唯一の神
「ここから~ここまで木を片すことになるかな」
熟練の建築士ルチはそう言って、草木を片付ける範囲を教えてくれた。ルンの死体を届けた後にアオミから紹介された、この壮年で赤毛の体格の良い男は、以前竜牧場のあった土地を、館を建てるにはを良い土地だと褒めていた。お世辞では無いなら俺は適切な判断をしたことになる。土地の交渉は終わったようなものだし、隣近所も家を建てる予定の所からは騒音がお互いに届かないだろう。俺の後ろではクーとヘルが周りを見渡している。気に入ってくれるといいのだが、終生の住処にする予定だしそうなってくれるといいのだが。
この土地は一辺が約5メルの正方形の土地である、もっとも以前竜牧場をやっていた時はこの数倍の土地であったらしい。周りの土地を徐々に開発して民家を建てていったそうだ。かつて日本ではこんな土地に住むのは大名か将軍だけだったが、俺も出世したものだ。意世界様様である。しかし建てるのにいくらかかるやら。
「館の設計は~これを参考にすりゃ良いのか?」
例のアカシック・レコードから『とある貴族の城館目録100選』を借りておいたのだ。城や館の内装や設計図まで載っているので、そのなかで良さそうな物を見繕っていた。我ながら用意周到である。…やはりあそこは便利だな、また行きたくなってきた、…いやあそこに依存するのは拙い。
「だめかな?造れない?」
「古いやり方の建物だが…出来ないてっことは無い。いくらかアレンジさせてもらうが、俺もプロだ期待には応える」
頼りになるな。やはり自信の在る職人は顔つきが違う。
「冬や夏は大丈夫かな?それと温室…というか植物を育てられそうな小屋も1つ欲しいんだが」
「ここいらは北防国ほど寒さもきつくないから普通に建てれば大丈夫だ。温室は…とりあえず母屋を建ててからだな、ここは良い土地だよ。良い買い物したよあんた」
実は土地はまだ買っていない。寒さきつくないのか、雪は積もるんだろうか?そんなことも知らないのに、家を建てようとしているのか俺は、まぁ男は度胸だ何でも試そう。
「水道は新しく作れるのか?それとも井戸掘るのか?」
「炉を作るからいらないな、でかい家にあれが無いと大変だ」
炉ってなんだろ?後でクーに聞くか。なんでもかんでもルチに聞くと、世間知らずだと思われて足元見られるかもしれない。
「とりあえず…伐採と整地に2週間だな、その後の事はまた相談だな、家を建てるのは時間がかかるから、整地の結果によっては色々考え直すことになるだろう。ところで予算はどのくらいだ?」
迷宮をいくつも制覇したので金はある、さっきの魚人も1頭金貨5枚になった。日本円にして500万である。インフレもいいとこだ。俺は助かるが。
「そうだな…900万ナルってとこか、土地の代金と整地代含めてな」
大体全財産だが、少ないかな?館の値段なんて知らないのだ。
「妥当なとこだな、塔は要らないのか?」
首を振る、この国の金持ちのステータスらしい。
「塔を建てないのか、あんた他所の人だし当然か、まぁあんなの必要ないしな。その予算で塔抜きなら立派なのが出来るよ」
塔は高いのか。予算が足りないようなら、迷宮で稼ぐことになる。これからの展開によっては、まだ金がかかるだろう。
「あそこは良い土地ですね。自然の気が豊富でした。金の生る樹も生えるかもしれません」
「うん、空気がいいから育児にも良いかもねぇ。きゃっ!言っちゃった!」
宿屋に戻って早々2人がそう話し合っている。俺の鎧は脱ぎ終わったが、2人は鎧を脱がない。脱がして欲しいのだろうか?じっと見ていると、2人がもじもじしだした、どっちから脱がしてやろうか?2人同時で行こう、贔屓は良くない。
「実はな、金の生る樹を育てるには、エルフの庭師の力がいるのだ」
2人の兜の金具を器用に外しながら語る。
「エルフは植物を友にする部族がいますからね、今は6月ですからエルフ奴隷も多く出品されています」
そういえば今が旬か。
