旅立ちの朝
寝る前にストレッチをして見るとしよう。床に座り開脚し、上半身を床に向かって伸ばす…胸が床に着いた。股割りが初めてできた。生来からだは硬いほうだったのだが、異世界にきた影響なのだろう。体全体の性能が向上していることは間違いないようだ。しかし、やはりここがゲームの創りだした仮想空間であるかもという疑念は消えない。社員が俺をモニターして、あざ笑って居るのではないか?と、言う妄想にも似た感覚は未だ拭えない。
そんなことを考えているうちに、大きいのをしたくなった。しかしトイレの場所など知らない、仕方ないのでバーバ婆を起こす。
「トイレってどこですかね?」
「家でて後ろの青いテント。落ちるなよ」
「どうも、もう睡眠の邪魔はしませんよ。おやすみなさい」
外に出て、裏に回る。空の青い月は満月…ではないが、かなり満ちている。いやあれで満月なのだろうか?月明かりだけが田舎の村を照らしている。電気も水道もガスもないらしい。果たして現代日本人である俺が、こんな世界やっていけるのだろうか。
青い月を見て、ふと考えをめぐらせる。昼間見た太陽は緑だった。つまりここは太陽系ではない。それに天文や宇宙には詳しくないが、人の住める緑の恒星系があるのは、最低でも2~3光年とか、あるいはもっと遠くに有るのではないだろう?そうすると俺は、居間で昼寝をしていたら、あるとき何光年も一瞬で移動したのだ。有る意味で光速を超えてしまったのだ。アインシュタインもびっくりである。
しかし─俺は博士にも公僕にも企業戦士にもならなかった男だ。元の世界の光の速さだって、地球を1秒で何週も出来るという程度ことしかしらないし、地球の正確な直径も知らない。元の世界で何者にもならなかったニート同然の俺が、いまさら異世界の物理法則を解き明かす気にはならない。
「大事なのは生き延びる事と、とりあえずウンコすることか…我ながら小物だねぇ」
そんな独り言をつぶやきながら家の裏にある小さな青いテントに入る。どうやら色彩の感覚も日本と変わらないようだ。どう見てもブルー・テントである。中に入ると、長方形の穴がある。あまり臭くはないが、原始的和式便所である。目の不自由な女性の一人暮らしだというのに、平気なのだろうか?
そろそろ我慢も限界に近いので、ウンコ座りをする。ちょうど右手を伸ばしたあたりに、四角いお盆がある。上には布らしきものが何枚も載っている。便所紙だろう。昔は紐や葉っぱで拭いていたと言うから、まだ現代に近い気がする。
「ふぅ~すっきりした。体が頑丈になったせいか、快便快尿だな!さてこの布で拭くんだよな…ザラザラしてるほうを使ったらケツが切れるから、気を付けないとな」
すべすべした方で尻を拭く…すると青天の霹靂と言うべき感覚がしりに走るっ!
「こっこれは、すべすべして尻をそよ風が伝うような、いやまるで聖水を含んだ聖骸布のような清潔感っ!これは便所紙の宗教革命だっ!」
トイレで一人でなにを言っているんだろう。まぁとにかくすごい布だ。…ホントに便所紙なんだろうか?とりあえず5枚くらいアイテムボックスという名の袋に入れる。かなり厚かましい気もするが、そのくらい未経験の尻感動だ。これは日本にさえ無いかも知れないものを見つけてしまったかも知れない。
未知の経験に感激しつつバーバ家に戻る。彼女はすっかり寝息を立てている。…今さらだが、40前の一人暮らしの女性の家に泊まると言うのは、倫理とかいいんだろうか?まぁ深く考えても仕方ない。ここは言葉は通じるが話はいまいち通じない異国以上の異界だ。帰れるにせよ、この世界に住むにせよ、しばらくは未知の文化に触れなくてはならないのだ。習うより慣れろである。それに…朝に目がさめたら、自宅の台所に居るなんてことになるかも知れない。そんな風に考えながら異世界生活の1日目が終わる。
目を覚ますと、もちろん朝日は赤ではなく緑だ。やっぱり胡蝶の夢はないらしい。さて顔を濡れ布巾で洗い、バーバにおはようと挨拶すると
「おはようさん。もう話は通してあるから村の入り口に行きな。荷車に乗っけてくれるよ、もうすぐ近くの街に出発するからね。分かったらさっさと行きな」
「そうですか服に知識に…本当にお世話になりました。本当にお礼はいらないんですか?金貨って価値があるんでは?」
「いらんよ、わしは金持ちなんだ。そんなことよりカラミに伝言を頼むよ。あいつは孫を見もせずに死んだのか、それとものんびり生きてるのかを見届けてくれ」
「伝える様努力はします。それでは、お元気で」
