自分の答え
「王国の復興など不可能…いえ無意味です。小姉さま」
「アイリシャン?無意味というのはどういうこと?呪いは解けたのよ?」
4人組を応接室に案内し、1脚100ナルで買った椅子に我らソウド組とアイラエル一行が向かい合って座り、1万ナルで買った大きなテーブルを挟んで美人姉妹が討論している。お互い自己紹介もしてないのに。
アイはテーブルの上に座布団を置いてその上に頭を載せている。茶も菓子も出しているというのに、新築祝いをくれないとは薄情な連中だ。せめておめでとうの一言くらいほしい。
「…皆奴隷にさせられたのですよ、事実上天職の力を失った樹海種には何の力も…」
「違うわ、アイリシャン。天職の力などもはや自由自在にできるのよ、オウバ・ネットの力によって、全ての奴隷は解放される、人間世界を破壊し尽くされるでしょう」
アイは複雑な面持ちである。今のところ姉は呪いを解いたことに対しての感謝の念を示していない。それにお互いの再会を喜び合う事も無く、王国復興について討論している。王家の義務というやつか、黒髪の男に国を滅ぼされたのに、また黒髪に頼るのか、まぁ俺も黒髪だが。
「そうですよ、アイリシャンさん。僕は天職を自由に使えます。何も心配いりません、僕らを信じてください」
紅顔の美少年はまだ声変わりしていないソプラノ声でそう言った。なんだろ、雰囲気が違う。これまで会った元日本人とは違う。高潔な意志を持っているからだろうか?
「…小姉さま、妾達はそういう力に破滅させられたのですよ?」
「この方は偽神とは違います。それに貴方のジャゴも黒髪ではなくて?」
ジャゴという言葉の響きはあまりいい意味ではなさそうだ。アイの姉は俺を侮蔑する目でみている。美女にこんな風に見られるのも悪くない。正直股間の一物の力が滾る。今日は結構疲れているのだが、応接間の美女比率が高いので、彼女たちを喰い尽くしたい衝動に駆られる。
男が何人かいてよかった。僅かに理性が働く、特に蛙男の湿ったいぼだらけの肌を見るとげんなりするので、衝動がうまいこと抑えられる。まぁ椅子と床が濡れていることについては、むかつくがしょうがない。義理の姉の連れだしな。
「そうですわ、ジャゴさん?アイリシャンを解放してくれませんか?此処に居てもアイリシャンの為になりませんもの」
アイの意思はどうでもいいのだろうか?まぁ家族ならそう言うのは当然といえば当然だ。
「ソウドは妾の夫です。とても深く愛し合っています。もう妾と姉さま達との枝は絡み合いません」
アイがきっぱりと断言する。俺を運命の人だと思っているということは、毎晩のように語り合ってはいる。実際俺もそう思っている。付き合いは短いが、お互い心も体も通じ合っている。
「どうせ奴隷という立場につけこまれているのでしょう?そんな必要はないのよ、くだらない悲人に従う必要はないのよ。さあ、私と一緒に王国を復興させましょう」
「…いい加減にしてください。いつまでも夢みたいなこと…」
「夢ではないわ、アイリシャンには難しいでしょうけど…」
2人の美人姉妹は言い争いを開始した。もう時間も遅いというのに、そういやこの人らもしかしてうちに泊まるつもりじゃないだろうな。
「ご主人様、ヘルが寝そうです。というかこの人たちは何をしに来たのですか?」
クーが耳打ちしてくる。まぁアイに会いに来たんだろうな。
「どうやって此処に居ると知ったのでしょう?それにアイと同じ境遇なら奴隷のはずでは?解放されたのでしょうか?」
確証は無いが叛乱者という悪行からして脱走でもしたんだろう。
「叛乱者ですか…脱走くらいではそこまでの悪行は付きません。おそらくもっと大それたことをしたのでしょう」
まじか、すると犯罪者を2人匿っていることになるんだろうか?それで悪行は増えたりしないだろうな。
「多分大丈夫だと思います。悪行は自らの行いによって増えるものです。もしも所持する奴隷が罪を犯しても、余程大それたことをしない限りは主人にまで影響しないはずです。無論我等はそんなことはしません」
