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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第二章 鏡よ鏡
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第七夜 予知鏡

 

 某市内の公立高校二年生――梶山穂香かじやまほのかは、いたって普通の女子高生である。穂香は非常におとなしい性格で、引っ込み思案だった。そして暇な時は常に読書をしているような、クラスでもあまり目立たない存在であった。


 ある日の昼休み。穂香はいつものように、自分の席で読書に励んでいた。


「ほーのかっ!」

 

 穂香は突然頭上から聴こえた声に反応し、ゆっくりと読んでいた本から視線を外した。目の前にいたのは、穂香の親友――日渡明菜ひわたしあきなだった。


「明菜ちゃん、どうしたの?」

「ふふん、聞いてよ! 私、すごいこと聞いちゃったの!」


 明菜は嬉々とした表情でそう言うと、穂香の前の席に座って向き合った。


 明菜は、黒髪おさげで地味な外見の穂香とは違い、派手な外見をしている。明るめの茶髪を活発的なショートボブにしており、目鼻立ちのはっきりとした可愛らしい容姿である。

 性格は見た目通り明るく活発で、誰にでも分け隔てない気さくな少女であった。


 穂香はそんな明菜が自分と仲良くしてくれ、しかも親友だと言ってくれることに感謝していた。今日も明菜の楽しい話が始まるのだと思うと、期待に胸が膨らんだ。


 しかし、今日の明菜の話は、少なくとも穂香にとっては好ましい話ではなかった。


「ねえ知ってる? 『予知鏡』の話」

「『予知鏡』?」


 穂香は首を傾げた。


「ほら、うちの学校って、今は使われてない旧校舎があるじゃない? そこの正面から入ってすぐの右側に階段があって、上がると大きな等身大の鏡が壁に張り付けられてるの。その鏡はなんと、姿を写して"お願い"したら、未来の自分の姿を見せてくれるんだって!」


 明菜は楽しそうに語ったが、穂香はなぜか微妙な顔をしていた。明菜の話が信じられなかったからだ。


「えっと……その話、誰から聞いたの?」

「オカルト研究会の久本からだよ」


 明菜は事も無げにそう答えた。穂香は明菜の答えに表情を歪めた。穂香はオカルト研究会が……というより、久本が苦手だからだった。


 久本純平ひさもとじゅんぺい――オカルト研究会の部長であり、穂香と明菜のクラスメイトである。久本は天然パーマの黒髪に黒縁メガネの、見るからにオタクな男子生徒だ。久本はアニメなどのオタクではなく、オカルト系統のオタクで、よく意味不明な怪談話を作っては学校中に広めている。


 穂香は嘘ばかり言う人間はどうしても好きにはなれないと感じていた。だから久本を苦手に感じていたのだ。


 明菜は不快げな穂香の様子に気づくと、少し罰の悪そうな表情をして苦笑した。


「ごめん、穂香は久本が苦手なんだっけ?」

「あ、うん。でも大丈夫だよ。続けて」


 穂香がそう言って微笑むと、明菜は安心した様子で話を続けた。


「実はね、その『予知鏡』なんだけど、まだ話には続きがあって……その鏡は人を呪い殺しちゃうらしいの!」

「え? でもさっきは写した人の"未来の姿"を見せてくれるって……」


 穂香は困惑気味に言った。すると明菜は笑った。


「実際、どっちが本当の話か分からないらしいんだよね。でも、旧校舎に噂の鏡があることだけは間違いないの。だから私、今夜行ってみようと思うんだ」

「ええ!? 本気なの!?」

「もっちろん!」


 驚く穂香に、明菜は胸を張って応えた。その表情は、好奇心で輝いていた。


「や、やめとこうよ。危ないよ!」

「大丈夫だって! どうせ久本の作り話なんだし。ただちょっとどういう鏡なのか見たいだけだし!」

「でも……」


 明菜は穂香の制止に全く聞く耳を持たなかった。


 穂香はこの時、本能的に感じていた。その噂話が事実だろうが嘘だろうが、明菜を行かせてはならない、と。


 しかし、明菜は穂香の思いとは裏腹に、今夜の計画を楽しそうに練っていた。


「丑の刻って、確か午前二時ぐらいだったよね? それぐらいの時間にビデオカメラを持って行ってくるね!」

「え、何でよりにもよってそんな時間に!?」


 丑の刻は一般的に、幽霊が出やすい時間帯だとされている。そんな時間にあんな薄気味悪い旧校舎に行けば、鏡とは関係なくても何かが出るかもしれない――穂香は思わず身震いした。


「とにかく、私行ってくるから。大丈夫、穂香は怖いの苦手でしょ? 無理して付いて来なくていいから。私一人で行ってくるね!」


 ――それはだめ! 


