甘味の為に
「ザッハトルテが食べたい」
起きて早々ヘルが変な事を言い出した。ホームシックの一種だろうか?
「ザッハトルテは無いんじゃないかなぁ」
チョコもあるか怪しい。プリンはあったが。
「でも食べたい」
まぁそういうのってあるよな、俺も時には卵かけご飯が食べたくなる。
「いいから朝ご飯を食べてください。いつも寝坊助なんですから」
クーはいいお母さんだな。そのうちホントにお母さんにしてやる。
「そうだな、迷宮に行く途中でザッハトルテ探してやるから」
ドイツ産?の菓子は無いとは思うが、プリンがあったんだから多分似たようなものもあるだろう。しかしザッハトルテって何処産なんだ?ドイツっぽい名前だが。図書館に行けば分かるんだろうが、もう行きたくない。どんなに便利だろうとあそこには行きたくない。
「頼んだ翌日に来ていただけるとはありがたいですな」
青龍洞の入り口の青いアーチの前にアカシュが待ち構えていた。結局ザッハトルテは見つからなかった。他の甘いものではヘルは納得しなかった。仕方ないので、後で図書館に行って料理本でも借りてくるか。ワープを連続で使えるかは分からないが、何時かは実験しなくてはならないのだ。これまでの傾向からいって地球人は連続してワープを行えるはずだ。
「おはようございます。一応言っておきますが、ここの60階に到達できるのはいつになるかわかりませんよ」
「構いませんよ。それとこれは迷宮の資料です。ギルドから写してきました。家についても土地の目星は付けておきましたので、いくつかの土地候補の書類を迷宮の資料に同封しておきました」
至れり尽くせりである。不動産屋を紹介してくれるぐらいだと思っていたが、アカシュの店は竜の他に土地も扱っているんだろうか。アカシュから渡された袋に入った資料を検め、新たにアイテムボックスにした袋に入れる。聖霊の壺はアイテムボックスとしては大きいので、ザッハトルテを探している最中に以前使っていた松織の袋と同じものに交換した。松織は丈夫で穴も開かない便利な素材だ。アイテムボックスには適切な品である。
「アカシュさん、この辺でザッハトルテ置いてるお店知らない?」
「は?ザハトゥ?」
「黒くて甘いケーキなんだけど…知らないかな?」
ほんとに食べたいんだな、アカシュは知るわけないだろうが。
「あぁ、ホテル・エインの名物デザートですね、真っ黒で不気味なのであまり人気はないそうですが」
知ってたか、しかも俺たちの泊まっているホテルである。一泊1000ナルの今まででは一番豪華なホテルである。風呂は付いてないが、個室に台所・トイレはある。それなら風呂も造れよと思うが、価値観の相違というやつである。この辺りは風呂は優先順位が低いのだ。公衆浴場があるせいだろうか?
「ホント!旦那様~クーちゃん?」
眼を輝かせている。
「エインのデザートは夕方の食事でしか出ないはずですよ」
クーがヘルをガッカリさせるが、すぐに気を取り直す。
「じゃぁ迷宮を60階攻略しよう!」
やる気満々だ。アカシュ老人は去る気配がない。俺達が迷宮にはいるのを確認したいらしい。それにしても周りに探索者がいない、ザッハトルテ探しはそう時間もかからなかったが、まだ朝だ。探索には遅い時間と言うわけではない。不人気な迷宮なのか?
