彼視点
今日は三月十三日の火曜日。
俺は今、とても頭を悩ませていた。
授業中だが、先生の説明は右から左。
まぁ、どうせ聞いても分からないんだが。
特に数学なんてクソ喰らえだと思う。
誰がこんな学問を考えたんだ。
っと、思考が逸れた。
問題は授業よりも明日の事だ。
何しろ人生初の体験なので、どうすれば良いのか分からない。
取り敢えず、三倍返しが妥当なのだろうか?
妹がそんな事を言っていた気がする。
…しかし、何を以って三倍返しと言うんだ?
金額か?量か?
量なら簡単だが、金額だとあれは幾ら位に相当するんだ?
此処は友人に……駄目だな、あいつに言ったら煩そうだ。
妹も然り。
母さんは……駄目だな、天然が炸裂して収容がつかなくなりそうだ。
父さんは興奮しすぎて体に悪そうだから却下。
……………本当に、どうすれば良いのだろう。
事の発端は今から約一ヶ月前。
世間ではバレンタインデーと呼ばれ、恋人がいる者は恋人に。
好きな人がいる人は好きな人にチョコレートを渡す日。
元は某お菓子会社が仕掛けてらしいそれは、女性からだけでなく、逆チョコと言って男性から渡す場合もある。
まぁ、学生間で一番馴染み深いのは友チョコと呼ばれるものだろう。
主に、というか女子の間のみで。
簡単に言ってしまえば、リア充向けのイベントだ。
はっきり言って俺には関係が無い。
中肉中背、成績は中の下、一度も染めた事がない黒髪に目に掛かるほど長めの前髪。
話しが上手いわけでもなく、運動が出来るわけでも、人に自慢できるような特技があるわけでもない。
こんな俺には縁のないイベントなはずなのだ、バレンタインデーは。
そう、そのはず、だったのだ…。
今から約一ヶ月前のその日、それは起こった。
何時も通り友人に別れを告げ、俺は一人で教室を出た。
チャリ通の為、一人で帰るのだ。
チャリが並走していると邪魔なのもあるし、ただ単に同じ方向の友人がいないせいもある。
とにかく、俺は一人でチャリ置き場に向かった。
周りは部活に行く生徒ばかりで、帰宅部の俺はとっとと帰る事にした。
ちなみに、友人は無謀にも希望を抱いて暫く学校に残るそうだ。
自分の傷口を広げるだけだと言うのに、愚かな。
俺は明日落ち込む友人をどうやってあしらうか考えがらチャリのロックを解除する。
友人としては慰めるべきなのだろうが、正直面倒だし鬱陶しいので、適当にあしらうに限る。
「あ、あの!」
だが、あしらい方が下手だと更にウザくなる。
あしらっているとバレないようにあしらわなければ。
…あぁ、考える事すら面倒だ。
いっそ明日学校休むかな。
「あの!」
そうすると母さんが怒るのか。
笑顔なのに怖いからな、恐るべし天然の怒り。
「え、ちょっ、待ってください!」
「ん?」
服の裾を引っ張られる感覚に足を止め、振り返ると、一人の女子が俺の制服の端を掴んでいた。
何故か頬が上気し、目が潤んでいる。
花粉症か?
今日は暖かいしな、大変だ。
「取り敢えず、放してくれるか?」
裾を掴んでいる手を指で指しながら言うと、女子は慌てた様子で手を放した。
「で?」
俺は振り返りながら問う。
俺の前に立つ女子は、俺のクラスメイトだった。
小さな体に大きな目、引っ込み思案がたまに見せるはにかみがたまらない。
とか友人が言ってたな。
その時に持っていた手帳の中身は問うまい。
まぁ、端的に言えば、今俺の前にいる女子はそこそこ人気がある、らしい。
友人によると。
だが、まぁそれも納得だ。
顔を真っ赤にして俯き、何故か恥らっている様子を見れば。
これはあれだな、庇護欲がかき立てられるんだな。
俺が守ってやらないと、的な。
ちょっと良いな、とか、俺も思ってたしな。
いや、過去形じゃないのか。
何も言わない女子を無言で見下ろしていると、女子の頬を染める赤は耳まで広がった。
俺、何かしたか?