 穂香は心の中でそう叫んだものの、声を出すことはできなかった。おそらくは穂香の心の中に、一緒に行かなくて済む、という安堵があったからであろう。


 穂香はいつの間にか、明菜に頷いていた。


 しかし、穂香はこの時は気づいていなかった。これが親友との、最期の会話になることを――


***


 日付が変わったその日の午前一時半。明菜は懐中電灯とデジカメを持って、深夜の旧校舎前に忍びこんでいた。


 夜空は雲ひとつないものの、月はまだ三日月で細くささやかな光しか照らしてくれなかった。星もほとんど無い。

 明菜が頼りにできる明かりは、持参した懐中電灯ぐらいだった。


「うわー、暗いし不気味……」


 明菜は恐ろしげに短い感嘆の声を出した。今の季節は夏だから、夜といえども少し蒸し暑い。しかし、そんな暑さが全く気にならないほど、この場所が放つオーラが恐ろしかった。


 ――やっぱり、一人は怖いなあ……。


 明菜は早くも一人で来てしまったことを後悔し始めていた。しかし、もう後には退けない。

 明菜は改めて気合いを入れるかのように、頬を軽く叩いた。少し頬がヒリヒリするものの、この場にいる恐怖と比べれば、どうってこともないものだった。


 キィ……ガシャンッ


 錆びた扉をゆっくりと開けると、耳が痛くなるような金属音が響いた。続いて中に入ると、ガラクタと埃だらけの壊れかけた靴箱が視界に入ってきた。内部は外よりも一層暗く、懐中電灯で照らしていない場所は全く見えなかった。


「――えっと……確か右側だったよね」


 明菜は確認するようにそう呟くと、右に進んで行った。するとすぐに階段が見えた。明菜は迷わずその階段を上って行き、それからすぐに見つけた。


「あった!」


 明菜は思わず大きな声をあげて、階段の折り返しの壁に張り付けられた大きな鏡に駆け寄った。

 不思議なことに、その鏡は長年放置されていたのにも関わらず、まるで毎日磨かれているかのようにきれいだった。


 しかし、明菜はそんなことには全く気づかなかった。すぐにデジカメで明かりで照らした鏡を写真に収めた。そしてすぐに、例の"噂"を確かめるべく"お願い"をすることにした。


「鏡よ鏡、私の未来の姿を写して」


 明菜はそう"お願い"した。時刻はすでに二時をまわっていた。


 しかし、鏡は何の反応も見せなかった。明菜はがっかりとして、肩を落とした。それと同時に、どこか安心した気もしていた。


「やっぱり久本の作り話か~」


 能天気に少し笑いながら、明菜はもう一度鏡をデジカメに収め、その場を去ろうとした。


 コトンッ


「……っ!? な、何?」


 突然、明菜の背後から、何かの物音がした。後ろには、例の鏡しかないはずだ。

 明菜はビクリと肩を震わせると、勇気を振り絞って後ろに振り向いた。


 そこには、当然鏡しかなかった。が、鏡の中に、"何か"が写っていた。その"何か"が何なのかが分かった瞬間、明菜は恐怖と驚きでその場で硬直した。そして、


「いっ……いやああああああ!!」


 明菜は力の限り叫んだ。それからすぐに、足をもつれさせながらも必死に走って階段を下りた。が、


「きゃあ!!」


 あまりにも急ぎすぎて、階段から落ちてしまった。幸いなことに、そこまで高い場所ではなかったので、膝を軽く打ったぐらいで済んだ。


 それでも痛いことには変わりがなく、明菜は階段の下に座りこんだ。そうしていると、少しずつ頭が冷静になっていくような気がした。


 ――一体何だったの……? 今さっき鏡に写った"アレ"は……?


 明菜はたった今鏡に写ったものを思い出しながら、必死に考えていた。

 そのせいで、明菜は気づくことができなかった。おのれの背後に、"何か"が迫って来ていることに――


 ぐいっ


「ちょっ、何? 何か引っ掛かって……」


 明菜は突然背後からスカートの裾が引っ張られたような気がし、何の気なしに振り向いた。


 そこに"いた"のは――


「きゃああああああ!!」


 深夜の旧校舎に、少女の恐ろしい悲鳴が響き渡った――


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