「う~ん家を建てるのとちょっとタイミングが狂うな、家が出来た頃にはゴィゴにもう奴隷は少ないんじゃないか?」
エルフの奴隷なんて人気が高そうだし、すぐに買い手がつきそうだ。
「別に明日にでも買いに行けばいいのではないですか?」
「そうだよ、新しい仲間ほしいよぉ~わたしとクーちゃんだけじゃ、旦那様の夜が…」
ヘルが言いよどんで赤面している。初心な所は変わらないな、可愛い。別にこの2人がいればいいんだが、いつも気絶させてしまうから、もう1人ぐらいいた方がいいのかな?まぁ別に庭師に手を出さなくてもいい。
「まだ仕事も無いのに雇うのはあんまり効率が良くないな、それに女とは限らないぞ、有能なら男でもいい。あくまでも館の従業員を雇うんだ、なんなら奴隷で無くてもいい」
袋に兜を入れ、2人の鎧の留め紐を片手で難なく解いていく。我ながら器用なことだ。
「エルフを雇うなら奴隷で無くては無理でしょう。亜人は正式な国民なら人の下に就く必要はありませんから、自由になった亜人は独立独歩の道を貫くことが多いのです。私は御主人様のお傍にいますが」
確かに、自由になるほどの才覚と金儲けのノウハウがあるなら、他人に従う気は起きないか、いまさら使用人の求人募集なんて見ないだろう。2人の鎧を袋に入れ、膝をついて腿巻に取り掛かる。大きさの違う美尻が間近にあるので、興奮しながら留め金を外す。
「旦那様の奴隷になれば幸せになるんだから買ってあげた方がいいよぉ」
地球人なのにヘルは意世界に順応しているな、記憶喪失のせいかな。
「仲良く出来るか?」
腿巻を袋に入れ、2人の右足を上げさせ、靴を脱がせる。
「ヘルとも仲良くなれました。異世界出身者と仲良くなれるなら、高慢なエルフとも仲良くなれるかもしれません」
「大丈夫だと思うけど、新しい子だけ可愛がったりしないでよ…ちゃんと今まで以上に可愛がってね」
いつの間にか女を買うのが決定されているが、俺はそんなに好色に思われているのか…ここで男を買っても両刀だと思われるのがオチだな。女を買おう、エルフといえば美女だしな。同じ買うなら美女がいい。いやちゃんと雇用と奴隷か選ばせるつもりだ。2人の靴を脱がせ終わったので、ベッドに大の字になる。
「今日は60階まで行ったことだし、明日はゆっくりしよう。これからは迷宮探索は2日行って1日休むペースにしよう。もちろん誰かの体調の悪い日は休むことにする。リスクは最小にリターンは最大の精神で行こう」
クーとヘルが俺の傍らに来る。2人の汗と体臭の混じったニオイは実にいい香りだ。
「いいと思いますよ。明日はどうされますか?買い物でもしますか?」
「観光とかいいと思うよ、まだこの国の美味しいものとか全然知らないから」
2人の美女が耳元でそれぞれ違う音階の美しい声でささやく。
「そうだな、明日はアオミの所で土地の代金を支払って、伐採の手配をしてもらってから観光だな。骸塚にでも行ってみるか」
ヘルの捕まった場所である。名前からして行きたく無い感じだが、ここの常識では美しいものにわざと変な名前を付けるのかもしれない。もしくは本当に死体が埋まってるのか。
「いいですね、ヘルも何か思い出すかもしれない」
「美味しいものの方が記憶は戻ると思うんだけどな~でも記憶は…なんていうのかな…」
ヘルが戸惑っている。
「行きたく無いか?変な名前のとこだしな」
首を振る。クーが俺の右耳を耳掻きでほじる。気が利くな、あとで左もやってもらおう。
「そうじゃなくて、記憶って戻るのかな?上手く言えないけどけど、わたし今のままで元通りな気がするんだよね」
そうなんだろか?しかし木の股から産まれた訳でもあるまいに、母国や家族・友人のことをヘルはどういうわけか一切覚えて居ない。知識は20歳相当だが、記憶はあの日俺に出会ってから始まっているような感じがする。この世界の謎はまだまだ沢山有るが、俺には全て解明する気は無い。俺に必要なのは、可愛い恋人達との生涯の家と永い安寧だ。小市民的だが、これを真に得る者はどのくらい居るのだろうか。
