彼女視点
どうしようどうしようどうしようどうよう。
あうあうあう、恥ずかしいよぉ~。
「大丈夫か?」
頭上から掛けられた声に慌てて顔を上げると、予想よりも近くにあった顔に、驚いて急いで顔を離す。
「っっっ!?
だ、大丈夫でしゅ!」
慌てて返事をすると、噛んでしまった。
…大丈夫でしゅ、って言っちゃった。
しゅ、って。
「…………」
目の前の男子の困惑した表情に、顔が赤くなるのを感じる。
何もこんな所でドジらなくても良いのに、私。
何でこんな大事な時に…!
「で、用件は?」
どうやら噛んだ事には触れない事にしてくれたらしい彼に、やっぱり優しいなぁ、と思い、知らず口元が緩む。
しかし、彼を呼び止めた目的を思い出し、気恥ずかしさが先に立つ。
早く渡さないと、何時までも呼び止めてても迷惑だし。
でも、やっぱり恥ずかしいよぉ…。
そう思った時、友達に言われた言葉を思い出す。
そうだ、女は度胸、だよね。
決意した私は、後ろに回していた手を前に突き出す。
「これ、どうぞ!」
「へ、あ、ありがとう?」
頭を下げながら背の後ろに隠していた物を差し出すと、彼の困惑した声が頭上から落ちてくる。
受け取ってくれたのか、手が軽くなったと認識した瞬間、私は顔を上げてその場を走り去った。
「じゃ、じゃあ!」
私はそう叫ぶと、後ろを振り返る事もせずその場を逃げ出した。
そんな私の心の中は、達成感で一杯だった。
そもそも、私が彼を知ったのは今年、高校に入ってからだ。
私は人付き合いが苦手で、友達も多くは無かった。
中学は良かった。
まだ、小学生の時の友達と同じ学校だったから。
でも、同じ中学の友達で同じ高校に進んだのは五人にも満たない。
その数少ない友達とさえ、同じクラスにはなれなかった。
当然、人見知りの激しい私は自分から誰かに話しかける事など出来なくて、私はお昼休みになると、図書室に行った。
勿論、他のクラスの友達の所に行ったけど、その友達は他の人と楽しそうに話していて、声を掛けるのは躊躇われた。
行く当てのない私は、本が好きな事もあって図書室に足を運んだ。
この高校の図書室は、外にベンチとテーブルがおいてあり、そこでお弁当が食べられるのだ。
利用者も少なく、静かな雰囲気を気に入っていた。
図書室にいる間はとても平和だった。
そう、あの時までは――。
「へぇ~、この子が?」
「結構可愛いじゃん」
「何ていうの、純粋培養、みたいな?」
「ちっちゃくて守ってあげたくなるタイプだな」
「お前の場合、調教したい、の間違いだろ?」
「まぁな」
入ってきたのは、およそこの静かな空間には似合わない、派手な二人の男子生徒だった。
襟元にある校章の色からして、三年生。
その二人組みは、固まっている私の方に近付いてきた。
金髪にピアスを沢山つけた少し背の高い人と、黒髪で銀縁の眼鏡をかけた一見優等生のような風貌だが、良く見ると手首や耳、胸元などにシルバーアクセサリーがある。
明らかに、女子に持てそうな二人だ。
でも、私からしたら怖い人にしか映らない。
「あれ、動かないけど大丈夫かな?」
「男慣れしてないからだろ?」
「あ、そっか。
大丈夫だよ~、怖くないからね」
恐怖で動けない私に頓着した様子もなく、二人は近付いてきた。
「わ、髪やわらかい」
「確かに、ふわふわしてるな」
勝手に髪を触ってくる二人に、私は顔を赤くする。
これくらいのスキンシップは二人にとって普通なのだろうか。
「あ、あの、放して、ください」
何とか声を絞り出して言うと、髪から手が離れた。
安堵したのも束の間、今度は顔が近付いてきた。
「顔真っ赤にしちゃってか~わいい~」
「本当に男慣れしてないんだな。
この見た目で男慣れしてたらそれはそれで楽しそうだったんだが」
突如近付いてきた整った顔に、私の思考回路が止まる。
それを良い事に、金髪の人が私の頬に手を伸ばした。
「肌もすべすべだね。
唇もぷっくりしてて、おいしそう」
金髪の人が私の唇を親指でなぞり、舌なめずりをする。
まともに考えられない頭でも、本能的に危険を感じた私は逃れようとしたが、何時の間にかもう一人が背後に回っており、それは叶わなかった。
徐々に近付いてくる顔から顔を背けようとしても、頬に添えられた手がそれを許さない。
恐怖で唇を噛み、目をつぶる。
もう駄目だと思った時、彼が現れた。
「邪魔なんだけど」
その言葉と共に、正面から鈍い音がする。
目を閉じて視覚が閉ざされた分、聴覚は鋭くなっていた。
鈍い音と共に頬から温もりが消えた。
「何だお前―」
「うるさい」
後ろの人が非難の声を上げると、彼はそれを遮った。
次いで、後ろからも鈍い音がする。
これで拘束が解かれた、と思って体から力を抜いた。
それが、いけなかった。
後ろの人は気を失ったのか、そのまま後ろに倒れた。
私を捕まえたまま。
「え…」
驚いて目を開ければ、徐々に仰向いていく視界。
状況がよく分からなかったけど、私は反射的に再び目を閉じた。
でも、予想していた衝撃は来なかった。
倒れていく私の体は、背中に当たる何かで止められた。
それは、私を拘束していた人のものではない。
それよりも、優しい感じがした。
「大丈夫か?」
気遣わしげな声に恐る恐る目を開けると、一人の男子生徒が私を見下ろしていた。
真っ黒な髪に、長めの前髪から覗く意志の強そうな少しつり上がった瞳。
「本当に大丈夫か?」
「え!?
