第三者視点
今日は三月十四日。
世間で言うホワイトデーだ。
ホワイトデーは、バレンタインと対を成す日。
まぁ、有体に言えば、チョコを貰った人がお返しを送る日だ。
主に恋人や好きな人がいる者達のイベント。
今回焦点を当てるのは、冴えない地味な男の子と、内気で健気な女の子。
朝、学校に登校して、何時ものように靴を履き替えて教室に向かう女の子。
そんな彼女は、緊張していた。
今日はホワイトデー。
バレンタインデーにとある人にチョコをあげた彼女は、彼が何を言ってくるのか、とても不安なのだ。
とは言え、彼女が全力で避けていた為に、二月十四日以降一切話していないのだが。
「何て、言われるのかな…あ、何も起こらない、とか?
それはそれで、嫌、だなあ」
彼から何のアクションも無ければ、それは脈無し、と言ったのは友達。
それは、逆に何かがあれば脈有り、と言う事。
溜め息を吐きながら、彼女は教室の自分の席に着く。
最前列の彼女は、最後列の彼の席をちらりと見る。
そこには、何時もと同じように、彼が寝ていた。
僅かに見える少し幼い寝顔に、思わず笑みが零れる。
しかし、それをクラスの誰かに見られているのでは、と思い、顔を赤くして急いで前を向く。
「…何かな、これ」
彼女の机の中には、四つ折にされた一枚の紙が入っていた。
彼は、何時ものように早くに学校に来た。
教室には一番乗りで、何をするかと言えば、寝る。
そんな彼も、今日はいくつか違う事がある。
一つ、彼の鞄の中にはラッピングされた彼女へのお返しが。
二つ、彼は自分の席で寝る前に、彼女の机の中に紙を忍ばせた。
三つ、何時も通りを装う為に狸寝入りをした。
まぁ、最後のは、手紙に気付いた時の彼女の反応を見るのが怖かったせいもある。
どうせ後姿しか見えないのだが。
しかし、最初は狸寝入りだったそれは、暖かな日差しに誘われ、次第に本格的に眠りに変わっていく。
来てくれると、いいがな。
彼は眠りに落ちる直前、願望にも似た希望を呟いた。
時は授業後、場所は誰もいなくなった教室。
否、そこには、一人の男子生徒の姿があった。
彼は今朝と同じ様に、最後列の自分の席で寝ていた。
人を待っていたのだが、昨日眠れなかったせいで、何時の間にか眠りに落ちていたのだ。
彼が待つのは一人の女子生徒。
彼女は図書当番の為、彼はその仕事が終わるのを待っていた。
来るか分からない彼女を。
彼女は図書室のカウンターで何時ものように読書をしていた。
カウンターの向かいにあるソファでは、司書の先生が同じ様に本を読んでいる。
司書の先生は読んでいた本にしおりを挟み、足に肘をついて手のひらに顎を乗せ、カウンターで読書に耽る彼女を見る。
その視線に気付かない彼女は、やはり何処かが何時もと違う。
「ねぇ、何かあった?」
「………」
尋ねる言葉に、彼女は答えない。
本を読んでいるのかとも思ったが、図書室に来た時から頁は変わっておらず、視線は文字の上を滑っている。
と言うか、一点を見ていて動かない。
つまり、何かを考え込んでいる。
「ね!」
「…はい!?」
彼女は突然肩を叩かれ、びくっとして本から顔を上げた。
そんな彼女の反応に笑いながら、司書の先生は彼女に尋ねる。
「ねぇ、この後、何かあるの?」
その言葉に、彼女の肩が揺れる。
何とも分かりやすい反応ね、可愛いから良いけど。
「今日はホワイトデーだから、それ関連かな?」
びくっ。
「好きな男の子に呼び出しでもされた?」
びくびくっ。
「で、この後会うのね」
「……何で分かるんですか?」
彼女は真っ赤に染まった顔で司書の先生を見上げる。
「長年の勘、かな」
司書の先生は彼女の頭を撫でながら笑う。
彼女にとって、彼女は歳の離れた妹のような存在だった。
無条件で守りたくなるような、傍で見守りたくなるような存在。
「ほら、早く行っといで。
どうせ誰も来ないし、あんまり待たせるものじゃないよ」
彼女の背を押すと、彼女は躊躇いを見せながらも本を鞄に仕舞い、丁寧に頭を下げて小走りで図書室を出て行った。
真っ赤になった顔と、心なしか弾むような足取りは、正に恋する乙女。
司書の先生は、そんな彼女を微笑ましげに見送った。
何かが僅かに立てる音に、彼は目を覚ました。
一番に視界に映ったのは夕焼けの空。
そんな空を見上げ、どうしてまだ自分が教室に残っているのか考える。
あぁ、彼女に、会うんだった。
それを思い出し、ふと、彼は自分が何の音で目を覚ましたのか不思議に思う。
「あ、起きた?」
声に誘われるように顔を上げると、彼の一つ前の席で、彼女が本を持ちながら彼を見ていた。
恐らく、僅かな音は彼女が頁を繰っている音だったのだろう。
「悪い、起こしてくれて良かったのに」
彼は上半身を起こし、強張った体をほぐす。
彼女は微笑みながら、本を閉じる。
「気持ちよさそうだったから、起こすのも悪いかな、って」
「人を待たせるよりは良いよ。
そもそも、俺が呼んだのに、俺が待たすのっておかしくね?」
彼女の言葉に、彼は笑う。
彼の言葉に、彼女は首を傾げる。
「そうかな?」
「少なくとも、俺にとっては」
「そっか」
彼が言うと、彼女は驚いた顔で頷く。
あまり異性と接する事が無い彼女にとって、彼の考え方は新鮮に映る。
何より、彼の事を一つ知る事が出来た気がして、彼女は嬉しかった。
彼は、彼女の笑顔を見れて嬉しかった。
「あ、呼び出したんだし、用件言わないとな」
彼がそう言うと、彼女は緊張で体を硬くした。
その緊張が映ったように、彼の表情も硬くなる。
「質問、していいか?」
彼の問いに、彼女は言葉を発する事が出来なくて、小さく頷く。
彼は彼女が頷いたのを確認すると、気を落ち着ける為に深呼吸をした。
内心冷や汗物だが、彼はこの手の事を曖昧なままにしておくのは嫌いだった。
「あのチョコは、つまり、そういう意味で良いんだよな?
