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第一章 第八話

 電車から降り、学校への道を行く。

 これで視線から解放されたと思ったら、大きな間違いだった。


 うちの学校の生徒が一番乗る時間帯の電車で、あんな目立つ娘と一緒にいたのだ。こういう話に飢えている高校生に、スルーしてくれることを期待することなど、全くもってナンセンスだった。


 俺を取り巻く環境が、ガラッと変わってしまったことは、駅から歩きだして三分で気が付いた。

 今まで、空気みたいなキャラであったはずの俺が、自分で言うのもなんだが、ものすごく存在感を表している。

 その証拠に、どう見ても俺のことを横目で見て噂してるっていうやつが、あちこちにいた。ただ、そのほとんどは、あまり良い感情を抱いていないような目つき。

 こりゃ大変なことになったもんだと、自分がかかわったことの大変さを、今になって考えさせられた。


 じゃあ、後悔しているか?

 

 ンーン、どうだろ?


 俺はフッと良く晴れた空を見上げた。


 気持ち良い朝の風が頬を撫でていく。その風と一緒に、ここ最近、毎朝の掃除のことや、一仕事後のお茶しながら感じている、居心地の良い空気を思い出した。

 そして最後に、さっき別れ際、恥ずかしそうに手を振っていた彼女の姿……。

 頭の上で二つに分けた、腰ぐらいまである長い髪を揺らしながら、彼女は微笑んで小さく手を振っていた。

 

 …… なんか御釣りが来るぐらい報われているような気がしてくる。


俺は口の中で、そうつぶやいた。




 こうして、異様な雰囲気の中、やっと学校についた俺は、自分の席に着き、カバンから教科書を机に押し込んでいると、早速、何人かの男どもがやって来た。


 「おまえ、誰だ、あの超かわいい娘!」


初めに仕掛けてきたのは、浩介だった。


「ああ、まあ、知り合い」

「しかし、一緒に登校してくるって、どういうことよ?」

「成り行きで」

「成り行きね」


 どんな成り行きだったのか? 勝手によからぬ妄想を始めているのが、いつもつるんでいる俺にはよく分かった。


「まさか、付き合ってる、とか無いよな?」


二つ席が前の垣山が聞いてきた。


「そりゃ、……ない」

「ま、そうだろ」 


いつの間にか一樹も加わり、だろうだろうと頷いている。


「聖ミリの娘だろ、有り得ないだろ。っていうか、そんな分かりきったこと聞いてやるなよ。いくら宗太郎でも、そこまで身の程知らずなイタイ妄想なんか抱かないよ」


 頭っから妄想かよ。俺は思わず吹いてしまった。 


 ……だよな、あわゆくば……など、考えること自体、既に「悪」だよな、俺みたいなやつには。


 初めから答えは出ているのだ。それを再確認するってだけなのに、何か胸につかえる。

 この「つかえ」、喉に魚の小骨が引っ掛かった時の様であり、また歯に何か挟まったようでもあるこの気持ち悪さ。何とも言えない疼きを与え、時を追うごと無性に鬱陶しくなるそれ。  



 さてその日、浩介たちとした話と似たような話を、何度することになったか。

 クラスの内外から、色々な奴が代わる代わるやって来ては、あの娘誰だ?と聞いてくる。

 気が付くと、知らない顔のやつも俺を囲んでいたりする。こりゃとんだ人気者になったもんだと思わず苦笑した。


 まあこうして色々な人の意見を無理やり聞かされたのだが、一貫して語られたのが、俺は彼女とどうのこうのというのは、全く持って有りえないこと、有ってはならないということだった。

  

 体温を感じることが出来るほど近くにいても、それとは無限の隔たりがあり、夢のように掴めない。そう、どんなにリアリティーがあるようでも、どこまでも幻に過ぎない。俺にとって、新山さんとはまさにそうなのだということ。


 夢、ゆめ、ユメ ……


 確かにしっくりくるかもしれない。

こんなにラッキーとハッピーが、勝手にやって来るなんて、それこそ夢の王道ではないか! 


