終わりを告げる産声
クーデターというのは危険なものだ。成功しても失敗しても血が流れる。
「…やはり邪魔をしますか、ですが緑布党の理念は受け継がれます」
全身を覆っている服装だから俺の正体は分からないと思ったが、どうも体格で分かるようだ。いや仮想視界を使えるのかもしれない。
そう、ローザも地球人かもしれない。赤毛の人間も地球には居た。夢見がちな少女と違って大柄だが。
「ジャックまで倒され、もはや幹部は全滅…ですが私たちの様な組織は再び誕生します」
ピースメーカーの銃弾は俺には当たってもダメージは無かった。レベル差のせいである。実にイカレタ世界だ。拳銃は袋に入れておいた。館のインテリアにでもしよう、今日は帰れるかわからないが。
「迷宮では妙な事をしていましたね、5Fへの階段を昇り降りする探索者など始めて見ました。あれも私の反応を見ていたのですね、私があなたの仲間を害するとでも思ったのですか?」
ヒドラキングを合計4回も倒すために昇り降りしたのは、やはり妙であったか。まぁインゴット20本と最強装備を入手する機会はあのときしかなかった。まぁ未知箱の性質から云ってリドラーは復活しているんだろうが。
「心外ですね、私は貴方と違い、弱者を害する事など誇りが許しません」
誇りときたか、誇りで飯が食えるかよ。まったく、クーデターなんて起こしたくせに誇りなんて言うことか、既にクーデターメンバーはローザ以外全滅させて失敗していると云うのに。別に皆殺しにした訳ではない。ここは会議の場だから殺人現場にするのは善くない。まぁオバケの格好の大男が一人死んだが、俺はやってないから俺に責任は無い。
「さぁ、来なさい一対一です」
なんで闘うことになってるんだろう。その必要は無い、ここで救出を待つというのが、頭の良い勝ち方だ。流石に鎮圧に来るだろう、騎士団もグルかもしれない…いやこの国の殆どが実はクーデター賛成派かもしれない。やっぱり動かないほうが良かったかな?
まぁいざとなれば皆を連れて帝都に逃げるとしよう。金は有る。講堂内はザワザワと騒がしい。
「お、おい、あのジャゴはなんで動かないんだ?」
「馬鹿!分からないのか?ローザリウス殿は聖剣継承者だぞ?ザコとは段違いなんだよ!」
「そ、そうか!実力が伯仲しているのだな!」
「うむ、それがしには分かる。あの2人は一見動かないように見えて、凄まじい闘気の応酬をしている」
「そ、そうか先に動いた方が負けるのか」
「が、がんばれ大柄なジャゴ!お前が負けたらワシ等は皆殺しじゃ」
なんか色々言われてる、集中力が途切れるだろうが、だがなんでジャゴだと分かるんだ?実は細かい衣装が違うのか?しかし皆殺しねぇ、500人から居るのに女一人に負けるのか?
「どうしました?来ないのですか?早く武器を出しなさい、もし必要ならラキュウの長剣を拾いなさい」
腹と頭を殴打して気絶させた鎧姿の男をローザが剣で指し示した。そう、俺は素手だ。この程度の連中相手には表道具を用いぬ。
しかしどうするかな、このまま待っていても状況が良くならない。倒した連中を誰も縛らないので、起きてこられると困る。
しゃあないな、袋から長男の刀を取り出す。この刀が一番市販品に近いので、俺の正体がばれるリスクが比較的低い。多頭竜神珍鉄剣は剣先が特徴的過ぎるし、室内なので大火焔棒も使い辛いし周りのオバケに当たる。
「出しましたか、ではいきますよ。構えなさい」
ローザが聖剣を上段に構える。良い構えだ、力みも少ないし緊張しつつも弛緩している。なかなか隙がない。もしも昨日太刀筋を見ていなかったら無傷では倒せないかもしれない腕前だ。
勝負は下駄を履くまで分からないと云うが、お互い靴を履いているから関係無い。それに兵法には戦いとは戦う前に既に勝利が決定しているとも云う。ローザが剣を振るってくる。
「テヤーーッ!」
なかなか素早いが正直な太刀筋だ。昨日たっぷり見せてもらった未熟な剣技だ。一歩下がりローザの剣の横腹を横薙ぎに払う。彼女の剣は吹っ飛んだが、長男の刀も砕け散ってしまった。宝具も壊れるのか。オバケの一人が叫ぶ。
