第二十一夜 悩める赤
「――ばあちゃん! あの赤い奴、一体何なんだよ!?」
健吾は怒りと恐怖が入り交じる感情を抑えずに、真っ先に祖母の元に怒鳴りこんだ。
部屋の襖を乱暴に開けると、祖母はすでにいつもの着物に着替えて、和やかにお茶をすすっていた。そんないつもと変わらない祖母を見て、健吾はさらに腹を立てた。
「ばあちゃん!」
「……騒々しいねえ。朝からどうしたんだい」
急かすようにもう一度名を呼んだ健吾に、祖母は穏やかにそう言った。
「だから、あの赤い奴は一体何なんだよ!?」
祖母の隣に膝をついて、健吾はまた同じことを聞いた。すると祖母は、優しげに細めていた目をかっと見開いた。そんな祖母に、健吾は驚いて身を引いてしまった。
「もう来たのかい。早かったねえ」
祖母は健吾を見ずに、開けっぱなしの襖のほうを向いてそう言った。それに釣られて襖に視線を移した健吾は、いつの間にかそこにいた赤い青年――紅蓮と目が合った。しかし、すぐに目を逸らされた。
「――ばあさん、元気か?」
「お陰さまでねえ。お前さんはどうだい?」
「変わりねえよ」
祖母と紅蓮は、何やら企んでいるかのような表情で笑い合っていた。そんな二人が、健吾にとっては不気味で恐ろしく見えた。
紅蓮は健吾に一瞥をくれると、黙って祖母の正面に腰かけた。
「さて、早速本題に入ろうか」
紅蓮のその言葉に、健吾はあからさまにビクリと肩を震わせた。
これから紅蓮が一体何をするつもりなのか――どうやってあの"心臓"を処理するのか――そして、自分をどうするつもりなのか――健吾はこれらの不安に身が縮む思いだった。
「……そうじゃねえ。健吾、」
「な、何……?」
「今日は始業式じゃろう? 早く準備をして学校に行きなさいな」
祖母にそう言われて初めて、健吾は今日が登校日だということを思い出した。そして、目を白黒させて動揺し、祖母と紅蓮を交互に見た。すると、紅蓮はニッコリと健吾に笑いかけて、こう言った。
「心配しなくても、まだ話をするだけだ。遅刻しないようにさっさと行けよ」
紅蓮はしっしと手を振って、健吾に出て行くようにジェスチャーをした。それでやっと決心がついたのか、健吾は立ち上がってノロノロと襖まで歩いて行った。
しかし、また何か不安を感じたのか、名残惜しそうに二人を振り返った。
「ほらほら、遅刻するぜ?」
再び紅蓮の声に追い立てられた健吾は、ようやく祖母の部屋から出て行った。
***
渋々といった様子で祖母の部屋を後にした健吾の背中を見送った紅蓮は、未だかつてないほどに悩んでいた。
「……なあ、ばあさん、さっきちょっとだけ見せてもらった"心臓"みたいなもののことだけどさ……」
「なんだい、何か気になることでもあるのかね?」
「気になるっていうかな……」
紅蓮は先程までの余裕な表情から一変し、どこか不安げな様子だった。そんな紅蓮を、祖母は訝しげな目で睨んだ。
「アレ、本当に健吾のせいでああなったのか?」
予想外の紅蓮の問いかけに、祖母は驚いて目をかっと見開いた。それを見た紅蓮は、気味悪げに上半身だけ後ろにそらした。
「……どういう意味かね?」
「おいおいばあさん、まだボケるには早いぜ? そのまんまの意味に決まってるだろ?」
紅蓮はニヤリと笑ってそう言った。そしてすぐにその場に立ち上がり、座布団の上に小さく正座している、年老いた老女を見下ろした。
「――なあ、ばあさん。やっぱりあんた、随分とボケちまったみたいだな。こんなことも分からないなんてさ」
「……」
紅蓮の嘲りとも言えるその言葉に、祖母は何も応えない。自分を見下ろす紅蓮を見上げることもせず、ただじっと正面を見続けていた。
「あんた、変わっちまったよ。昔のあんたなら、窮地に立たされてる孫の心配ぐらいできたはずだ。それに――」
紅蓮は一旦言葉を切り、祖母の様子を窺った。祖母は蒼白な顔で小刻みに震えていた。
「あんただって、昔健吾と同じことをしただろ? なあ、渚」
渚――そう呼ばれた祖母は、ようやく顔を上げ、紅蓮の赤い瞳を見つめた。
そして、拝むように手を合わせてこう言った。
「――孫を……健吾を助けてやって下さい……和喜さん……」
そう言われた紅蓮は、懐かしむように目を細めると、力強く頷いた――