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第一章 第十八話

 俺はベッドに寝っころがり、ぼーっと天井を見つめていた。

 この季節になるとこんな時間でもまだ外に光がある。薄暗い部屋の灰色の天井を見ていても、脳裏に映っているのは昨日あったこと。何度も何度もエンドレスに、映っては消え消えては映りと繰り返されていた。


 「では、ぜひ、『一生』お願いします」


 俺はあの時、彼女のその言葉に、半ば訳も分からず、促されるままにOKと応えた。


…… やっぱり、そういう意味だよな。やっぱり俺、婚約……したのか。


 まさかとは思った。でも、自分の目で全部見てきたようなことを言う、自分はクロウだと名乗る女に、間違いなく彼女はその気でいる!とダメ押しされたのは、昨日の夜のことだった。



  ずっと憧れていた人。本当はちょっと親しく話したりできることだけで、俺の心臓は高鳴りっ放しになっているのだ。

 それなのに、一緒に掃除し、一緒に学校に行き、毎日のようにうちに通ってくる、それは既に、全く有り得ないはずのことである。


 で、今度はそんな人と婚約したって?


 クロウの辻褄の見事にあった話からしたら、決して嘘だとは思えない。だが、本気に出来ていない自分もいる。どんなにそれらしいことを言われても、決定的に有り得ないと思う事実が、俺の心を離さないのだ。


 そう、なんでその相手が俺なのかということ。


 色々思いめぐらして行きついたのは、彼女がカラス遣いに夢中になっていることだ。彼女曰く、カラス遣いというのは、動物使いの中の最高峰だそうだが、彼女が俺のことをカラス使いと信じ込んでいるという事が、この有り得ない決意を後押ししているに違いない。


 俺は彼女の熱意に押されて、これまで彼女の「カラス使い」を巡る、色々な彼女の願いに応じてきた。俺は彼女がそれに熱中することを、否定はしない。いや、そういう打ち込むことが有ることは、素晴らしいことだと思っている。しかしそんな趣味みたいなことに夢中になって、それで退学になるとかなんてなると、少しは話は違う。


 無茶過ぎだろう、それ  


 きっと、この話を知って、彼女の親たちも激怒したに違いない。それは、全くもっともなことだと俺は思う。

 

 俺はあの娘に今でも憧れている。いや、親しくなればなるほど、もっともっとたくさんの魅力を知った。そう、今ではすっかり惚れ込んでいる。

 でもだ、彼女の一時の気の迷いを利用して、彼女を自分のものとすることは出来ない。

 彼女の夢が覚めた時、俺の真相に気づいて幻滅するだろう。そして暗い顔をして、毎日を暮すことになるのだ。そんなことは絶対に我慢できない。

 彼女は俺とどうこうなるより、凄い幸せを獲得することができる人だ。

 そう、あんなに綺麗で性格もピュアで優しい彼女、それこそ何でもより取り見取りに違いないのだ。

 聖ミリの伝統に乗っかって、どこかのすげーイケメンのセレブと結婚するほうが、絶対に良いに決まっているのだ。


 ……そこまで考えて、なんか瞼が熱くなってきた。


 きっと彼女とのことは、ここまでなんだ。もう、これまでみたいな付き合い方はこれで終わり。そのうちあっちの親は、俺に二度と彼女と会うなと言ってくるだろう。それで退学の件は無しにしろとあっちの学校に言って……。

 俺はどうしても直視したくなかった現実を、敢えてじっと見つめた。

彼女のいない朝の掃除、彼女と一緒ではない通学、もうこの家に彼女の明るい笑い声は響かないのだ。

 

 それって、俺の幸せの全部じゃないか……


 これから俺は、何のために、何を張り合いに生きていったらいいのか。本気でそれが分からなくなりそうだった。

 

 それにしても彼女を退学にするといった学校って何なんだ。その時代錯誤的な校則も全く有り得ない、しかもあんな良い娘を退学にするなんて、やっぱどっかおかしいだろう。

 まあでも、俺はそれを言う事は出来ない。そもそも、俺みたいなやつとかかわらなければ、そんな面倒くさいことに巻き込まれずに済んだのだ。

 ……そうなると、一番、ウザいのは俺ということになる。


 まあ俺がウザいかどうかは別として、はっきり言えることは、俺は昨日、クロウに話を聞くまでは、あの娘の立たされた立場についてなんか全く何も考えず、自分のことだけだった。これだけでも十分に「最低」である。


 「くそ!」 


 俺は自分があまりに情けなく、思わず自分の太腿を一発叩いた。


 

 *****



 「宗太郎」

「ん?」

「宗太郎!」


 あ、寝てたな……。


 気が付くと、ドアの向こうから、母親の声が俺を呼んでいた。ちょっと慌てた雰囲気に、俺は急いでベッドから起き上がると、ドアに急ぐ。ドアを開けると、そこに戸惑った顔をして突っ立ってる母親がいた。

 

 「なに」

「ちょっと、あんた、お客さんだよ」


母親の目に困惑の色が滲んでいる。俺は一体どうしたのかと、胸騒ぎがした。


「誰? こんな時間に」


時計を見ると8時をとうに回っている。いきなりの来訪としては、ちょっと遅すぎだろう。


「新山さん、……雪菜さんのお父さん」

「は、はぁ?!」


 き、来たか?! 


 俺は自分の描いたシナリオがこうも早く実現し、身震いする。


 新山雄一、彼はこの町の名士中の名士である。駅前の一等地にドンとある、新山アニマル・クリニックは、動物病院としては最大級で、ここらあたりの基幹病院らしい。

 もともと新山家は学者の家系で、国の内外問わず、一流大学で大学の先生をしている人が何人もいるのだ。

 その人脈を駆使して、最近では色々な方面に影響力を発揮しているらしい。噂では新山院長は、次期市長の最有力候補と言われており、いつかは国政へとの話しも有るとか無いとか。単に古いだけの御深山家とは全く違い、新山家は正真正銘のエリート・ファミリーなのである。

 新山さんと知り合いになり、俺なりに調べた結果がこれであった。

 そしてそんな新山氏が、今うちの応接間にいる。 


 聖ミリに娘をやるような家というのは、当然、世間体についてはどこも超厳しいのだ。それが大切な一人娘が、俺みたいな凡人と親しくなるなんて、ただて済ますはずはないのだ。

 しかも、それで娘が退学処分とかと言う話になってるというのなら、そいつの面を一発ぐらい殴りたいとも思うだろう。だからきっとこの来訪は、今回のゴタゴタの責任を俺に取らせるために、新山氏自らが談判しに来たのだ。

 しかし、ここにきて、こんなにスピーディーに動く新山氏に、改めて恐れを感じる俺である。きっと、それほど起こっているのだ。これは、ただ「会うな」では済まないかもしれない。……余りに相手が悪すぎる。


 「宗太郎、ちょっと急いで」

「あ、……ああ」


 母親の声が上ずっている。もう、考える暇もないようだ。俺はもう作戦を練るのをやめてしまった。ここは腹をくくって、せめて潔くはあろうと心に決めた。


 

 ******


「失礼します」

「宗太郎、やっと来たか」


 そういう父親の目は、どこか俺を憐れむような目だった。そんな父親の目を振り払って、客の方に向き直る。

 そこには見慣れた美女と、それをイケメンに焼き直したような、いかにも出来そうな顔をした中年の紳士がいた。


「はじめまして、御深山宗太郎です」


俺は立ったまま頭を下げた。


「そうか、君か……」


 新山雄一は俺を頭から一通り眺めた。そして、口を一文字に引き結んで、俺をジッと睨みつけた。

  

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