神の死
「誰だあんた?」
こんな老人は知らないが、もしかすると若い頃にこの世界に来たのだろうか?それでは昔の知り合いでも分からないのも無理は無い。面差しは日本人的だが、板垣退助よりすごい髭だ。こんな髪と髭見たこと無い。地面についてるぞ、汚いな。
「シャパにはよらなかったの?君1人なの?」
老人は困惑してきょろきょろしている。
「シャパ?」
聞いたこと無い言葉だ。地名か?
「帝都の古い貴族一門にシャパ家というのがあります。その所領がシャパというそうです」
クーが耳打ちしてくる。老人はガッカリしている様子だ。
「そうなのか~でもダイギンのコウジ壁は見たんだよね?」
どうでもいいが子供みたいな喋り方だ。声も甲高い。
「コウジ壁は100年ほど前に崩壊しました」
帝都は東西に分かれて居たのだろうか?そのうち調べてみるか。
「そ、そう。でもいいや、君が来てくれた事に感謝するよ。カイザー…タクちゃんとはまだ会ってないのかい?」
タクって誰だ?そもそもこいつ俺の知り合いなのか?同じ名前の人間は同級生に居た気がするが…
「申し訳無いが、どなたかな?正直だいぶお年を召されているので、いや同年代なら申し訳無いが、誰なのか分からないんだ。この意世界に来る時に時間はめちゃくちゃになっているのは分かるんだがな」
正直は美徳だ。以前町中でたまたま手を振ってきた人間を知り合いだと思ったら、お互い全然知らない人で気まずい思いをしたことがある。日本での話だが。
「ぼっ僕だよ!アキラだよ!」
ケリーの足元に知らない老人がすがりつくように寄ってくる。ケリーに蹴るなよと命令し、ケリーの背中から降りる、老人に害意は無さそうだ。近くで見れば誰かわかるだろうか?いや、視力は超強化されているから、記憶力か想像力を強化し無いと無意味か。アキラ老人を視る…背は160位で痩せ型だ、やっぱり記憶に無い。記憶の引き出しから該当する人間を探すか。
「小・中一緒で何回か一緒のクラスだったっけ?」
割と仲は良かったアキラは、確か背もこの位だった。風の便りにどこかの講師になったと聞いたが、見れば目の前の老人もなんとなく哲学者に見え無いことも無い。講師が出世したら案外こんな感じになるかもしれない。
「違うよ!」
違ったか。
「高校で一緒のクラス…あいつは女だから違うか…大学には…居たかな?ヒントくれないかな?どうも記憶力が鈍くなっていて」
こんな世捨て人みたいになりそうな奴は知り合いには居ない。
「旦那様…こんな特徴的な毛の人を忘れたの?わたしと同じ記憶喪失?」
昔からこんな髭をした奴が居たら忘れるわけが無いが、もしかすると俺も気付いていないだけで、記憶喪失なんだろうか?
「昔あの野原で遊んだアキラだよ!」
野原?広し?いやアキラか。のはら…そういえば5歳くらいのときに良く遊んだ公園がのはらが広い所だったような?まぁ成人してから行ったら意外と小さいところだったが。
「大きなやぐらが在った所か?」
「そう!そこだよ!思い出さない?皆で一緒に日が沈むまで遊んだじゃない」
子供の頃は皆そんなもんだろうに、よく知らない奴とも遊んだものだ。特別に目立って居た奴は何人かいたが、その中にアキラという名前はなかった。アキラ老人は恍惚の人なのか?それとも自意識過剰か?まぁ自分の思い出は美化されるものだ。俺が昔親友だと思った人間は、向こうは俺のことをたまに喋る知り合い程度に思っていて、ちょっとショックだったことがある。さて、当時の思い出を振り返ると、あの公園で遊んだ中で特別な交友があった者は少ない、というか名前も知らない奴の方が多い、その場に居た人間の名前は殆ど…待てよ…タク?
