魔王と勇者と
禍々しい城の最深部........其処で一つの戦いが終わりを告げた。
私の胸から白色の粒子が溢れだす。
まるで鮮血のように勢い良く飛び散ったソレは辺りに漂い、幻想的な光景を作り出した。
自身の胸元を見てみれば神々しく輝く金色の長剣が突き立てられていた。 例えるならば神話の剣、竜を切ったと言われても納得出来て仕舞いそうな雰囲気を纏った剣だった。
「私の........負けか」
視界の端に表示されていた緑色のゲージが凄まじい勢いで削られ、やがて黒一色となる。
そして英雄が生まれた。
――――アーサーは『世界を救いし者』を獲得しました。
淡々としたシステムアナウンスが聞こえ、私は自らの敗北を再び実感する。
私を倒した勇者の顔を確認しようと彼の方を見たがツンツンの長髪が邪魔をして見えない。
私は思い道理に行かぬ震える手で彼の髪を掻き分け、俯く彼の頬に両手を当てて此方に向かせた。
「アインス........俺っ........は........俺は........!!」
「........何を泣いている、折角の凛々しい顔が台無しではないか」
勇者は泣いていた。 見た目こそ青年だが中身はもうそろそろ30に差し掛かろうとしているいい年した大人が、その端正な顔を歪ませて泣いていた。
金色の剣から手を離してその場に膝をついた彼、世界を救った勇者とは思えない程の弱々しい姿に思わず小さく笑いがこぼれた。
「なぁ、勇者........。 笑え、お前は私に勝ったんだ」
私は今までに無いくらい優しく彼に微笑みかけた。
涙を溢れさせる彼には見えていないかも知れない、それでも私は微笑んだ。
「世界を救った英雄が........魔王の死を悲しんじゃあいけない........誇るべきだ、自らの偉業を誇り大声で喜びながら民衆の元へ戻るべきだ」
「俺は........!! 俺がお前を........!!」
彼は大粒の涙をばら蒔き、それでも足らぬと地面に鍛え上げられた両腕を叩き付けた。
「俺が........お前を殺したんだ........!!」
「........ああ、そうだな」
大袈裟だと、この世界の者達は笑うかも知れない。 しかし彼等を薄情とは言え無いだろう、何せこの世界は彼等にとってただの........。
そう、ただの『ゲーム』でしか無いのだから。
『Wonderful World Online』通称WWOはVRシステムを初めて採用した世界で最も人口の多いオンラインゲームであり全世界のゲーマーの願いを叶えた夢のゲームだ。
現実と遜色のない程美しいグラフィック、現実と変わらず感じ取れる五感、今でこそ当たり前となったそれらは当時にはオーバースペックじみたものだった。
勿論、そんなゲームが人気にならないわけがなく発売と同時に世界中で品切れ状態が相次ぎオークションでは定価の十倍以上の高値で取引がされていたほどだ。 元の値段も決して安くないにもかかわらずその十倍......当時ただのガキだった自分が到底買えるものではなく大人しく安くなるのを待ってから買った。
発売から十年が経ち新しいVRゲームが次々と発売される中でWWOは未だに頂点で輝き続けていた。理由は簡単、面白いからだ。 非常に良く作りこまれたフィールドに異常としか言い様のないほど豊富なキャラメイクに運営側の過剰なまでに親切なサポート、月額課金以外の課金制度が存在しないことも人気に拍車をかけている。
そんな夢のゲームWWOだったが明らかに可笑しな点がいくつかあった。
一つ目、五感のほぼ完全な再現。
WWOの売りとしてはコレがまず初めにあげられるだろう。 しかし、先程述べたようにこの技術は時代とあっていない......あまりにもオーバースペックだったのだ。
当時確かにVRで五感を再現する技術はあった。技術に優れた先進国が莫大な費用をかけて研究していた軍事用のVR装置の量産型第一号機が完成し、ようやく生産開始というところだったのだ。
誰が予想できただろうか、某国が軍事用VR装置を発表したその数時間後に性能、小ささ、値段、全てにおいて軍事用VR装置を凌駕した遊戯用のVR装置がオンラインゲームのデータを付属して全世界に発売されるなどと。
二つ目、あらゆる司法の影響を受けない。
VRMMOという今までになかったジャンル、現実と遜色がないからこそ法によって年々取り締まりを厳しく強化されてきた。 健康の為、現実と余りにも異なるキャラを作り出せないという制限や露出のある服、過激な調度品は作り出せないという決まりが一般的なVRゲームの中にはあった。
