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第一章 第十六話

 「済みませんが、こちらにお越しいただけますか?」

「…… はあ」

 

 うろうろしていた俺は、祭壇の前にたたずむ彼女に呼ばれた。今までとは全然違った、何やら改まった雰囲気に、どうしたんだろうと不安を覚える。


「あ、あのう」

「なに?」


 いつもは、そうは乱れない彼女らしくもなく、相当テンパっているのが伝わってくる。


「わたし、御深山家に通わせて頂けるようになって、本当に幸せです」

「それは、こっちの台詞。新山さん来てくれるようになって、なんか、毎日が凄く楽しい……です、って、あはは」


 照れ隠しで、変なことを言ってしまった。どう誤魔化そうかと慌てて考え始めた。


「そ、そう……ですか?」


 薄暗い中なので、良く顔色は分からないが、返ってきた彼女の声は、微妙に声が上ずっていた。

 彼女はそれで黙ってしまった。なんだか凄く次の言葉を口にするのを、躊躇しているように見えた。


 …… こ、これは不味い、本格的に不味い。


 きっとこれは、俺が地雷を踏んでしまったのだ。だから、彼女はこんなに話を続けるのを渋っているのだ。 

 誰もいない礼拝堂の祭壇の前で、二人並んだまま、そんな気まずい静寂に耐えられなくなってきた俺は、きょろきょろとしてしまう。


 色とりどりのステンドグラスからは、神秘的な光が差し込み、辺りをカラフルに色づけていた。

 祭壇を見ると、いわゆるキリストの十字架像が飾ってある。全体的には、古い西洋的な装飾が目立ち、きっとここも、聖ミリでは古い部類の建物なんだろうなと、勝手な分析をしていた。それにしても幻想的な光景だった。それを見ていると狼狽えは不思議と静まっていった。

 しかし横のお嬢様は、相も変わらずテンパっているようだ。 


「宗太郎さん、おっしゃってましたよね! 自分はクロウさんと友達だって。見てて本当にそうだなっていつも思うんです。『カラス使い』って、カラスを使う人じゃなくって、カラスの気持ちが本当に分かる人なんじゃないかなって、この頃、思うようになりました!」


 へー確かにそうかもと調子を合わせて頷いていると、俺が急に落ち着いたのが引っかかったのか、彼女はちょっとムッとした顔をし、目が悪戯っぽい色を帯びた。


「わたし、中学の頃から、お宅の前の道、通ってたんです。御存じないでしょ?」


 上気した顔は、柄にもなくちょっと上から目線な感じ。でも、そうするのに必死になっている彼女は、逆に可愛く見える。 


「知ってますよ。新山さんみたいな娘が、自転車で走っていくんだもん、気にならないはずないですよ」

「えー!?」


 彼女はビックリした顔をして固まった。俺はその反応を見てしまったと思った。こっちは彼女の突っ込みに、カウンターを当てたつもりだったが、知らんぷりして、実はしっかり女の子をチェックしていたなどという気持ち悪い話を、不用意にカミングアウトしてしまったのだ。おい、どうする、宗太郎!

 でも、「完全無菌室育ち」のお嬢様は、俺の予想の斜め上を行く純粋さだった。

 

「まあ、ずっと見守ってて下さったんですか?」


 ドン引きされるかと思ったら、そうではなかった。「上から目線」は可愛そうなぐらい粉々に砕けて、ショボンとしてしまった。


 彼女が言うには、中学生にとっては結構な距離である、自転車での家から駅までの道が、正直、嫌だったのだそうだ。でもそんな時、どんな悪天候の日にも、外で掃いたり、ゴミを拾っている俺を見て、凄く励まされたと言う。

 そのうち、俺が動物たちと遊んでいるのに気づいた。そしてその相手は動物とかだけではなく、色々な鳥、そしてついにカラスと戯れるのを目撃した。

 彼女はその情景を見た時、昔から心の奥に隠し持っていた、「カラス使い」に対する憧れや期待が一気に膨らんで、声をかけずにはいられなくなったという。

 