そんなもんか、おそらく数値的には1とか2増えるんだろうが、天職に影響するほどではないんだろう。そう云えば悪行値が最大にまでなったエルはジョブを得ていたような。まぁあんまり強くは無かったから、やっぱり悪いことはしないのが無難だ。
「なぜ私たちが叛乱者とお分かりになるのですか?」
ローザリウスに聞かれたらしい。意外にかわいらしい声だ。
「オウバと似たような力を使えるのだ」
相変わらず討論している姉妹の横で会話する。しかし結構五月蠅いのにヘルは舟を漕いでいる。神経の太い奴だ。一番初心なくせに。
「…わかりません。貴方は天職を操作できる力をお持ちなのに、なぜ奴隷を解放しようとしないのですか?」
政治談議か、美女とは別の話をしたかったが。
「この世のルールを決めたのは人だ。運用するのも人だ。今奴隷が居るのは人がそう決めたのだろう。真に奴隷を解放しようと言うなら、人全ての意識を変えなくてはならない」
これが俺の本音だ。多数の人の意識を改革すれば奴隷も居なくなると考えている。少なくとも俺の元いた世界ではある程度そうなった。
「人とは人間種族のことですか?」
「俺にとって人は、知性を持ったものという程度の認識だ。意思が通じるなら俺は人と認識する」
まぁ言葉が通じない魚人を迷宮で切り裂いたが、あれは別の話だ。魔物だし。
「現実問題として奴隷は天職の力を失いやすく、人間種族ほどの自由はありません。其れについては如何思いますか?」
なんで新築の館に入居した日にこんな討論しなくちゃならんのだ。まぁ美女と話すのはなかなか楽しい。ローザの表情は豊かなので面白いし、俺の奴隷達とは違う大柄の肉体は美しい。
「人間は星空を飛べないし海の底も自力で泳げない。本当は大した自由なんて無い、自由とは捉えようの無い言葉だ。状況ではない、自分が自由だと思えば自由だ」
実際俺は日本に帰れないが自由を満喫している。
「虚言です。奴隷は生死さえ自由にされます。力ある者は力を有効に使うべきです」
まぁ虚言なのは確かだ。俺もクーを買った時に、売れ残った奴隷が殺されているのを見て、胸がむかついたのは確かだ。あぁ言うことは意世界では日常なのだろう、2~3件は俺の力で解決できるかもしれないが、そんな気はない。奴隷商人も商売だ、俺に彼等を止める権利はない。
「なるほどな、つまり貴女は高い地位や金を持った人間は、そうした事にもっと興味を持つべきだと感じているんだな、ローザリウス殿は」
「…!」
なんか驚いている。自分が高い地位の人間だと看破されると思わなかったらしい。よし、その辺を攻撃しよう。議論で重要なのは相手の人格への攻撃だ。
「そんな高い鎧を着ていれば一目瞭然です。肌と髪の毛も大変美しく手入れされている。筋肉質の体だから金持ちの愛妾には見えない。高い地位にある人間だと推測したが、間違っていなかったようですね」
「し…しかし…」
「加えて言うなら理想主義のきらいが有る。奴隷について嫌悪しているが、それはあなたが奴隷になったことがあるからではなく、周囲の高い地位にある人間が奴隷を当たり前の様に扱っていることへの不快感であって、貴女自身は奴隷を本気で解放しようとは思っていない。本気で思っているなら、そんな高い鎧は着れない」
彼女はプルプル震えている。テキトーこいたが結構当たったらしい。俺は詐欺師の才能あるんだろうか。
「でも…でも…」
言葉が出なくなったら負けである。議論の中身の優劣など関係無い。
「私とアイにヘル…この寝てる金髪です。私たちは幸せです。奴隷という境遇には思うことが有りますが、幸せな奴隷もいることを忘れないでください」
「むにゃむにゃ~だんなさま~すけべぇ~」
むにゃむにゃって云う寝言初めて聞いた。
「奴隷という境遇に疑問が有るのなら、僕らと一緒に戦いませんか?」
ローザは黙ってしまったので、オウバが加勢してきた。蛙はずっと沈黙している。案外蛙が一番強いんだろうか、人はレベルだけでは測れない気もする、一応警戒しなくては、向かい合った連中は武装しているのだから。つーか室内でくらい脱げよ、なにか?実は隙を見て俺達を殺そうとしているのか?
