第一章 第七話
なぜ、俺がこんな目に合わなければならないのか?
シカトされるのはキツイが、これだけ注目浴びるというのは、それに劣らないほどキツイよぉ……。
間違いなく今の俺は、今までの人生のなかで、最も注目を浴びている。
いつものように家の玄関を出、駅に着き、いつも乗る電車をホームで待つ。全部、毎日やってきた通りなのに、何故に今日はこんなに注目を浴び、別世界に飛ばされたような居心地の悪さの中、こんなに緊張を強いらることになったのか。
「わたし、この時間帯、初めてです!」
ガチガチになって歩いている俺の直ぐ横から、そんなうれしそうな声がした。
そう原因は、俺の横に「単体」でも、もの凄く目を引きそうな美女がいるからであり、と同時に、俺とその美女との組み合わせが、あまりにも奇妙だかである。
*****
うちの弟たちを玄関先で送った声、それはつい今しがたまで聞いていた声であった。そう掃除を終え、さっき別れたはずの新山さんが、何故かまだ玄関先に立っていた。
「えっと、何か忘れ物でも?」
他に未だに彼女がここにいるという理由が思いつかない俺だった。すると、いつもキリッ!としている彼女が、目を泳がせながらモジと体をくねらせた。
なんか、相当、萌えるのだが……
「え? あ、実はお願い、なんですが……」
さっき言ってたお願いのこと? 萌えて吹っ飛んでいきそうな我が心を、無理やりに理性の囲いの中に押し込める。
確かに彼女が言うとおり、受けると言いながら、お願いについてはまだちゃんと聞いていなかった。
それにしても、ここまでして、して欲しい願いってなんだろう。やっぱり「カラス使い」関係? ……それとも?
全く見当がつかない。でも、ここまで気合が入っている願いというなら、受ける側としても、いい加減に受けてよいものではないと思った。
それにこんな俺に、ここまで頼ってくれるというのも微妙に嬉しかった。
是非ともここは、断らなくても良いような、俺に出来ることであることを期待しつつも、彼女に水を向けた。
「で、なんです、そのお願いって?」
「それは……」
そこまで言って、うっっと、言いよどむ新山さん。さっきのモジッに続き、いつも冷静で静かなイメージの彼女の、今まで見たことのない姿だった。
「あ、あのう……」
「はい」
「学校、途中まで、ご一緒させていただけませんか?」
「はぁ」
マジか?
確かに、俺に出来ることではあるのだが……。
かくして断る理由を見いだせなかった俺は、今の状況に至る
流石に自分が願ったことが突飛だと思ったのか、彼女はなぜそんなことを言い出したのか、道すがら話してくれた。
まず、今自分がしている俺とクロウを観察についてだが、時間の長さがあまりに短いこと、また自分が観察しているシチュエーションが、朝の少しの時間の間だけという特殊な状況でのものなのであり、決して「いつも」の俺らを観察できていない。
だから、本来の姿というものが表出するタイミングに遭遇できないで居るというのが、彼女の今回の観察で、行き詰まった理由というのが、彼女の仮説だった。
これを解決するためには、もっと観察時間を長くすること、それと色々な状況下で観察することをしなければならないということになる。
そこでまず手始めに、一緒に登校すれば、幾らか違うのではと思ったというのだ。
一緒に登校すると言うことなら、自分がちょっと登校時間を変えるだけで、直ぐにでもできると、早速、試させてもらったのだということだった。
「でも、クロウのやつは、学校についてはこないですよ?」
「それでも良いです。まず日頃の御深山さんのことが少しでも分かれば、クロウさんと一緒の時の変化について、比較対象になると思ったんです。きっときっと、何かの糸口になると思うんです」
「あ、そですか」
まあ色々突っ込めるような気もしたが、この人がそう言うんだったら、そうなんだろうと、口をつぐんだ。
それにしても、何なんだろうこの無遠慮な視線のシャワーは。
好奇の目
嫉妬の目
それがほとんどの様な気がする。そして、たまに出会う
……見守るような優しい目
