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第一章 第十七話

「はぁ~」


 風呂から上がり、俺は机の椅子を引っ張りだして、ドカッとそれに座った。こうしてリラックスしていると、疲れがドッと出てくる。

 もう何度目だろう、俺は頭の中で今日のことをまたリプレイしてながら、背もたれによっかっかり、頭をゴシゴシとタオルで拭く。


 それにしても、本当に滅茶苦茶な一日だった。

 何もかもが非現実的で、俺を混乱させる。必死で理解しようしてみるが、やればやるほど混乱してきて、疲れるばかり。俺は嫌になって、ベッドに身を投げだした。

 





 「では、ぜひ、『一生』お願いします」



 そう言った時の彼女の顔が、脳裏にリアルによみがえってくる。それに俺はOKと答えた。

 将来を誓い合うカップルの言葉としても、全くおかしくない言葉だ。でも、今までそんな話は全くなかった。

 そうだとするなら、いわゆる「師弟」の関係のことを言っているのかもしれない。それだったら分かる……。

 でも、そんなことで、あんなに思いつめたり、頬を赤らめたり、果ては涙を流したりするだろうか……。


 やっぱり、分からない。


 あの後、俺達はお互い、妙に意識してしまい、挨拶だけで、ほとんど口をきかずに別れてしまった。彼女はあの言葉が何を意味するのか、結局は何も言わなかった。

 校内を一緒に回っている間は凄くいい雰囲気だった。まるでカップルみたいだった。

 身の程知らずとは思いながら、正直、期待が膨らまなかったと言ったら嘘になる。

 だとしてもだ、あの礼拝堂での出来ごとは、あまりにも脈絡がなさすぎる。

 「付き合って下さい」とか、「好きです」とかいうんだったら、限りなくゼロに近いとは言っても、全くゼロではないかもしれない。しかし、何の前触れもなく、こんな結婚を連想させる告白はないだろう。

 俺達はまだ高校生だ。しかも俺みたいな男に、彼女がそんな気持ちを抱くなんて、やっぱり、はいそうですかと、まじめに受け止める気にはなれない。


 疲れているが目がさえて眠れない。俺はベッドから起き上がって、窓から外を眺めた。数件先には、ずっと田んぼが広がっていて、カエルの声が聞こえている。


 そうしているうちに、もう一つの疑問が、頭をもたげてきた。言うまでもなく、あの不思議な声のこと。

 幻聴というには、余りにもはっきりしていたし、話の筋も通っているような気がする。単なる空耳なら、ああはならないのではないかと思うのだ。

 じゃあ……

 家に帰ったら、クロウは既に家にいた。あの礼拝堂で出会ったカラスは、クロウに違いないと思ったが、実際はどうだったのか。

 これもまた、よく分からない。


 外を眺めながら、また同じようなことをぐるぐると頭を巡らすうちに、流石に眠くなってきたので、俺はベッドにゴロっと寝ころんだ。




 

「まあ、これで、ひと安心」


 間近で女の人の声がして、ビックリして頭を上げると、薄暗い中、妙齢の美女が立っていた。真っ黒な髪、黒のシンプルなワンピースを着ていた。

 透けるような真っ白の肌に、黒目がちな大きな目。それと起伏が見事なそのスタイル。

 

「あ、あんた……」

「宗太郎、あんた、しっかりしなきゃダメだよ」


いきなり叱られた。


「雪ちゃん、大変だったんだからね」

「雪ちゃん?」

「バカか、あんたは。全然ダメ!」


 今度はダメ出しだった。

 その女の人は口を尖らし、全く困ったものだとあきれ顔のまま、雪ちゃんという人の最近のことについて話し始めた。


「雪ちゃん、退学寸前だったんだよ。職員室に何度も呼ばれて、それでもあんたのところに行くって。でもそんなことになってるなんて、ここじゃおくびにも出さないし。あたし、あの娘のこと好きじゃないけど、今度のことは凄いと思った」 


 どうも聞いていると「雪ちゃん」というのは、新山さんのことらしかった。じゃあ、この人は?


