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第一章 第五話

 …… こんな目で見られたの、生まれて初めてだ。


 カラスのやつは、よく分からないが、なんか警戒心むき出して、彼女の周りをピョンピョンとまわっていた。

 しかしそうされている当の本人は、でっかいカラスの威嚇行動に対して全くお構いなしで、キラキラした黒目勝ちの目でじっと俺のことを見ていた。


 この人、結構見かけによらず、度胸あるかも……


 これこそお嬢様って容姿をしていながら、度胸座っている。兎に角、何もかにも俺の常識にはまらない人だと頭をかいた。


 彼女の言っていることもまた、全く理解の域を超えていた。


 彼女は俺のことを「カラス使い」と呼び、そのことをえらく喜んで興奮していた。

 でも俺は「カラス使い」なんて聞いたこともないし、名前から想像し、それがカラスを操る人みたいな人だとしたら、それは出会って嬉しい人と言うより、気持ち悪いだろそれ!と突っ込みたくなる。

 ただうちのカラスを目前にし、更に「カラス」を躊躇なく連呼する彼女の姿からは、少なくともこの真黒な鳥に対する一方的な悪意というのには、縁のなさそうな人だということはよく分かった。

 そう、俺が一番、秘密にしておきたかったことは、彼女に対してだけは、そうする必要はない。そうなると、聞きたいことは山とある。


 「あ、あのさ、『ホウキさん』って何です?」

「え? あ、それは、貴方のことなんです。あ、そうですね、済みません」


 彼女は心底驚いた顔をして目を瞬かせた。あからさまにしまった!!という顔をした。俺は、やられっぱなしのところを一矢報いることができたような爽快感に、ニンマリとする。

 彼女は遅くなりましたがといって、姿勢を正した。その佇まいはある意味芸術的に美しかった。こういうところでバシッと決められるのは、流石である。

 「わたくし、聖ミリアム学園2年 新山にいやま 雪菜ゆきな と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」 

 そういうと、キャビン・アテンダントや有名デパートの受付の人みたいな、見事な最敬礼をした。

 俺は自分がそんな礼を受ける資格なんかあるように思えず、思いっきり居心地が悪かった。今度はやられた!!て気分。

 でも、気を取り直し、そっか、新山さんね……と、フンフンと納得していたら、ジッとこっちに向けられたまなざしに気づき、ギクッとなる。一瞬、何かと思ったが、そうだそうだと、今度は俺が自己紹介した。

 

「あ、俺、御深山 宗太郎……です。学校は……」

「まあ、『御深山』とおっしゃるんですね!」


 ぶっきら棒に新山さんが突っ込んできた。さっきの上品さからして考えられない不躾さだった。

 どうも彼女は俺の名字が「御深山」という苗字であることを聞いて、えらくビックリしたらしい。なぜそういう反応になるか、当然俺には分からない。

 でもちょっと考えた顔をしていた彼女は、直ぐなるほどと手を打った。


「やっぱりそうです。凄いわ。」


そう言うと、いかにも嬉しそうな笑顔をすると肩をすぼめた。俺は、訳分かんないと肩をすぼめる。



 