全世界に展開するゲームは通常、販売する国が多ければ多いほど法に縛られるのが常である。 例え現実の金を使わないとしても、ギャンブルの様に見えるゲームというだけで発売出来ない国もあるくらいだ。
.......しかしWWOはそういった柵を全て無視している、そして無視しているにも関わらずその事を誰もが問題にしないのである。
WWOを作った会社『ソーティング』が各方面に多額の金を賄賂として渡しているからだと言う噂もあるが真実は解らない。
三つ目、会社が見つからない。
発売当初から全世界に衝撃を与えたWWOである、当然様々な国が企業がその技術を盗もうと様々な手を駆使して『ソーティング』をさがした。 しかし見つからない。
明らかなオーバーテクノロジーであり全世界が血眼になって探すのは普通の流れであった.......が、本社はおろか部品の製造や、組み立てをしている筈の場所すら見つからない。
運送会社に話を聞くが何とも疑わしい話しばかりで信憑性に欠けるモノばかり。
曰く、作業場につくと多額の金と共にWWOが置かれていた.......だそうだ。 到底信じれるモノではない。
しかし、WWOは今現在社会に受け入れられていた。
ソーティングが如何なる手法を使ったかは解らないがWWOだから仕方がないという単語まで生まれた位だ、皆訳の解らない危険物として扱うよりは不思議なゲームとして扱った時の利益の方が美味しいと気付いたのだろう。
本当に、本当に簡潔に纏めれば不思議な大人気MMORPGだった.......。
しかし、ソレは俺以外の人間の話になってしまった。
所謂病、ある日突然一切の身体の自由を失った俺に舞い込んできた『ソーティング』からの求人。
内容はこうだ、『君が死ぬまでの短い時間を我々の為に売ってほしい、私達と共にゲームを盛り上げよう』........というモノだった。
家族や友人は反対したが俺は反対を何とか説得して『ソーティング』に自分を売った。
そうしてWWOに『私』が生まれたのだ。
NPCでは至れない複雑な思考する非常に人間らしい魔王『アインス』が生まれたのだ。
金糸の様な髪をし、ルビーの様な瞳、幼く愛らしい少女........という容姿にこそ不満があったがそれ以外は楽しい日々だったと思う。
それがたった数年しか続かなくとも『私』としての人生は楽しいモノだった。
そんな楽しい人生は、魔王としての人生は意外と呆気なく終わりを告げられた。
魔王アインスではなく肉体の限界........もって数年だと言われていた自分の身体が宣告通りに死を迎えようとしていたのだ。
しかし、私は幸せ者だった。
どうせ死ぬなら現実の世界で........という要望を彼等は叶えてくれたのだ。
WWO最後のクエスト『魔王討滅戦』によって。
クエスト失敗は数週間速いWWOのサービス停止。
そして成功はWWO2と呼ばれている次回作への引き継ぎ要素が増えるという否が応でも全プレイヤーが何らかの形で参加せざるおえないお祭りクエストは私の最後を飾るには勿体無い位の晴れ舞台だった。
「勇者........剣を取れ」
だからこそ私は演じきるのだ、WWOのラスボス、魔王『アインス』を。
私が........病によって死ぬ俺ではなく、誇り高い最強の魔王『アインス』として死ぬ為に。
「アインス........!?」
胸を貫く英雄の剣を両手で掴み思い切り引き抜く。 白色の粒子が勢いを増すが関係無い........私は此処で死ぬのだから。
「剣を取れ、英雄」
剣を彼の目の前に投げ私は玉座に倒れる様に座る。 地には意地でも這いつくばらぬ、それが魔王の行いだから。
「私は魔王、お前は勇者........私が敗れ、お前が勝った」
意識が朦朧とし、時間が近い事を教えてくれた。
それでも私は魔王らしく、『アインス』らしく言葉を紡いだ。
「もう一度言う、誇れ勇者。 私を救った事を誇ってくれ、魔王を討ち取った事を誇ってくれ........それが手向けだ........『アーサー』」
アーサーは剣を握り立ち上がった。
視界はぼやけ、最早彼が如何なる表情で立ち上がったのかは解らない........しかし彼が歩み始めた事くらいは解る。
私に背を向け、城の出口を目指し真っ直ぐ歩く。
「........さようなら『魔王』」
部屋の出口で彼はそう呟いて走り出した。 魔王の死により崩壊し始めた城に巻き込まれない様に。
