奴隷の神話
「こいつハ、この町の迷宮に一通り入ってル。スバヤク便利ダ。これまで主人と仲間をを3人死なせてル。凶状持ちのろくでなしだかラ。安イ」
「それを聞いて買いたくなると思うか?それに本人の前で言うことか?」
「シャシャ!いやあんたは買うサ!あんたが買わなきゃシメルだけダ」
「…不愉快な奴だな。自分が殺されるとは思わないのか?お前『小悪党』だろ?殺されても文句は言えないんじゃないか?」
袋から長剣を取り出す。剣の鈍い光にギョッとしてチャハは興奮する。
「シャッ!?オチツイテッ!あちし悪くないノ!安くするからっ!あちしもショーバイっ!好きで奴隷屋ナイッ!」
「しかしお前は仕事を選べるだろう?奴隷の方はてめぇみたいな仲介人の下で、自分の生死さえ選べないんだろう?」
「ドっ奴隷嫌いカ?じゃぁ何しに来タ?」
「好きで来たんじゃない。その子以外の奴隷はいるのか?」
「イ、いない。頼むかラ、剣仕舞っテ。コワイ!」
仕方ないので剣を仕舞う。…こいつに当たっても意味がない。売れない奴隷を処分するのは、こいつにとっては当たり前のことだ。そういう文化を嫌悪するのはいいが、力ずくで一人の商人を虐めても何の意味もない。もし本気で怒るなら、キング牧師かリンカーン並の人物にならなくてはいけないだろう。
「悪かった。お前も食わなきゃならんのだしな。許してくれ、奴隷なんて始めて見るんでね。つい興奮した」
「いヤ…どうせバカのマカンが勝手に連れて来タんだロ?あちし、あいつ嫌イ。あんたもマカン嫌いカ?」
「別に嫌いじゃないが、自分勝手で体臭がくさい奴だとは思う」
「それ嫌いゆうネ。とりあえず買うノ?買わないノ?あんた買わないなラ。あちしも奴隷も首吊りヨ」
「…分かった。買おう。いくらだ?」
クーは微動だにしていない。俺が剣を出した時も、買うといった時にも表情を変えない。不思議な子だ。不細工で、しかも凶状持ちだ。…しかしカルマは0だ。どっち道売れ残る子供だ。ここで俺が買わなくては不幸になる。買うのが人間としては正しいのか?…しかし俺の心の中の冷静な自分は、下らん自己満足でしかないと言う。どうせならスパルタカスよろしく奴隷を全員解放しろと言う。
「お買いアゲ!感謝感激1万ナルになル!」
駄洒落だ。俺の脳は金に関したくだらないジョークだと翻訳する。しかしさっきまでの怯えっぷりが嘘のようだ。商売人だからか、それとも冷血動物だからだろうか?袋から金貨を一枚渡す…あとでインゴットを崩しておくか。しかし銀行とか両替屋はあるんだろうか?
「契約書を作れるか?」
「エ?まぁいいヨ。」
小悪党を信用すると思うのだろうか?契約書には名無しの奴隷を金貨一枚で確かに売りました。とだけ書いてある。ちゃんと効力あるんだろうか?チャハが署名した後に俺も署名する。チャハがクーの枷を解く。もう話は終わったとばかりに、蜥蜴男はさっさと店の奥に引っ込む。
「俺の名はソウドだ」
カードを渡す。
「………」
喋れないのだろうか?それとも言葉が通じないのか?
「君の名前はクー・ル・ギ・シ・ジュウインだね」
「!」
驚いて細い目を見開いている。ある程度言葉は分かるようだ。
「もう昼だ。悪いが着いて来てくれ。色々と話がある。宿屋で落ち着いて話をしたい」
そう宣言して店を出る。警戒しながら着いて来る。さてここは町のどの辺りだろうか?
「町の正門広場のあるあたりってどっちだか分かるか?」
「………」
無言で北の方をゆびで示す。俺の方向感覚からするとどうやら西の方角に宿がある様だ。サムライパワーで方向感覚も強化されているはずだ。
…結局1時間くらい彷徨ってようやく入国したウォカ正門にたどり着く。それからはそう時間もかからなかった。白馬亭に着くと、亭主に二人分の昼飯をもらい、部屋に入る。
「さて、歩かせちゃって悪いな。まぁ言いたいことも聞きたいこともあるだろうが。まずは飯だ」
「……」
二人とも無言で食う。またスープとパンだ。もうちょっとバリエーションはない物か。クーは意外と上品に食事をしている。育ちはいいんだろうか?
