表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/24

第一章 第三話

 「おい、宗太郎、どうしちゃったんだよ」


学校につくなり、机に突っ伏して身動き一つしない俺に、前の席の一樹が話しかけてきた。


「……ん、なんか、もうダメかもしれない」

「はぁ、おまえ、何、朝っぱらから湿気たこと言ってんだ、アホ!」


などと言って、パコンと頭を叩きやがった。

 リア充のくせに、何が分かる!と、いつもなら突っ込むところなのだが、今日はその力が出ない。しばらく反撃を身構えて待っていた一樹だったが、また突っ伏して動かなくなった俺を見て、妙に神妙な声で言った。


「…… おい、マジ、大丈夫か?」


なんか、さっきよりずっと心配そうな声。


「ま、まあな、…… ありがと」


 頭も上げずにそう言うと、俺はぐったりとしたまま、適当に答えた。しばらくすると、ポンと肩たたいて、しんどかったら保健室行けよと言い残し、次の授業の教室に行ってしまった。


 俺のうな垂れ様は先生の目にもとまり、大丈夫だと言い張ったのだが、結局、昼飯食うとすぐ保健室行きを命じられ、最後は早退させられてしまった。



 ********



 こんな時間にこんなところ歩くの久しぶりだ……


 最寄駅に着くと、俺はトボトボと家に向かって歩き始めた。

 いつも夕方に通る場所を、まだ日が高い時間帯に歩いている。勝手知った町のはずなのに、微妙に雰囲気が違って落ち着かない。同じはずなのに違う、知っているはずなのに知らないというのは、全く知らないというのより、ずっと微妙で気持ち悪い。

 何が違うかというと、まず、歩いている人間が違う。

 リーマンもいなければ学生もいない。いるのは子連れの若いお母さんや、おじいちゃんおばあちゃん、それとまだ小学校入学したばかりであろう小さな小学生。背中の黄色のカバーがついているランドセルっていうのは、ほんと久しぶりだった。 

 

 ん?


 ……空耳?


 俺はふと立ち止まって、耳を澄ませた。何か妙な「音」が聞こえたと思ったんだが。

 見ると小学生の子供たちが、ワイワイ言いながら歩いていた。次の瞬間、今度は俺の体はピクンと反応した。


 やっぱなんか聞こえた。 


 な、なんだ? …… 悲鳴?!


 その切迫感に俺は震えた。けれども俺の心に今誰かが、大変な目に合っていることが、疑う余地もないほどにはっきりと分かった。


 誰だ? どこで??


 俺は辺りをきょろきょろと見回す。一刻も猶予がならない状況であることがはっきりと分かった。するとちょっと向こうに、子どもたちが何人も集まって歓声を上げていた。


 あっ、あそこからだ!


 その「声」は子供たちが何人も集まって、歓声を上げているそこから発信されていた。急いで子どもたちがたむろっているところに近づいていくと、人垣の間から見えたものは血だった。ぎょっとして、声をかけた。

 

「おい、何してんだ!」


思わず声をかけると、のぼせ上った子どもが一斉にこっちに向いた。


「やっつけてんだ!」

「何を?」


 どういうことか分からなくって、ちょっと見せろとのぞいてみると、そこには血を流したカラスがいた。


「こいつ、ゴミ漁ってたんだ。ママがカラスは悪い奴だって言ってた。石投げたら当たったから、みんなでやっつけてる」


悪気など微塵もない、自分は英雄だみたいなドヤ顔で俺に言った。


「だからって、こんなことして良いのか?」

「悪い奴だから、やっつけないといけないに決まってる!」


 その子がそういうと、周りの子供たちも口々に、そうだそうだと歓声を上げる。そんな騒ぎに、今度は子どもたちだけではなく、周りの大人たちもちらちらとこっちの様子をうかがい始めた。これはまずい、早いところ話を終わらせなければ、相当面倒なことになりそうだ。 

 

 このままでいいとは思えない俺。どうにかして、このカラス助け出せないだろうか? 


「じゃ、じゃあ、子のカラス、売ってくれねーか?」

「はあ?」

「なんで?」

「えっとな、……」


なんか、この時だけは頭が回った。


「こいつ吊るして、カラス除けにする」


 時折、畑に捕まえたカラス吊るして、カラス除けにしているのを見たことがある。俺はあれが大っ嫌いだが、子どもたちはそう言うと、なんだか分かったような顔した。


「じゃあこれ」


 俺はもらったばかりの小遣いの千円札をはたいて、死にかけているカラスを買い取った。



***********


 しかし、これでやれやれとは終わらなかった。

 

『カラス? うちはだめだよ、拾って来たカラスなんて』

「そ、……そうすか」


 そいつを家に連れて帰って怪我の様子を確認すると、やはり素人じゃ手におえない感じだった。とりあえず動物病院に電話かけて聞いてみる。だが相手がゴミを荒らしていたカラスだと分かると、鼻で笑われるばかりで、全く聞く耳を持ってもらえない。