「これは…なんともすさまじい光景だな…」
耳掻きをしてもらった翌日に、アカシュの店に行き土地と整地の代金を払って、町で周辺の地図を買い、ケリーに乗って骸塚まで来た。鞍も綱も無いが別に不自由は無い。俺の前にクー、俺の後ろにヘルというはさまれた編成である。クーは自分で走りたがったが、今日は休日だからと納得させた。ビルの東門から50メルほどの距離に骸塚は在った。人が容易には入れない険しい山間の中に骸塚はあった。辺りには木々が生い茂り、骸塚の在る場所だけが地面を露出している。骸の塚…てっきり古戦場の跡地くらいに思っていたが、違った。本当に裸の骸が有る、それも1つや2つでは無い。300mほどの露出した地肌に100人…いや1000人は居るのか?重なっているので正確に数えるのは難しい、無数と言うやつだ。
「ルンという男と同じですね。死臭がしません」
「これは…ちょっとすさまじいよぉ…帰ろぉ?旦那様ぁ?帰っておやつ食べよ?」
「ギャー!」
ケリーもさっさと帰りたいといっている。さてどうするか?死体の中には、黒髪が居る。東の都には殆ど居なかった髪である。他には金・茶・白もいて年齢もバラバラだ。仮想視界で視ると、文字の氾濫によってとても名前の確認が出来ない。知り合いが居るかもしれないが、見つけるのは無理だ。
「そうだな、さっさと帰るか。別に見るべき物も無いしな」
死体を鑑賞する趣味は無いし、辺りには死体以外に何も無い。
「お待ちください御主人様。あそこに何かあります」
クーが指差したのは、死体山の中央に在る大きな灰色の卵のようなものだ。サイズは日本の家屋ほどか。
「なんだろな、人工物っぽいが、別に関係無いだろ」
「お調べにならないのですか?」
調べる必要在るのかな?別に俺は学者じゃ無いので、こんなもん見ても益は無い。だが、クーにビビってると思われたくも無い。
「そうだな…一応視てみるか」
好奇心はネコをも殺すというが、どうなるかな。
「ヘルとケリーはここで待つか?」
「やだ!離れない!」
ぎゅっとしてくる。豊満な感触だ。
「グェー!」
俺に任せとけといっている。死体を踏みつけないように進むことは不可能だが、ケリーはお構い無しに進んでいく。死体を冒涜しているような気分になったが、踏みつけた死体達を見ると、何故か足跡さえついていない、損傷も無い…一体この死体はなんなんだろうか?予想はある。この世界にやってきた連中の末路だ、恐らくここは落ちてきやすい場所なのだ。俺とトップランカー、カラミは南の村に時間は違えど転移した。そういう場所なのだ、ここは。そして彼等は何かの理由で死んだ…いや死体とは表示されないから、まだ生きているのだろうか?
灰色の卵の前に到着する。卵には迷宮と同じく文字が書いてある。ボスの部屋に通じる壁にある赤い文字だ。
神
シンプルだ。触れるべきか…
「クー、ヘル、ケリー、逃走の準備をしておけ」
2人と一匹が身構える。
「クー、この世界の神はどんなお方なんだ?」
荒ぶるものならば、そのままにしよう。だが恐らくは俺と同じ…
「『さいしょの男』がこの世で唯一の神です。外世には他の神も居るそうですが」
「さいしょの男はこの世を愛していたと思うか?」
クーは分からないという顔をしている。あぁ…駄目だ好奇心に勝てない…ここには神が居るんだ、無意識に確信する、材料はないが居ると感じた。ただ神と文字が在るだけなのに確信した。ここがなんなのか、何故こんな世界なのかを知る男がここに居る。国家の計画に知ってか知らずか干渉した男がここ居る。視たい、見たい、みたい。神の字を押すと卵が割れる。中から、足元まである長い髪と髭が一体化した灰色の男が現れる。毛むくじゃらだ、神だろうか?地球人だろうか?しわだらけの顔をくしゃくしゃにしながら口を大きく開ける
「やっと逢えたね、僕を覚えてるかい?アキラだよ…長かったね。ようこそ僕達の世界に、歓迎するよ。昔みたいに」