 「でも、伝説の『カラス使い』が、わたしと同じぐらいの歳の人だったなんて、本当に驚きました。凄いなあって。」

「へえ」

「わたし、どうしたら、あんなに小鳥たちや、動物、そしてカラスを言う事聞かせることが出来るのかなって、ずっと不思議に思ってたんです」

「いつも言うけど、あれは言う事聞かせてるとかってんじゃないよ、寄って来るから、勝手に一緒に遊んでただけだから」

「……そうなんですよね。」


 彼女は一つため息をついて、寂しそうな顔をした。


「わたし、本当にそういうの感じ取るの疎いんです。……今まで、全然、違うこと考えてました」

「そっか」


 クロウとのことでも、なかなか思い通りにならないことは、良く知っている。

 何でも見事に出来る彼女なんだけど、彼女が一番、熱心に取り組んでいる、「動物使い」のスキルアップに関しては、かなり苦労しそうだということを、認めざるを得なかった。 


「『優しさ』」

 

 彼女はそう一言いうと、自分の胸に両手を押し当てた。


「そう、『優しさ』だなって」


 彼女は確信のこもった声で続けた。 


「分かったんです。宗太郎さんは『優しい』から、あんなに動物たちとお友達になれるって」


 俺はそんなこと、生まれてから一度も言われたことがなかった。身勝手で、適当な人間というのが、自他共に「御深山宗太郎」という人間に対して持つイメージだと思っている。それなのに、優しいと言われても、どこがどう繋がってそうなるのか、見当がつかなかった。 

 ふと見ると、彼女は俺の方をじっと見つめていた。なんだか気恥ずかしくなり、目を逸らす。 

 

「いつ、わたしもそんな風になれるんでしょう。きっと凄く時間がかかります。もしかしたら、一生かかっても、そうなれないかもしれない……」


 その独り言のように言った彼女の言葉は、基本、元気で前向きな彼女には、余りに似合わないと思った。

 俺はここにきて、さっきからずっと見せられている、ちょっといつもと違う彼女が堪らなくなって、思わず反応してしまった。 


「別に俺は、いつまでだって構わない。そうそう、『一生』かかるなら『一生』うちに通ったって、全然構わないし、ずっと付き合う」


 湿気たことばかり言う彼女に、元気になってもらいたい。ただそれだけだった。そんな俺は気づいたら、恐ろしく調子の良いことを言っていた。

 その言葉を瞬き一つせず、俺をジッと見つめながら聞いた新山さんは、一つ深呼吸をしてから、ちょっと上ずってはいたが、はっきりとこう言った。

 

「では、ぜひ、『一生』お願いします」


 え……? 


 それがその時、俺の頭に浮かんだ、全てであった。


 ***********


 俺は頭を、今のやり取りの真意を見極めようと、火を噴きそうなほど回転させ、考え付く、ありとあらゆる可能性について検討ていた。

 最後の一言の後、彼女は口を結んで、伏し目がちに俺の前に立ったままでいる。その言葉を否定しようとも、ボケようともしない。

 ということは、マジな話だというのことなのか?


 一生、付き合うという状況は、もちろん一つではない。

 一生、弟子でいるということも当然、当てはまる訳で、いやきっとそうなのだろう、だが男女の間でそういう話をすると、まさかありはしないだろうが、『結婚してください』みたいな意味にも十分とれ訳だし、って、

 え? そ、そうなの??


 俺は、ちょっと待てと、確認の言葉が喉まで言葉が来た時、いきなり礼拝堂の闇の中から、黒い物体が飛んできた。

 バサバサとの羽音、その音に聞き覚えがあった。


 クロウ……なんで、こんなところに


 クロウはいつもの様に、俺のところに飛んでくるのではなく、その時だけは、羽音に驚いてきょろきょろする、彼女の足元に降りた。そして、彼女に背を向け真っ直ぐにこっちを向いた。


 今日はいつになく、妙な迫力があるなと思って見ていると、耳の中で何かが響いた。


『OKよ! 今すぐに。OKしなさい!』


 はっきりした「声」のようだった。しかも女の声みたいに聞こえた。

 俺の頭は完全にパニック状態に陥った。だって、思わぬタイミングで新山さんから、プロポーズみたいなこと言われ、そんでもって、この訳の分からない女の人の声、そう、クロウが発したみたいな幻聴にドヤされ、これで自分がまともでいるなどと、どうして思えるだろう。

 俺は真剣に怖くなり、ここから飛び出していこうと、一歩後ずさりをしようとした時、また声がした。


『バカ、なにやってる。良いから、兎に角「OK」って言いなさい。復唱して、いい? 『オー・ケーです』 はい!」


「オー、ケー ……です」


「はぁっ……」


 その瞬間、彼女の目からぽろぽろっと涙が零れ落ち、フラっとしたと思ったら、ガクガクと彼女はへたり込んでしまった。

   

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