「ウォッ!アブねぇ!」
ローザの剣が壁に突き刺さったようだ。誰にも刺さらなくてよかった。ローザは驚いた顔をしている。戦場で驚くとは、心構えが足りないな。袋から多頭竜神珍鉄剣を取り出す。素手でも勝てるが念の為。
「バ、バカな…いえ、まだ負けてはいない」
「もうよせ、お前は勝てない。太刀筋はたっぷり見せてもらった。剣を振り始めて直撃するまでの間に、僅かだが握りが甘くなる。その瞬間に刃を合わせれば自ずと剣を手放すことになる」
俺は半身になり、剣を上段に構える。ローザに勝ち目はない。俺が知性の無い魔物相手ならともかく、同じ太刀筋を何度も見せられたら容易に対抗手段が思いつく。
俺が無傷で勝てたのは、多頭竜神珍鉄剣を入手するまで大火焔棒で戦っていて、剣術を見せなかったことも要因だ。やはり情報は秘匿するに限る。
「まだ、まだです!」
「もうよせ、殺す気はないが、武器を取ろうとしたら腕か足を切る」
ローザは壁に刺さった剣を取ろうと近づく。あぁ~あ、仕方ないので彼女の右腕を切断する。場内は今日2人目の鮮血を吸ってしまった。
「うわぁ!?痛い!痛いぃ!」
「腕を押さえることだ、止血しないと死ぬぞ。俺は近づかないので自分でやらないと死ぬぞ?」
「あうぅ…腕がぁ…わたしのうでぇ…」
大柄でいかつい赤毛の女が大泣きしている。正直興奮する。止血点を押さえているので、多分死なないだろう。
「では、収拾をお願いします」
先ほど講演していたくたびれたオバケにそう伝えて剣を仕舞い、オバケの群れに戻り、紛れ込む。返り血を浴びていないので、ばれないと思うが。突然尻を叩かれた、イヤン。
『お疲れ様でしたご主人様』
右手のひらに文字を書く、クーか、気付かなかった。衣装はどうやって用意したのかペアルックである。まぁ会場全体そうだが。
「ついて来ていたのか」
『今来たところです。もちろん館の掃除は終えています。代表して来ました』
「そうか、俺のことはばれないだろうか?」
ばれて困る事も無いと云えば無いが、下手に英雄扱いされると好色なことがやれなくなる。英雄になったらむしろやる機会は増えるかもしれないが、暗殺の機会も増えそうなので勘弁してほしい。
ローザは騎士団長だと云うし、美人だから人気もあるだろう。恨みを買いたくはない、いまさら遅いかもしれない。
『ローザがしゃべらない限りは大丈夫でしょう。あの様子ではどうなるか分かりませんが、必ずお守りします』
頼もしいことだ。オバケ達が状況を収拾したようだ。暴漢達はオバケ達の衣服─何人か脱いで紐の代わりにした─縛りあげられるが、ローザは縛られない。何故だ、治療もしてないし、下手すりゃ死ぬぞ。草臥れたオバケが壇上に立ち再び語りだす。
「えぇ~ゴィゴの問題は~ジャゴによって解決~されると云う~不文律が~守られことに~」
また長い話か、ローザが本当に死ぬぞ。いいのかな?
「クーデターは他の所でも起こったのだろうか?反乱は全国的なのかな」
長い話が終わったので、講堂を出て最初に着替えた建物で着替えを終えて、クーと並んで歩く。なぜか変化しているが、文字をまた手のひらに書いてきた。
『分かりません。尾行されています。オウバ・ネットです』
「そうか、どうせ館の場所は分かっているんだ。このまま誘導するぞ」
クーが頷く。しかし何の用なのやら、イタチの最後っ屁だろうか?おでこをつつかれるには身長差が有るが。
館の庭に到着し、郵便受けからチラシを袋に入れる。庭の森はアイが育てているので、徐々に整ってきている。開けたところに到着する。ちゃんと尾いてきているようだ。
「さて、もういいだろう。逆恨みかな?」
「僕らは自由のために戦うのになぜ邪魔するんだっ!」
「俺の邪魔をしたからさ、リンカーンだって暗殺されたんだから、奴隷解放が万事うまくいくとは限らないだろう?」
暗殺した奴の子孫はFBI捜査官になったそうだが、流石自由の国である。四民平等、罪人の子孫に罪無し。いや、あのドラマは史実を基にしていなかったような…していたような…どうだっけ?モデルは居るんじゃ無かったかな?
