕は……僕は……君の事が………………」
「……?」
そのまま沈黙が流れました。
ラピス君が何かを言おうとしていたので黙って次の言葉を待っていましたが、ラピス君はそのまま口を結んでしまい、私たちの間には短くて長い沈黙の空気が流れました。
「…………ラピス君?」
つい、私は次の言葉を促してしまいました。
「……!……なんでもないっ!なんでもないよっ!」
「…………?」
つい首を傾げてしまいます。
どういう訳か、ラピス君の顔は真っ赤で私から顔を背けていました。
どうしたのでしょう?風邪でしょうか?本当に本当に顔が真っ赤です?
そんなこんなで私たちの時間は過ぎていきました。
* * * * *
「聖者の血脈、王の棺、神の紋章、統べるべきは白き竜の遺志を継ぐ者。聖なる覇道に阻む者はなく、ただ胸に刻むは己の使命と命運のみ。
歩め!進め!古の聖魔法!ホーリーランス!」
ラピス君の体から大量の魔力が溢れ出し、それが聖なる力を纏っていきます。
その聖なる力は槍のような形となってただひたすらに直進していきました。絶対に阻まれることのない、道を切り開く聖なる槍。聖属性の最高級魔法、ホーリーランス。
複数の槍が真っすぐ真っすぐ勇者の道を切り開く魔法であり、目の前にいた上級デーモンに大量の風穴が空き、その肉片をまき散らしていきました。
ラピス君は魔物の中でも超上級の敵を独力で倒すことに成功したのでした。
「わーーー!凄いです!ラピス君!上級デーモンを倒すなんて!凄すぎます!」
「はは、セイの特訓のおかげだよ」
「ここは悪夢の迷宮ですよ!世界でまだ誰も踏破出来ていないと言われる迷宮に十分力が通用しているじゃないですか!」
あれからまた2年、ラピス君が聖剣式ブートキャンプを始めてから3年が経った。
ラピス君は目まぐるしい程の進歩を遂げました。今や彼の実力は大人でも太刀打ちできない……いや、鍛え上げられた兵士が1000人同時に襲い掛かってきても彼はそれをねじ伏せてしまうでしょう。
まさに一騎当千。彼は修行するうちにまさに勇者として遜色ない強さを手に入れたのです。
マジ最高……マジカッコイイ……ラピス君マジヤバい……
ぐへへへへ…………我慢できねえ…………おっちゃん、理性飛びそう……ぐへへへへ…………おっちゃん、まじ我慢できねえっすよ…………ぐへへへへ…………
でも我慢。自制大事。
ちなみに私の体も13歳くらいの女の子になるように調整しています。
彼と一緒の速度で成長していけばいいので、イメージ的には簡単ですね。むしろ彼と一緒にいると私自身のイメージが彼の成長に勝手に合っていきます。
「でも今のでラピス君の魔力もかなり減ってしまいましたね。今日はここまでにしておきましょう。帰還の空間魔法、繋げますよ?」
「いや、ちょっと待って。もう少し魔物と戦うよ」
「え?でも、今日のノルマは十分に達成しましたよ?ラピス君?流石に疲れているでしょう?」
「少し疲れてからが本当の修業ってものさ、セイ」
「でも…………」
「大丈夫、大丈夫だから。セイ、僕はもう少し頑張ってみるよ」
「…………少し、頑張り過ぎですよ」
そう、彼は頑張っている。頑張り過ぎな程に頑張っている。
3年前に予定していた目標なんてもうとうに超えている。彼は非常に一生懸命、頑張って頑張って頑張って、苦しい時こそ頑張って強くなっていったのだ。
私の胸が熱くなるくらい頑張っているのだ。
自分を追い込むほど彼は魔物を多く倒し、そして迷宮から帰ってきた。
次は日課のトレーニングだ。腕立て伏せ5000回、腹筋5000回、スクワット5000回、マラソン1000km……etc. etc.
当初の予定通りの回数をこなせるようになっている。
…………いや、そうではない。ラピス君はこの量を魔術による負荷を加えながら行っているのだ。つまり私の魔法で彼の体を何十倍にも重くしながらこのメニューを素早くこなしている。
脱帽と言うしかない。
まさかここまで成長するとは本当に思っていなかった。
正直私は胸を打たれている。
何度も立ち上がる彼の姿に、挫けない彼の熱い背中に…………
その小さな体のどこから湧いてくるのか不思議なほどの熱意が彼に宿っている。
私は彼に恋をしている。
私は最初、彼の容姿に惹かれ声を掛けたのだけれど、今は彼の心に恋をしている。
優しくて、熱くて、逞しくて、心地いい彼の心に恋をしている。
心の底から思う。
彼が勇者になって欲しいと。
「でも、僕はまだ聖剣に選ばれていない…………」
「………………」
そうだ。そうなのである。
未だ聖剣は彼を選ばない。台座から聖剣は引き抜けていない。
なんででしょう!?
もう彼は勇者として申し分ないほど強くなっているのに!?
お゛おい゛っ゛!賢者さんよ゛ぉ゛っ゛!?これ、どういう゛こった゛よぉ゛っ゛!?
流石におかしい゛ん゛じゃね゛ーの゛お゛ぉっ゛!?
基準おかし゛ーん゛じゃ゛ね゛ーの゛!?お゛ぉ゛っ゛!?基準と頭おかし゛ーん゛じゃ゛ね゛ーの゛?お゛おい゛っ゛!?