とりあえずアカシュ老人に貰った迷宮の資料を閲覧する。青龍洞の作法は50年前に判明していて、特定の時刻─朝の7~9時─に迷宮に進入することであるそうだ。だが、作法を守らずに進入しても入る迷宮は作法を守ったことと同じになるらしい。意味が分からん。まぁ作法自体の意味も分からないんだが。だいたい何故ルールを守ると迷宮の宝が増えるんだ?人の作ったものだということを考えても良く分からない。青龍洞は帰道の紐が使えない上に、帰還する際にも順番に階段を登って帰ってこなくてはならないそうだ。おまけに毎日通路が変遷する。つまり60階まで行ったらもう60階帰らなくてはならない。合わせて120階である。足が棒になること間違い無しである。
迷宮の内部の敵は水属性の敵が多いらしく、土属性の武器が適切らしい。今所持しているもっとも強力な武装は大火焔棒だが、これは火属性なので、いまいち効果はないらしい。ここまでの情報は、大体攻略本と同じである。作法を守らなくても大丈夫だと言うのは、攻略本には載っていないが。
「では、いってきます。」
アカシュ老人はいつまでも頭を下げている。義兄弟の為にここまですると言うのはどういうことなんだろうか?この老人も未亡人のように心を操作されているのだろうか?それにしてもこの世界に訪れる人間の時間差が気になる。俺とほぼ同時期に来たのはトップランカーとヘルである。それ以外はバラバラだ、20年前のカラミと50年前のカラシュの義兄弟。さいしょの男は伝説から云って1000年以上前に来たらしい。そして某国の資料によれば、そいつが現れたと同時にこの星に草木が生えたらしい。なぜこの世界に来たのかは、どうも自然現象の類であると結論付けた。
ならなぜ時間が違うのか?少なくとも地球から消えた人間達は、調査期間から云っても1000年前に移動したわけではないらしい。あくまでも最初に来た男が偶発的にここに来た頃から転移は盛んになったらしい。つまり、俺とさいしょの男は同じ時代の人間である。生年月日も100年離れてはいないだろう。なのに1000年の時差が出た。どういうことだ?地球の学者にわからなかったことが、俺に分かるわけがないのは確かだが、納得する仮説は思いついた。つまり空間を越えると時間も超えるのだ。多分そんな感じだ。量子力学でも学んでいたら、もうちょっとなんか分かったんだろうか?俺ではなく知識欲旺盛な人間が来たほうが良かったのに。それなら宇宙の真理とか分かったのに、…いや全ての答えはあの図書館にあるのだろうか?やはりあそこに行く気にはならない、俺の死亡記事とか見つけたくない。
青龍洞の入り口の前に立つ。アーチの大きさは高さ3mで幅が4mくらいだ。アーチの無効の光景は霧の様にぼやけている。アーチをくぐると眼前に広がるのは、真っ青な鍾乳洞であった。どういうわけか青空が見える。鍾乳洞の天井にはいくつかの穴が開いていて、そこから青空が覗く。足場は平坦だが濡れていて、よく滑りそうだ。道の横幅も天井の高さも充分なので、槍を振るうことも可能だろう。目の前には三つの穴がある。
「ヘル、階段を探知しろ」
頷いて、ヘルが呪文を唱える。
『道の為に喜捨を費やす人には恐れることなく、また悲しむこともない』
黄色い風が三筋表れ、それぞれ別々の通路を走る。これぞヘルのジョブ、風流士の新たな力である。これにより俺のパーティーは罠探知・敵探知・階段探知を可能にした。もはやクリアは必然である。
「見つけたよ。右の穴を進んで、次の分かれ道を右に行ったら、5つの穴があるから、右から2番目の穴が階段に続いてるよ」
結構ややこしい。右の穴から奥に進む。
「ところで御主人様。今日は何処まで潜るのですか?」
最初の分かれ道の辺りでクーが聞いてくる。
「ここは紐も使えないから、とりあえず何階か潜ったら、ワープで出れるか確認するのが今日の目的だ」
紐は使えなくてもワープで出られるなら、体力・気力さえあればいつでも帰れるのだ。実験しておくに越したことはない。
「結局あの商人の頼みは聞くのですか?」
「60階に到達したら念入りに調査するくらいはしてやろうと思っているがどうだ?」
2人とも頷く。ここは明るいので毛穴まではっきり見える。美女は毛穴さえ美しい。しかしこの先は下に潜るわけだから、暗くなること請け合いである。これまでの迷宮は松明なんていらなかったが、ここはどうなんだろうか?5つの穴を目前にしたら、クーが注意しろと言うと、一番左の穴からカメが出てきた。
要塞亀LV38
1階から結構強い敵だ。大きな甲羅以外は普通の亀だ。緑亀だ、月の輪熊位のサイズだが。甲羅はパッと見タンスに見える。四角で縦に大きい。バランス悪いな。…どこかで見たような?