あ、はい、大丈夫です」
何の反応も示さない私に、眉根を寄せた彼がもう一度問い掛けてくる。
それに私はようやく慌てて答える。
柄にもなく見惚れちゃった…。
ん、見惚れた…?
………………。
「ん?
顔赤いけど、熱か?」
無言になり、頬を赤くした私の額に、彼が心配そうに空いている方の手を伸ばす。
不思議とそれに嫌悪感は感じず、むしろ恥ずかしかった。
そして、私はようやく今の自分の状況を理解した。
そのせいで、更に顔が赤くなる。
私は、彼に抱きとめられていたのだ。
肩膝をついた彼に、片手で。
ちなみに、先輩を下敷きにしているのだが、そんな事は意識の外。
「おい、熱いんだけど、保健室行くか?」
「だ、大丈夫でしゅ!」
……噛んぢゃった。
恥ずかしい。
初対面の男子の前で噛んぢゃった……。
「…そうか。
で、立てる?」
羞恥に顔を俯かせると、彼は少し間をおいてそう言った。
噛んだ事に触れないでくれた事が嬉しくて、それと同時に彼の腕に支えてもらったままなのを思い出して、急いで立ち上がる。
「あ、ありがとうございました!」
私が立つと、彼も立ち上がった。
そうすると、彼は私よりも少し背が高いぐらいで、男子としてはあまり背が高くない事が分かった。
私は頭を下げて彼にお礼を言う。
頭を下げる直前に見えた襟元の校章は、私と同学年を示すものだった。
「良いよ。
邪魔だったのは本当だし、あそこで見てみぬ振りするのも寝覚め悪いし。
それに、一応クラスメイトだし、な」
「クラスメイト…?」
頭上から思いの外優しい声がして、それに釣られるように私は顔を上げた。
次いで、彼の言葉に首を傾げる。
クラスメイト…私のクラスって誰がいるんだろう?
恥ずかしい事に、入学してから約三ヶ月経った今も、私はクラスメイトの顔と名前を把握していなかった。
しかし、言ってから後悔する。
普通、自分の事を覚えていなかったら気を悪くするだろう。
同じクラスなのに。
「あぁ、席も離れてるし、放課になると読書して昼休みになるといなくなっちゃうから、知らなくてもしょうがないか」
彼はそう言って持っていた本で肩を叩く。
全く気にしていない様子に、私はほっとして息を吐く。
「あ、貸し出し?」
「頼める?
そういや、本大丈夫かな。
そこに転がってる奴ら叩いちまった」
私が尋ねると、彼は頷き、心配そうに本を引っくり返したりして傷が無いか確かめる。
どうやら、あの鈍い音は彼が本で叩いた音らしい。
「あ、この二人、どうしよう…」
そこでようやく思い出した先輩二人。
二人共見事に気絶しており、床で伸びている。
彼はどれだけ強い力で叩いたのだろうか。
「ん?
先生呼べば良いんじないか?
先生から注意してもらえばこりるだろ。
まぁ、暫くはお互い気をつけた方が良いだろうけどな」
「そうかな?」
「取り敢えず、貸し出し頼んでも良いか?」
「あ、うん」
それから、彼は本を借り、彼が二人を見張っている間に私が先生を呼びに言った。
二人には先生からの説教と、一ヶ月の自宅謹慎が言い渡された。
私はと言えば、事を聞いて心配した友達が放課の度に教室に来て、昼休みは一緒に図書室のそとのベンチで食べるようになった。
一緒に帰るのは、何時も通り。
そして、私の視線は彼を追うようになっていた。
そう言えば、また『大丈夫でしゅ』って言っちゃったなぁ。
それに対する彼の対応も同じだったけど。
そう思って、私は僅かに笑みを零す。
チョコを渡してから、私は彼を見ると顔が赤くなり、視線が合えば恥ずかしくて全力で視線を逸らしてしまう。
そのお陰で返事ももらえないのだけど、断られると思うと怖い。
つまり、私は恥ずかしさと断られる怖さでまともに彼を見れないのだ。
彼がこっちを向いていない時に少し目を向けると、彼は何故かすぐに私に視線を向ける。
あれかな、見てるのばれてるのかな。
だとしたら、すっごい恥ずかしい……。
明日ホワイトデーだけど、どうなるんだろう。