 予想通りだったが、「ホウキさん」と言うのは、毎朝、長い柄の箒を持ってずっと掃いている姿を見て、彼女が勝手につけた二つ名だった。


 「で、『カラス使い』って?」

「はい、古来から伝わる術を体得した人で、カラスを自由に操ることのできる、動物使いの『匠の中の匠』です!」

「……はぁ?」


 俺は思わず苦笑した。カラスを操るのが、「カラス使い」と言うのは、思いっきりまんまだなと思った。でもそれが匠の中の匠だなんて、ちょっと違うんじゃないかと思う。

 家畜を操る人なんか、ちょっと前までは普通にいたわけだし、あの猛禽、鷹を操る鷹匠や、鳥だけじゃなくって外国には象みたいな、デカい動物をあやるつ人だっている。


 いやその前に、この人は、根本的なところで勘違いをしている。


「あのさ、カラスとは仲良いかもしれないけど、カラスを操るみたいな、妙な力は無いよ、俺」

「無いんですか? カラス操れるてるじゃないですか」


そして目を向けるのは、足元にうろうろしているうちのカラス。


「ああ、無い無い!」

「そんなはずはありません!」


 折れない俺に負けじと、彼女の声はだんだん声が大きくなる。そして気持ちが高ぶったからだろう、増々硬さが取れ、勢い不躾になってくる彼女。

 彼女は俺の説明では、全然、納得できていないようだった。困ってしまって、俺は冗談半分、足元のカラスに声をかけた。


 「な、俺、お前を操るみたいな妙なこと、出来ないよな」

 カー!


 いかにもそうだと、カラスは鳴き声を返した。


「ほら、出来ないって言ってる」

「な、何をおっしゃってるんですか、しっかり意志疎通、してられるじゃないですか!」

「バカな」


 いや、これは偶々だと、俺は彼女の言い分を突っぱねる。


 俺はこれでも科学部の部員だ。理系でリアリストのつもりでいる。生き物は何でも好きだが、動物とどうのこうのという、ファンタジーの話とか童話の中の世界みたいなのを、本気にすることなどできない。 


 彼女は自分の確信してやまないことを、歯牙にもかけない俺の様子に少し膨れた。今度はじっと俺のことを睨んでいる。


 「分かりました」

「おお、そっか、それは良かった」

「では、是が非でも、御深山さんが動物使いの中でも最も稀な『カラス使い』でおありだということを、わたくしがはっきりと御証明いたします」

「なんでそうなる?」


 そこでハッとした彼女は、急いで腕時計を見た。その仕草もまた、あまりに優雅で美しく、俺が今やりあっていた相手が、かの「自転車姫」であることに思い至って、心臓がバクンと跳ねた。 

 

 「あら、もうこんな時間に……」


そういうと、きちっと姿勢を正してこっちを見た。


「済みません、もう行かないと学校に遅れますので、これで御暇します」

「あ、そうですか」


 そういうと、彼女はまた深々とお辞儀した。そして、一歩二歩、自転車に向かって歩み始めたところではたと止まり、もう一度こちらに向き直ると今度はさっきとは打って変わって、ちょっと目を泳がせながら小さな声で言った。


「あのう、また、お声をお掛けして宜しいでしょうか?」

「え?」


 別に何でいちいち、と言いかけたところで、さっき、彼女が勝手に謝っていた一連のことが、脳裏に浮かんだ。そう、自分が俺の掃除の邪魔をしてしまったということについて詫びたことだ。


 そっか、この人、本当に自分が邪魔したと思ってたのか……


 嫌味かからかいみたいに思いかけていた自分の心のねじれ具合が、ちょっと恥ずかしくなった。やっぱり、心根は悪い人ではないようだ。


 「あ、そんな、全然、遠慮、要らないです。どうぞ、いつでも、どこででも」

「そ、そうですか?!」


 なんかぴょんと飛び上がり、やたらに喜んぶ彼女。

 そんな大それた約束をした覚えがなかったので、逆に俺は、一瞬、自分が何言ったのか思い返してしまった。 

 

 彼女はちょっとゆらっと揺れながら、自転車にのって駅の方に向かって走り出した。その背中は確かに俺がこれまで、ずっと見送ってきた背中。

 まさか、そんな風に見送る毎日が、こんな終わりを迎えるなんて誰が思っただろう。


 何、考えてんだか……


 どう考えても、今日の出会い、会話の中身、普通じゃない。いったい彼女と言う人は、どんな人なんだ。ため息をつく俺だった。


 「新山、さん……か……」


 彼女の後姿が曲がり角の向こうに消えても、俺はその消えた先を、しばらくぼーっと眺めていた。


 今あったことが現実だったのか、それとも夢だったのか。ふと気づくと、本気でそんなことを考えている自分がいた。

 

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