「くそ、病院じゃ見てくれねーのか」


 なんか、こいつだけではなく、カラスを助けた俺も苦笑され、気分は最悪だった。

 ここまできて見殺す訳にはいかない。それじゃあと俺は必死でネットで情報を漁る。




 いつもボーっとしている俺である。が、今日は次々と電話をかけ、電話口で口論してたり、必死な顔でドタドタと駆けまわっては、あれこれかき集めて夢中になっている。家の連中は一体何事かと、心配そうな顔で見守っていた。


 「ちょっと、待ってろよ」


 羽根を静かに動かしてみるも、変な感じはしない。どうも、骨は折れていないような感じだった。石を投げつけられたんだろう、あちこちある裂傷から血が出て、羽が固まっていた。

 ただ不思議な事に、痛くて怖いだろうに、カラスのやつは至って静かだった。カラスの性質や生態など何も知らない俺のする、ただ思いつきでやっている看病を、拒否らず素直に受けてくれる。

 そんなカラスを見ていると、いつもしらけている俺も、なんか胸にジーンと来るものがあった。自然、看病に熱が入っていく。

 結局その夜、体調悪くて早退したはずの俺は、このカラスを寝ずの看病をしたのだった。



 そして翌日、俺は初めて、高校入学以来、一度も休んだことのなかった朝の掃除を休んだ。



  ***

 


 「おい、カラス」

 クワァー


 

 カラスはみるみる元気を取り戻していった。数日すると普通に体を起こして座り、餌を取るようになった。

 元気になっていっても、カラスのやつは、やっぱり俺を警戒したりしようとはしなかった。餌を差し出せば、俺の手から直接それを啄む。

 正直、こんなに信用して頼りにしてくれる存在なんて、今までなかったものだから、俺はすっかりこのカラスが気に入ってしまっていた。

 と同時に、朝の掃除のことも、そして「自転車姫」のことも後回しになって、それほど考えなくなっていた。

 そう、こいつのこと世話焼いている方が、夢や妄想という形のないもので自分を支えているより、ずっと実感があってやりがいがあった。


 「もう、大丈夫か」

 クゥクゥー

 

 カラスはくぐもった声で、俺の問いに答える。さらに数日して狭い部屋の中を時々を動くようになると、もう、部屋の中では収まらない。小鳥とは全然サイズの違う大型のカラスなのだ。ちょっと羽を広げると、あちこちのものにぶつかってひっくり返す。こりゃもう部屋におらせるのは限界だと、俺は家の外に連れ出すことにした。


 翌朝早く、俺は久しぶりに朝の町に出て行った。

 早朝に連れ出そうと思ったのは、あまり人が頻繁に通る時間だと、人目に付いては色々と不味いと思ったからだ。

 あの子どもたちや、動物病院の対応から考えると、こいつがどんなことされるか、心配だったし、俺自身もカラスつれてると、変な目で見られるかもしれない。

 

 自分の部屋を出て、玄関に向かう。その俺の後を、カラスのやつがついてくる。

 瀕死のところを助け出し、ここまで元気になったカラスを見ていると、無性に嬉しくなった。一つことをやり遂げた感がして、地味に誇らしかった。

 

 「あー、久しぶりだ」


 玄関から出ると、気持ちいい朝の空気を、思いっきり吸い込んだ。続いて出てきたカラスのやつも、そこら辺りをうろついていた。

 

  バサバサバサ


 え?!


 いきなり羽音がして、振り返るとカラスのやつの姿はもうなかった。ちょとあたりを見ても、影も形もない。


「おい、…… なんだよ」


 急に姿を消したカラスに、思わず悪態をついた。まあ、野生動物なんだ。外の空気をすって、元の自分を思い出したんだろう。そんなことを思ったが、俺にとっちゃあまりにも不意で、正直ショックだった。

 気が付くと、俺はカラスと出会う前の自分がしていたように、ただボーっと立ち尽くしていた。


「おはようございます」


 高いソプラノの声がした。

全くの不意打ちに、ビクンとしたまま、立ち尽くしてしまった。通り過ぎる人はそれなりにいても、二年、ここを掃除して、挨拶を交わす風景には、あまり出くわしたことなどなかったのである。


 「おはようございます」


 そんな俺に、再び挨拶の声が聞こえてきた。

単なる通りすがりに挨拶したのではないみたいだった。俺は恐る恐る振り替えると、そこに真っ黒な腰までのストレートヘアをした、雪のように白い肌の女の子が、睫毛の長い大きな目でこっちをじっと見ながら立っていた。


 「……おはよう、……ございます」


 白のブラウス、胸にはブラウン系チェック柄の大きなリボン、それは「合い」の制服を着た「自転車姫」その人だった。

    

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