「正気なんですか?奴隷を解放しようと思わないんですか?」
「この世界は傲慢で愚かな人間が創った世界だが、此処に生きる人々は懸命に生きている。無理に変えようとは思わない。未来はそれぞれの人間が変えようとする大きな流れだ。少なくとも俺は現状を無理やり変える気は無い」
「何とも思わないんですか!?人間だって奴隷に…地球人だって…」
「人それぞれ状況があるだろう、その状況を変えようとする者もいれば、悔んだまま死ぬ奴もいる。それぞれの選択の結果によっては未来に奴隷が居なくなるかもな」
「だからって僕たちの邪魔をするのはなんでだよ?」
「邪魔なんてしていない。お前等がたまたま俺の居るところに邪魔をしに来ただけだ、いやな偶然だな」
本当に偶然なんだろうか?この世界のシナリオかもしれないな、釈迦の掌の上か、神役がいたなら仏役もいるのか?
「…そうかよ。でも…お前はクズだっ!世界を変える力を持ちながら、豪華な館に引き籠るクズだっ!」
図星だな。確かに俺はクズである。それを言われると立つ瀬が無いが、返す手段はある。
「それで?」
「聞こえなかったか、あんたはクズだ!どうしようもないクズだ!社会に何の貢献もしない害虫だ!」
「うん、自覚している。それで続きは?」
「…何れあんたは後悔する、処刑台の上でね。自由と平等がこの世界を席巻した時、貴方は裁かれる運命だっ!」
そう言って去って行く。さてそんな時が来るのだろうか?来ると良いな。
「よろしいのですか?」
「別にかまわない、あの子にも行動を選択する権利はある。追うなよ、街で見かけても殺すな」
一応念を押しておく。クーは言っておかないとやりかねない。
「必要無いでしょう、騎士団の後ろ盾を失った叛乱者は遠からず捕まるでしょう。市民権も持っていないでしょうから、この国に長居もできません。すぐに捕まるでしょう。転移して逃げるかもしれませんが」
別にいいさ、奴隷が解放されても俺に不利なところは無い。オウバの革命も上手くいった方が良い。さて、どうなる事やら。
「ソウド様ぁ…僕のこともっと触ってよ~」
オウバが俺の背中にひっついてくる。
「ソウド様、私も子供ほしいです…」
片腕のローザも俺に縋り付いて大きな胸を押しつける。
「…奴隷の解放はいいのか?」
クーの仕立てたメイド服を着た2人が蕩けた顔で答える。
「だってぇ…僕ぅ…奴隷がこんなに良いものだと思わなかったんだもん~」
「ソウド様の奴隷はとても素敵なのです…私達はお馬鹿でした」
こうも簡単に考えが変わるとは、やはりこの世界のシステムは間違っているな。変えようもないから仕方ないな、もう奴隷は買わないことにしよう。
クーデターからずいぶん経って、彼女たちが奴隷として出品されたので買ってしまった。
別に助けるつもりはなかったが、会場に居たのが変態貴族で有名なボア男爵や変態富豪リッキャの他にも変態という言葉を枕詞にした連中が大勢いたので仕方ない。
「成り行き任せも良いが、もうちょっと思慮深くなりたいものだ」
そして、彼女たちを奴隷にし、すぐに開放するつもりだったが、奴隷として働いて悪行値を減らさないといけなかった。叛乱者のまま解放しても町には住めないし、簡単に奴隷にされる。
それで奴隷として扱うしかなかったが、やはり惚れられてしまった。俺のスキルも考えものだ。仕方ないので責任は取ることにした。
実はオウバは女だった、偽装していたらしい。俺は美少年を貪る趣味は断じてない。ステータスをいじって性別を変えたとかでは断じて無い、そんな事実は一切無い。
「写本の仕事も大体終わったから2階に行く、掃除しておけ」
2人に書斎の掃除を任せて廊下に出る。今の俺の生業は翻訳家だ、金持ちや教授に日本語の書物翻訳した物を売っている。最大一冊1000ナル程度で、俺は1週間に1冊写本できるが、まぁ悪くないと思っておく。聖典の翻訳はまだ終わらないが仕方ない。そのうち終わるだろう、誤訳したらえらいことだ。下手に誤訳したら信者に首切られる。
廊下を進みと2階に続く階段の踊り場にはドレス姿の3人のエルフが居る。緑髪の長髪エルフが挨拶してきた。
「あら、ジャゴさん。おはようございます」
「おはようロリエルさん、まぁもう夕方だが」
アイとアイラエルの長姉のロリエルは奴隷ではなく居候だ。俺より年上の30歳であるが、浮世離れした美人だ。体も豊満でヘルとそう変わらない、地母神さながらの美貌だ。妹達とは違うらしい、耳も姉妹の中で一番長い。