「タクってもしかして、俺の兄貴と同級生だったか?」
ナントカ タクだったか?痩せてた様な…大柄だったような…なにせ昔の話だから記憶もぼやけている。
「そうだよ!思い出したんだね!お兄さん元気?」
兄貴はだいぶ前に死んだ。俺とは一回り年が離れていたが、兄弟仲は良かった。よくエロサイトを一緒に閲覧したものだ、そのせいで兄貴のパソコンがウイルスに頻繁に攻撃されていたもんだ。その兄貴と同級生のタクか、昔ちょっといじめられたな、確か兄貴と仲が悪かったとかなんとか。当時は体も小さかったから、やられるままだったな…しかしあの頃俺は小学校にも入学していなかったのに、高校生が虐めてくるとは、兄貴に勝てないからって俺に突っかかるとは情けない奴。
確か、右足を尖った石を縄で括り付けた木の棒でぶん殴ってから2度と会わなくなったような…思えばあれが最初に命を捨てる覚悟をした時か。その後ちょっと警察沙汰になったが、タクが、俺を公園の汚水が張ったバケツに頭から投入していたこともあり、お互いにお咎め無しだった。…良く生きてたな俺、中世の拷問かよ。
「タクって人と別に俺は仲良く無かったけどな、むしろ虐められてたから敵じゃないのか?」
顔も思い出せ無いので、何の感情もわかないが。
「…御主人様を虐めたのですか?許せない」
クーがプルプルしている。いまさら怒ってもな~さっきまで記憶の彼方に居た奴だ。
「みんな友達だったじゃないか、覚えて無いかい?この世界だって僕達でよく遊んだゲームを元にしたんだよ」
老人が両手を広げて体全体を使ったオーバーリアクションをする…思い出した。こいつは…年賀状を毎年送っていた男だ。たしかそんなアキラも居た。小学校の低学年頃にこいつは転校したから年1回の手紙だけのやり取りだ。昔の顔も思い出せないが、夢見がちで物静かな奴だったような…いや別の奴とイメージが混ざっているような…
「思い出したよ、良く絵を描いていたアキラか?」
正直全く覚えていないので適当に言う。
「そうだよ!それでどうだい?この世界は?」
当たったのか、勝手に納得してくれたらしい。そういや、こいつ俺の名前呼んで無いな、まぁどうせ意世界では発音できないようなもんだ。
「アキラが創ったのか?この星を?」
さて、こいつは何故この世界を創ったんだろうか?興味が無いことも無い。こいつが俺を招待したんだろうか?それに周りの腐らない死体はなんだ?そういや死体が周りにあるのになんでこんなとこでお話してるんだ、俺達は。
「少し違うんだけどね、ある日ここに来たんだよ。そしたら神様になれたんだ。それで大好きなドランの世界と僕の考えた設定を融合させたんだ。ずっと考えてたんだよ、ほら!」
老人が懐から何枚かの紙を取り出し、嬉しそうな顔で俺に見せる。ドランとは日本人なら誰でも知っている国民的RPGだった。残念ながらVR時代には着いていけなかったが、それでも楽しいゲームだったのは間違い無い。老人の取り出した紙には、子供のように稚拙な字と絵で設定や伝説の武器が書いてある。
「でもね、この世界に後から来た軍人がね、僕に無理を言うんだ。ママだって僕に命令しないのに、軍人が僕に命令するんだよ?この世界を渡せってね、そんなの嫌だったんだ。その頃はまだ完成してなかったから、完成したから皆で遊ぶんだよ。昔みたいに皆で!」
俺はタクとは遊びたく無いな、生きてたら40前か…どんな人間になっていることやら。案外まっとうな人間になっているかもしれない。
「それでね、軍人が居なくなるのを待ったんだ、僕って頭いいでしょ?ママも褒めてくれたんだ。テストで百点とった時も、工作で金賞を取った時も褒めてくれたんだ」
汚い灰色の髪をした汚臭のする人間が、小躍りしながらママと言うのは不気味なもんだ。クーとヘルにケリーまで気味悪がっている。そろそろ核心に触れるか。
「この卵はタイムカプセル…いやコールドスリープ装置か?」
「そうだよ、皆で近くの図書館で読んだSF本で知ったんだよ。こういう超科学の産物はファンタジーに欠かせないよね!」
確かに魔法が実はナノマシンだったとかの設定は結構好みだ。
「俺や他の人間をこの世界…星に招いたのはアキラか?」
俺から先祖代々の家を奪ったんだろうか?ヘルの記憶を奪ったのも…そして周りにいる死体達はこいつが殺したのか?
「違うよ」
意外な答えが返ってきた。てっきりこいつが全ての黒幕だと思ったが。
「僕は中学校の帰り道に偶然この世界に来たんだ。そこで神の役を貰ったんだ、この星は生き物で溢れた地球を羨ましがったんだ。それで大好きな地球を真似ようとしたんだ、僕はそのために呼ばれたんだ。そう、この星に聞いたんだ」
小学生以下の精神年齢に見える、日本では同い年だった筈だが。中学生の頃に来たのか?年賀状は毎年送られてきた様な?別に直筆でもなかったが、誰か代わりに描いてたんだろうか?
