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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第一章 殺人者の夜
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第五夜 憎悪の理由

「社長さん、あんたがこの女を殺したんだな」


 紅蓮のその一言で、栄吉はその場に氷ついた。


 ――今、この青年は何を言った?


 栄吉は紅蓮のその言葉が信じられなかった。なぜ、この状況で自分が疑われるのか、全く理解できなかった。


「最初に疑い始めたきっかけは、さっきあんたがこの家の寝室に隠れていたのを見つけた時だ」


 紅蓮は女を目の前にしながら、淡々と話し出した。女はなぜか動きを止め、じっと紅蓮を見つめていた。


「正確に言えば、雪夜があんたに"何から逃げて来たんだ"と聞いた時だ。社長さん、あんたこう言ったよな。"三年前に殺された女だ"って。何でわかったんだ?」

「そっそれは……」


 紅蓮の鋭い指摘に栄吉は言葉を詰まらせた。確かに紅蓮の言う通りだった。この家で死んだ女はもう一人いる。


 一年前に不幸にも命を奪われた妻だ。


「まだあるな。さっきこの家の前で話したよな。殺された家族が宝くじ当てて、残った分は募金したって話。何でそんなことまで知ってんだ?」

「……っ! し、新聞で読んだんだよ!!」


 雪夜の問いかけに、栄吉はやっと反論した。しかし、雪夜は紅蓮と顔を見合わせてニヤリと笑った。


「残念だが、それはないぜ。俺たちも一応調べたんだけどよ、そんな話はどの新聞にも載ってなかった」

「じゃ、じゃあ雑誌か何かで「おっさん、往生際が悪いぜ」……っ!」


 ここまで言われても言い逃れようとする栄吉を、雪夜は心底軽蔑した目で睨んだ。そして紅蓮は、畳み掛けるように決定的事実を栄吉に突きつけた。


「社長さん、あんたはこの女の義父なんだってな?」

「……!!」


 その言葉を聞いた瞬間、栄吉は顔面蒼白になってその場に崩れ落ちた。


***


 四年前。栄吉は非常に金に困っていた。かねてから夢見ていた不動産会社設立のために、借金を重ねていたからだった。どうにか金を作ろうにも、全く当ては無く、ヤミ金に手を出す有り様だった。


 そんなある日、栄吉は疎遠になっていた息子夫婦と久しぶりに再会した。息子夫婦はとても親切で、度々食事をご馳走になったりもしていた。栄吉と息子夫婦の関係は、極めて良好だった。


 しかし、その関係は息子のある一言で一変した。


「親父、実はさ、ものすごいことが起こったんだよ」

「何があったんだ?」


 栄吉が息子と二人で酒を飲んでいたところ、酔いが回ってきた息子が顔を真っ赤にして嬉々としてそう言った。栄吉はどうせ大したことではないだろうと思いながらも、息子の言葉に耳を傾けた。


「当たったんだよ」

「何が?」

「宝くじ」

「!?」


 栄吉は息子の言葉に大いに驚いたが、少し冷静になってみると、どうせ大した額ではないだろうと考え直した。


 ――多くても十万、五十万ってところだろう。家族旅行に行ける程度だ。


 その時の栄吉はそう自分に思い込ませながら、無理矢理冷静になろうとした。そして、ついでにいくら当たったのかも聞いておこうと考えた。


 それが間違いだった。


「で? いくら当たったんだ?」

「聞いて驚くなよ親父」


 酒をグラスにつぎながらそう聞いた栄吉に、息子はニヤリと笑ってこう言った。


「三億だよ」

「な!?」


 この時の栄吉が受けた衝撃は凄まじいものだった。思わずグラスを落としてしまいそうになりながらもなんとかそれをこらえ、努めて冷静を装った。が、体中が興奮で小刻みに震えていた。


 ――三億だと? それだけあれば、三千万の借金はすぐに完済できるし、会社だって……!


