亀の背中
早朝の青龍洞入り口アーチの前には以前と違い、何故か人が大勢居た。みんな鎧姿なので迷宮内部で新しく買った鎧を着ようと思っていたので、平服の俺達は少し浮いている。
「どうやら、昨日一昨日と9時以降に入った者達が、作法が機能していないと思ったようです」
クーは鼻だけでなく耳もいい、まぁ4つ付いてるしな。
「やはり、60階のルンが作法を狂わせていたのかな?それでボスも居なかった」
「そんな所でしょう。時間帯の作法は変わっていないことは、昨日確認されたそうです。それでこの有様というわけです。待ち時間もあるようですから、鎧を着ますか?」
さて、どうするかな。人が多いと手間が増える。まぁ青龍洞は充分広いから修練道の様に、道がつかえる事は無いが、だからといってパッと見100人ほどいる連中と同道するのは避けたい。
「この連中は5階がせいぜいの連中ばかりです。魚人を1匹殺して金貨を1枚だけ取得してすぐに帰る連中です」
クーが背伸びして耳打ちしてくる。5階か、それでも往復10階だから鉢合わせして面倒な事にならないだろうか?まぁ急げば10分で10階以上潜れるんだがな。
「どっち道金は稼がないとならんのだしな、これだけ人が居るという事は逆に言えばそれだけ稼げるんだよな」
2人が頷く、そう、この2人にひもじい思いをさせるわけにはいかない。
「よし、まだ待ち時間もあるし、鎧を着ちまうか」
「ご英断です」
「えへへ~おニューの鎧似合うかなぁ」
鎧の似合う女性は、男性と女性両方の美しさを兼ね備えるが、この2人は完璧だ。
激質性鉄の剛頭兜
激質性鉄の剛胴鎧
激質性鉄の剛腿巻
命我糸の全身下着
水転の装甲靴
激質性鉄は真っ赤で強靭な鉄だ。鉄綿製の装備より少々重いが俺は問題ない、クーとヘルに一式は重いので、胴鎧は軽量化して動きを妨げない、激質性鉄の魚鱗式胴鎧を選び、兜ではなく命我糸の帽子を被った。命我糸は真っ白な素材で、ある種の昆虫から採った糸を紡ぎ、織姫が魔法スキルを使って編み、常時体力・精神力が回復するという便利な装備だ。攻略本によると装備一つで回復量は1時間1%らしい…まぁ無いよりマシだ。
3人分の装備の合計は、200万ナル飛んで9万である。流石に高い、今日迷宮を攻略できなくては、家の資金はローンになる。背水の陣だ。ちなみにタイツだけは服屋で買って装備した。他人に可愛い奴隷のストリップを見せたくは無い。
「2人とも良く似合うぞ、真っ赤な鎧に銀と金の髪がよく映えている」
クーは普段の姿だ、クーは最近ではあまり外では変化をしなくなってきた。ヘルに対抗意識を燃やしているんだろうか?
「ありがとうございます。御主人様も見事な立ち姿です。その重い鎧を着て、自由自在に動けるのは御主人様以外には居ないでしょう」
「うん!背中もおっきいから、逞しいね!」
すこし体を動かす、ふむ鎧の重量は俺の体重よりやや軽いくらいだが、問題無い。身体能力は武流のスキル赤光のお陰で、軽く計っても、100mを10秒弱で走れるようになったし、立ったままの跳躍で、宿屋の2階まで到達できる。握力も拳大サイズの石を握り潰すことが出来るようになった。
赤い光はまだ成長する事を考えると、どれだけの力になるやら、ただ調節できない力を得ても意味が無いので、武流をジョブから外せば光も消えることは確認しているので、夜は外すことにしている、恋人をうっかり殺すのは望まない。
クーとヘルのジョブをチェックする。
所有物─従愛奴隷─クー─ファースト─神狼依り代LV0─セカンド─猟人LV31─伴愛奴隷─ヘル─風流士LV43─魔法使いLV53─魔導師LV22
ヘルの魔法使いは出会った時からずっと付けていたが、まだ50程度か。100まで上げようかと思ったが、やはり補正のせいかあまり上がっていない。やはり50以上にするには格上のダンジョンに挑まなくてはならないか、攻略本によるとこの国の最難関迷宮は、未知箱という迷宮である。入る日付けや時間、装備品によってはLV100の雑魚さえ出てくるというイカレた場所である。
あんまり行きたくない。金の生る樹を栽培できるようになるのは少なく見積もっても、庭師無しでは1ヶ月はかかる。その間の金稼ぎはどうしたものやら、商売はする気が無いから、やはり迷宮しかないか。
「御主人様が一撃で魚人を殺せるようになったので、楽に60階まで来れましたね」
