第十四夜 真実の扉を叩く時
「――そもそも俺たちがここに来たのは、日渡明菜の差し金だ」
紅蓮は淡々と、感情が込もっていない声でそう語り始めた。
そんな紅蓮を、穂香と宮原は呆然としたまま、ただ黙って見つめていた。
「ことの始まりは、二年ほど前のことだ。あんたらがこの高校に入学する少し前から、この高校には妙な噂があった」
「……妙な噂……ですか?」
穂香の問いかけに、紅蓮は真っ直ぐ正面を睨んだまま、無言で頷いた。
「その噂っていうのは、ついさっき俺が話した心霊関係の噂ではない。もちろん、その手の噂もあった。――だが、それよりも深刻なものだったんだよ。その噂とは――」
紅蓮はそこで一度一息ついた。軽く目を閉じ、これから口にする言葉を選ぶように間を置いて、すぐに口を開いた。
「薬が出回っている、っていう噂だ」
「……っ!?」
紅蓮のその言葉に、穂香は思わず息を呑んだ。
穂香は信じられなかった。そんな噂があったことなど、一度も聞いたことがなかったからだ。
「本っ当に嫌な世の中になったよな。今のご時世、ネットやら人づたいやらで簡単に違法薬物が買えるんだからよ。
――最近じゃ、高校生や学生の間にも広まってるんだろ? この高校でも出回ってても不思議じゃない」
紅蓮はそこまで言うと、侮蔑を込めた目で正面の宮原を睨んだ。
そんな紅蓮を見て、穂香は悟った。
――まさか、宮原さんも薬に……?
そう思いながら恐る恐る宮原に視線を移した穂香は、驚いて目を見開いた。
「……ふっふふふふ……」
「宮……原……さん……?」
宮原はうつ向いたまま、不気味な笑い声をもらした。その声は決して大きなものではなかったが、この静かな空間ではひどく響いた。
その笑い声を聴いて、穂香はぞっとした。目の前にいる少女は、どこからどう見ても人間であるはずなのに、底知れない恐怖を感じたからだ。
穂香は思わず、掴んでいた紅蓮の袖を強く握りしめた。
「……それで? それがどうしたって言うの? そんな噂、探せばどんな高校でも見つかるんじゃないの? 大したことじゃないじゃない」
宮原は口紅で真っ赤な唇をつり上げ、嘲笑するかのようにそう言った。
しかし、それでも紅蓮は表情を変えなかった。
むしろ、ニヤリと妖しく笑っていた。
「そう急かすなよ。まだ俺の話は終わってないぞ?」
そうのんびりと言った紅蓮を、宮原は忌々しげな目付きで睨んだ。
その様子は、血濡れのセーラー服に真っ赤な庖丁を構えているせいで、ひどく恐ろしげだった。
「なあ、宮原。よく考えてみろよ。"この俺"と"あの"雪夜が、そんな馬鹿らしい薬騒ぎでわざわざ現れる訳がないだろう?」
「……じゃあ、何しに来たのよ」
「そんなの決まってる」
紅蓮はなぜか愉快げに微笑み、こう答えた。
「お前らを殺すためだ」
「……っ!」
この時、穂香は昨日病室で雪夜が自分に言った言葉を思い出した。
《あんたの親友を殺した奴を殺すためだ》
――紅蓮さんも雪夜くんと同じことを言ってる……!
穂香は言い表しようのない不安を感じ始めた。その不安は徐々に増幅していき、嫌な汗が頬をつたった。
「俺は生者を裁く"赤の断罪者"だ。だから、馬鹿馬鹿しい理由で人を殺めたお前らを裁く必要がある」
紅蓮はそう言って、困惑している宮原を射抜くような殺気を込めて睨んだ。それに怯んだ宮原は、ビクリと肩揺らして一歩後ずさった。
「……あ、あんたが私を疑ってるのは分かったけど、何で私が日渡さんを殺したと思うの? 動機は何なのよ。それと、"お前ら"ってどういうことよ。ここには私たち三人と、さっきの雪夜とかいう人しか……」
ここでやっと自己弁護を始めた宮原に、穂香は思わず同意するかのように頷いた。
宮原の言葉は、至極真っ当な意見だと思ったからだった。
穂香は不安げに眉を寄せて紅蓮を見上げた。すると紅蓮は、穂香を安心させるように頭を軽く撫で、また口を開いた。
「動機ねえ。それはさっき言った薬の噂が関係してる。ちゃんと説明するから、黙って聞けよ?」
紅蓮はそう念押しして言葉を続けた。
「この高校で薬を流しているのは、ある二つの部活だった。いずれも、ごく最近にできた部活……というよりも、愛好会と言ったほうがいいかもしれないな。その愛好会っていうのが、あんたが所属している演劇部。
――そして、オカルト研究会だ」
「……え?」
紅蓮の言葉を聞いた途端、穂香は無意識に驚きの声をあげていた。
演劇部が薬の噂に関わっている――これはまだ納得ができた。宮原が噂に関わっているという時点で、それはほとんど確実だったのだから。
しかし、もう一つの部活があのオカルト研究会だということには、穂香は驚きを隠すことができなかった。
というのにも、穂香の親友日渡明菜は、所属こそしていなかったものの、よくオカルト研究会に顔を出していたからだ。
――まさか、明菜ちゃんは薬のことを知っていたんじゃ……!?
穂香は一度その疑いが出てくると、亡き親友への信頼が揺らぐのを感じた。が、すぐにそんな考えを打ち消すように、頭を左右に振った。
「穂香」
「……え、」
「心配しなくてもいいよ」
いつの間にか、紅蓮の視線は穂香へと移っていた。驚いてまた見上げた穂香に、紅蓮は優しく笑いかけ、こう穏やかに言った。
「日渡明菜は薬には手を出していない」
「っ本当ですか?」
「ああ。本当だ」
そう断言した紅蓮に、穂香は微かに笑いかけた。その表情には、安堵の感情が宿っていた。
安心した様子の穂香に再び笑いかけたところで、紅蓮はまた正面の宮原に視線を戻した。そしてまた言葉を続けた。
「――さてさて、お前らが部活ぐるみでおこなっていた犯罪行為と、日渡明菜がどう関係するのか。それを説明するか――いや、必要ないか? なあ、久本純平くんよお」
「……っ!?」
紅蓮の視線は、いつの間にか右斜めの上り階段に移っていた。
穂香はその視線を追って絶句した。
「どうして……久本くんまで……!?」