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赤と青の断罪者  作者: 吹雪
第二章 鏡よ鏡
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第十六夜 鏡の真実

『茶番劇は終わりだ』


 紅蓮と雪夜がそう同時に言い放った瞬間、空気が揺 れた。


 それは、神経を集中していないと気づかないほどに 、微かな揺れだった。


 しかし、穂香はその微かな揺れに気づくことができ た。その理由は、彼女が紅蓮と雪夜の傍にいたからで あった。


 必然的に、久本と宮原はその揺れに気づくことはな かった。もしも彼らがそれに気づいていたのなら、結 末は変わっていたのだろうか。


 ――否、変わることはなかったであろう。


 彼らが"赤と青の断罪者"紅蓮と雪夜に出会ってしま った時点で、彼らの運命は決まっていた。


 その運命に逆らう力など、彼らは持っていなかった 。


 紅蓮は冷たく感情のこもらない表情で、静かに右手を前にかざすように上げた。


 その途端、


「――ひっ!!」

「……なっ何!?」


 久本と宮原は、同時に短い悲鳴をあげた。


 穂香は口を押さえて、悲鳴をあげた二人を凝視した 。その目は驚きのあまり、これ以上ないぐらいに見開 かれていた。


 久本と宮原は、自分を取り囲む真っ赤な炎に閉じ込 められていた。


 それでも、視界まで覆われたわけではない。あくま で、炎の輪のようなもので動くことを許されなくなっ ただけであった。


 しかし、それでも彼らにとっては大問題であった。


「や、やめてくれ!! 殺さないでくれ!!」

「この化け物!! さっさとこれ消しなさいよ!!」


 久本はガタガタと全身を震わせながら懇願した。が、一方の宮原は、意外にも強気に紅蓮を睨み付けた。


 そんな二人に、紅蓮と雪夜は冷ややかな一瞥をくれた。


「馬鹿だな。今さらそんなことを言われて、やめるわけないだろ?」


 紅蓮はそう言って、さらに炎を大きくした。それは、久本と宮原の胸ほどの高さにまで膨れ上がる。


「あ、謝るから! あんたを刺したことは謝るから!!」


 久本は涙や鼻水で顔をぐちゃくちゃにして謝った。それでも紅蓮は知らん顔をしている。


「何で、何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ!!」


 久本が一人で命乞いをする中、宮原はヒステリックな声で叫んだ。


「大体、あんな女を一人殺したぐらい、何だって言うのよ!? あいつ、死ぬ直前に私に何て言ったと思う!?」


 宮原のヒステリックな叫びは、さらに大きくなった。そして、"最期"にこう叫んだ。


「笑いながら、"呪われろ"って言ったのよ!? 死んだ後もあいつは笑ってた!! あの女こそ化け物なんじゃ」


 それが本当の意味で最期だった。


「燃え尽きろ」


 紅蓮がそう一言発した瞬間、宮原を取り囲んでいた炎が、彼女の姿を完全に覆いつくした。


 悲鳴をあげる間もなく激しくなったその炎は、瞬く間に宮原の影を小さくしていく。


「……あ、ああああ……」


 瞬きすらできずにそんな声をあげたのは、今だに紅蓮の背中に隠れたままの穂香であった。


 穂香は残酷な真紅の炎が燃え盛る様を、さも芸術的作品を観賞しているかのように、息つく間もなく見入っていた。


 宮原は悲鳴をあげることなく、静かに燃え盛る炎の中で息絶えた。

 

 いや、炎に包まれた瞬間に、彼女はすでに絶命していた。ただ、たった今彼女の亡骸が完全に燃え尽きただけだ。


 宮原の髪の毛一本残さずに燃やし尽くしたその炎は、一仕事を終えるとすぐに消え去ってしまった。


 それは、ほんの数十秒間の出来事であった。


 その一部始終を隣で見ていた久本は、泣くのをやめて、ただただ宮原が"いた"場所を呆然自失状態で凝視していた。その目には、すでに恐怖の色は宿っていなかった。


 宿っていたのは、純粋な好奇心だけであった。


「……その炎、熱いのかな……?」


 久本はポツリと、虚ろな目でそう一言呟いた。


 それを聞いて、紅蓮はニヤリと妖しく笑った。


「試してみるか? その身で」

「……ぜひ」


 久本は何かに取り憑かれたかのように全身をだらけさせ、紅蓮にそう応えた。


 すでに生気が抜け落ちている久本に、紅蓮は再び右手をかざした。


「――ちょっと待て、紅蓮」


 突然、つい先程まで黙っていた雪夜が、そう紅蓮に制止をかけた。紅蓮は気分が削がれたような不機嫌な表情で雪夜を見た。


「何だ?」

「十秒待て」


 そう一言で応えた雪夜は、つかつかと久本に歩み寄り、ギリギリ炎に触れない位置で立ち止まった。


 そんな雪夜を、穂香は意味が分からず見守った。


「……来世は真っ当に生きろ、よ!!」

「うっ……!」


 雪夜はそう言い放つと、渾身の力で久本の右頬を殴り飛ばした。


 すると当然ながら、久本は自身を取り囲む炎に身を倒すこととなった。


 一瞬で炎に包まれた久本は、呆気なく絶命した。炎に触れた、頭から胸にかけての部分と、爪先から膝辺りの部分は、一瞬で燃え尽きた。


 その様子を余すことなく見てしまった穂香は、残った胴体の一部を見た瞬間に吐き気をもよおした。慌てて紅蓮から離れ、スカートのポケットからハンカチを取り出して、それで口を押さえた。


「……なんか、中途半端だな」

「お前が余計なことをするからだろ」

「ムカついたんだから仕方がねえだろ。さっさと残りも消せよ」

「へいへい」


 吐き気を必死に耐える穂香に構わず、紅蓮と雪夜は緊張感の欠片もない言葉を交わした。


 紅蓮は雪夜に言われるままに、久本の一部だったものを燃やし尽くすと、改めて穂香に向き直った。


「穂香、大丈夫か?」

「トイレに行って来たらどうだ?」


 二人は大して心配などしていない、とでも言いたげな表情で、穂香に形ばかりの言葉をかけた。


 穂香は口を押さえたまま、大丈夫だと手を軽く振った。


 すると二人は、互いに顔を見合わせると、穂香にこう言った。


「それじゃあとりあえず」

「"本当の"解決編に入るか」


***


「日渡明菜は、単なるオカルト好きではなかった」

「あいつはただの狂人だったな」


 穂香は、そう再び語り始めた紅蓮と雪夜を、半ば呆然としながら見つめていた。


「日渡明菜は本当は一週間以上前から、久本たちが薬を流していることを知っていた」

「それは何でだと思う?」


 雪夜にそう問いかけられ、穂香は首を左右に振った。


「穂香、お前が教えたんだよ」

「あんた、なかなかの策士だったと思うぜ」


 そう言われた途端、穂香はサーっと血の気が引いていくのを感じた。なぜ、彼らがそんなことを知っているのか。いや、むしろなぜ分かったのか。


 穂香はまるでその場に凍りついたかのように、身動きがとれなくなった。


「――ああ、心配しなくても、あんたを責めているわけじゃない」

「俺たちは真実を話しているだけだ。あんたはただ黙って聞いていればいい」


 二人はそう断ると、また話を続ける。


「梶山穂香」

「お前こそが」


 穂香はこの先の言葉を聞きたくなかった。嫌々と言うかのように、両耳を押さえるが、それでも二人の声はよく響いた。


『予知鏡の正体だ』



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