「ご馳走様でした。さて食事をしてすぐで悪いが。これ視えるか?あぁ喋れないなら頷くか首を振るかしてくれ」
ステータスを空中に投影する。
「…?」
不思議そうな顔で首を横に振る。ふむ視えないらしい。言葉は通じるらしい。
「そうか見えないか。さて君を買う気は無かったが成り行きで買ってしまった。商品として扱われるのがどんな気分かは、あまり想像できないが、いい気分ではないと思う」
正直同じ立場にはなりたく無い。
「さて、俺は迷宮に探し物がある。しかし迷宮は危険だ。元々一人で潜る予定だったから、選択の自由を持たない奴隷を無理やり迷宮に連れて行くことはしたくない。だから君を解放することも出来るが…どっちを選ぶ?迷宮に潜るなら給料は出す。解放を選ぶならいくらか金を出すがそれでさよならだ」
「……」
なぜかカード手の平から出して渡される。意味が分からない。自己紹介のつもりか?
「どっちを選ぶんだ?迷宮?解放?」
迷宮の方で頷く。退職金より雇用の方がいいらしい。時給とかどうやって決めよう?
そういえばマンは転職は神殿で行うと言っていた。しかし俺は自分で出来る。クーの転職は出来るんだろうか?全知のカードの文字に触れる。自分のステータスと動揺に操作出来るようだ。
設定─天職操作─変更可能職─森人─狩人─隠者─戦士
ふむいっぱいある。試しに変更して見るか、変更には褒章値を消費しなかったはずだ。とりあえず森人にしてみる。するとクーの周りに風が吹きクーの姿が変わっていく。…クーは女になった。それも蒼い銀色に輝く髪の美少女だ。一見普通の人間だが、頭には狼のような耳がピンッ!と立っている。人間の耳はあるんだろうか?確かめたい。
「こっ!これは!?なぜ獣変化が解けるっ!?貴様何をしたっ!」
ハスキーな美しい声で訴える。喋れたのか。というか飛び掛ってきた。サムライパワー・柔術スキルのお陰で体を崩すのも寝技も上手くなったので、いとも簡単にベッドの上へと横四方固めの格好で制す。
もはや身動きは取れない。じたばたと暴れるが、完全に一本取った状態なので脱出不能である。それでも非力なりに5分くらいじたばたし、ようやく観念した。
「落ち着け。俺も何が起こったか分からん。しかし俺は殺されるところだった君に選択の自由を与えた。そう悪人じゃないと自分では思う。こんな状態でいうのもなんだが、信用してくれ」
どうやら、大人しくなった。いつまでも女性を押さえつけるのは気が引けるので。距離をとる。
もしまた暴れだしても、問題なく寝技で勝てる。寝技は実力差が出るので、彼女はグラウンド・テクニックが無いことも分かる。立ち技はともかく寝技で簡単に勝てることは確認した。
サムライ・パワー万歳!
「…確かに貴方には勝てないようだ。それと食事の提供感謝します」
「なんで変身していたのかとかは、まぁ君みたいな美人が奴隷なら、危難を避ける為の変身だったと思っておくよ」
「そんなところです。クーとおよび下さい。しかし変化が解けたせいか、弱くなっている気がします」
マジか、カードを操作して元のジョブに戻す。
「…ふむ。力が戻った感覚があります。これならば迷宮を案内できるかと」
「しかしいいのか?俺のような得体の知れない男の奴隷のままでいるのは貞操の危機だぞ?」
「ソウド様が主人として優れた方ならば、ぜひ抱いていただきたい。貴方が愚か者なら去ります。これまでもそうしてきました。これまでの主人は皆弱く愚かでした」
「…以前の主人と仲間を殺したのか?」
「迷宮の魔物に食われてしまいました。助けられなかったと言う意味ではそうです」
「わかった。クーの判断を尊重しよう。しかし奴隷のままでいいのか?いや俺はどうやって奴隷を解放するか知らないんだがな」
「全知のカードを簡単に見せる方なので妙だとは思いましたが…異国の方なのですか?」
簡単に見せちゃ駄目らしい。確かに遠くから来たと肯く。
「それではご存じないのですね。この辺りの国では亜人・獣人はよほどの大金を持っていないのであれば、奴隷になるしかないのです」
「亜人と獣人ってどう違うんだ?」
「亜人は耳長族や岩山族が該当する人間以外の種族です。獣人は獣の性質を持って産まれた人間です」
「ちょっと待て、ならお前の両親は…」
「人間だそうです。もっとも会ったことはありませんが。…始まりの時代の話はご存知ですか?」
「いや、この辺の神話か?」
「神の話ではないです。『はじめに来た男は寂しさと悲しみを癒すために犬と交わった』その為、時たま人から獣の性質を持ったものが産まれるそうです。獣人同士で婚姻すると獣人が産まれやすいそうです。もちろんいわゆる普通の人間も産まれます」
「しかしなぜ奴隷になるしかないんだ?」
職業選択の自由は無いのか?
