関東大震災
そして、1923年9月1日、大きな揺れが関東一帯を襲った。
関東大震災である。
東十条宮が三十路過ぎた頃であった。
揺れが収まった後、町の民衆がこぞって騒ぎ立てた。
「すげぇ揺れだったな」
「全くだ」
「油断するな」
東十条は町衆を一括した。
「地震、雷、火事、親父、だ、火事に気をつけろ」
お年寄りが不安そうな疑問を呟いた。
「蒸気機関車はどうなっただろうねぇ」
「皆、お昼の料理の真っ最中だろうに」
東十条の勘が働いた。
「下町は?」
「八王子の城下町なら……」
「違う、川下の本丸の方角だ」
「今、遠眼鏡を持ってきます」
近所の町人が、蔵で埃を被っていた舶来品の望遠鏡を持ってきた。
「馬を用意してくれ」
「直ちに」
急いで準備したが、半刻が過ぎてしまった。
東十条は見晴らしのよい日野台へ馬を走らせた。
遠眼鏡で様子を見ると、川下の江戸城の本丸の城下町に火の手が上がるのが見えた。
「やっぱりだ、火の始末がなっていない」
「宮様、待ってくだせぇ」
町人が息を切らせながら追いかけてきた。
「大火事だ。豆炭で煮炊きしていた馬鹿がいる」
「宮殿どこへ行きなさる?」
日野台の近所のお年寄りが尋ねた。
「大火事だ、川下の本丸だ」
東十条は、日野台の高台から坂を下り、そのまま、二の丸の府中調布方面へ急いだ。
建て付けの悪い小屋は軒並み崩れていた。
「火事だ! 大火事だ!」
馬上から声を張り上げた。
「東十条の宮とお見受けします」
「どちらさまだったか?」
「府中調布の上役です」
町衆が急ぎ、上役へ知らせていたらしい。
「二の丸は火消しの用意ができています。しかし、川下の本丸はどうだか不明です」
東十条がおそれていた事態だった。
「馬と飛脚を集めてくれ」
「左様に」
「この火事は容易には収まらん」
「と、言いますと」
「豆炭だ」
「例の曰く付きの燃料ですか?」
「そうだ、消し方は分かるな?」
「聞きかじっただけですが、川下の本丸には、”もっこ”も鋤鍬も足りないと思われます」
「用意してくれ。それと、この幟を借りるぞ」
荒物屋の幟に目をつけた東十条は、店先の幟を掴み取った。
一目散に、現代の都区内にあたる川下の本丸に一機駆けをした。
すると、川下の本丸から伝令が来た。現在の山手線方面からであった。
「火が消えません。いつもの火事ではない。焼け石に水です」
東十条の不安がよぎる。
「やはり、豆炭か……。いいか? 水が駄目なら土を被せろ」
「”もっこ”も鋤鍬も足りないのです」
東十条の宮を早馬で追いかけてきた町衆がなだめた。
「大丈夫です、そんなこともあろうかと、”もっこ”も鋤鍬もあります。二の丸からこちらへ運びます」
半刻ばかり立つと、
二の丸の衆が駆け足で集まってきた。皆、”もっこ”や鋤鍬を担いでいた。
「木造の長屋は打ち壊しても構わない。豆炭を見つけたら、土を被せろ」
「「へい」」