私の『親友』は走り出していった。
『勇者』として、世界を救った『英雄』として........。
「ああ、さようなら.......『勇者』」
酷く........穏やかな気分だ........身体に力が全く入らず、彼方側の自分の肉体がもうほとんど機能していないのが解るがそれでも微塵も死を怖がる感情は湧いて来なかった。
私にとって死ぬべき場所は此処で、今なのだろう。
「あぁ........満足だ........」
白色の光が辺りを埋め尽くす........城の家具が床が壁が、城そのものが光に還っていく........。
やがて........私の視界の全ては柔らかな白色に染まっていった――――
◆◆◆
私の朝は早い。
朝起きて一番に行う事は顔を洗う事、それからご主人様から頂いた化粧台を使い髪を整える事だ。
櫛を使い自身の黒い髪を整える。 今まで数えきれない程に繰り返してきた行為ではあったが、今日はどこか違和感を覚えた。
なんとなく調子が良いのだ。 ご主人から頂いたこの身体に不満など有ろう筈も無い........と言えば嘘になるが、それでも私には勿体無い位の容姿である事は理解している。 ご主人様が造り出した身体の調子は常に最高であると決まっているのだが........それでも私は違和感を覚えた。
調子が良い、違和感はそう表現できる程に心地好いモノだったのだ。
別の表現をするならば身体が喜んでいる様な、懐かしんでいる様な。
「『お客様』........でしょうか?」
そうならば、そうであるならばこの懐かしさも納得だった。 感覚としてはそれほど前に体感していた感覚、数えるのを止めたくなるくらい遠い過去。
ご主人様がまだ元気であった頃の........遠い過去の感覚。
『お客様』であるならば『おもてなし』をしなければ、そう考えた私は毎朝必ず行っていた仕事も放置して玄関へと向かった。
今回の『お客様』はどんな方なのだろう........筋骨隆々の大男か、小さくすばしっこい子供か、それともご主人様の『ご友人』の方々か、それともアノ忌々しい『お気に入り』か。
いずれにしても早くお迎えしなければいけないのは確かだ。
私は玄関の前の定位置で昔の様に『お客様』を出迎えようと待機する。 五分........十分、一時間。 待てども待てども誰も来る気配がなかった。
玄関を開け、城の周辺を調べたのだがそこにあったのは何時もの庭と森である。
勘違い、ただの勘違いであったのだろう。
勘違いで朝の仕事を怠ってしまった事をご主人様に謝罪しなくてはならないと考えご主人様の部屋に向かった。
気分は優れない。 ご主人様に謝罪をしなければならないからではなくご主人様に謝罪しなければならないような失態を犯してしまったからである。
城の最深部にご主人様の部屋はある、長い階段を登り、広い廊下を抜け、ご主人様の部屋にたどり着いた。
ノックを思わず躊躇してしまった。 必要無いのではないか? ご迷惑になるのではないか? そんな考えが頭を過ったが謝罪をしに来た時点で今更だろうと考えきちんとノックをしてご主人様の返答を待った。
........返答は無い、当たり前だ。 ご主人様は今、眠っていらっしゃるのだから。
「........失礼いたします」
門を押し開け部屋に入りご主人様の方を見て........私は思考を停止した。
身体を、心を、魂を、全てが溢れ出さんばかりの感情で支配されたからだ。
目からは涙が溢れだし止まる事を知らず、手足は震え表現出来ない程の喜びを必死に表現しようとしていた。
歓喜、歓喜、歓喜!!!
どう喜んで良いのかも解らない程の歓喜に私は膝を着き我が至高の存在を見上げる。
「待っていました........!! 私は今日この日を心待ちにしていました........!!」
私の視界に写っていたのは至高の存在、我が創造主........長く永い間眠りにつかれていたご主人様が遂にお目覚めになられたのだ!
「ぐろーりあ........?」
「はい........!! グローリアでございます! あなた様の従者、グローリアです!!」
千年もの間聞こえなかった声が私の脳に染み渡り、埋め尽くす。
どんな薬であろうとも、どんな術であろうとも、どんな行為であろうとも........この歓喜には、この快楽には到底及ばないであろう。
私は見ていた、ご主人様が再び言葉を発するまで........魂に焼き付ける様に。
ご主人様のお姿を........ずっと。