「じゃあの、久々にあいつのニオイを感じたよ。達者でな」
バーバ婆の家を出る。しかし我ながら幸運だ。異世界にきて早々に、日本への帰還ヒントや生活の知恵まで教えてもらった。あ…一年が何日なのか聞くの忘れた。他にも失念していることがありそうだが、まぁこれ以上世話になるのもどうかと思う。まぁ必要なことはそのうち分かるかな…分かるといいなぁ。
村の入り口に着くと村の外ではもう農作業を始めている。なにを育てているんだろうか?それに皆早起きだ。日の出前には朝飯を食って働き始めているのか。農村って感じだ。しかし村の入り口には特に誰も居ない。まさかもう荷車は出発したのだろうか?いや村の実力者で金持ちらしいバーバ婆の頼みを無下にする奴は居ないと思う。まぁ昨日の話しが全て本当の話と言う保証はないのだが。見栄を張って村1番の金持ちと言ったかも知れない…俺は恩人になんて無礼なことを考えているのだろう。そんな風に考えていると、村の広場からスゴイのが来た。ミニチュアのティラノサウルスだ、羽毛は無いが。馬ほどの大きさの恐竜が荷車を引いている。馬車ならぬ恐竜車である。さすが異世界。
「ふあ~、おはようさん。あんたがバーバさんの行ってた旅人かい?俺がこの村では唯一の旅商人のマンだ。よろしくな」
祝詞を唱え手の平から白い板を出現させ、マンという赤髪の青年御者に手渡す。
「はじめまして、こういうものです」
「あぁわざわざどうも、ふんふんソウドさんですか、前科は無いですね。よかった。バーバさんに頼まれたんですが、どちらまで行きたいんですか?」
「出来れば帝都か商都ウォカまでお願いしたいんですが、そこまで行きますかね?」
「帝都は無理だけど、行商は毎回ウォカまで行くから、まぁいくつか村や街を経由するから時間かかるけど確実に行けるね」
「じゃあウォカまで同道お願いします」
「いいよ~代わりに荷物の積み下ろしと道中の護衛頼むね~代わりに運賃要らないから。それじゃあまずバーバさんの家に織物取りに行こうか。さっ乗ってくれ」
そうして木製の車に乗り、再びバーバの家に向かうとバーナ嬢が家の前に立っていた。そういえば彼女のジョブはなんなのだろうと思い、仮想視界を開く。
名前─バーナ─女─19才
天職─村人LV5
ふむ15歳くらいに見えるが19歳だ。とても子供が二人いるようには見えない。それにジョブは村人か…母親の家業は継がないのだろうか?
「お疲れ様です、マン君。荷物は置いておいたからすぐ積み込めるよ」
「いや~相変わらず可愛いねぇ~うん。じゃあソウドさん。すばやくやらなくてもいいですから、ゆっくり丁寧にやりましょう」
織物の積み込みは10分もかからず終わった。荷車は軽トラック位のサイズだから対して時間もかからない。積み終わったら、さっさと出発する。荷物は織物だけらしい。再び村の入り口に戻る。どうやら商都に出発するようだ。この辺は自然が多いようで、街道の両端に奇妙な色の植物群が散見する。
「いや~さすがは騎士さまですなぁ~。お力が強い。私とバーナちゃんだけなら、積み込みに1時間はかかりますよ。お陰でバーナちゃんとの楽しいひと時が減って悲しいですがね~」
「すまんな。もしかしてあんたが彼女の旦那なのかい?」
「いえいえ、まぁ小さい村ですからね~彼女を狙ってたんですけどね~ガキ大将に取られちゃいました~まぁ彼女もそいつが好きだった見たいですけどね~」
「ふぅ~ん。おやっ?なんか太った人らしきものがいるぞ」
仮想視界に切り替える。500mほどの道の先にはどうやらモンスターがいるようだ。
緑大鬼LV01
「トロルがいるな、一本道だけどどうするんだ?去るのを待つか?判断は任せるよ。」
行商人のほうが経験豊富だろう…って、すっごいがたがた震えて汗だらだらである。風邪引いた?
「トットロッル!なんでこんなとこにやばい!食われるっ!逃げなきゃっ!いやもう間に合わない!死ぬっイヤだっ!死にたくなっ!」
恐竜のほうにも動揺が伝わっているのか、荷車が揺れる。仕方ない…こういう時はあわてず騒がず…ってトロルがこっちに向かってくる。結構早い、御者と恐竜は恐怖で動けないらしい。あの鬼はやばいらしい、LV1だが。肩幅は広いし背丈も2m弱くらいあるようだ。仕方ない、自分で判断して動くとしよう。車から降り、袋から棒を取り出し、槍投げの要領で放り投げる。鬼の胸板に直撃した。貫通しこぶし大の穴が開いた。仮想視界で見て視る。
緑大鬼の死体358/360
即死した。