俺みたいなブサメンが、紛いなりにもこんなシチュに与れたことを、心優しい人が応援してくれているのかな? などと想像した。
俺にとって非日常すぎるこの状況。不思議なものでここまでいつもと違うと、妙に客観的になってしまうものだ。
人と言うものは色々な色の眼差しができるものだなと、のんきで他人事のようなことを考えてしまっている自分がいた。
この時間帯、この路線は駅に止まる度に乗客が乗り込んでくる。直に車内はギュウギュウ詰めになっていく。
「沢山の人ですね」
「ですね」
新山さんが昨日まで通っていた時間帯だったら、きっとガラガラだろうから、こういう混雑というのは、あまり経験がないのではと思った。その証拠に、周りから迫ってくる人の体に、かなりうろたえているように見えた。
「えっと、こっちに来たらいいですよ」
「あ、はい」
俺は自分のいた窓際に誘導した。そしてそれとなく俺は体でガードする。
「……ありがとうございます」
彼女はそれにちゃんと気づいた。そしていつもとちょっと違った声色で、礼を言った。俺はそんな彼女に胸がくすぐったくなるのだった。
でも残念なことに、騎士のようにお姫様を守りきるなんぞ、俺の様な無力な人間には無理だった。
どんなに頑張ってみても、この時間帯の乗車率の前には、ちょっとした工夫など吹っ飛んでしまうのだ。
そのあと一つ二つ駅に止まると、俺の踏ん張りなんて簡単に押しやられてしまった。背中からの強烈な圧力は、ガードしているはずの彼女に、俺の体を押し付けていく。そして寄りにも寄って、ぴったりと胸を合わせてる格好になってしまったのだ。
女の子の香り、有り得ない柔らかさ、それに和風美人との認識だったのだが、これは見えないところは、思いっきり「洋風」ではないのか?
…… お、おい
俺はあわてて、引き込まれそうになっていた妄想の坩堝から飛び出した。
兎に角動かねばと、まだ体の自由なところをどうにか動かして、必死にもがいてみるも、どうにも体勢が変わらない。
それに
うゎ、電車で揺れるたびに、彼女の体にぐいぐいと俺の体か押し付けられる!
これは不味い、不味過ぎる。こんな恰好になってしまったら、何か変な期待してたみたいに思われちゃうよ……。
「大丈夫です、全然、平気です」
ちょうど俺の耳元にある彼女の口から、囁く声が聞こえてきた。
…… 平気なはずないじゃないか、男にこんなにくっつかれて。俺は彼女の気遣いは嬉しかったが、ハイそうですかと、もがくの努力を投げ出す気に離れなかった。
「平気です、本当です」
さっきより真剣な声色に、ハッとする。実際はどうかは別として、今は彼女の言葉を素直に受け入れることだと思った。そして俺はこの人は本当に良く気がついて、気を回せる人なんだなあと、感心してしまうのだった。
乗り換え駅を幾つか停まるに従って、乗客の数は減っていった。
俺が降りる頃には、新聞が読めるようになっていた。俺は彼女を囲う体勢から普通に窓際に立って、外を眺める位置に移っていた。
しかし、窓の外の景色が頭に入ってこない。俺の頭は体に残った新山さんの体温と柔らかい感触が感覚を完全に支配したままで、それから膨らもうとする妄想を押さえつけるので、俺の頭の中はてんやわんやなのだから。
俺はこんな状况下で変に動くと、間違いなくイタイことや、気持ち悪いことを言ったりしてしまうに違いないと、ひたすら目は外に向け、無心を装い、石像のように固まっていることに徹した。
石像も電車は運んでくれるから、本当に助かる。
時を置かずして、俺らの載った電車は、俺の学校の最寄り駅に滑り込んだ。
「じゃあ、ここで」
「はい、それでは」
やっとのことで取りつくって、暇の挨拶をした。
俺の降りる駅は分かっていたようだった。学校のこと話してなかったけれど、制服で分かったんだろう。
電車から降り、ふと振り返るとドアが閉まるところだった。
彼女もこっちを見ていて、俺が振り返るのに気がつくと、彼女は胸のところで小さく手をひらひらさせバイバイした。
??!!
俺はスタンガンかなんかで撃たれたみたいに、バン!!とショックが全身を貫き、今度こそ、一瞬意識が飛んでしまった。