「はじまりの男は人間でした。彼は様々な力を持ち、奴隷呪もそのひとつです。この力は人間以外を従える王の力です」
なるほど人間は特権種族か。
「奴隷呪は、奴隷で無い亜人・獣人をほんの一言の呪文で奴隷にすることが出来ます」
なるほどそれなら奴隷から解放されても意味が無い。
「しかし抵抗できないわけじゃないんだろう?さっきも飛びかかって来たし」
「足元にも及びませんでした。奴隷はカルマが増大しやすいのです。御主人様が望めば簡単に私を死刑台に送ることが出来ます」
「いや、カルマが増えてもばれなきゃいいんじゃないのか?俺を殺して逃げるとか」勘弁して欲しいが
「カルマが増大すると、天職の力を失うと言われます。農民なら作物が実らず、狩人ならば獲物が取れなくなります。御主人様の場合はアイテムボックスを失うとお考えください」
確かに不便だ。しかし酷い話だ。この世界は人間を中心に回っているらしい。
「話は分かった。それじゃあ早速迷宮に行くか」
どっち道金は稼がなきゃならないし、カラミが死んだ迷宮にも行っておきたい。袋から装備を取り出し、一つ一つ装備する。不思議と体にフィットしていく。最初のダンジョンで入手した物より便利だ。宝具よりよっぽど…いやもしやこれも宝具なのか?いや、マカンならウざいくらい自慢するか。装備し終わったら、宿の外に出る。視界が悪いが、視力以外の感覚も発達したので、問題なく歩ける。クーは不細工な少年に変身している。そういう顔が好みなんだろうか?
しかしそれほどこっちを視る視線は無い。町中でフルアーマーなのに。クーが俺にやや先行しながら歩く。どうやら案内してくれるようだ。
「それではどちらの迷宮に向かいますか?」
「クーに装備はいらないのか?金ならあるぞ?LVも0だし拙いんじゃないのか?」
「レベル?なんですかそれは?装備ならいりませんが」
聞き捨てならない事を行った。まさかレベルと言う概念はないのか?
「強さを示す数字だが、全知のカードで見えるだろ?」
「私には見えません。聞いた事のない言葉です。もしも奴隷の強さが分かるなら、風船詐欺は起こらないでしょう」
「風船詐欺?聴いたこと無い言葉だ」
「奴隷の凶状や来歴を捏造し高く売りつけることです。私に対するチャハンの言葉は事実ですが」
「ふーん。それじゃぁ精霊窟以外でお前が入ったことのある中から選んでくれ。そういやこの町にダンジョンはいくつあるんだ?」
「この町には合計8つの迷宮があります。しかし精霊窟はそれほど危険なところではありません。それよりも手頃なところならば、魔岩に行きましょう。なお迷宮の数は国の力を示すと言われ、多くなるほど国に利益をもたらします」
「そもそもダンジョンってなんなんだ?」
「『はじまりの男は種を外から運んできた』迷宮もはじまりの男の力です。作物も金も手に入るよう造られた場所で異世界に通じるとされます」
「…ダンジョンを新しく造ることは出来るのか?」
もしやその力こそが還る為の力か?
「皇帝によって任命された迷宮造園士が100年の歳月を使って一つ作れるかどうかです」
実質無理か。とても寿命が持たない…俺の寿命はどうなってるんだろうか?伸びているのか、減っているのか。体が頑丈になっても寿命が延びるとは限らない。そうこう考えているうちに、広い場所に着く。なにやら露天も出ているし、周りには俺と同じくフルアーマーの奴も居る。彼等の目線の先には、黄色い光の柱がある。
「あの柱が魔岩窟の入り口です。あの柱に触れると入ります」
さて、なんとなく来てしまったが。冷静になると俺は命を落とすかも知れない場所に入ろうとしている。感覚が麻痺しているのだろうか。それとも身一つの体だから、命知らずなのだろうか。我ながら親不孝なことである。今は亡き家族を思いだす…クーの家族はまだいるのだろうか?この世界の獣人には人権なんて無いんだから、俺の考える親子の関係では無い。いや勝手な決めつけだ。家族のことなど他人には分からない。もっとクーのことを知るべきだと思う。いつまで一緒にいられるかは分からないが、出来れば最期を共にしたいと思えるほどに彼女は美しい。