ラピス君に悲しそうな顔゛させてん゛じ゛ゃ゛ね゛ーぞぉ゛っ゛!?
ぶっこむぞ゛っ!?天国まで特攻ぞお゛ぉ゛っ゛!?お゛ぉ゛っ゛!?賢者゛さん゛よ゛ぉ゛!?お゛お゛ぉ゛っ゛!?
「…………やっぱり抜けないね」
ラピス君は聖剣を手に力を入れますが、聖剣はピクリとも動きません。
「……もう少し修行しようかな」
「大丈夫ですか?無理してません?適度な休憩も大切なんですよ?」
「…………でも、君だって不死じゃない。冒険の途中での安全なんてない」
「…………?」
確かに私は不死の存在ではない。
誤解されがちだが、精霊にとっても死はある。それは肉体の死ではなく、魔力の枯渇による死だ。
私の場合、魔力を一気に使われ聖剣に宿る魔力が枯渇すれば死ぬ。あるいは宿り先である聖剣が壊れてしまっても死ぬ。私にも命の危険が付きまとう。
だから例えば、聖剣の選んだ勇者が聖剣の力に頼りきりになるような人物で、聖剣の魔力を使い過ぎるような人物であったら私は死んでしまうだろう。
だから私も他の人間と同じように命を懸けて冒険に望まなくてはいけない。
「だから僕は勇者になりたいんだ」
「…………?」
でも、だから彼が無理して修行するのに何の関係があるのでしょうか?
無理は良くない。
確かにこの話をラピス君にしてから彼は一層修行に身を打ち込むようになった。より頑張るようになった。
でも、なんでかはよく分かりません。むしろ彼はもっと休むべきです。無理は良くない。
「あ、そうだ、セイ。言い忘れていたことがあったよ」
「え?なんでしょう?」
魔力の特訓をしながらラピス君が話しかけてきます。
「来週、僕の家でお祝い会があるんだ。良かったら君も来ないかい?」
「お祝い会?」
「そう、兄さんが久しぶりに王都から帰ってくるんだ」
ラピス君には年の離れた大きなお兄さんがいる。24歳の大人の騎士だそうだ。
ラピス君曰く、とても強く、とても逞しく、王国で1,2を争う剣術の使い手のようだ。田舎の村からその才を見込まれ王都の騎士になれる程、ずば抜けた実力の持ち主らしい。
実を言うと、ちょっと信じられない。
出会った当初、ラピス君には戦いの才能が無かった。非凡なものが見受けられなかった。
彼がここまで強くなれたのは聖剣式ブートキャンプ…………ではなくて、彼自身の努力の成果であるのだ。
つまり何が言いたいかと言うと、才能の無かったラピス君のお兄さんが才能溢れた騎士であるというのは少し信じられない。
まぁ、才能は遺伝するものではないし、兄弟で能力や才能が違うなんて普通にあるものだから別におかしい話ではないのだが。
ラピス君が言うには、「少し前まで僕は『兄に才能の全てを取られた出涸らし』って言われていたんだ」とのこと。
誰だ゛あぁ゛?ラピス君にそんなこと言゛ったの゛お゛ぉ゛っ゛?串刺しにして、聖剣の土台゛に゛してや゛ろう゛かあ゛ぁ゛っ゛?
「久しぶりですね。ラピス君の村に行くの」
「うん、お父さんもお母さんもセイが来るのを楽しみにしてるよ」
私は何度かラピス君の村を訪れている。
私の行動できる範囲は聖剣から半径5km程。ラピス君の村はその範囲にあり、十分に遊びに行ける距離であったのだ。
ちなみに聖剣を守護する村としての役割があると言い伝えが残っているらしい。
まぁ、私から一番近い場所にある村ですし、そういう言い伝えが残っていてもおかしくはありません。
ただ、今までは結界が張られていたので500年、誰も私を見つけられた人などいませんが。
ラピス君の村に行くときはいつも気合を入れている。
そりゃそうだ。だって私は将来のお義父さんとお義母さんに気に入られなければいけないのだ!私は村の人たちには山の向こう側の村の人という設定で通っている。
そうだ!私の大切な将来設計としてラピス君のご両親に大変気に入られなければいけないのだ!一生付き合っていく人物なのだからっ!
そしてしっかりと外堀を囲んで、誰も反対する人がいなくなれば、私とラピス君の甘い甘い将来が…………っ!
ぐへへへ……ぐへへへへ…………
「どうしたの?セイ?よだれ出てるよ?」
「……はっ!」
危ない危ない。トリップするところだった。危ない危ない。
……しかし、そう考えるとラピス君のお兄さんと会うのは大事な大事なイベントですね。
未来のお義兄さんなのですから!ここは何としてでも気に入られなければいけません!
私の将来のファミリーなのですからっ!
「ラピス君っ!私っ!目一杯頑張りますねっ!」
「いや、ただのお祝い会だから別に頑張ることなんてないんだけど…………?」
困ったようにぽりぽりと頬を掻くラピス君を他所に、私はやる気と熱意に満ち溢れるのでした。
うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
やってやるぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
* * * * *
次の週。
「やぁ、君がセイ君だね。弟から手紙で話は聞いているよ」
「……………………」
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……………………
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?
なんてこったあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?
どうしてこんなことにいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?
