大魔王の膝元
「ゲコゲコッ」
探索者系最上級ジョブである到達者のお陰で、アイテムの能力を1段階上にすることが出来た。お陰で大火焔棒も強化されたようだ。
もっともユーピンにはセカンドジョブが無かったので、到達者は戦闘力も生産力も半端な2流ジョブだったそうだ。ネット上ではよく煽られていたらしい、ネットゲームプレイヤーには効率を重視した者も多いので、どっちつかずの半端者は嫌われる。
「ゲ~ロゲコッゲコ」
だが、俺は状況が違う。複数のジョブを操る事で、運営にアカウントを消去されそうなレベルでゲームバランスを崩壊させるほどの力を持つ。まぁ複数持ち自体は結構いるみたいだが。
「ゲロロロロオ」
…うるせぇな。何故よりにもよって最初に会ったのがこいつなんだ、美女に当たる確率の方が高いのに、よりによって蛙かよ。マンティコアの親戚を倒した後、あらかじめ決めてある特定のポイントを目指しているのだが、何故か尾いて来る。今の俺は特別急いでいないので、蛙男の貧弱な脚力でも追随できる。
「ゲゲゲゲコォ~」
何故急がないかと云うと、途中で可愛い仲間を見逃すわけに行かないので、ゆっくり行くのだ。クーと速めに合流したいものだ。クーならある程度の距離にいる仲間を嗅ぎ分けられる。
「ゲゲゲゲッ!」
つつくな、俺をつついて良いのは恋人達だけだ。
「なんか用かググ?」
「ゲ、ゲッツ?」
一発屋みたいな事言うなよ、ゲンが悪い。蛙ことググは黒い城の方向を指差している。珍しいのは分かるが…誰か戦っているな、足に赤光を集中させ、迅速に救出に向かう。5体の魔物に襲われている。大きな棍棒を持った緑の巨漢が2匹に3人の仮面を被った槍持ちで長身の男達だ。その渦中に女が1人いる。まだ生きている様子だ。
緑大鬼太王LV61
緑大鬼太王LV62
朧祈祷師LV55
朧祈祷師LV55
朧祈祷師LV55
3mほどのトロルの親玉の一匹を大火焔棒で横薙ぎに払い、上半身と下半身に分離してやる。いい手ごたえだ。そのままの勢いで大火焔棒を振り回す。魔物達は密集していたので、呂布か関羽になった気分だ。女体化はしていないが。乱舞の後には一匹のトロル王だけが残った。
「グググンッ!」
怒りの表情だ。やはり魔物の雑魚には知性が無い、状況から云って絶対に勝てないことくらい分かりそうなものだが、周りには仲間の死体が散らばっているというのに。草原には紫の血や青い内臓が散らばっている、なのに恐怖も躊躇いも無い。こいつが戦士や王としての責任感を持つからではなく、知性が無い為マイナスの感情の動きが無いのだろう。そもそも感情なんて無いのか?ただのパターン化された行動かもしれない。
「グッググッ!」
今にも飛びかかってきそうな勢いだが、袋からひのきの棒を取り出して、赤光を纏わせて、デブの王様の開いた大口に向かって投げる。ひのきの棒は弾丸のごとき速さでトロルキングの口から進入し、後頭部まで貫通した。
「グッ!」
だがまだ生きている、さすがにタフだ。しかしふらついているので、何の問題もなく大火焔棒で右膝を突き刺す。右足を破壊すると、トロルキングは崩れ落ちた。だが仮想視界ではまだ死んでいないことが分かる。緑色の視界にもなれたものだ、この迷宮が仮想視界を戦闘として使う最後の機会かもしれないと考えると少し寂しい、折角慣れたのに。
トロルキングは前のめりに倒れるように右足を破壊したら上手い事そうなったので、地面に太鼓腹が接地する途中にトロルキングの禿げたデコボコの頭頂部を突き刺す。完全に死んだようだ。断末魔を上げる暇も無い。魔物達の死体をつつき、全てアイテムに変える。しかし全身血まみれだ。別に構わないが、兜についた血だけは視界を遮らせない為に拭いておく。さて助けたお礼は貰えるだろうか?