 息子は栄吉のそんな心の声には全く気づいていなかった。ひたすら気分が良さそうに酒を煽っていた。


 そんな自分の息子を横目で窺いながら、栄吉は我が子への愛情が薄れていくのを感じていた。息子に対して不満や嫌悪などは一切無かった。ただ、息子夫婦が手にしてしまった莫大な金に、目が眩んだだけだった。


「〇〇、その金、お前たちは何に使うつもりなんだ?」

「そうだな……まずは立派なマイホームを建てるつもりだ。次に家族旅行にでも行って、残りは一部残して全額寄付だな」

「寄付!?」


 栄吉は息子の後半の言葉を聞いて、信じられない、とでも言うような声をあげた。前半は息子夫婦のささやかな願いでよかったのだが、後半は財産をほとんど捨てると言っているようなものだった。


「なあ〇〇、ちょっとお前に頼みがあるんだが」

「何?」


 栄吉は息子の計画に我慢ならず、思いきって自分の借金、そして会社設立の夢の話をした。息子は酔いながらも真剣に父親の話に耳を傾けた。


 話し終わると、息子は少し考えた後、栄吉の頼みを聞き入れた。


「いいのか? 本当に?」

「いいよ。寄付する相手が親父に変わっただけだ。それに、俺たちが家を建てて、家族旅行に行くのに何の問題もないし。ただし、ちゃんと会社を成功させてくれよ?」

「ああ! もちろんだ! ありがとう!!」


 栄吉は飛び上がらんばかりに大喜びし、息子と握手を交わした。


 ――思いきって頼んで良かった!!


 栄吉はそう思いながら、上機嫌で息子と酒を煽り、大満足でその日は帰宅した。


 ところが数日後、栄吉の夢の前にある壁が立ちはだかった。


「お義父さん、申し訳ありませんけど、〇〇さんとした約束は無かったことにしてもらえませんか」


 その壁とは、息子の嫁だった。嫁は酒の席で、しかも自分抜きで交わされた口約束を認めようとしなかったのである。


 栄吉はひどく困惑した。すでにヤミ金会社には金の当てができたから、今月中には払うと言っていた。事務所にする場所もすでに決めており、契約書にサインまでしていた。


「いきなりそれはひどいんじゃないのかね? 私はただ単純に金持ちになりたくて金が欲しいんじゃないのだよ。借金を返して、兼ねてからの夢を叶えたいだけなんだよ」

「それでも、私抜きで、しかも酒の席で交わした口約束を認めろと仰るのですか?」

「だったら、今ここで三人で話し合おうじゃないか」

「それもお断りします。もし会社が倒産したらどうするんですか? また金がなくなったら私たち夫婦を頼るのでしょう? そんなの絶対に嫌です」


 嫁は栄吉の言葉に一切耳を貸さなかった。息子もその場にいたものの、嫁に言いくるめられていて、栄吉の味方はしてくれなかった。


 結局、栄吉は半ば追い出されるような形で息子夫婦のアパートを後にした。


 この時の栄吉はあの嫁をこれ以上ないぐらいに憎んでいた。そして当然ながら、その嫁に味方して自分を裏切った息子への怒りも凄まじいものだった。


 それから栄吉は度々息子夫婦を訪ねて、土下座する勢いで頼み込んだが、終いには門前払いされるようになった。ますます息子夫婦に対する憎悪は膨らんでいった。


 そしてとうとう、栄吉が息子夫婦に裏切られてから一年が経った。


 栄吉は必死に金をかき集めた。五十過ぎの中年を雇ってくれるような仕事を探し当て、必死に働いて少しずつ借金を返していた。


 そんなある日、一年前の確執以来疎遠だった息子夫婦が、とうとうマイホームを購入したという話を聞いた。


 それを聞いた栄吉は、消えかけていた憎悪の炎が再び燃え上がるのを感じた。




 栄吉は、息子夫婦の新居を訪れた。この訪問は、栄吉にとっては"下見"だった。


 その家は立派な一軒家で、真っ白な壁に赤茶色の屋根だった。最近流行りの太陽光パネルも取り付けられている。庭も立派で、青々とした芝生が綺麗に刈られている。花壇には色とりどりのパンジーやポピーが咲いていた。


 そんな息子夫婦の新居を目の当たりにして、さらに憎悪が膨らんでいった。


 ――今夜、ことを起こそう。


 栄吉は怒りに震える拳を握りしめながら、そう決意した。


 これが終焉へのカウントダウンの始まりとなった。



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