速いもんだ、別に語るべきことも無い。3階で三下冒険者にハイエナのようにストーキングされたりしたが、別に何も無かった。他人の眼のあるところで魔物を一撃で殺すのは拙いと思い、手加減して魔物を切り刻んでしまったが、三下のせいだから恨むなら奴等を恨んでほしい。
「これまでの収支はどんなもんだ?」
「金貨が65枚、銀貨20枚、銅貨が3枚に魚酒4本・亀の甲羅と水蛇の牙に山椒蛙の長い舌が1つづつです」
意外とアイテムのドロップが少ない。まぁ体力を優先したので、敵との遭遇は最小限にした所為もある。
そう云えば獲得金上昇を上げていない事を思い出す。だが、褒章値は残しておくことにしている。金も重要だが、心の操作はもっと重要である。盗賊に200ポイントも使ったので、節約しなくては。
「体力は大丈夫か?」
「全身服のお陰で体力は常に回復しています」
「右に同じ、でも魔法のせいかちょっと疲れがあるから、魔水ちょうだい、あ!口移しがいいなぁ…」
「…仕方有りませんね。生き残るためですから。お願いします御主人様」
赤い魔水をヘルの希望通りたっぷり飲ませてやる。唇を離すとヘルは名残惜しそうな眼をしている。毎日しているのにこういう反応をしてくれるのはありがたい。クーは少し不満げだが。
「クーも53階では活躍だったな、蛇の奇襲をよく探知してくれた。偉いぞ」
クーの頭を撫でてやる。水蛇は毒持ちなので、下手すりゃ即死である。…やっぱり素人が考えただけあってバランスがおかしい。バランスといえば、攻略本によるとこの迷宮のボスはクラーケンである。イカで、触手に、美女連れである。期待が高まる、まぁこれまでのケースからいって違うんだろうが。
それにしてもなぜバランスが変わるんだろうか?予想に過ぎないが、ゲームマスター役と神役が居たんだから、デバッカー役やアップデート担当の役を振られた人間も居たのではないだろうか?そうすると俺の担当する役はなんだろうか?GMと神は自分の権能を理解していたが、俺は特別力を持っていない。武力或いは暴力は高いが…もしや勇者だろうか?
ドランⅣの勇者はプレイヤーだった。正確に言うならメイキングした主人公キャラだが、意世界がドランⅣを参考にしているのは間違い無いから、プレイヤー=主人公キャラである。しかし意世界は多くの人間が居るから主人公役が大勢居るのはおかしい、神役も今のところ1人しかいないらしいから、主人公も1人あるいは最大4人だろう。ドランⅣで主人公として製作できるキャラはパーティー上限の4人が限界だった。それ以上はデリートして創り直すしか無い。
俺に主人公役が振られたとすると大役である。まさに役者力不足である。幼稚園の学芸会の時におおきなカブを抜くその他1名だったのが、劇というものでもらった最初で最後の役である。
「まぁいいか、やりたい様にやるだけだ。抱きたい時に抱いて、キスしたい時にするだけだ」
そう言ってクーの唇にキスしてやる、横目にヘルが撫でて欲しそうにしているので尻と頭を撫でてやる。至福の時だ、魔物潜む敵陣だが。
「それでは、これが最後にならない様に、ボスを確実に倒すとしよう」
2人が満面の笑みで頷く。これも主人公補正か、ぶっちゃけ滅茶苦茶な事をしているのに万事うまくいってるから、本当に主人公役なのかもしれない。
主人公以外に良い役と云えば…ドランⅣでは魔帝皇太子も人気があったが、あれは不運だから人気が出たわけだし、俺はなりたくない役だ。振られなくて良かった。
ボスの部屋の文字に触れると、門が開き部屋の中に迷宮通路の足元の水が流れていく。精霊窟と同じような現象か、だが表れつつあるのは人の形のシルエットではない。仮想視界に視えた情報は…
世界樹亀LV67
亀か、イカでも青龍でもない。そういや龍なんて一匹も居なかったな。世界樹亀といえばドランⅣには居なかったが、Ⅱでどっかの洞窟のボスだった奴だ、たしか後半のダンジョンで色違いのコンパチが雑魚で出てきた記憶がある。実は水属性ではなく、土属性だか木属性のはずだ。炎が良く効くのは間違い無い。長男の刀を袋に仕舞い、新たに大火焔棒を取り出す。効果は有るはずだが、さてどうなることやら。
「あの亀はここまでの奴等とは属性が違うから気を付けろ。土属性か植物に分類されるはずだ、俺があいつの背中で攻撃するからお前達は遠距離から攻撃しろ、回避優先だ。攻撃力は高いから踏まれたら死ぬ」