「御主人様には遠大な計画が有ります。それは奴隷のみならず万民を救済するものです。貴方達の計画がどんなものかは知りませんが、私達は御主人様にのみ従います」
俺の計画についてはそこそこ察知してくれたらしい。まぁ毎日書き物をしていればばれるか。
「僕たちの計画の方がすごいですよ」
どうすごいんだろ?と、いうかこいつ等何者なんだ?もしや奴隷解放連か緑布党の残党だろうか?他に心当たりもない。
「そもそも、新築の館に邪魔をしに来た連中さえも歓待する御主人様に、敬意を払わない薄汚れた罪人共の言葉を信じる者は、余程の間抜けでしょう」
そうだな、今頃はみんなで2階のでかい高級ベッドの上で楽しんでいる時間だったのに。オウバは赤くなっている。怒っているようにも見えるが、あれは恥辱の表情に見える。
しかし結構時間がたったな、窓の外の青い月がずいぶん昇っている。
「失礼、ちょっと中断してもらうよ。アイ、結論でたか?」
テーブルの上のアイを、俺の右耳の傍に持ってきて聞く。
「無理じゃ、もう~無理じゃ。こうなったら家族の縁を切る」
「家族は大事にしろ。なにも縁を切ることは無い。なんなら他の身内を探すくらいは協力すると言っとけ。俺にとっても義理の家族だしな」
奴隷の解放よりよほど大事だと思うが。
「妾もそう言ったが、一向に聞かんのじゃ…もしやあのオウバに操作されているのでは?」
オウバはそんな性格では無さそうだ。大して言葉を交わしたわけでもないが、オウバはガキだ。意世界に来たのが何時頃かは知らないが、精神年齢は見た目相応だ。世の中の理不尽をすべて自分の力でどうにかできると思ってそうなガキだ。心の操作など自分からはやらないだろう。
「それは無いな、そういうことはしそうにない、もう時間も遅いしお開きにしてもいいか?」
「すまぬ…妾が迷惑を…」
「気にするな、変わった新築祝いだと思うことにする」
そう言って首を撫でてやる。胴体もビクンビクンしている。アイは首の断面を撫でられるのがお気に入りなのだ。
「どうだろうか皆さん。今日はもう遅いし…」
「あら、まだ時間はあるわ、それともアイリシャンを取られると思ったのかしら?ジャゴ風情が…」
「小姉さま、いい加減にしてくだされ。ソウドはお主らを追い出しても良い立場じゃぞ!」
アイは本気で怒ってる。あんまり暴れると落としちゃうから、落ち着け。
「まぁまぁ、お互い解放と同居で平行線なんだし、これ以上は議論しても無意味だよ。頭冷やそう、家族で争うことは無い」
「黙れ!貴様が解放すれば済む話だ!」
怒髪天だな、テーブルに拳を叩きつけている。血が出ているぞ、それだけ本気なんだろうが、せっかくきれいな手なのに。
「アイラエル?この場は退散しませんか?こちらも新築なわけですし、今日は一日お疲れなのでは…」
ローザがこちらに協力してくれた。少しは理性的だ。
「黙れっ!黙れぇ!たかが騎士風情がっ!妾は王女!貴様とは立場が違う!」
暴れ始めた。あまり貞淑ではないようだ。あっ、テーブルにひび入った。安物つかませやがって。
「落ち着いてください。オウバも手伝ってください…」
オウバと協力して押さえこんだ。大分興奮している。ローザが頭を下げる。
「申し訳ないのですが、本日は退散させていただきます。いろいろとご迷惑をおかけしました」
逃げるように去っていく。結局蛙は一言もしゃべらなかった。ご祝儀どころかテーブル修理代も置いていかないあたり、世間ずれしていないらしい。一応玄関まで見送りをする。廊下の床があまり汚れていない、4人組の靴は土が付いているし、粘液も垂れているのに、あまり汚れていない。
「魔炉には汚れを消化する機能もあります。迷宮の技術の応用です。まぁ最低限の掃除は要りますが」
そんなもんか、掃除の手間が少し減った。
「すまんなソウド…姉は苦労した事の無い人じゃから、妾が豪勢な館に住んでいることにも怒っているのやもしれぬ」