「大丈夫ですかな、お嬢さん?」
「助けてもらった礼は言います。ハァハァ…ジャゴと云えど心はあるのですね…」
アイの姉である。ボロボロだ、鎧は穴が開いているし、両手に持った長剣は真ん中から折れていて、もはや短剣として機能するかも怪しい。だが、俺を警戒しているのか折れた剣を正眼に構えている。滑稽だ、こっちは槍に相当する武器を持っているのに、射程が違い過ぎる。
「袖振り合うも他生の縁だ。飲みなさい」
袋から、赤の生薬を取り出して渡す。
「…いりません」
だが受け取ってくれない。
「そうか、分かった。では急ぐので失礼する」
袋に生薬を入れて、目的地であるX06Y04を目指す。此処は城の位置から言って、X12Y22辺りか。急がなくては。
「ま、待ってください。私は動けないのですよ?見捨てるのですか?」
「俺に出来るのは薬を渡すことくらいだ。受け取らないのはそっちの都合だ」
だいたいついて来ているのだから、喋れるし動けるじゃないか。昔合宿で鍛えられた時は声が出る内は大丈夫だからと、炎天下のグラウンドを汗が出なくなるまで走らされたものだ。
ちなみに水分補給はちゃんとやったし、体力の少ない奴は途中で抜け出せた。意外と弟子を見ている師匠だと合宿が終わってから感動したものだ。合宿中は殺してやると思って試合したが、力量差がありすぎたので、寝技でギブするまで攻められた、しかも男の師匠に、勉強にはなったが嬉しくはなかった。
「待ちなさい!だいたいどこへ行こうと言うの?」
某大佐みたいな事を言いだした。蛙男も地味についてくる。
「事前に決めたポイントだ。この迷宮の中央には城があるので、そこを基準にして場所を推定する」
地図は攻略本と同じ物が通用するのでありがたい。この迷宮はユーピンでも最難関の迷宮に数えられ、今から俺が目指すボスは、誰も倒せなかった。そのためアップデートして別のボスになったと云う謎多き怪物である。
「そんなこと出来るわけ無いっ!ここは未知箱よ?私達帰れなく…そうだ!」
箱から紐を取り出して帰ろうとしているが、ここは紐が使えない。
知らなかったのか?大魔王からは逃げられない。
まぁまだエンカウントしていないが。とにかく此処のボスはアップデートされて別物になった。しかし俺の会いたい大魔王はアップデート前の奴である。
アップデート…そう、これこそがゲームとの違いだ。なぜトップランカーやカラミがバランスの違いに躓いたのか?答えは簡単だ。ユーピンはマイルドに調整されていた。本来の敵と比べて劣った魔物が配置されているところもあったのだ。
「つ、使えない?そ、そんな…」
俺は再び図書館に赴き資料を漁った。三大書を読み解くための資料探しという意味もあった。そのついでに采務省以前の資料とゲームスタッフの個人日記─書物なら本当に何でもある─も見つけたのだ。
クリエイターとスポンサーの見解の相違は読み解くうちに分かった。ゲームスタッフはユーピン世界のデータを高難易度過ぎる等の理由で、特定の魔物や装備を入れ替えた。役人は正確な資料を作りたかったので、不純な要素を入力すると演算結果にゆがみが生まれるので、正確な資料として採用できないと考えた。
「ゲッゲゲコ」
「黙りなさいっ!私を売り飛ばそうとしたくせにっ!お前は私と口を利ける立場に無いのよ!」
うるさいな、叫んでも何も得られないないのに。まぁ要するにあの城に居るのはドランⅢのラスボスなのだ。版権から云ってそりゃ出すわけにいかない。
ゴブリンやトロルの様なファンタジーの常連はともかく、コラボもして無いのにボスキャラ出せるわけ無い。その辺の事情もあって変更された敵も居る。ジンの行動パターン変更や耐性の変化なんかはまだ謎だが、多分あれが本来の性能なんだろうと思っておく。
「と、とにかく、オウバと合流しなくては…」
ならバラバラになって探せばいいのに。それはともかく、ドランの版権を管理していた会社はVRMMOに対抗意識を持ち、危険視していたので、ユーピン内の50種類の魔物と74種類の武器・防具・消費アイテムの版権許可が降りなかった。そのためユーピン世界と意世界はかなり構成情報がずれたらしい。
