第三夜 赤と青
栄吉はひどく混乱していた。
化け物のような恐ろしい女に見つかったと思いきや、見知らぬ青年が呆れたような表情で自分を見下ろしている。
青年は、肩に届くぐらいの長さの赤い髪と、赤い瞳を持った整った顔立ちをしていた。服装はいたってシンプル。黒のロングコートとズボンで、髪と瞳以外は全身真っ黒といった出で立ちだった。
その青年は懐中電灯で栄吉を照らしながら、同じ目線になるようにしゃがんだ。栄吉は光りを眩しく思って手で遮ろうとしたが、青年の赤い瞳に目が釘つけだった。
「あんた、もしかして、この家の管理者か? 何でこんなとこに隠れてんだよ」
「……な、何でって……」
栄吉はやっと声を出すことができた。しかし、その声はひどく震えて弱々しかった。
カタンッ
青年の背後から何かの物音がした。栄吉はその音に過剰なぐらいに肩を揺らして反応した。が、青年は別段驚いた様子は見せずに後ろに振り返った。
「何か見つかったか?」
「特にないな。そこのおっさんのビデオカメラと懐中電灯ぐらいだ」
物音を発したのは、赤髪の青年とは対照的に青い青年だった。青色に近い黒の短髪で十字架がぶら下がったピアスをしていて、特に特徴的なのは深い青色の瞳だった。彼もまた、赤髪の青年と同じ格好をしている。
青髪の青年は無表情のまま、栄吉のビデオカメラと懐中電灯を片手に二人に近寄った。そして栄吉を冷たい目で見下ろした。
「おっさん、何から逃げて来たんだ?」
青髪の青年が聞いた。栄吉は唇を震わせながらも答えた。
「女……、三年前、殺された……」
栄吉はまたあの恐ろしい体験を思い出し、自分の体を震える腕で抱き締めた。
二人の青年は互いに顔を見合わせて、怪訝な表情を浮かべた。
***
「俺は紅蓮。こっちの青いのが雪夜だ」
「よろしくは言わねえけどな」
あの恐怖の体験から数時間経った。
栄吉は謎の二人の青年と、事務所で向き合っていた。
赤髪の青年"紅蓮"と青髪の青年"雪夜"は、栄吉が出した、大して美味しくもないインスタントコーヒーに手もつけずにそう自己紹介した。
栄吉はそんな二人を前にしながら、生きて帰って来れたことの喜びを噛み締めていた。最近新調した柔らかいソファーにだらしなくもたれかかり、何とか正気を取り戻しつつあった。
「私は田中不動産の社長の田中栄吉だ。あの家の現在の持ち主でもある」
栄吉は懐から名刺を二枚取り出して二人の前に置いた。紅蓮はそれを手に取ってまじまじと見たが、雪夜は見向きもしなかった。
雪夜は膝を組んで背もたれにもたれかかって憮然とした態度を貫いていた。こうして見ると、雪夜の方が性格が悪そうに見えた。
――生意気なガキだ
栄吉は無事に帰って来れたおかげで段々調子を取り戻し、自分よりも一回りも二回りも年下に見える二人を見下し始めていた。
自分を救ってくれたということを段々忘れつつある。こうなってくると、社長としてのプライドが二人に対する態度を悪化させた。
「先程君たちのおかげで助かったということに関しては礼を言おう。しかしだね、君たちはなぜあの家にいたのかね? あそこはカギを閉めていたはずだ。場合によっては君たちを警察につき出さねばならん」
栄吉はできるだけ威厳をこめて話し掛けた。しかし、彼らにそれは効かなかった。
「ああん? 恩知らずにも程があるんじゃねえのか社長さんよぉ」
「余程死にたかったらしいな」
紅蓮と雪夜は不良どころかヤクザも顔負けの凄みで栄吉を睨んだ。二人共顔が整い過ぎているために、逆に凄みが増していた。
栄吉は彼らの凄みに圧倒され、少し身を縮めたが、なんとか耐えた。そして次にこうきり出した。
「し、しかし、どう考えてもあれは不法浸入ではないか! そもそもどうやってあの家に入ったんだ!?」
ほとんど逆ギレ気味に栄吉は怒鳴った。すると彼らは……特に雪夜は栄吉を小馬鹿にしたような目で見た。
「どうやって入っただって? そんなもん決まってんだろ。正面から堂々とだよ」
「カ、カギはどうしたんだ!?」
「前の持ち主からもらった」
「んな!?」
紅蓮の手には、確かに栄吉が持っているのと同じカギが握られていた。それを見て栄吉は歯軋りした。
自分を騙したあの男と、この二人が繋がっていたと知って、栄吉は腸が煮えくりかえりそうなぐらい怒っていた。
「にしても、災難だったな社長さん。あんな幽霊屋敷を騙されて買っちまうなんてな」
「~っ!! 黙れこの若造め!!」
ニヤニヤしながらそうからかった紅蓮に、栄吉は立ち上がってティースプーンを投げつけた。
しかし、紅蓮は難なく指の間でそれをキャッチした。栄吉はあまりのことに口をあんぐりと開けて、呆然と立ち尽くした。そんな栄吉の顔を見て紅蓮は得意げに笑うと、その場に立ち上がった。それに倣って雪夜も立ち上がる。
「おっさん、そろそろ行くぜ」
「ど、どこにだ」
雪夜に声をかけられ、栄吉は我に返ると、戸惑いながら尋ねた。
そんな様子の栄吉に、二人ははぁ?とでも言いたげな顔をした。だが、それでも栄吉には意味が分からない。
「決まってんだろ」
紅蓮は言った。そして声を揃えて、
『"悲劇の家"にだよ』
その言葉を聞いて、栄吉は顔色を失った。