Fw:I treasure you.
酷く、懐かしい夢をみた。
そう思いながらイリーナはゆっくりと瞼を上げる。
彼がいなくなった日、「他にいい女ができた」という書き置きだけを残して、彼がいなくなってしまった日の夢。
彼がいない現実が信じられず、何度夢だと思ったことか。夢の中に出てくることもなかった彼を何度恨もうとしたか。結局は現実だと信じることも、恨むこともできず、ただ一人待ち続けるしかできなかった昔にイリーナは自嘲を漏らす。
そして、すっかりルーティンとなってしまった、目の前で上下する胸板を見つめ彼が戻ってきた事を再確認する。
そう言えば、昨日は飲んだまま寝たのかと少し体を起こして机を見ると酒瓶が2つ3つと転がっていた。そのまま机の上の時計を確認すると6時少し前を差していて、いつもなら彼が起こしてくれるはずなのに、とベッドサイドの卓上カレンダーを確認すると休みの丸印が記してあった。
今日は休みだったと思い出すともう一度ベッドに身を沈めて、いつもより暖かい彼の体にぴったりと身を寄せる。
学会が近く、連日深夜まで論文と睨めっこしては机で寝落ち、彼にベッドまで運んでもらうのが日常になっていたのだが、ようやく落ち着いて、昨晩は久しぶりに二人で酒を楽しみ、ベッドで眠ることができた。
イリーナは彼から微かに感じる煙草と硝煙の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、歯が露出するほど抉れた彼の頬をそっと掌で包む。
この傷は自分のせいで負ったようなものだ、とイリーナの琥珀が憂いを帯びる。気にしていないという彼に、イリーナも極力気にしないようにはしているが、こうやって改めて彼の頬を見ると、その事実がイリーナの胸に深く刺となって刺さる。
「…ごめんね」
「…ん」
呟きに、小さな声を漏らした彼に起こしてしまったかと、イリーナはつい寝たふりをしてしまう。
時刻は丁度6時を指していた。