なんてこったっ!?なんてこった!?
どうしようっ!?どうしようっ!?
こんなの一体どうすればいいんでしょう!?まさか、こんなことになるなんてっ…………!?
―――この人、勇者だっ!
選定をしなくても分かるっ!聖剣の精霊としての本能が告げているっ!
この人は勇者であるっ!聖剣を抜く資格を持った人間なのだっ!
「あっ!オーディン兄さん!お帰りなさいっ!帰ってきてたんだね!?」
「あぁ!ラピスかい!たった今帰ってきたところさ!大きくなったねぇ!4年も村を離れていてごめんよ!」
「いいよ!兄さんも大変だったんでしょ!」
うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!どうしようっ!ど゛う゛し゛よ゛う゛っ!
きらきらスマイルが眩しいっ!お義兄さんのきらきらスマイルが眩しいっ!
丸っこい顔つきで女性っぽい可愛らしさがあるラピス君とは対照的に、オーディン義兄さんは目鼻たちが整った男前と言った感じだ。爽やかイケメンだ。そんな感じだ。
確かに勇者だっ…………!
笑顔一つとってもそのきらきら感はなんか凄いやばいくらいやばい…………
今、とても語彙力が下がっている気がするけど、これはやばい。勇者っぽいマジ的なやばさだ…………
「ところでこんなに急にどうして兄さんはこの村に戻ってきたの?何か用があった?」
「うーーーん……それが兄ちゃんにも良く分からないだけどさ…………王国で有名な占い師って人がこの前王都に来てさ、俺を一度故郷に返せって言うんだ。その時に世界の運命が変わるとか、世界の救世主が現れるとかなんとか…………」
「…………え?」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
やっべえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
占い師めえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!余計なことしてくれやがってえええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!
でも腕は確かっ!悔しいけど腕は確かっ!確かに世界の運命が変わるっ!
勇者が生まれてまうっ!勇者が生まれて世界に救世主が現れてまうっ!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?
これじゃあ私とラピス君の勇者と聖剣コンビのらぶらぶいちゃいちゃ大冒険があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!?
「さぁ!自分で言うのもなんだけど、俺が帰ってきたお祝いだっ!王都で流行っているお菓子とかたくさん買ってきたぞぉっ!」
そうしてこの家の小さな宴が始まった。
私の悶々とした悩みなど知ったことかと言うかのように周囲の親しい家まで巻き込んだちょっぴり豪勢なパーティーが進んでいった。
「ねぇねぇ!オーディンのお兄ちゃん!前みたいに王都での『ぶゆーでん』聞かせてよ!」
隣の家の小さな子がお義兄さんに王都での話をせっつく。少し舌っ足らずだったが『武勇伝』のことだろう。
「あぁ、いいよ」
にっこりと勇者スマイルが決まり、お義兄さんは話し出した。
王都に迫る影の冥王を討った話。伝説上でしか語られていない天使族に出会い、その者を死の魔人から救い出した話。魔に侵された赤き竜の王を止め、そこから救い出した話。
「マジでっ!?」
一通り話を聞き終わってから、私は叫んだ。
「ははっ、信じて貰えないのも無理はないか。全部嘘のような話だもんな。おかげで俺をホラ吹き扱いする者も王都にはたくさんいるぐらいさ」
「オーディンのお兄ちゃんが嘘なんかつくもんか!」
「まぁ、フルーラ……さっきの天使族の子ならいつか会わせてあげられるぞ?今彼女、王都に身を寄せているんだ」
私は震えていた…………
「いや……ホラとかを疑っている訳じゃなくて…………それって賢者が予言した十大災厄の内の3つ…………本来選ばれし勇者が止めるはずの十大災厄の内の3つ…………」
愕然とした。聞いた話があまりにも私を作った賢者の予言と一致している…………
ホラではない。お義兄さんは聖剣に選ばれずともそれをやってのけたのだ!
「兄さんなら出来るよ、セイ。驚くことじゃないんだ…………」
「…………ラピス君……?」
「出来るんだ……兄さんは、生まれついての勇者なんだ…………」
ラピス君のその目には、何か覚悟のような火が付いていた。
その火は熱く……しかしなんでだろう、その火の中に、私は暗い影も見えてしまった。
「ラピス君…………?」
「………………」
「さぁ!もうそろそろパーティーはお開きにしようか!もう外は真っ暗だ!」
「えぇ~~~~~~~~!」
「ほら!家が近いからって甘えるんじゃない!もう疲れたろう?今日早めに寝るんだ」
「はーい…………」
お義兄さんが近所の子供たちを窘めていく。
「セイ君は山の向こうの村の子だったね?今日はもう遅いから泊まっていきなさい」
「あっ!いえっ!お兄さん!私は別に大丈夫です!」
「バカ言うんじゃない。こんなに暗くなってから山になんて入れさせられるか。絶対に泊まっていきなさい。いいね!」
「は……はいっ!」
はいと言うしかなかった。
良い人や……良い人なんだけど…………これじゃあダメだああああああぁぁぁぁぁっ!
きっと運命に導かれるかなんかして彼は明日、聖剣の元に辿り着いてしまうだろうっ!
阻止しなきゃっ!
何とか阻止しなきゃっ!
朝早く起きて山にトラップたくさん仕掛けておかなきゃっ!
どうしよおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?
ほんと、どうしよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!?