「なんで、退学に?」

「はぁ~」


 やけに怖い目。


「これだからねえ。聖ミリって男女交際禁止で、見つかったら即退学って知らないの? 彼女、男女交際じゃなく師弟関係だって一生懸命説明したけど、そんなの先生たち信じるわけないでしょ。だからあの娘、切り札切ったのよ」

「切り札?」

「『婚約者』扱いにしてもらうの。って、あんた、知らないよね。まあ、あの娘が言わないことにしたんだけど」

「婚約者……」


 その不思議な女の人は、最近、新山さんの周囲で何があったかを、まるで見てきたように話す。

 それにしても、人の家に居座って、こんなに平気でいるなんて、絶対おかしいと思ったけれど、なぜか全然遠慮しない。

 そんな様子を見ていると、逆にこれが当然な気がしてくる。

 

「だから、あの学校、古いから、結構いたのよ何十年も前には。学校いる間にお嫁に行く人」

「へえ」

「そんな人、最近いるわけないんだけどさ、あの娘、それ持ち出して、『あの人はうちの家の本家の人で、家族の意向で結婚することになっています』って、言っちゃったの」 

「それって、政略結婚?」

「ま、そうかも、何のメリットもないけど」

「メリット?」

「そうでしょ、あんた財産もないし、見た目もこれだし、その上こんなグズで鈍感な奴、一緒になって何が良いことあるのよ?」

「そ、そうですか、って、おい」

 

 その人は、大きくため息をついて、ちょっと遠くを見る目をした。今までのイライラした感じはなりを潜め、諭すように言った。


「あの娘のこと、悪く思っちゃいけないよ。」


 俺のことをじっと見ると、静かに言って聞かせるように話を続けた。


「自分が退学になるから婚約してくれなんて、あの娘、言えなかったんだよ。そんなことであんた縛りたくないと思ってたから。でも、婚約みたいに大切なことで嘘ついて、先生を騙すわけにはいかないってさ」


 薄らと目に涙をためて話すその人の言葉に、一人、苦しむ新山さんの姿が脳裏に浮かび、俺は堪らない気持ちになった。


「だから、今日のことに賭けてたの。あんたが自分とのことを、どんな風に思っているかってことに。でも、そんな裏話、あんたに一言も言わなかったでしょ。なぜか分かる? あんたに自由な気持ちで決めてほしかったからだよ」


 聖姉妹祭前後、いつもオープンで爽やかな彼女が、いつもと違う雰囲気を漂わせていたのを思い出した。その理由が、やっと分かった。

 

 『ぜひ、「一生」、お願いします』……


 彼女が言った言葉が、また鮮やかに脳裏によみがえってきた。


「ってことは、俺、あの時、新山さんと婚約したことになってるんだな」

「あったりまえでしょ、え?! そうじゃないの?」


 しんみりしていたその人は、なんかまた目を吊り上げている。


「い、いや……、ちょっと待ってくれ。俺だって、いきなりだから、気持ちがついて行かないんだ」

「気持ちねえ……」


 その女の人は、一つため息をつくと、仕様がないかなみたいなことを口にした。


「っていうか、あんた誰?」

「はぁ? いっつも一緒にいて、分かんないの?」

「……やっぱ、クロウ?」

「他に誰がいるのよ?」

「女の人だったんだ」

「これだからホントに……、今更、何言ってるの?」

「いや、っていうか、なんでクロウが女の人になってんだ」

「だから、ずっとそうだって」

「いや、人間の女の人に見えてるって言ってんだ」

「バカじゃないの、あたし、いつもと同じだし」


 こう真顔で何度もバカ、バカとかいわれると、微妙にへこむぞ。っていうか、本人、人間の姿なの自覚ないのか?

 そういえばと、自分たちがいる部屋をぐるっと見渡すと、なんだか自分の部屋であるようで、ちょっと違うことに気づいた。

 上下があるようで無いようで、なんかぐるぐる回っているようなないような……。


「あたしが人間に見えてるって?」


 バカバカいっていたクロウを名乗るその女の人は、ちょっと不思議そうな顔でそう聞いた。


「そうなんだよ」

「あたしには、あんたがカラスに見えてるよ」

「はぁ??」


 変なことを言うなと思ったけど、その言葉がなんだかとても親しみがこもっていて、胸にポッと温かいものをともすのを感じた。

 






 「あれ?」

 

 …… 夢?


 気が付いたら、俺は机に突っ伏して寝入っていた。そうだと思ってクロウを探すと、クロウはあいつの定位置である、ベッドのすぐそばの止まり木に止まっていた。

 

 「クロウ?」


 俺が声をかけると、ちょっとこっちを見たと思ったら、プイっとソッポを向いた。その雰囲気が、今の今まで話していたあの夢の中の女の人とぴったんこ重なって、不思議な感じ。

 

 いや、まさかな


 そう、口の中で呟くと、クロウは今度はいきなり止まり木から飛び立って、俺の机の上に乗っかった。お蔭で机のものが吹っ飛んだ。


「こら、止めろよ」

『あんたが、また変なこと言うからよ』


 ……え?


 耳で聞いたような、いや脳みそに直接飛び込んできたような「ことば」だった。

 

「わかった、悪かった」


 俺が謝ると、フンと顔をそむけ、またバタバタと止まり木に戻っていった。




 …… なんだか、カラスと話しできるようになったみたいな、俺であった。


 

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