つまり…あー、本命?で、良いんだよな?」
彼は気恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。
対する彼女は、羞恥のあまり俯いてしまっていた。
彼女からの反応が何もなく、彼もこれ以上何を言って良いのか分からない為、二人の間に沈黙が降りる。
彼女は顔を真っ赤にし、ついでに頭の中が真っ白になっていた。
ただ、彼が困っているのは何となく分かるので、頑張って反応を返した。
すなわち、彼女は再度、小さく頷いた。
彼女は頷いてから、彼の返事が怖くて、目をつぶった。
友達は何か相手からリアクションがあれば脈ありだと言ったが、それは確実ではない。
彼女は不安と期待をごちゃ混ぜにしたような心持で彼の返事を待った。
そんな彼女の頭上から聞こえたのは、溜め息だった。
「良かった~。
何でか避けられてるから、嫌われてるのかと思った。
俺にチョコ渡した事、後悔してるのかも、とか」
聞こえた言葉に、彼女は慌てて顔を上げ、彼の言った事を否定する。
それはもう、必死に。
「ち、違うよ!
避けちゃったのは、えっと、その…恥ずかしいから、で。
後悔とかは、全然、してないから」
顔を上げた彼女は、直ぐにまた俯いてしまった。
彼が嬉しそうに、優しく笑いながら彼女を見ていたからだ。
当然のように、彼女の顔は熟れた林檎のようになる。
「それを聞いて安心した」
彼はそう言って、机の横にかけてある自分の鞄を漁る。
「はい、お返し。
大したものじゃないけど」
彼がそう言って取り出したのは、ラッピングされた細長い箱。
それを彼女の頭に軽く当て、彼女の顔を上げさせる。
「手、出して」
顔を上げた彼女に彼がそう言うと、彼女は素直に両手を前に出した。
この時、彼女の頭の中は真っ白だったりする。
「…開けないのか?」
「えっ!?
あ、開け、ます」
両手の上に箱を乗せたまま動かない彼女を見て、彼は首を傾げる。
彼女の反応は何とも言えないもので、何かまずったのか、と彼は心配になる。
だが、それも彼女が箱を開け、その中を見るまでだった。
「…かわいい」
彼女はそう言って、嬉しそうに笑ったのだ。
箱の中身は黒猫とネームプレートがペンダントトップのネックレス。
友人から聞いた彼女の好みを元に、彼が昨日買ってきたものだ。
「これ、もらっても、良いの?」
「寧ろ、貰ってくれないと俺へこむけど?
で、これが返事」
彼女が恐る恐る彼に尋ねる。
その上目遣いにやられそうになりながら、彼は言葉を返す。
しかし、彼の言っている意味がよく分からないと言う様に、彼女は首を傾げた。
そんな彼女に、彼は溜め息を吐きたくなった。
やはり、言わないと駄目、か。
「これからよろしく」
「へ?」
「つまり、俺も好きだよ、って事」
「………ホントに?」
「俺が嘘つくように見える?」
「…見えない」
「そう言う事」
彼は彼女に微笑みかけ、彼女が今の事を理解するまで待つ。
暫くして、ようやく理解した彼女の顔が今までにないくらい赤くなる。
そんな彼女に愛しげな笑みを浮かべた彼が、彼女の頬に口付ける。
それにより、彼女の顔はこれ以上無いくらいに赤く染まった。
ただ、彼が笑いかけると、彼女は彼に口付けられた頬を押さえながら、幸せそうに笑った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。