* * * * *
夜更け過ぎの事だった。
精霊のセイが仕掛けるべきトラップをどんなものにするかうんうんと、ずっと悩んでいる中、オーディンは外に出て星を眺めていた。
やはり地元の星空はいい。王都は夜でも光が多く、星自体が少ないのだ。
でもそれだけではない。遠征先の田舎や山の中で見た星空とも比べても、地元の星空というのは何か特別な感慨深いものを抱かせる。
今度、天使族のフルーラも連れてきて見せてやろう。
そう思いながらオーディンはじっくりとじっくりと故郷の星空の眺めを味わっていた。
そんな時に声を掛けられた。
「……兄さん」
振り返ると、そこには弟のラピスがいた。
4年前までは小さくて可愛らしかった弟。今でも十分に可愛いらしいのだが、それまで感じていた弱さとか頼りなさとか自信の無さとか、少し心配になってしまうような雰囲気が無くなっている。
今日久しぶりに再会した時、よく見知った顔にも関わらず、その雰囲気の変化にオーディンは驚いたものだった。
本当にこの子が俺の弟のラピスなのか?と、一瞬ドキリとしてしまう位、弟は強く逞しく成長していた。
…………可愛らしい顔はそのままであるが。
「どうした?ラピス?小さい時みたいに、兄ちゃんが恋しくなったか?」
笑いながらからかってみる。
でもオーディンには分かっていた。
ラピスの姿に闘志が宿っていること。しかし、それは敵意のような危ない感情ではないこと。何かの覚悟が胸の奥に籠っていること。
そして、その覚悟は決して前向きなものだけではないもの。
オーディンには分かっていた。彼が2本の木刀を持ってきており、そして何を提案するかも。
「…………兄さん、僕と勝負してくれないか……?」
「………………」
ラピスが木刀を1本、オーディンに放り投げる。
その木刀を受け取り、彼はしっかりと弟に向き合った。
「…………これはラピスにとって、大切な戦いなんだな?」
「………………」
ラピスは小さく頷く。
「よし、では覚悟しろ、弟よ。俺は本気で行くぞ?」
「……望むところだよっ!」
そうして1つの片田舎の端っこで、激しい戦いが幕を開けた。
* * * * *
「凄いなっ!ラピス!そこまで強くなっていたなんて……兄ちゃん本当に驚いたぞっ!」
「はぁっ…………はぁっ…………」
月光の下での決闘は続いていた。
風は無く、闇に紛れるような静かな決闘であった。
しかし、その剣技の鋭さはどちらも熟練の達人の域に達したもので、王国でも最高峰の戦いであることは疑いようが無かった。
「ラピス!本当にお前13歳なのか!?兄ちゃんが13の頃はそこまで強くなかったぞ!本当に成長したんだなっ!兄ちゃんは感動しているぞっ!」
「――――――」
それでも戦いは一方的なものだった。
既にラピスの体はボロボロで、何度も木刀が体に打ち付けられており、片やオーディンの体には数発の傷しか残っていなかった。
「しかし、兄ちゃんは解せないんだ…………」
「……………………」
「なんで倒れない?なんで立ち上がる?なんでそこまでの意地を見せる?」
「―――――――!」
「こんな片田舎の戦いにラピスは一体何を賭けているんだ?」
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ラピスはボロボロの体を奮い立たせながら兄に向っていく。
その剣には今までの修練の全てが乗っかっていた。3年間と言う、人の長い一生からすると短かな期間、しかし、彼の人生で最も濃密な3年間を乗せた剣戟だった。
ラピスは一瞬で10の剣閃を振りぬく。
鍛え上げた自身の剣技を兄に向ける。3年間積み上げた自分の自信を兄に打ち込んだ。
しかしその10の剣戟は全て防がれてしまい、代わりに11の剣戟が兄から飛んできた。
ラピスはその1を防ぎきれず、腹に深く深く木刀がめり込んだ。
「がっ……はっ…………!」
口から血反吐が出る。膝がガクンと折れる。意識が消えようとしている。体まで倒れてしまいそうな所を、ただただ根性で保っていた。
そうしてラピスはもう一度立ち上がる。
「……まだやるのか?」
「うがあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
決死の咆哮と共に強大な兄に立ち向かうも、ラピスの力が兄に届くことはなかった。
力で攻めても、技で攻めても、早さで攻めても、頭を使っても、意地を見せても、気合を張っても、その全てを兄は凌駕し、弟の全てを完膚なきまでに叩き潰していた。
立ち上がっては潰され、立ち上がっては潰され、立ち上がっては潰され…………
兄がもう止めようと何度制しても、ボロボロの体のままラピスは立ち上がった。
熱い叫びと共に何度でも何度でも兄に挑んでいった。
しかし、最後には限界が訪れた。
意地も根性も気迫も気合も全てを投じてもラピスの体は立たなくなった。
完全な負けがラピスの全身を包んだ。
ラピスは静かに目を閉じた。
「…………勇者になりたかったんだ」
「……何?」
目を閉じながらラピスは語りだした。
「勇者になって、セイの事を守りたかったんだ。セイはこれから激しい戦いに巻き込まれていくんだ。その時、僕が、勇者になって……セイの力に…………セイの事を守りたかったんだ…………」
「………………」
「でも、兄さん…………僕は兄さんに勝てなかった…………
勇者に選ばれるのはきっと兄さんで……僕には力が足りなかった…………!」
ラピスの体は震えていた。悔しさの余り、震えていた。
「勝てなかった…………!3年間頑張ってきたけど、勝てなかった…………!