「おい、大丈夫か?」
「っっっ!?
だ、大丈夫でしゅ!」
「…………」
流石に心配になって下から覗き込むと、弾かれたように女子が顔を上げる。
しかし、間に気まずい沈黙が流れる。
これは、突っ込んだ方が良いのか?
それとも、スルーするべきなのか?
……何か、すっごい恥ずかしそうにしてるからスルーの方向で。
「で、用件は?」
俺がもう一度問うと、僅かな逡巡の後、女子は顔を上げた。
後ろで組んでいた両手を突き出しながら。
「これ、どうぞ!」
「へ、あ、ありがとう?」
意外にも素早い動きに、驚いた俺は無意識に突き出されたものを受け取る。
「じゃ、じゃあ!」
そして、俺がそれ以上のリアクションをする前に、女子は走り去って行った。
俺はそれを茫然と見送る。
友人曰く、あまり運動神経は良くないと聞いたが、十分早くないか、あれ。
そんな事を考えているうちに、女子の姿は見えなくなった。
何だったんだろうな。
俺は首を傾げ、それから手に感じる重さに、そう言えば何かを貰ったんだったと思い出し、視線を下に向ける。
「…は?」
見下ろした俺の手の中には綺麗に包装された直方体の箱。
ご丁寧に右上にリボンがついている。
色は茶色。
これは、何だろうな。
今日と言う日を考えれば、やっぱり、あれか……?
いやいや、待て、落ち着くんだ俺!
変に期待して違ったら、そのダメージは計り知れないぞ!
そうだ、無駄に期待しちゃいけないんだ。
だが、やはり……駄目だろうが!
俺は箱を凝視したまま混乱した頭で考える。
しかし、
「取り敢えず、帰ろう」
訳が分からなくなった俺は、取り敢えず家に帰る事にした。
馬鹿な俺にはこの問題は大き過ぎる。
とまぁ、こう言う訳だ。
あの箱はやはりと言うか結局と言うか何と言うか、チョコでした、ハイ。
それが分かった時の俺と言えば………うん、言えないな。
自分の部屋に一人だったから良かったが、誰かいたら俺は恥ずかしさで死ねる。
それはおいておいて、どうしようか。
ぶっちゃけ、ホワイトデーもう直ぐなんだが。
て言うか、明日だしな。
取り敢えず、あれは告白と受け取って良いんだよな?
………良いんだよな?
あれだけの反応をしておいて、違うとか言ったら俺は今すぐ登校拒否したい。
本人に聞こうと思っても、目が合えば全力で逸らされ、視界に入れば全力で逃げられる。
…あれ、俺って嫌われてるのか?
これ、確実に避けられてるよな?
あれか?
渡したけど、やっぱり渡すんじゃなかったとか、後悔してるのか?
でも、性格的に言い出せないとか。
……俺、目つき悪いしなぁ。
髪の毛真っ黒だし、前髪微妙に目に掛かってるし、目つき悪いし、何も取り得ないし。
我ながら何て冴えない男なんだ、別に良いけど。
あー、マジでどうしよう。
好きなものとか知らないしな。
いや、たしか友人が何か言ってたな。
彼女は大ぶりで派手な物より、小ぶりで繊細な物が好きだ、と。
まぁ、見た目と性格からしてそうだろうな。
あとは…何だったかな。
比較的真剣に聞いてたはずなんだが……あぁ、黒猫が好きだと言ってたな。
んじゃ、帰りに買いに行くか。
んで、明日渡しながらその真意を聞けば良いか。
よし、寝るか。
先生が睨んでるが、俺は気にしない。
誤字脱字等ありましたら知らせていただけると嬉しいです。




