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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第三章 真夏の罪
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第二十二夜 死死

 午後一時過ぎ。健吾は憂鬱な気分で自宅の門をくぐった。


 ガラガラと玄関の引き戸を開け、ふとうつ向いていた顔を上げて見ると、そこには無表情の紅蓮が待ち構えていた。健吾は思わず息を呑んだ。


「おかえり、健吾。待ってたぜ」


 紅蓮はそれだけ言うと、健吾に背中を向けて歩きだした。その後ろ姿は健吾に、ついて来いと命令しているようだった。


 健吾は、表情の読めない紅蓮に言い様のない不安を感じた。あの"心臓"について何か分かったのか――祖母の渚から何か言われたのか――それとも、やはり自分は殺されてしまうのか――そういった疑問や不安が、ぐるぐると頭の中を巡った。


 そんな健吾の心情を知ってか知らずか、紅蓮は何の前触れもなく立ち止まり、後ろに振り返った。それを見て、健吾はビクリと肩を揺らした。


「そんなに恐がんなよ。俺はお前に色々話を聞きたいだけだ。ひとまず、お前の部屋にお邪魔してもいいか?」

「……分かりました」


 苦笑しながらそう言った紅蓮に、健吾は渋々といった面持ちで頷いた。それに満足したのか、紅蓮は再び歩きだした。


 日が当たらないために、昼間なのにも関わらず薄暗い廊下をどんどん歩いて行くと、二人はやっと健吾の部屋の前にたどり着いた。


 しかし、紅蓮は襖を開けようと手を伸ばしたところで、ピタリと手を止めた。そんな紅蓮を不思議に思った健吾は、上半身だけ右に傾けて紅蓮の手元を覗いた。が、何も変わったところは無かった。


 少なくとも、健吾はそう思った。


「……あの、紅蓮……さん? どうかしたんですか?」

「……」


 襖に手をかけたまま微動だにしない紅蓮に、健吾は不安を感じてそう呼びかけた。しかし、紅蓮は何も応えない。ただそのまま硬直している。


「……健吾、」

「はい?」

「お前、しばらくは部屋に入るな」

「え? 何で、ですか?」

「何ででもだ」


 紅蓮はようやく口を開いた。しかし彼が口にした言葉は、健吾にとっては理解し難いものであった。


 それに加えて健吾は、紅蓮の言葉に少なからず反感を覚えた。元々、第一印象が最悪だっただけに、その感情は膨れあがっていた。


「ここは俺の部屋ですよ? 何で入ったらいけないんですか? 理由を教えてくれないんなら、俺は入りますんで」


 健吾はとうとう反抗心を爆発させ、紅蓮にそう切り込んだ。すると紅蓮は、やっと顔だけ後ろに振り返った。


 その表情は、何の感情も宿していない、冷たい無表情であった。


 そんな紅蓮に少し狼狽えつつも、健吾はさらに反抗を重ねた。


「退いて下さい。俺が開けますから!」


 健吾は紅蓮を押し退けて襖に手をかけた。すると紅蓮は、意外にも全く抵抗はしなかった。しかし、尚も無表情なままで健吾にこう言った。



「お前、絶対後悔するぞ」



 それはひどく冷たい声色だった。


 健吾はその声を聴かなかったことにし、乱暴に一気に襖を開き、室内を見た。


「……っ」


 健吾はその途端、言葉を失った。室内には、今朝と同じように漫画や教科書が散乱しており、見るからに散らかった部屋であった。


 ただし、唯一違うところと言えば、


「――"心臓"だらけ、だな。流石の俺も、吐きそうなぐらいに気持ち悪いよ」


 紅蓮の言葉通り、室内には無数のあの"心臓"のような物が生えていた。


 ある物は茶色の勉強机の側面に、ある物は漫画が敷き詰められた本棚に――おびただしい数の"心臓"が至る場所にへばり付いて、ドクドクと脈打つその姿は、健吾に絶望を与えていた。


 その数は実に――


「――四十四……死死ししっていうことか? やべえな、コレは」


 紅蓮のそんな呟きは、健吾の耳には届かなかった。ただ絶望の二文字を頭に浮かべながら、放心状態でその場に棒立ちになっていた。


「――け、て」

「……ん?」


 しばらく重苦しく黙りこんでいた健吾が、突然何か言葉を発した。しかし、紅蓮は正確に聞き取ることが出来ず、首をひねった。


「たす、けて……下さ、い……。俺が、何で、こんな目に……」

「……」


 健吾は恐怖に顔を歪め、涙ながらにそう訴えた。まだ十四歳の少年には、この現実は耐え難いものであった。


 泣きじゃくりながらその場に座り込んでしまった健吾に、紅蓮は僅かに瞠目した。


 しかしすぐに気を取り直すと、健吾の目線までしゃがんでこう語りかけた。


「お前、何でこうなったのか心当たりあるか?」

「……あり、ます……」

「それを俺に話してくれるか?」

「話し、ますっ」


 涙を拭いながらそう応えた健吾に、紅蓮は満足そうに微かに笑った。


「……じゃあ、話し合おうぜ。今から、ここで」

「……っここでですか!?」


 紅蓮の驚くべき発言に、健吾は思わず泣くことも忘れて顔を上げた。その表情は、明らかに信じられない、とでも言いたげであった。


 それでも紅蓮は発言を撤回しなかった。ただ"心臓"まみれの畳の室内を見渡し、全ての"心臓"を一つ一つ睨みつけた。そして、



「――燃え尽きろ」



 紅蓮がそう言った瞬間、部屋中が真っ赤に染め上がった。


「ひっ」


 健吾は思わず体を反らして廊下にまで後退し、できる限り部屋から離れた。そして廊下の壁に背中を預けながら、真っ赤に染まった自分の部屋を凝視した。


 真っ赤に染まったのは、正確に言えば部屋中を蹂躙じゅうりんする"心臓"だけであった。紅蓮の言葉と同時に全ての"心臓"が真っ赤な炎に包まれたのだ。


 その炎は、情け容赦なく"心臓"のみを燃やしていく。


「――これで、しばらくは時間稼ぎになるだろ」


 紅蓮はそう呟いて、怯えた様子の健吾に振り返った。そしてニッコリと笑いかけると、こう言った。



「それじゃあ、炎が消えたら話を聞かせてもらおうか、健吾くん?」



 この時の紅蓮は、健吾には天使の笑みを浮かべる悪魔にしか見えなかった――



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