決意の夜
修練道を出てから、図書館で本を借り、レビーンの店でヘルの分も寸法を測った。意外にも快く引き受けてくれたので、クーの服と同じ日には出来上がるそうだ。ついでにヘルの下着も貰った、少々胸のサイズを仕立て直したが。
「さて、ヘル?何か思い出したか?」
宿に帰ってから開口一番聞いてみた。
「う~ん?別に何も?」
記憶喪失って直るものなんだろうか?フィクションだと愛とか衝撃で直るんだが。
「そうか、まぁ仕方ない。ところでこれ読めるか?」
図書館から借りてきた紙束を見せる。日本語ではなく英語の資料だ。
「うん、読めるけど」
記憶喪失にも種類があるそうで、創作物によくあるのは、知識はそのままで、記憶だけは無いというのが多かった。ヘルもそうらしい、やはり英語圏の人間だったか。しかし読めなかったらどうするつもりだったんだ俺、我ながら考え無しである。
「読んでみて内容を教えてくれないか?少し難しい文章かもしれないが、俺のために」
「褒めてくれる?」
勿論だと言うと、すぐさまとりかかった。あの未亡人と状況が似ていないことも無い。
「さて、ヘルが読み終わるまでは、文字の書き取りか、小学校以来かもしれん。クー、教えてくれ」
クーが頷く。ごわごわした紙にペンで書き取りを開始する。紙はともかくペンは西暦五世紀頃には有ったというから、あまり文明のレベルの参考にはならないかもしれない。
「『ア』の書き順がおかしいです。やり直し。書き取り100回追加です」
結構厳しい先生だ。しかし意世界の文字は大文字と小文字が存在し、パッと見アルファベットの様だ。これもさいしょの男の仕業なのだろうか?地球の文字と類似点が多すぎる気がする。
「おわったよ~」
文字の書き取りでげんなりしていたら、どうやら読み終わったらしい。よしよしと褒めてやると満面の笑みである。エルフの惨劇を見た時の顔よりもこっちの方が断然良い。
「じゃあ読むね?」
俺がもう行きたくないと思っていた所から借りてきたのは、かつて世界演算機とやらを日本と共同開発した国家の公文書だ。采務省の資料をたどり、関係省庁の資料を読み解いて行くと、協力者として参加していた外国人の名前が書かれた資料があった。アカシックレコードに検索機能があってよかった。無かったら一生見つからなかっただろう。資料には『ネビュラ・ゲート・チャンネル・プラン』と書かれていた。略してNGCPである。外人って頭文字略すの好きだよな~とにかくこの書類が時系列的には日本の書類よりも古い計画の物なのは間違い無い。
『本計画は光速を超えるための実験であるが、それは不可能だった。しかし、みかけ上は可能であることが実証された。タキオン・ラインの発見は人が宇宙へと飛躍する為のもっとも偉大な発明である。本計画は空間跳躍の為の実験である。本計画によって、1000光年以上離れた居住可能な星に人間を転送し、資源収集に乗り出すことが可能である』
ヘルが語る計画の概略はそういうものであるらしい。地球を掘り尽くしたので次は別の星を…いやはや開拓精神旺盛だ。
『転送先として選ばれたのは仮称“ユーピース”恒星系である。その恒星系の第三惑星は大気組成が比較的地球環境と似ていたことと、タキオン・ラインが継続的に繋がる事から選ばれた。ウイルスや微生物を調査するために無人機を送ることも検討されていたが、予想外の事態が起こる』
なんだろ、爆発か?それとも転送実験で虫と混ざったか?
『本計画との関連は今もって不明だが、本計画とは無縁のある人間が転送予定先の第三惑星に転送された。タキオン・ラインを他国が発見し、調査員を送り込んだのではという考えもあったが、中央情報局の調査によると、タキオン・ライン研究はわが国以外では行われていなかったことが判明する。この事に関連するのかは不明だが、第三惑星の環境が激変する。地表に海が産まれ、植物が生い茂った。これを調査するために無人機を送り込んだが、なぜか機械を送り込む事は出来なかった。そのため軍・警察から選出した特別チームを編成し、送り込んだ。彼等は熱意に溢れ、国家発展の先鋒としての自覚を持った英雄である。男女混合であり、2組の夫婦が居た』
いきなりだな。…資源を奪われたくなかったのか?
『さらに予想外の事態が起こった。特別チームの帰還が不能になった。転送は可能でも帰還は不可能であった。特別チームはあの星に奪われた。これは罠だったのだ。資源を餌に人間を星に転送させる罠だった。転送技術自体が、あの恒星系に依存するものだった。他の星に行くことはできなかった。本計画は東洋でいうところの釈迦の掌であった。我々はあの星に餌を送ってしまった』
そう都合よくは行かなかったのか、意世界にはエイリアンとかいるのか?