 

 …… じゃあ、楽しい夢を見て、いかに夢から覚めた時の落胆を和らげるか。


 小さい頃、それを本気で考えたことがあった。そして出た結論は、夢が夢であることを、決して忘れないこと。そうすれば無用な期待をしない分、いざという時に対応できる。

 そういう意味では、今日みんなが寄ってたかって、散々言ってくれたことは、実は今の俺にとってとては、一番良かったのかもしれない。俺は思わず苦笑を漏らした。




 学校での一日を終え、家路につく。


 影が長く伸びるホーム。そうだ朝、ここで彼女と別れた。閉まるドアの向こうに見えなくなった彼女の笑顔。

 一緒に立った電車ドア際が、二人で歩いた家への道が、全部、毎日通っていた道行きのはずなのに、新しい意味合いを持って見えてくるのは、本当に不思議だった。


 微妙におぼつかない足取りながら、どうにか家に帰りつき、ベッドにゴロっと横になると、当然のように今日一日あった色々な場面が、何度も何度も脳裏でリプレーされていった。

 

 風呂に入らなければ……


必死に眠気と争い歯を食いしばるも、気が付いたらすっかり寝入っていた。



 *********


 翌朝、俺は箒二本を持って、いつものところに向かっていた。


 昨日一日のことが、オリのように胸にあって、どうしても昨日までと同じようにふるまえそうになかった。

 あの人は結構、こっちの気分と言うものを感じ取ることに長けているから、こっちの変化はばっちり感じ取るだろう。

 だとしたら、せめて、あっちに嫌な思いや、負担にならないようにしたいのだが。

それが出来そうもなくって、さっきからずっと頭抱えているのだ。


 兎に角、今日の朝一番、どんな顔をしていたら良いのか。そこから行こう。そう自分に言い聞かせてやって来た。




 「おはようございます」


 …… 新山さん


 彼女はもう来ていた。俺の足音に気づくと、屈託なくそう挨拶をした。


 「あ、おはようございます!」


 なんか拍子抜けするぐらい、いつもと同じな雰囲気の彼女。ふと、昨日のことは、それこそ全部夢だったのかもなどと、考えてしまった。


「これ」

「はい」


 そんな彼女の様子に促され、俺もいつもの通り、彼女のマイ・ホウキを手渡すと、それを受け取って、さっさと自分が担当している場所を掃き始める彼女。

 どうも初めの「難関」、「ちゃんと挨拶をする」はクリアしたみたいだ。スーッと体から緊張が抜けていくのが分かった。

 こういうとき、思わず饒舌になるのが俺なのだ。


 「で、どうでした?」


 道路を掃く彼女の後ろから話しかける。


「なんでしょう?」

「昨日、一緒に登校して、成果有りましたか?」

「成果ですか? はい、有りましたよ」

「なんです?」

「今、考察重ねてますから、もう少しお待ちください」


 そう言って手を止めると、こっちに向き直って、悪戯っぽく微笑みながら頭を下げた。


 「考察……か。」

「はい、考察ですけど?」

 

 ちょっと不思議そうな顔をした。どうも、僕の反応が思ったのと違ったらしい。俺はどうされたのかしたのかしら?って、首をかしげてこっちを見ている彼女を眺めるうちに、思わぬ言葉がこぼれた。


 「なんで、そんなに『カラス使い』なんだろう」


 それは半分独り言だった。でも彼女は「あっ」て小さく声をかけると、急に目を輝かせせ始めた。


  「御深山さん、知りたいですか?!」

「え? あ、ま、まあ……」


 俺が新山さんの思わぬ反応に、微妙に後ずさると、彼女は今までにない、柔らかな笑顔をした。俺の目は無意識のうちにその笑顔に吸い付けられる。


 「御深山さんには、本当に感謝しています。わたしのこんな無茶なお願いを叶えていただいて」

「いや、まあ、それは……」


 無茶だって意識あったんだ。のど元まで出ていた言葉を、ゴクンと飲み込む。


「でも、御深山さんなら、応えて下さるような気がしたんです」


 それは押しに弱い軟弱ものか、美女の前には無条件に僕となる、全くモテないブサメンと言うことか?! 内心、勝手に毒づいている俺ではあったが、正直、そう言ってもらえるとちょっと嬉しかったりする。


「だって、御深山さん、『カラス使い』なんですもん」


 俺は脈絡もなく、結論として述べられた一文に、目を白黒していると、彼女はそうですよねともいうかのように、戸惑う俺に笑顔を投げかけた。


 「もし、御深山さんが聞いて下さるのでしたら、わたし、『カラス使い』について、知っていること全部お話しします」

  

 俺は「カラス使い」というものを理解しなければ、彼女のことも、彼女にしていることも、彼女と俺とのことも、そして俺自身のことも、これ以上先に進めないのだと、はっきりわかったような気がした。 

 

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