「奴隷という境遇…いや、この世のシステムがそうさせたのだ。俺と同じ日本人が創ったシステムだ。多少は改善の努力をしなくてはな」
あの計画でうまくいくかはわからんが。応接間に戻り、部屋を片づけ、食器やコップを駕籠に乗せて、台所に持って行って洗う。
「計画とはなんじゃ?いつもクーにばかり…ずるいぞ」
「しょげるな、まだ誰にも話してない。クーが推測しただけだ」
「申し訳ありません。旦那様のお心を勝手に推測するなど…」
クーまでしょげた。狼耳が垂れてしまった、可愛い。
「気にするな、実は不安でな。こんな計画がうまくいくと思えないので、あんまり話したくないんだ」
実際計画というほど大したものでもない。もしかすると悪い方に話が転がるかもしれない。
「それでもいいから話してよ~話せば楽になるよぉ」
ヘルが起きてきて皿洗いを手伝ってくれた。3人は期待する目で見ている。ぶっちゃけ本当に大した計画では無いんだが、あんまり期待されると怖い。
「じゃあ話すが、期待するなよ。ホントにしょうもないんだから」
3人が分かったと頷く、1人はアイコンタクトだが。全員期待のこもった目だ。分かって無い。袋から3冊の本を取り出す。アカシックレコードから取り出したものだ。
「俺はワープして帝都図書館本山に行き3冊の本を借りてきた。『聖なる書』『賛歌の啓典』『解脱の経典』この3つだ。俺の世界では多くの人間に影響を与え、幾度も歴史を動かした書だ」
それぞれの歴史の善悪はともかく、それだけ力のある聖典だ。
「この世界の人類も俺の世界の人間の血をひいている。多少姿は違っても、元をたどれば人間だ。この書物は多大な影響を与えるだろう。おそらくこの世界も俺の世界の倫理観に近づく、希望的観測だがな」
正直書物でうまくいくとは思えないが。
「では、それが…世界を変える書だと?」
クーが震えている。中身はそうかもしれないが、別にこの本自体には力はない。
「そういうこった。俺はこの3冊の本を翻訳している。何時まで掛かるかは分からんが、翻訳が終わったら一冊づつ金持ちにでも渡す。金持ちというのは善良になりたいものだからな、精々布教してもらおう」
「人間社会にも教えはあるが、何れも奴隷を容認していて、それほど体系づけられたものではない。じゃが、これは金持ちにのみ都合のよい経典なのか?」
アイが疑念を持っているようだ。
「中身は人間は平等であるべきだという、俺の世界では当たり前のことが書いてある。金持ちならうまく広めてくれることだろう。人間の原体験と自然倫理に基づいた内容だから人気は出るはずだ」
出ないかもしれない。なにせ意世界には魔法が有る。ここは日本でも地球でも無い。奴隷が解放されるとは限らない。むしろ逆効果かもしれない。
「上手くいかなかったらどうするの?」
ヘルが笑顔で聞いてくる。ヘルも俺の考えが読めるらしい。
「100年そこいらで結果の出るものじゃない。良い結果が出るように祈りながら、お前らと楽しみ続けるだけだ」
そう、別に歴史を俺の望む方に行かせたいわけではない、うまく行かなくても良いのだ。俺は奴隷制を自らの手で崩壊させたいわけではない。気に入らないから、できれば無くなってほしいと思っているだけだ。歴史に名を残すつもりもない。奴隷制が有るなら利用する。俺はやりたいようにやるだけだ。
子孫が奴隷になるのは嫌だから、布石は打つが、それだけだ。奴隷市場を襲う気も無い。この館で美しい女たちと楽しみ続けるだけだ。そう…小物であっても俺の生涯とは楽しむためにある。そう決めた。
「どの位進んだのじゃ?見せてみるが良い」
袋から書きかけの翻訳を取り出して三人に見せる。
「…内容は素晴らしいと思います。心を打つものがありますが…」
「字が下手糞じゃ、それに綴りも間違っておるし意味の繋がらない箇所があるぞ」
「やったー私の方が字が上手ぅ~」
…まだまだか、もっと練習しなくては、誤訳したらえらいことだ。




