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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第三章 真夏の罪
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第十九夜 悪夢の始まり

「健吾ー!! ちょっと来てー!!」


 夏休み最終日の朝。相変わらずじりじりとした夏の陽気に汗を流しながら、健吾は母に呼ばれるがままに声のする方向に向かった。


 健吾はたった今起床したばかりであった。時刻は午前九時。最後の惰眠を貪っている最中で大声に呼ばれた健吾は、非常に不機嫌であった。


 それでも母の呼び声に従っているのは、母の声から異常な胸騒ぎがしたからだった。


「何だよ、母ちゃん。朝っぱらからうるせーな」


 茶色の長い廊下を裸足でペタペタ歩きながら、健吾はそう文句を言った。しかし、その文句は誰にも聴こえなかった。母がいる場所はまだ遠かったからだ。


「母ちゃーん、どうしたんだよ」


 母がいたのは、仏壇の間であった。


 広さはこの家の部屋としては大したものではない。精々五畳、六畳といった広さだ。薄い黄色の畳には何も置かれていない。あるのは、ふすまを開けてすぐ視界の真ん中に飛び込んでくる、立派な仏壇ぐらいだった。


 その仏壇の左隣に母は座っていた。いつもならこの時間は、仏壇の埃を払い、お供え物のお菓子や白米などの交換をするだけであった。それとついでに手を合わせるぐらいだ。


 ただそれだけのはずなのに、 母は仏壇の左端の柱を凝視していた。母は身動きすらしない。


「母ちゃん……?」

「……健吾、あれ、何か分かるかい?」


 恐る恐るといったふうに母に歩み寄り、古臭い割烹着かっぽうぎ姿の白い後ろ姿を見た健吾に、母は震える右手で前方を指差した。


 促されるままに前方の柱を見た瞬間、健吾は戦慄した。


「……っ!!」


 健吾と母の視線の先には、赤黒く気味の悪い"腫瘍"のようなものがあった。それは柱にへばり付くかのようにくっついており、微かに――いや、明らかに"鼓動"を繰り返していた。


 直径は大体二十センチ程度で、節々に血管のようなものも浮き出ていた。


 ――まるで、何かの心臓みたいだ。


 健吾はとっさにそう心の中で呟いた。額から嫌な汗が頬をつたった。


「――祟りじゃ」


 突然、健吾の背後からそうしわがれた声が聴こえた。健吾は飛び上がらんばかりに驚き、弾かれたように体ごと振り向いた。


「……ば、ばあちゃん……」


 背後に立っていたのは、見慣れた灰色の着物を着た祖母であった。祖母は白髪まみれの髪を掻きむしりながら、赤縁の老眼鏡越しに健吾を睨んだ。


 その視線からは、怒りは感じられなかった。その替わりに、普段穏やかで優しい祖母の姿は無く、見るからに軽蔑した視線が健吾を射抜いていた。


 健吾は思わず寒気を感じてぶるりと震えた。


 理解できなかったのだ。なぜ自分が祖母に軽蔑されているのかが。


「……健吾、これはお前さんへの"罰"じゃよ。わしの忠告を聞かなかったからこうなるんじゃ」

「な、何言ってんだよ……?」


 健吾はうろたえながら、必死になって祖母の言葉の意味を理解しようとした。しかし、驚きと言い知れぬ恐怖のせいで、思うように思考することができなかった。


 そんな様子の健吾を見かねて――否、呆れたような目で一瞥した祖母は、健吾の疑問に答えた。


「お前さん、虫さん虐めただろう」

「……っ!!」


 祖母の言葉に、健吾は息を呑んだ。口の中が猛烈に渇き、飲み込む唾が無かった。


「お前が悪いんじゃよ。もうおしまいじゃ。お前は――」


 次の言葉を聞いた瞬間、健吾は恐怖のあまり気絶しそうになった。


「――死ぬんじゃよ」


 祖母の言葉は、健吾の肩に重くのしかかった――


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