「この星に知能が在るのか?」
あの書類の通りなら、俺達は餌なんだろうか。
「人間の知能とは違うけどね、そういう概念はあるよ、でも今は静止しているみたいだね、満足したみたいだ。もう地球から人を浚うことは無いだろうね。この世界はようやく完成したんだよ。ところで今年は何年?」
「アキラがこの世界に来て1100年くらいだ」
「神帝暦1200年位かな、上手くやったみたいだね。とにかく皆を呼んだのは僕じゃないけど、もしも呼び出されるなら、この星の同じ時代に来るように設定したんだよ。それに来てくれるように手も打ったんだ、この星が欲しがるように皆のことを教えたんだ。絶対来てくれるって信じてたよ。それでいろんな所に伏線とかフラグとか置いといたんだよ。無視されちゃったけどね、まぁ仕方ないよ。それじゃあ、タクちゃん達を探しに行こうよ!オー!」
汚い人は右手を上げて興奮している。なれなれしい奴だ、何故俺に同行すると決めているんだ。ケリーの背に乗るヘルが俺に狼狽した視線を向けている。事態を把握していないのかもしれない。まぁこいつはここで死ぬ、死ななくても殺す。そう決めた。
「聞きたいんだが、この死体は何なんだ?何故腐らないんだ?」
ひょっとして、こいつとは関係無いんだろうか。
「あぁ、この世界に来た時に適応処理をするんだけど、その時に空気とか食料に適応できるように体をいじられるんだけど、失敗するとこういう風に停止するんだ。成功するとエルフやドワーフになったりするんだ。この世界に地球の記憶は要らないからね、生まれ変わってもらうんだ。停止した人は埋葬しない限りずっとこのままだけど、仕方ないよね。軍人達が来た後に思いついて、僕が創ったシステムだよ。タクちゃん達はデータをきちんと参照してるから、人間のままだけどね」
「心もいじるのか?例えば奴隷という立場を受け入れるとか」
「そうだよ」
「そうか、最後に1つ聞きたいんだが、この世界のルールや設定を決めたのはお前なのか?」
「そうだよ!奴隷とか町の名前とか迷宮の作法とかすごくイイでしょ?僕が全部考えたんだ!グラフィックだって、この星は現実だからどんなゲームにも勝ってるんだ。スゴイでしょ~あと漫画が全部読めるように、アカシック図書館を創ったのも僕だよ、すっごく便利なんだ。もちろん他にも一杯いろんなイベントやダンジョンを…」
「つまんねーよ」
「え?」
老人はびっくりして目を見開いている。
「お前才能無いよ、この世界ホント面白く無い。ドランⅣの出来の悪いパクリじゃねーか、同じドランのパクリゲーにしたって、同人ソフトでももっと出来の良いのがあったぞ」
この世界は日本人の持つファンタジーという言葉に対するイメージをなぞっただけの、つまらない素人が創った出来の悪い世界である。実際かつて巷に氾濫したドランのフォロワーやオマージュ作品の方が、まだオリジナリティとエンターテインメント性があった。ここは俺にとっては楽しいが、モンスターや魔法にオリジナリティを全く感じない、いずれもどこかで見たことのある劣化コピーだ。しかも今の地球の技術なら現実世界よりもリアルな映像を造れる。俺もゲームとしてプレイするなら、こんなクソゲーよりも他のゲームを選ぶだろう。老人は表情を失っている。ピクリともしない、聞こえなかったのだろうか?声を張り上げる。
「だいたい俺はお前のことを知らない、まったく覚えて無い。お前はあの公園に居たと言うが、俺の視界には映っていないモブだ、その他大勢だ。友達面しないでくれるかな?お前みたいな汚い爺さん知るわけないだろ。気色悪いんだよその喋り、せめて散髪くらいしとけ、外面も内面もキモくてどうすんだよ」
老人はゆっくりと崩れ落ちた。うつぶせに倒れたので、上から見ると汚くてデカいモップだ。脈をとるが脈は無い、息もしていない、まぁ天命だな。殴り殺すつもりだったが、死んじまったならもう痛めつける気は無い。
「この老人は何者だったのですか?本当にさいしょの男だったのですか?」
「結局旦那様の知り合いじゃなかったの?どうなの?」
「さて、どうだろうな、さっきの話も戯言かもな」
会ったことのある男だったかもしれないが、ハッキリ言って俺の人生には、何の影響も及ぼさなかった男だ。俺がここに来たのも直接的には星のせいだと言うなら、クーとヘルに出会ったことにもこいつはなんら寄与していない。
そういえば、他にもあの公園に居た人やこいつの友達がこの世界に来たんだろうか?別に知る気も無いが、俺がこれまで知った元地球人の中にも、かつての知り合いが居たのか?まぁいまさらどうでもいい。幼い日の美しい思い出も地球から遠く離れたこの星では大した意味もない。
俺の関心は、クーとヘルと共に暮らす家がいつ出来るかということぐらいだ。…腹減ったな、今日の昼飯は2人の作ってくれた弁当か、死体の山で食う気はないので、どこか景色のいい所で楽しむか。