兄さんに…………!勝てなかった…………!僕は勇者になれなかった…………!僕は勇者になる資格がなかった…………っ!」
月明りは無力で無残な少年を照らしていた。
慰めるように、あざ笑うかのように、月の光が震える彼の体を淡く照らしていた。
「僕はっ…………勇者になれなかったっ…………!」
震える声で少年は悔しさを叫んでいた。
しかし、兄は弟を否定した。
「それは違うぞ、ラピス」
「…………え?」
風向きが変わり、草の靡く向きが変わった。
「違う。違うぞ、ラピス。お前の言っていることはまるで全然違うぞ?」
「……え?…………え?」
ラピスは何を否定されているのか、よく分からなかった。
「勇者って言うのは勇敢な人の事を言うんだ。勇敢ならば誰だって勇者だ。強さ弱さは関係なく、誰かに与えられるものでもなく、勇気を持った人ならみんなみんな勇者なんだ」
「そんな……違う…………!僕は現に勇者として認められていない…………!」
「誰にそんなこと言われたんだ?違うさ、ラピス。勇者と言うのは誰に認めてもらうものじゃないない。勇敢な者ならば全ての者が勇者なんだ。
強いとか、弱いとか、勝ったとか、負けたとか、まるで関係が無いんだよ」
「………………違うっ!違うっ!兄さんは分かっていないんだっ…………!」
オーディンは聖剣の選定の事を知らない。
だから精神論としての勇者の話をしている。しかし、ラピスにとって大事なのは聖剣の選定に選ばれ、セイの力になってあげられることだった。
「僕は認められていないんだっ!勇者として認められていないんだっ!聖剣が、僕を、認めないんだっ!聖剣に認められなければっ……セイを守ることが出来ないんだっ!」
「聖剣…………」
初めて出てくる単語にオーディンは首を傾げる。
そして、少しだけ、事情を察する。自分の生まれ育った村にどんな言い伝えがあるか…………
「そしてきっと……兄さんは選ばれる……勇者として選ばれる…………
僕は兄さんには敵わなかった…………兄さんに……敵わなかったんだ………………」
震えながらぎゅっと唇を噛む弟に、兄は静かに、そして優しい足取りで近づいていった。
その場に座り込んで、震える弟の頭を撫でた。
「もし、お前を勇者として認めていない誰かがいるとするなら…………」
「………………」
「それはやっぱりお前に勇気が足りていないからだ」
諭すように、慰めるように、叱るように、兄は弟に語りかけた。
「…………勇気なら出してきた。凶暴な魔物に立ち向かう勇気だって、今は持っている…………」
「違う、違うよ、ラピス。お前は大事な大事な勇気を見落としているんだ。もっと身近で、大切な勇気が足りていないんだ…………
たった一日……たった一日で兄ちゃんにも分かってしまうような勇気が、ラピスには足りていないんだよ」
「――――――」
「頑張れ。強さなんて関係ない。弱さなんて関係ない。力なんて関係ない。勝ったとか負けたとか、誰より強いとか弱いとか、全然関係ないから…………
勇気を出すんだ。勇気を出すんだよ…………ラピス…………」
ただ、優しく優しく兄は弟の頭を撫で続けた。
「勇気…………」
小さな弟は小さな呟きを発した。
その声は静かな風にかき消されてしまった。
しかし、兄の胸にも、自分の胸にもしっかりと届いていた。
* * * * *
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!
どうしようっどうしようっどうしようっどうしようっど゛う゛し゛よ゛う゛っ゛!
来ちゃう来ちゃう来ちゃう来ちゃう来ちゃう来ちゃう!
ラピス君のお兄さんがここに来ちゃうっ!
朝に張った罠を全て乗り越えられてここまで来ちゃう!
頑張って作った罠が全部通じないっ!
落とし穴とか、足ひっかけロープとか、偽看板とか…………通じる訳ね゛え゛え゛え゛え゛え゛だ゛ろ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!
勇者だぞ!
相手は勇者候補なんだぞっ!
そんな陳腐で子供だましの罠が通じる訳ねえええだろおおおおがあああああぁぁぁっ!
私、罠とか張るのやったことないんだよおおおぉぉぉぉぉっ!完全に専門外なんだよおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!知らねえぇっつーーーのっ!罠とか!罠の張り方とかっ!
どうしようっ!来ちゃう!ラピス君のお兄さんが来ちゃう!
運命とか命運とかそういうものに導かれて来ちゃう!あるいは罠に導かれて来ちゃう!私の罠に導かれて来ちゃう!
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!
私のラピス君との夢のいちゃいちゃ冒険譚があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ…………!
「へぇ……村の森にこんなところがあったんだ。知らなかったよ…………」
振り返るとそこには昨日パーティーで見た姿があった。
ラピス君のお兄さん、オーディンさんだ。
遂に……遂に……来てしまった…………っ!