だが、不完全とはいえユーピンの情報は役に立っている。しかし、ここに居る大魔王は実装されていた期間はサービス開始から1週間にも満たなかった。見切り発車過ぎるだろ、もうちょっと上手く折衝しとけよ。攻略情報は対して無いが、もしも大魔王に意思や知性が有るなら、何かが起こる。それの確認に来たのだ。
「ちょ、ちょっとジャゴ!歩くのが速いですよ!もっとゆっくり…」
「俺はジャゴなんて名前じゃない、平・ソウドだ」
まぁこの世界で付けた第二の本名だが。
「う、うるさい…奴隷を扱う奴なんて…ジャゴで充ぶ…」
「一応言っとくが、俺とあの3人は同等だ。俺達は全員帝国臣民だ。彼女達が俺の奴隷なのは、彼女達がそう選択したからだ」
なんか遠くからギャーという俺も居るぞという意味の鳴き声が聞こえた。7時の方向を見るとケリーが魔物を引き連れてきた。トレインPKはアカウント停止させられるぞ。
「ひっ!あ…あんなにいっぱい…」
腰を抜かしてへたり込み、この世の終わりみたいな表情をしている。仮想視界によるとトロルキング1匹に祈祷師が3匹後は…
金塊巨人LV59
金塊巨人LV58
多頭竜LV66
どいつも足の遅い連中らしく、ケリーならば逃げ切れるだろう。だが、ケリーは一直線に俺の前に来る。ケリーが何を考えているのか分かる。一緒に戦いたいようだ、接近したケリーに飛び乗る。
「ギャース!」
「ケリー、最初は先頭集団のデブとのっぽ3匹だ」
ケリーはまさに駿馬である、まぁ竜だが。とにかく速度を殺さぬまま、Uターンして魔物達の正面に斜めから近づく。丁度大火焔棒の間合いに来るように相対速度を合わせたので、走りぬけつつ、先頭の4匹を薙ぎ払う。流石に全部殺す事は出来なかったが、後方から追いついたヒドラに踏み潰されたので、どっち道死んだ。金塊巨人は2mほどで巨人というほどでも無い体格だが、全身金ピカである。
「最初は足の遅い奴から殺すぞ、右腕の短い金ピカから砕くぞ」
「ギャーン!」
巨人達は俺達を倒そうと方向転換しているが、やはりとろいので、小回りが利き加速も速いケリーにとっては止まっているのと同じだ。草原には罠も無いので、自由に駆け抜けられる。金の巨人を背後から打ち砕く。残りの一匹にも同じ事をしようと思ったが…ヒドラが踏み潰してしまった。仮想視界で視ると死んでることが分かる。
「ケリー、ゆっくり止まれ。あのヒドラはお前とは相性が悪い」
「ギャース!」
納得してくれたようだ。足の遅い奴ならケリーに乗ってすれ違いざまに叩き潰せるが、ヒドラは要塞だ、一撃では倒せないし、大地を揺らされたらケリーから落ちるかもしれない。
ヒドラは大きい、ギリシャ神話のヒドラよりも頭が少ないが、知恵が足りないわけでは無いようだ。静止している。突っ込んでもカウンターを受けるだろう。さて、本当に知性による行動か、単なる行動パターンなのか、どっちだろう?
ヒドラはマンティコアの親戚よりもかなり大きい。野球場に丁度収まるくらいのサイズだろう。内臓とかどうなっているんだろうか?よく自重で潰れないな。
「相手するの面倒くさいな、ケリー、集合地点は分かるな?振り切れるか?」
「ギャギャガー!」
楽勝と言っている。さて、さっさと行くか。
「ま、待って!置いてかないで、ソウドっ、さんっ!」
「ゲコゲコッ!」
2人が来た、見捨ててもいいのだが、それは人情に反する。俺は気持ち良く生きたいのだ。救いの手を拒むならほっとくが、助けてと言われたら助けるのだ。それがストレスの溜まらない生き方である。
「一応言っておくが、もしも心を操作したら殺す。俺達の誰かに危害を加えても殺す」
「そ、そんなこと…出来るわけ無い、早くっ!」
「ゲゲゲゲコッ!」
ケリーの足元に縋り付いている。ケリーに蹴るなと言っておく、こう言わないと蹴るのだ。
「どっちなんだ?さっさと答えろ。俺は忙しいんだ」
「わ、私もカエルもそんな事しないっ!出来るわけ無い!」
「そうか、ケリー乗せてやってくれ」
「ギャ~!」
仕方ねぇなと身を屈める。アイの姉が俺の背中から腹に腕を回す。まぁ鞍も鐙も無いから仕方ない。妹より貧相な体だ、骨が当たってる。さらに後ろに蛙も乗った。湿ってるのでケリーが嫌そうな声でギャガ!と鳴く。
