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第一章 第一話

 俺の名前は御深山おみやま宗太郎そうたろう、県立高校の三年になったところだ。

朝の道路掃除が終わると、もうゆっくりはしていられない。直に学校に行く時間になってしまう。


「宗太郎、急ぎなさい。もう時間だよ」

「ああ、分かってる」


母親の言葉に適当に応え玄関に向かうと、小学生の弟の雄太と妹の翔子が学校に行くところだった。

「「行ってきまーす!」」

一応、出かける兄弟たちに「行ってらっしゃい」とボソッと言っておく。聴こえたのか聴こえないのか、二人は俺の挨拶に返すでもなく、外に駆けて行った。

 「あんた、弁当ちゃんと入れた?」

台所から母親の声。

「ん? ああ。じゃあ行って来る」

 あちこち駆けまわる母親。俺の返事が聞こえたかどうか知らないが別に良い。母親の返事を待つことなく、俺も家を出た。


 家を出ると、広々とした青空が広がっていた。微妙な気分もなんかすっかりと晴れて元気になってくる。

俺は結構、この街が好きだ。一つ深呼吸をして、じゃあと駅に向けて歩き始めた。


 中核都市と言われる街から、電車に乗ること一時間。そんなロケーションにうちの町はある。

俺の家はその町にただ一つある駅から歩いて少し行ったところ。家の前の道はその小さな駅に通じる道であり、特に朝夕、そこそこの通行量がある。

 そしてその道端を、俺は丸二年間、高校に入学したその朝から、小一時間かけて箒で掃いている。

 

 まず誰もが疑問に思うのは、なんでこんな地味で骨が折れることを、俺みたいな、何もかにもメンドクサイでかたずけそうな男子高校生が、まめに続けているかということだろう。

 実際、ここを通る街の人たちにも、俺は何度も褒められたり、逆に日頃とのギャップに驚かれたりしているが、俺自身もそんな反応にさもありなんと、思いっきり納得している。

 だからこの話をつづけるに当たり、とにかく一度はそのことについて話しておかなければ、誰もがすっきりしないだろう。


 しかし、話をしてもどこまですっきりしてもらえるかは保証できない。と言うのは、今はもう考えないようになったが、これを始めた当初、俺自身、かなりもやもやした気持ちに悩まされたのだから。


 俺の家、御深山家は、この地域では特に古い家であり、それなりの格式を備えているらしい。婆ちゃんによると、その先祖をゆうに中世まで遡ることがで、大昔は京の都で、はぶりをきかせていた結構な貴族だったそうである。

 そんな我が家だが、今は言うまでもなく全く普通の一般人であり、それが気に食わない、昔のことをいつまでも言っているある人たちが、その格式とか古さとかひたすらにこだわり、家に伝わる古くからのことを無駄に大事にしようとするのだ。

 俺の家はそれでも分家で、本家ほどはその縛りはきつくはないが、だからと言って、完全に自由であるわけでもない。

 そのひどい例の一つが「元服」 …… すなわち、昔の成人式をする習わしなのだ。


 元服を迎えたものはすなわち我が家的には完全に一人前であり、言い換えるなら家に単に厄介になるだけでは許されない。かつては自分でなにがしか稼いで家に入れることも求められたようだ。

 だが、さすがにそれは現代にはそぐわないと、何か必ず家族のため、ひいては地域のため、世の中のため、何か役に立つことを必ずするということになっている。


 で、近代に入って15歳の春、すなわち高校入学と同時に元服することになり、高校入学直前に俺もまた元服の儀式を終え、家の中では一人前というステータスを獲得した。と同時に、そのステータスを認めらるため、義務と責任とが科せられることになったわけだ。

 もちろん、そんなこと全てスルーするという手もある。しかし、そうなると、全てが半人前扱い、例えば小遣いも小学生並み、門限も6時には帰らねば酷いことになり、完全な箱入り息子に甘んじることを強いられるのだ。