「ジャゴさんはいつもお屋敷に居るのだから時間なんて関係ないでしょう?だから会ったときにおはようで、2回会ったらこんにちは、3回会ったらこんばんはです。嫌なら偶には外に出てください」
この世界にも朝昼夜それぞれのあいさつがある。
「ロ、ロリエル姉さま、すみませんソウド様。姉に悪気はないのです」
アイラエルが頭を下げる。彼女は奴隷であり、恋人だ。末妹と同じ立場を望んだのでそうした。
「分かってるよ、頭をあげなさい」
そう、本当に悪気は無いのだ。ロリエルの言うジャゴという言葉にも侮蔑的な響きは無い。ロリエルはさっさと解放したので俺には惚れなかった。これで良いのだ。
俺に気付いた幼女のエルフが元気にしゃべる。
「おぉーそうど~あそぼうよ~」
彼女はアイ達3姉妹の義理の母、ソラエルだ。年はまだ6歳だが、まぁ王家なんてそんなもんだ。ロリエルよりも耳が長いが、血統の良いエルフの耳は長いらしい。
「また明日遊ぶから、ケリーとマリーと遊んできなさい」
マリーは新しく買った羽毛竜で、ケリーの番いである。どうやって性別を決めるのか分からないが、マリーの方が妊娠したからマリーが雌役らしい。
「えぇ~またなのぉ~たまにはきしごっこしたいよぉ~」
「すまんなソラエル、子供が産まれたら一緒に遊んであげるから、約束だ」
小さな頭を撫でると納得してくれたらしく、庭に向かって駆けていく。
「お義母様、走ると怪我しますよ、ではジャゴさん、今日はこんばんはまで挨拶できると良いですね」
ロリエルが頭を下げてソラエルを追う。
「ソウド様、すみません義母と姉が…」
「別に構わんさ、庭師の務めは果たしているわけだしな」
エルフ達は基本的に庭の手入れをしている。最近では果実を育てていて、曼檎の実は1つ1万ナルで売れる高級品である。俺の売る本の10倍以上の値段の果実が1つの木から最低5個採れる…まぁ翻訳写本は永く残る物だから、後世で公正に価値が見出されるのだ。
うん…悔しくないぞ、彼女達も奴隷身分から解放した俺には敬意を払ってくれるので問題ない。
「では2階に行くか、庭の様子はどうだ?」
「アイリシャンの代わりを充分果たしています。庭の皆は元気が良いです、謝肉草も充分ですし、畑を広げなくてよろしいのですか?」
「別にいらんな、金は充分ある。目立つ必要はない。出荷も今まで通り月に一度で良い」
餓死者はこの世にも居るが、それを解決するのはこの世界の住人だ。勿論俺もその一人なので、目の前に餓えた人間が居たら食べ物は分ける。しかし稼ぐ方法を教えることはしない、そこまでする気は無い、そういうスタンスで生きるのが俺の心地よい生き方だ。
2階にたどりつき、階段のすぐ横の部屋の前に置いてある椅子に座る。空気が良い…2階は構造上そうした清浄な空気だ。魔炉の力である。上に行くほど空気が良い、だからこの国には塔がいっぱい有るそうだ。
「お入りにならないのですか?」
「こういう時に男は邪魔だ。まぁ一応清潔にしておくが」
そう云って袋から取り出した白衣に着替え、周囲の壁や天井を布巾を使って拭き出す。
「朝と昼にも清掃しましたが、またやるのですか?」
どうも落ち着いていないのだろうか、天井に張り付いて掃除するのはおかしいような気もする。
「私の出産のときもそうなってくれますか?」
アイラエルは困った笑顔でおなかを撫でている、アイラエルは3か月だ。我ながら手が早い。
勿論だと下に居るアイラエルに微笑む。部屋の中からは気張る様な声が聞こえる。そうして産声が聞こえた。
「オギャー!」
産まれたか、これで俺も父親か。新たな産声が2つ続く、仲の良いことだ。名前の候補は用意してあるが気に入るといいな。床に水滴が落ちた、拭かなくては、赤ん坊の近くは清潔にしなくてはならない。
「ソウド様…泣いていらっしゃるのですね」
泣いていたか、そう云えばこの世界に来て初めて泣いたかもしれない。これから意世界はどうなるのだろう。創世者はアレだったが、住人達はそれなりにまともだ。
俺も意世界が良い方向に流れるのを期待する。流れるままに此処に来たが落ち着くところに着いた。俺と同じように未来は善い方向に流れるのだろうか?
「子供たちは幸せになってほしいな…争いの無い…平和な世界に生きてほしいものだ」
完結しました。
読んでくれてありがとうございました。