オーディンさんはきょろきょろと周囲を見渡し、聖なる湖を、聖剣を、聖剣が突き刺さった土台を……そして私を見回した。
「そういうことなのかな?」
「……そういうことってのは…………?」
「ここは言い伝えの聖剣の湖であって、君はこの湖を守護する精霊ってとこかな…………?」
私の全身からはもの凄い量の汗がだらだら垂れていた。
「……惜しいですね、私は湖の精霊ではなく、聖剣の精霊。聖剣に宿り、選ばれた勇者の僕となる精霊です」
「聖剣自体の…………」
オーディンさんは少し考え込む様子を見せていましたが、聖剣の存在、私の存在に大した驚きを見せていませんでした。流石、勇者筆頭候補。この状況はもう既に予測済みっていうことなのでしょうね。
「……それで?俺にも聖剣に挑戦する権利はあるのかな?」
「………………」
…………これはもう、仕方ないのかな?
もう言い訳も誤魔化しも嘘も我が侭も通用しない時期が来ている。
それはつまり、予言の時が来たということなんだ。
世界を救う勇者が誕生する時が来てしまったのだ。
私の我が侭で引き延ばしていた、世界が救われる時が来てしまったのだ。
大きく深呼吸する。
もう、みっともない真似はやめよう。
我が侭を言う楽しい時間は終わって、私は使命に生きる時が来たのだ。
せめて、悠然と、聖剣の精霊として恥ずかしくない振る舞いをしよう。
「えぇ、この湖は何者も拒絶しません。聖剣が認めれば、誰であろうと、どんな経歴の者であろうと、その者が勇者です」
「そうか」
「さぁ、オーディンよ。強く勇敢な者よ。聖剣の柄を握りなさい。全ては聖剣の選定の元に…………」
私がそう言うと、オーディンは歩を進めた。
でもその歩く先は何故か聖剣の方ではなく、私の方であった。
手を伸ばせば届いてしまう程、彼は私の近くまで寄ってきて、私の顔を覗き込んだ。
そしてにかっと笑った。
「でも、今日の主役は俺じゃねえんだ」
「…………え?」
「何が言いたいかって言うと、俺の弟はすげえ奴なんだってことなんだ!」
―――その時であった。
* * * * *
「ちょっと待ったあああぁぁぁっ!」
―――その時であった。
清浄なる湖に耳を劈く様な大きな声が轟いた。
森の動物たちはその声に驚き、鳥は羽ばたき、地上の動物たちは茂みの奥深くへと身を隠した。
精霊のセイもその声に驚いた。心臓が跳ね上がる程、その声は大きく気迫がこもっていた。
唯一驚いていなかったのはオーディンだ。ただ、声の主の方に振り向き、楽しそうに笑っていた。
現れたのは言うまでもない。ラピスであった。
昨日の傷が癒えず、ボロボロの体を引き摺りながらこの湖までやってきていた。
その姿を確かめ、セイはドキリとした。
ボロボロの体もそうだが、その声の主に驚いたのだ。3年間聞き慣れた声であるにも関わらず、ラピスのその叫び声にはセイが聞いたことのないような特別な色が含まれていた。
その声のいつもとの違いは上手く説明できないけれど、何かが違う、いつもと違う覚悟の色がこもっていた。
「ラ、ラピス君!?どうしたんですかっ!?その体中の傷!?」
セイはラピスに駆け寄り、ふらふらな体を支える。痣の無い場所など無いと言わんばかりの彼の体中の傷に、ただセイは青ざめた。
そんな彼女に反して、ラピスはただセイの肩をぽんと叩いた。
「いいんだ、この傷は。セイ、いいんだ……」
「ラピス君…………」
セイは心配そうにラピスの顔を覗くが、ラピスの表情には一切痛みはなかった。体中の傷のような曇りがその表情にはまるでなかった。
「セイ……初めて会った日の事、覚えてる?」
「え…………?」
初めて会った日の事。セイが忘れるわけがない。あの日、彼女は熱烈な恋を覚え、その炎に身を焼かれたのだから。
でもセイは覚えていなかった。ラピスが言いたかったことを覚えていなかった。
「3年間は僕だけが聖剣に挑戦する権利を持っているんだ……そして、その最終日は…………今日だったはずだ」
「…………え?」
「今日は……今日だけは兄さんじゃなくて僕が聖剣に挑戦する権利がある筈だ」
セイはその約束の事を忘れていた。
何故ならあれは口から出まかせで、ただの時間稼ぎで、都合の良い嘘であったからだ。
そんなウソの細かい日数まで覚えている訳が無かった。
「そういう訳だよ!いいだろ!兄さん!聖剣に挑戦するのは……この僕だっ!」
「あぁ、存分にやれ、弟よ」
兄は満足そうに頷いた。
ラピスは自分を支えるセイの腕を離れ、よろよろと自分の足で歩きだした。転びそうな足取りでゆっくりとゆっくりと聖剣の台座へと向かっていった。
セイは心配そうに彼の事を見つめている。
オーディンは期待を込めて弟の事を見つめている。
ラピスは聖剣の柄に手を掛けた。
緊張が聖なる湖に走る。沈黙が場を支配する。
「………………」
「………………」
しかし、聖剣が抜ける気配はない。
いや、ラピスは聖剣を抜こうとしてはいなかった。
「ねぇ、セイ……」
「…………はい?」
「僕は君に言わなければいけないことがあるんだ」
2人の視線が交差する。
「君に出会う前までの僕は非力で、未熟で、村の足を引っ張る役だった。
農作業では誰よりも早く力尽き、狩りはウサギ一匹仕留めることが出来なかった。勉強も出来なくて、同年代の友達が分かる問題が僕には分からなかった。
表だって言われたことはなかったけど、僕は役立たずだって、何の取り柄もない子供だって雰囲気が村全体に染み渡っていた…………」
「―――――――」