「あとで好きな餌買ってやるから、我慢してくれ。ん?ヒドラがそろそろ動き出すぞ、少し東側に誘導してから集合地点に向かうぞ」
「ギャー!」
ケリーが駆ける。
「グギィギャーーーーーーーーーーーー!」
ヒドラもケリーと同じく叫ぶが、どんどん声の感覚が遠くなっていく。ドップラー効果である。
「ケリー、敵は無視する感じで行こう。集合地点に急ぐぞ、無駄な時間を食ってしまった」
「あ…あのごめんなさい、こんなことになって…」
こんなことってなんだろ?別に大体予定通りだが、まぁエルフと蛙男と同乗するのは予定外と言えば予定外だが。
「ちゃんと謝れるんだな、まぁ気にするな迷宮に失敗はつきものだ」
「そ、その、そういうことではなくて…その…」
歯切れが悪いな、顔は見えないからどんな表情なのかも分からない。
「どうせ時間はあるんだ、話したいならゆっくり話せば良い。話さなくてもいいが」
「…お優しいのですね、その…妹は帝国臣民なのですか?」
そうだと頷く。図書館に行ったついでに帝国臣民権を取得した。何故かエルフの登録料は割高であった、何故だ。受付のお姉さんは申し訳無さそうにしながら、特典の帝国国旗と同じ模様の布巾をくれた。本当はもらえないらしい。ついでにレビーンの所に寄り、服を仕立ててもらった。
「…あの子は…首が無い…姉妹の中でも一番つ…そんな子を解放…欲望まみれの悲人が…?」
小声で呟いている。まぁどうでもいいことだ。さっさと合流しなくては。
一方その頃…
「あれから何時間たったのじゃ?」
既に集合地点には4人の姿があった。
「入ってから1時間も経っていません。別に問題ありません。私達ならともかく。御主人様ですよ」
集合地点には一切の血が無かった。魔物が未だ出現していないのだ。
「たぶんだけど、アイちゃんのお姉ちゃんとか助けてるんだと思うよ。旦那様優しいから」
当たっているが、能動的に助けたわけではない。彼女達はソウドを過大評価する傾向がある。
「…そうだといいのですが、ところで本当に此処には敵が来ないのですか?」
大柄な女に冷ややかな視線が向けられる。何故こいつが先に来たのかと云う視線である。愛しの主人より先に来た敵に対して警戒しているのか、3人の奴隷は大柄な女から2m以上の距離を維持している。
「ここは停戦地帯です。御主人様の情報によると魔物達は来ないそうです。」
この場所はユーピンプレイヤー達が見つけた休憩スポット的な場所であり、ここには魔物が発生パターンの関係から出現しない。もしも魔物が出現するようなら別のポイントに向かう手筈である。
「信用できません。もしも魔物が出現したら私の指示に従ってもらいます」
「何故じゃ?」
「私がこの場で一番強いからです。それに奴隷でもなく、自由意志を持った人間ですから」
「クー、どうするのじゃ?」
クーは昨日小声で話しているにもかかわらず、話を聞かれた事を警戒してアイとヘルの掌に指で伝える。未知箱の入り口に居る自分達の居場所を掴んだ事とソウドより先に合流した事から、彼女達の誰かがそうした力を持っていると予想している。ならばここも実は囲まれているかもしれないから警戒するべきと考える。しかしここで主人を待つことは変えないことを2人に伝える。アイは頷くが…
「ごめん、まだ文字が苦手で…えぇと囲まれてるってどういう意味なの?」
ローザリウスは首を傾げる。周囲に魔物の気配が無いから、何を言っているのか分からないのだ。別にヘルは文字が分からなかったわけではない。ローザリウスの反応を視たのだ、2人もそれを察した。
ローザリウスは敵かもしれないが、策士ではない。ソウドの位置も知らないしローザリウスの仲間も近くには居ないだろう。
ならば待てば良いと分かった。クーはローザリウスの力はソウドの10分の1程度と察し、自分達3人で掛かれば傷も負わずに勝てると2人の親友に伝えた。3人は顔を見合わせて頷く。
彼女達はまったく同じ事を考えていた、ソウドの力を見たら、アイの姉が惚れてしまわないだろうか?ローザリウスも惚れるかもしれない。そうすると、それぞれのマッサージやスキンシップの時間が変わってしまうという事を3人とも考えていた。余人にはつまらない事かもしれないが、彼女達には命題である。