別にほっといてもいいのだが甲羅から何かを発射してきた。亀の癖に遠距離攻撃持ちか、丸い何かを長男の刀を使って打ち返す。さすがに宝具なので壊れない。名バットである。
打ち返した球をピッチャー返しならぬ亀返しにする。甲羅に激突し、亀が横に倒れる。亀の弱点である腹を見せたので刀を投げる。袋から大火焔棒を取り出す前に亀は絶叫して死に至る。サードジョブを発掘者に切り替えて死体をつつき、刀を回収する。亀の死体は2枚の金貨になった。日本円にして、200万である。
「この迷宮の敵の強さはどうだクー?」
クーは敵の強さをニオイである程度判別できる。
「そうですね…御主人様の5分の1位でしょうか?私とこの亀は1対1なら互角かと」
クーはまだサードジョブを得ていないので、魔物への攻撃力はヘルより下である。これはクー自身も認識していることだ。クーのステータスをチェックする。
従愛奴隷─クー・ル・ギ・シ・ジュウイン─ファースト─神狼依り代LV0─セカンド─狩人LV50
いつの間にやら上級ジョブを得られるようだ。試しに変えてみる。
従愛奴隷─クー・ル・ギ・シ・ジュウイン─ファースト─神狼依り代LV0─セカンド─猟人LV01
狩人の上位は猟人というらしい。
「どうだクー?力は低下したか?」
「いえ、むしろ強くなったような…お心感謝します」
上級1>下級50なのか?いずれにせよこの迷宮を攻略する以上、俺自身今よりももっと強くならなくてはならないと認識する。可愛い2人を守るためにも。それには敵を知り、己を知ることが重要である。昔の偉い人もそう云っていた。そこそこ己は知っているが、肝心なのは敵である。
トロルやゴブリン…こいつらはファンタジーならほぼ必ず登場するような有名所だが、なぜこの星にいるんだ?どうせさいしょの男が創ったんだろうが、さっきのタンス亀や五勝山のモンスター、ボロミの斬首器械像はファンタジーの常連とは言えないだろう。似たような要素を持ったモンスターは居るだろうが。
思い出してきた…あいつらは見た事がある。何処でだ?ゲームだったか?小説ではない筈だ。あのビジュアルを挿絵以外で見た事がある。なら漫画かゲームだ、だが漫画では無さそうだ、あんなのを漫画で見た覚えはない気がする。俺はVRゲームはやった事がないので、奴等を見たのなら2Dゲームだ。これは単純にVR以前のゲームという区分名称で、映像自体は3Dと言われるゲームもあった。モニタ画面という限界からVRに敗北した者達だ。
プレイした事のあるソフトを思い浮かべる。ドランⅠ・Ⅱ・Ⅳ・Ⅶ・Ⅸ…ファリⅥ…ドラン外伝…ドランだ、奴等を見たのはドランだ。ボロミ…ボロミという町があったのは…Ⅳだったか?Ⅳは確か兄貴のお下がりだった、というかドランシリーズは大体お下がりか、自分で買ったのは外伝だけだ。ボロミというキーワードを思い出す。
ボロミは職人の町だったが、魔帝王に支配されて処刑や拷問の機械を製造させられていたのだ。その町を解放する時のボスが確かあの人形だったような…いかんせん昔の記憶であり、ドランⅣはドット絵だったので、立体的なあの人形といまいち一致しない。
ドランⅣを思い出す、国民的RPGの4作目で挑戦作だったか、押しも押されぬ名作のⅢと比べられる異色作だった。いや、そんなことはどうでもいい、そういえば似ている、この世界のシステムに…スキル画面を開く。
状態─所有技─武者─武芸百般─呼吸法⑧─歩法⑧─礼法③─剣術⑦─槍術①─手裏剣術②─…
覚えがある…ドランⅣはスキル制を採用していた。やりこみプレイヤーには好かれたが、一般プレイヤーには煩雑で嫌われたのだ、その画面と似ている。そう言えば下級ジョブや上級ジョブという概念はⅣが初出だったとか…よく洋ゲー信奉者に否定されたが。とにかく日本では、ジョブチェンジやスキルポイントはドランⅣから広がっていったシステムだ。
そういえば仮想視界もドランのステータス画面にどことなく似ている様な…それで割りと操作できるのか?まぁステータス画面は大体のコンシューマーRPGはドラン式と似ていたが、というかステータス画面の独自色を強めても操作しにくいだけだから、分かりやすいドラン式に否が応でも似てしまうのだが。
ドランはかつて日本一のゲームだった、さいしょの男も日本人だったのだろうか?それもⅣが好きな人間か、そういえばこれまで見た奴等もどことなくドランⅣのモンスターに似ている。シリーズごとにゴブリンやトロルも様変わりしていたが、この世界の連中は比較的Ⅳの奴等に近い。この世界がⅣを参考にしているなら攻略は楽だ。Ⅳはシステムは複雑だったが、代わりに攻略難易度は簡単だった、ヒロインも可愛かったな~クーとヘルの方が美人だが、いやレジスタンスリーダーのアイスは…いや…確かに美人だが…モニタの中だし…触れたらなー性格良かったし、顔も美人だった…ドットだったけど。