『本計画を境に世界中で謎の消失事件が頻発する。いづれも小規模で被害人数も多くないが、突然人が消失する事件が多発する。トラックに轢かれた者や、恋人や知人に暴行を受けた人間が突如消失したのだ。第三惑星を観測した結果、彼等の多くはあそこにいると判明した』
報道はされなかったが把握はしていたらしい。
『救出は不可能であると見切りを付けたが、調査自体は可能であった。第三惑星の情報を集めるため、日本を初めとする5ヶ国と協力し世界演算機を開発した。この機械により、第三惑星に行くことなく、あの星の情報や人間の行動パターンをなぞることが出来る。結局この発明が本計画の最大の発明であった。世界演算機は、その後交通事故や医療ミスといった事象の中で、偶然を主たる要因としたケースを地球上から根絶することに成功した。また、多くのVRゲームを発展させ、娯楽産業にも寄与した。
第三惑星はどういうわけか、当時人気を博していたあるゲームと似た法則が支配していた。レベル制や呪い・魔物、エルフやドワーフといった想像上の生物も確認された。そのためユーピースをゲームコンテンツとして市場に出し、情報の収集と開示を行った。これは、情報の秘匿と公開を両立するためのものであり、星の謎を解明する作戦でもあった。ゲームのような法則が支配しているならば、何かしらの解決手段やエンディングがあると期待されたが、結局調査は不振に終わった。被害者達には申し訳ないが、潮時である。本計画は終了した』
あっさり終わったな、まぁ結局何も分からないし帰れないと言うのは変わってないが、この書類はもしかすると、という想いがあったのも事実だ。
「よく読んでくれたなヘル、お陰で色々わかった」
「なんか良くわかんないお話だったね。映画の話?」
似たようなもんだ。俺も正直映画のプロットか設定資料だと思っている。この資料が日付け上NGCP最後の資料だった。あの本の世界に全ての本が有ると言うなら、これ以降の資料が無いと云う事は、本当に諦めたんだろう。その後日本の新聞にも意世界のことが発表された節は無い。これ以上資料を探す意味は無い。…なんだかんだでまだ吹っ切れていなかったんだろうか?地球には家族も友人ももういないのに。
「御主人様の世界のお話をお聞かせください」
夕飯を食っている時にクーが突然そんな事を言い出した。
「そうだな…まぁいいとこだったよ。奴隷も居なかった。」
奴隷同然の人間は居たと思うが。
「幸せな奴隷も居ます。割合として不幸な者も多いですが、それは市民であっても同じ事です」
結局人それぞれか。彼女達を幸せにするのが俺の義務だ。
「それはそうだな。あとは…夜が昼のように明るかったな」
明るすぎて、眠れないこともあったが。
「帝都は夜も魔光で明るいです」
確かに、むしろ地球の電気の光より眼に優しい気がする。
「そうだな。」
あんまり変わらない気がしてきた。しかし自分の世界の事を話そうとしても意外と思い浮かばない。ここは飯も美味いし、気温も住み易い感じだ…まだ夏も冬も知らないが。クーはもじもじしている。なんか言うべきだろうか?
「旦那様?クーちゃんはね、彼女が居たか聞きたかったんだよ。あと何時か帰るのかな~とか」
ヘルに助け舟を出された。
「家族もいなかったからな、恋人もいない。」
クーはほっとした様な顔をしたが、すぐに険しい顔になる。
「確かに俺は突然この世界にやってきた。だから有る日突然居なくなっても不思議ではないとは思うが、それは急病や事故と同じだ。誰にでも起こりうることだ。お前達と離れる気は無いから安心しろ」
二人ともほっとした顔になる。今夜はもっと良い顔にしてやろう。
「まぁ今後の指針としては東に行くことだな、骸塚だっけか?ヘルの捕まった場所。とりあえずそこを目指す。記憶も戻るかもしれないしな。」
2人とも頷く。そういえばヘルはステータスが見えないらしい。記憶喪失と関係しているのだろうか?…この際だ、聞きにくい事も聞くか。聞く前にクーが聞きたい事を話す。
「私も御主人様と同じく家族が居ません。故郷も在りません。御主人様と共に歩むのが幸福です。これが獣人というものです。そしてクー・ル・ギ・シ・ジュウインの生き方です」
「えへへ~わたしも旦那様と一緒なら何でもいいよ~」
2人とも決意の表情である。美しい…2人とも人外じみた美しさの容姿だ。だが確かな人間の意思を感じさせる眼つきだ。
俺は他人の生き方を決める事を恐れていたのではなく、自分で決めるのがイヤだったのだろうか?彼女達は操作されているのかどうかはともかく、俺と共に生きる事を選んだ。ならば俺も主人らしく生きるとするか、これも生き方だ。とりあえず今夜は主人らしく楽しませてもらおう。決意の表情が悦楽の泣き笑いに変わるまで…