2人が頷く。行動パターンはある程度知っているが…そもそもドランⅡはRPGだから、あんまり知識の意味が無いな、踏み付けを多用したような気もするが、アニメーションも無かったからどういう攻撃をしてくるのかは謎だ。集まった水が完全に形を成した。一見大きな緑亀だが、背中に巨木が生えている。たしかあの木に実が生ってそれを食って回復するという能力設定を持っていたはずだ。日本の一軒家位の大きさの亀は迷宮全体を震わすような声で叫んだ。
「メェェエェェー!」
ヤギかお前は。全身に赤い光をまとって亀の足元まで走る。亀が俺を踏みつけようと、右足を上げる。棒高跳びの要領で、大火焔棒を迷宮の床に突き立てて跳躍する。亀の足は誰も居ない床を踏みつけ、轟音を立てて部屋を揺らす。相当な威力がありそうだ。無事に亀の背中の森に乗れた。虫が居る、亀の背中を這うのは小型犬サイズの虫けら共だ。
緑虫LV50
煎餅虫LV51
緑虫LV52
長足虫LV49
賛歌虫LV55
ボスのお供だけあり、レベルが高い。一番近くに居る足の長い気色悪い虫を叩き潰し、それと同時に亀の甲羅を砕く。
「メェベェー!」
少しは効いた様だ、飛行機械みたいな音で叫ぶ。亀の背中が揺れるので、虫達も落ちないように必死に踏ん張るが、俺の方は足腰が頑丈なので問題なく虫共を叩き潰す。多少外れても亀のダメージになるので問題無い。大火焔棒は振り回すほど発熱していくので、巨木にも火が付き、亀の森は炎上していく。
「楽だな、ゴリラより楽だ。これが相性か」
残り一匹という所で緑虫が一匹飛び立った。仕方ない、あいつは2人に任せるか、空を飛ぶ奴は苦手だ。亀の甲羅は緑の血だらけだが、まだ死なない様子だ。下を見ると2人は遠距離攻撃に徹しているので、問題なくこいつを殺せる。真上に跳び、大火焔棒の先端に赤光を集中させ、亀の一番深い傷口に突き刺す。落下速度を加えたので亀の甲羅に大火焔棒が深々と突き刺さる。
「ビェェェェーーーー!」
大揺れするが、もうこいつは死に体だ、死体に乗っていると勝手にアイテムに成るかもしれないので、背から跳び退く。見事にクーとヘルの眼前に着地した。振り返って亀の頭や前足を見ると多数の切り傷や穴が確認できた。2人とも頑張ったようだ。さっきの緑虫が飛んできたので大火焔棒で突き殺す。
「お見事です。なんら痛手を負うことなく勝利できました」
「格好よかったよぉ、亀さんの上で大暴れだねぇ」
「2人も頑張っていたな、上から見ていたぞ。お陰で亀の上で長居しなくて済んだ」
大火焔棒を床に突き刺し、袋から布巾を取り出して手を拭いてから、2人をよしよしと撫でてやる。さて仮想視界で視ると、この部屋に居るのは俺達以外は全て死体だと分かった。ジョブを発掘者に切り替えて一番近くの緑虫を大火焔棒でつつくと、金貨が5枚出現した。このレベルの敵で500万円か、悪くない。いや大火焔棒が強いから倒せるわけだから、赤い棒に対する感謝の気持ちを忘れないようにしなくては。
他の虫達をつつくには、先に亀をつつかなくてはならない。ボスドロップは最後の楽しみにしたいんだが仕方ない。仮想視界を閉じてから亀の死体をつつく。亀が縮んで、大型の類人猿ほどの大きさの瓶が出現すると、亀の背に乗っていた虫の死体も落ちてくる。抜け目なく落ちた死体達をつつく。さて何が手に入ったのやら、仮想視界を開く。
小世界瓶
1005万ナル
世界樹の杖
世界亀甲羅
最初の荒野に刺さった牙
虫煎餅
翡翠の小刀
ヴィリィの楽譜
虫から取れた煎餅はあんまり食う気が起きない。瓶のふちに手をかけてよじ登り、中を見ると甲羅と杖と牙がある。恐らく全部宝具だ。甲羅は盾で良いんだろうか?俺のメイン武器である刀とは両立出来ない事もない、刀の持ち手をこれまで以上に鍛えなくてはならないが。杖はヘルに持たせるとして…牙か、なんかすごい名前だ。一見板前が使うような、長めの包丁位のサイズだが、柄が無く、どうやって使うのかよく分からない。
しかし1000万ナルか、瓶のそこには黄金の泉で満ちている。浴びれば無敵に成れそうだ、金の行水ができる。これだけあれば、一生遊んで暮らせるだろう。だが、意世界で色々と理不尽を知った身としては、それで良いのかという気もする。
まぁしたいことをするだけだが、やることをやると、出来るモノも出来る。できたのは責任をとるつもりだが、まだ見ぬ子供達は確率的にいって亜人になることもある。奴隷になりやすい種族だ。それについては多少考えがあるので、恐らくそれが俺の意世界での生涯の目的になるだろう。




