教会の反乱
剣は、少女の首を貫かなかった。
力なく首の横、スレスレのところに振り下ろされる。
私は、この少女を斬ることができないと悟った。
今まで星の数ほどの人を斬ってきた。
この少女と同じくらいの年ごろの少女も何人か斬った。
しかし、私はこの少女を斬ることだけはできなかった。
剣を仕舞い、身を翻す。
少女がどんな表情をしているのか、怖くて見ることができなかった。
私が少女から離れるように歩くと、少女はゆっくりと立ち上がり、そしてまた駆けだした。
私はどうしても気になって、少女のほうを振り返ってしまった。
私の視線の先には、私の目を睨みつけてくる、赤い目が2つあった。
目を覚ました時、外はまだ暗いままでした。
私は時計を見ずとも、自分が普段よりもはるかに早い時間に起きたことを悟りました。
悪夢のために、目が覚めてしまったのでしょうか。
しかし私は再び眠ろうとは思いませんでした。
すぐにメイド服に着替え、編上げのブーツを履きました。
そして壁にかけてあった剣を取り、腰につけました。
もう6年も腰につけていなかったのに、その剣はあまりにも自然に感じられました。
自分がなぜこのような行動をとったのかよくわかりませんでした。
悪夢のせいで、自分が死神部隊であったころを思い出してしまったのかもしれません。
しかし私は、こうすることが正しいと確信していました。
私は部屋から飛び出すと、一目散に姫様の部屋に向かって駆け出しました。
走りながら、私は数々の異常に気付き始めました。
多くの吐息、かすかにかおる血の香り、そして立ち上る狂気。
何かが起こっていることを確信しながら、私は姫様の部屋に飛び入りました。
「姫様!」
「うあっ!?な、なんだ君か。というかどうしたんだ、まだ夜遅くじゃないか……」
「姫様、すぐに戦闘準備を整えてください。私について、絶対に離れないでください」
「わ、わかった!」
姫様はすぐに行動を起こしてくれました。
姫様が準備を整えている間に、城内の様子はますますはっきりとしてきました。
もうメイドたちも気付いて起きだしたかもしれません。
間違いなく、王城が攻撃を受けていました。
「君、状況はッ!」
30秒で支度を終えた姫様が、完全に目を覚ましたのか、ピリッとした声で問いかけてきました。
「城内各地で戦闘が発生。詳しい規模はわかっていません」
「敵勢力、規模は?」
「王城に対して夜襲を成功させているのですから、間違いなく聖堂騎士です」
「奇遇だな、私も同じことを考えていたよ」
姫様は落ち着き払ったまま、剣を抜きました。
「君、王城を守りきることは不可能だと思うか?」
「不可能です。王城内の兵はほとんどすべてがやられています。逃げるしかありません」
城内で、悲鳴が聞こえ始めてきた。
あまりに被害が大規模になりすぎて、相手が魔法で隠ぺいできなくなってきているようだ。
悲鳴、血の飛び散る音、怒号。
それがだんだんと大きくなってきている。
私は姫様の手を掴むと、急いで部屋の外に出ました。
何としてでも姫様を守り通さなければなりません。
廊下を走っている間に、とうとう聖堂騎士を見つけてしまいました。
4人で1つの部隊を形成しているようで、王城の近衛兵を倒しているところでした。
私は姫様から手を放すと、剣の柄に手を当てます。
「フッ!」
8年ぶりに人を斬った感触は、想像以上に滑らかなものでした。
そのまま手首の返しが3つで、聖堂騎士の方々の首が落ちました。
「姫様、行きましょう!」
私は再び姫様の手を掴むと、駆け出しました。
階段を下っているうちにいくつかの部隊に見つかりましたが、そのたびに私が急いで切り伏せました。
1階の廊下は、まさに地獄といった有様でした。
血糊がべっとりと床にも壁にもついていて、道端に落ちている石ころくらいの調子で生首が落ちていました。
内蔵があちこちにぶちまけられているため足が滑って大変です。
馴染みのメイドの顔の半分だけが落ちているのも見かけました。
姫様が嘔吐してしまい、お召し物が汚れてしまいましたが、今は止まるだけの余裕がありませんでした。
「いたぞ!レノア姫だッ!」
「逃がすな!殺せ!」
私を見つけた聖堂騎士が魔法で我々の位置を伝えたため、次々と追手が現れました。
もう全員を斬るだけの余裕はありません。
私たちの進路を邪魔するものだけを斬り、なんとか王城から脱出しようと走り続けました。
姫様の体力が尽きてしまったので、急いで抱え上げて右手だけで剣を振りました。
「死神だ!護衛は死神部隊のやつだッ!」
「1人でやるな!数で押しつぶせッ!」
後ろから飛んできた魔法を撃ち落とした隙に、2部隊、8人の騎士に追いつかれてしまいました。
「姫を渡せ!そうすれば殺しはしないッ!」
「……」
進路に4人、後ろに4人。
完全に囲まれた形となってしまいました。
姫様が私の肩の上でギリッと歯ぎしりをしました。
私はそれを覚悟の合図として受け取りました。
「姫様、上手くやってくださいね」
待て、という騎士の制止よりも早く、私は姫様を上に放り投げました。
そしてすぐに足元の生首、それは顔なじみの執事の青年のものでした、を前の騎士目掛けて蹴り飛ばしました。
同時に近くにあったメイドの身体を剣で跳ね上げ、空中で細切れにして後ろの騎士に投げつけました。
血しぶきの煙幕を張られた後ろの騎士の皆様は面食らい、全員が一瞬動きを止めました。
私はその一瞬を利用し、一気に後ろの騎士たちの間を駆け抜け、同時に全員の首を斬りました。
そして思い切り地面を蹴って飛び上がり、天井、壁と跳び、落ちてくる姫様を抱き留めながら前4人の騎士に突っ込みます。
私の迫力に恐れをなしたのか、騎士の方々は後ずさりました。
しかしそこには、私が先ほど地面を蹴った時についでに左足の踵で後ろに蹴っておいた内蔵が落ちていました。
それに足をとられ、ずるっと滑った1人の騎士が悲鳴をあげ、それにつられてそちらを見てしまった騎士3人。
彼らが見た最後の光景はきっと、内蔵に脚を滑らせる間抜けな同僚だったのでしょう。
彼らの間を一瞬で駆け抜けると同時に、彼らの動脈を切り裂き、血が噴水のように飛び出るようにしました。
この血の煙幕に隠れて、私と姫様は窓を突き破って外に脱出。
生首を蹴りとばして辺り一帯のガラスを割り、目くらましもしておきました。
外に出たら出たで大変でしたが、なんとか私たちは王城の壁を乗り越え脱出することに成功しました。