 そんなこと飲めるはずもなく、我が家の人間は皆、元服し、それぞれに家庭・社会奉仕に身を投じてきた。


 身近なところで何をしたかを挙げてみると、例えば従妹の姉さんは高校時代から炊事全般をしてたし、叔父さんは足腰弱った曾婆ちゃんの介護を手伝っていた。うちの親父は独身時代から、ずっと消防団で頑張っている。

 このおかげでか、御深山の家は、最近では珍しいほど町のために積極的な一家と認められ、それなりの存在感があり、一目置かれている。


 

 と言う訳で、俺はそんな親族の人たちと比べたら、ぐっとレベルは落ちるが、自分の体力とかを考えて、道路清掃をもって元服したものの責として、することにしたのだ。

 そのことを申し出た時、家族はこぞって、毎日朝早く起きてしなければならない、この地味で根気のいるこの作業を、短期で飽きっぽい俺は、すぐに投げ出すだろうと思っていたらしい。実際、俺自身そう思っていた。

でも、この二年間、自慢ではないが毎日休むことなく続けてきた。


 もちろん、自分の根気だけでここまで来たとは思っていない。それを続けさせてくれる、癒しとパワーの源が、この静かな朝の町にあったからである。


 すなわち、小さな友達たちと、近くで遠い「自転車の姫」である。



 ****


「よ、宗太郎、おはよ」

「おお、リュウ」


 電車に乗ったらすぐ、二つ前の駅から乗ってくる、小宮山隆二が声をかけていきた。こいつとは、高校に入って直ぐから、ずっとつるんでいて、いわゆる親友である。

 

「おまえ……」

そう言って、なんか白い目でこっちを見ている。

「なんだよ」

「お前ほんと、聖ミリの制服好きだな」

「な、なに?!」

 リュウに突っつかれて、はっとすると、確かに俺の視線の向こうには聖ミリの女子高生が立っていた。

 聖ミリ……それは、「聖ミリアム学園」のここらでの略で、エンジ系の色のチェックのブレザーと御揃いのミニスカート、それに純白のブラウスと胸の大きなリボンは、どこかの有名どころのデザイナーのデザインで、この地域の女の子たちのあこがれの的となっていた。

 それだけではなく、聖ミリに入ることができるのは、超ハイソの人たちの子女で、制服だけではなく、この田舎の町で、孤高の評価を受ける、超存在感のある学校なのだ。

 そして、その聖ミリの制服は、俺にはとてもなじみがある。というのは、あの「自転車姫」もこの制服を着ているのだから。


 「おい、そんなにジロジロ見てると、通報されるぞ!」

ハッとすると、その聖ミリの女の子も気づいたようで、微妙に視線を泳がせていた。

 こ、これはまずい。

俺みたいな、イケメンでもない背も高くない、全くモテ要素のない俺なんかにガン見されたと思ったら、気持ち悪がって、マジ、通報するかもしれない。そう相手は聖ミリのご令嬢なのだから。俺はあわてて目を窓の外に向けた。

 

 …… あ、空、綺麗だ 


そこには、朝、無絵をすくような蒼で迎えてくれた綺麗な空があった。しかし、その青の美しさも、なぜか今はすっかり色が薄く見える。 


 だよな、普通そうだよ


 毎朝、挨拶しようと思ったら、いつでもできる距離を、あの制服を着て通り過ぎている女の子。


 夏休みも冬休みにもなく、あの道を掃く俺の前を、彼女は通り過ぎていった。今ではすっかり、彼女の後姿を見送ることは、俺の日常である。


 それほど近くても、やっぱりとてつもなく遠いのだ……。

 

 俺は自分が行きついた結論に、胸がきゅーっと締め付けられる思いがする。

彼女と言う白昼夢、まぎれもなくリアルであるはずのに、寝ながら見る夢よりもさらに「夢」なこと。

そういうことがあるんだと思い知る、春の日の一コマだった。

   

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