「大人たちは直接僕にそれを言わなかった。……言う人は少なかった。優しい人が多かった。
でも、わかるでしょ?そういうの。雰囲気とか、目の色とか、声の口調とか、そういうもので分かるんだ。分かってしまうんだ。
僕は役立たずの悪い子だって、ずっとずっと思っていた…………
兄さんとは違う出来の悪い子だって、ずっとずっと思っていた…………」
「………………」
「………………」
ラピスの胸の内を2人は黙って聞いていた。
苦しい少年の胸の内を、痛みを、ただ聞いて受け止める他なかった。
「でも、そんな時、セイ……君に出会った…………」
「え?」
「君は僕を鍛えてくれた。
どうしようもない僕を、自分で自分を諦めようとしていた僕を一生懸命鍛えてくれた。
頑張れって言ってくれた。君なら出来るって言ってくれた。
知ってるかな?セイ?僕は何度も諦めようとしていたんだよ。強くなるなんて出来っこないって思っていたのに、その度にセイは僕の事を励ましてくれた。
出来るって、やれるって、君なら強くなれるって励ましてくれた」
「………………」
「それに僕がどれだけ救われてきたか……分かるかな…………?」
ラピスの手にはずっと聖剣の柄が握られたままであった。
セイにはもう何が何だか分からなかった。ラピスの胸の内を聞いて、握った聖剣がどうなるのか分からず、この話がどのような方向に行くのかも分からず、ただただ分からないことだらけで緊張をしていた。
「結果、僕は強くなることが出来た。
村の中で役に立てるようになった。誰よりも体力はついて、誰よりも畑を耕せるようになって、誰よりも大きな獲物をしとめられるようになって、村一番って称号にはあまり興味はなかったけれど…………やっと僕は、僕に自信が持てるようになったんだ」
「……それは、ラピス君が精一杯頑張ってきたからですよ」
「セイが支えてくれたおかげだ。
自信を持つということが自分の世界の色を変えるって初めて知った。落ちこぼれの僕が、初めて自分というものを好きになれた。世界の景色は変わって……なんて言うかな…………穏やかになれた…………そう、灰色の世界が変わって、いつもびくびくしていた僕は初めて穏やかになれたんだ…………」
湖の冷たい空気が気にならないほど、2人の体の熱は上がっていった。
「期待してくれたんだ……
どうしようもなくダメな僕に、腕立て伏せが全然できない僕に、ちょっと大きな魔物に勝てない僕に…………期待をしてくれた。
何もできない僕に、理由のない、根拠のない、期待をかけてくれた…………
誰にも掛けてもらえたことのない期待を、僕に掛けてくれた…………」
「期待…………」
「僕が勇者になれるって……君は何度も僕に言ってくれた…………
勇者になれるって、何度も何度も、励まして、頑張れって、心の底から……僕が勇者になれるって…………期待を…………僕を、信じてくれた…………!」
彼の目が潤んでいる。涙を必死に堪えながら、叫んだ。
「どれだけ……!どれだけ感謝をしているか……!どれだけ救われたか……!どれだけ嬉しかったか……!どうしようもない僕に期待をして、鍛えてくれて、頑張れって言ってくれて、強くしてくれて、励まして、傍にいてくれて、成長を喜んでくれて、敵を倒すと喜んでくれて…………
感謝をしているんだ…………僕は、とてもとても……とてもとてもこの3年間が嬉しかったんだ…………」
ラピスの手にこもる力が強くなった。聖剣を握る手に力が込められ、震えだした。
彼の心臓の鼓動が早くなっていく。緊張が高まっていく。
「セイ、聞いて欲しい。
2年前……いや、3年前から、ずっとずっと、言えなかったことを、言うよ…………」
「―――――?」
セイはぼんやりとしている。ラピスの次の言葉が予想できない。
でも、ラピスの顔は真っ赤で、体はがちがちに緊張していて、声は震えていた。
涙は出ていなかった。もう、彼の中では別の感情が高まっていた。
「勇気を出して言います…………」
勇気だった。
必要なのは勇気だった。
誰もが出さなくてはいけない勇気。人生の中で多くの者が越えていかなければいけない勇気。決して特別ではないありふれた勇気。
でも、それは強い強い勇気だった。
「セイ……君の事が、好きです……大好きです…………」
ラピスの顔は真っ赤だった。
セイの顔もすぐに真っ赤に染まった。
2人共がただ、顔を真っ赤にして、鼓動を早め、呆然とその場に立ち竦んでいた。
その瞬間、聖剣が抜けた。
嘘のように軽く、簡単に、まるで初めから何にもつっかえていなかったかのように、聖剣はあっさりと抜けた。
聖剣は抜けた。
聖剣に勇気が伝わった。
「あ………………」
「………………」
聖剣はラピスを勇者として認めた。
誰もが越えていくようなありふれた勇気を、聖剣は認めた。
勇者とは勇敢な者の事である。
強い者の事でも、優れている者の事でもない。
勇敢な者の事を言うのだ。
ラピスは勇者に選ばれた。
「…………セイ!抜けた!聖剣が抜けた!勇者として選ばれたよ!セイ!」
「…………………」
「…………セイ?」
ラピスがはっとする。
「セイ…………泣いてるの…………?」
セイの目からは一筋の涙が零れ落ちていた。
「…………おめでとう……ラピス君、おめでとう…………」
ぼろぼろと、セイの目から涙が溢れ出していく。
堰は切られ、顔をくしゃくしゃにしながら大粒の涙が流れていく。
「おめでとう……!ラピス君……本当におめでとう…………!おめでとう!おめでとう!
うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
セイは嬉しかった。
純粋に嬉しかった。
ラピスの頑張りを、努力を、執念をずっとずっと傍で彼女は見続けていたのだ。
何度も何度も頑張れって応援し続けていたのだ。
彼の猛烈な努力の姿をずっと見守り、そして彼のその努力は今、報われた。
嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。
告白されたことを忘れてしまう程嬉しかった。
「おめでとうっ!」
2人して泣いた。
聖剣の精霊は祝福を与え、新たな勇者はその言葉を受け取った。
風が吹く。平和を目指した新たな風が吹き荒れた。
戦いはまだ始まってすらいない。ここはスタートラインに過ぎない。それでも確かに、世界の変わる日が今日、訪れたのだ。
新たな勇者がここに誕生し、聖剣の精霊はそれを祝福した。
* * * * *
うひょおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
今日から冒険だ!ラピス君との冒険だっ!
うひょおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
どうしようっ!どうしようっ!どうしようっ!どうしようっ!どうしようっ!
眠れなかったぜっ!昨晩は全然眠れなかったぜっ!
いや、精霊である私は全然眠る必要なんてないんだけどさっ!やべーぜ!マジで!ラピス君との付きっきりの冒険だぜっ!?眠れるかっつーのっ!ひゃーーーっ!
しかも、告白までされちゃって…………きゃーーーーーーーーーーーー!
恋人っ!?ラピス君と恋人なのかなっ!?私たちっ!?
ウホッ!ウホッ!ウホッ!
胸が高まるっ!ウホッ!ウホッ!ウホッ!ウホッ!
ボエエエエエエエアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!
ズンドコズンドコドコドコドコドコ!ボエエエエエエエエエエエエエエエエエドコドコドコドコズンドコズンドコボエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェッ!
ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!ウホッ!ウホッ!ウホッ!
3年間!3年間思い描いてきた理想の冒険プランが今現実のものとなろうとしているのねっ!きゃーーーーーーーーーーーーーー!やばーーーーーーーーーーーい!
どうしよう!どうしよう!ウホッ!ウホッ!ウホッ!
ぐへへへへへ…………おっと、よだれが垂れそうになっちまうぜ…………うへへへへへ…………ラピス君とずっと一緒…………うへへへへへ…………
どこまでスケベが許されるかな?戦いでぐらついた体を受け止めて……ぐへへへへへ…………ラッキースケベ、どこまで許されるかな………………うへへへへへへ…………
事故だものね!ラッキースケベは事故だものね…………!仕方ないものね!うへへへへへへ…………さぁ、ラピス君よ…………おじちゃんにこの身を委ねてしまいなさぁい…………ぐへへへへへ………………
まぁ、落ち着け、私。自重は大事。落ち着くんだ、私。ビークール。クールになれ、私。
でもっ!でもっ!頬が緩むっ!
これからラピス君との2人きりの冒険が始まるんだからっ…………!
「お待たせっ!ラピス君!待ったっ!?」
「いや、僕の方もやっと準備が出来たところだよ」
そう言って馬車の前で私を待つラピス君の横に…………
オーディンお義兄さんもいた。
「ん?あれ?」
「ん?どうしたの?セイ?」
「どうしてお義兄さんまでいるの?」
私は首を傾げる。
「そりゃ、僕たちの冒険の仲間になって貰う為さ」
「え?」
「おう、任せときな!守り切って見せるぜ、勇者様よ!」
「もう、やめてよ、兄さん。勇者呼びは恥ずかしいよ」
「ははは!今のうちに慣れとけ!」
「…………え?」
仲間?付いてくる?2人っきりの冒険は?
「…………2人っきりの冒険は?」
「え?2人っきり?いや、セイ、2人だけの冒険は危ないと思うよ。仲間はたくさん欲しいところだね」
「まずは王都に行こう。まず俺の信頼できる仲間を何人か誘うつもりだ。皆、腕利きだぜ!」
「ありがとう!頼りになるよ、兄さん!」
「いえいえ、勇者様のためだったら何ででも」
「もうっ!兄さんは!」
「………………」
な、なんだってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?
2人きりじゃないのかああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
あべえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛っ!?
そんなっ!?そんなっ!?それじゃあ、私の3年間考えてきた、いちゃいちゃらぶらぶ冒険計画は!?
あれもダメ!これもダメ!あ゛ぁ゛っ!なんてことっ!ほとんどがパァだっ!
うごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ!
そんなあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
「さぁ!行こう!世界を救う冒険へ!」
「おうっ!」
「なんてこったあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
馬車に揺られる道すがら、私は3年間立てていた計画を根本から見直さなくてはならなくなった。
世界の平和と私の欲望がかかった冒険が、今、幕を開けた。
おしまい
ご覧頂きありがとうございました。
もしよろしかったら、他の作品もご覧頂けたら幸いです。
宜しくお願いします。