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第一章 第十五話

「ご主人、…… さまですか?」

「あ、主人でもあり、親族でもあり、師でもあります」


……こ、こら、全然、誤解が解けないって、それじゃあ


 口をパクパクさせて、狼狽える俺の横で、新山さんはさっきの怖そうなおじさんに、そう説明していた。そのおじさんは、何か聞いちゃまずいことを聞いたとでも思ったのか、かなり狼狽していた。


 彼女は女生徒たちの輪の中にいた時の感じはすっかり失せて、いつも一緒にいるときの彼女の雰囲気になっていた。

 見ると今度は取り巻きをしていた女の子たちが、さっきとは違った変な目で俺をじっと見ていた。そして悲しそうな目で新山さんを一瞥し、一人また一人と、どこかに行ってしまった。


 こんなことをしているうちに、俺たちを取り巻いていた人だかりも解けて、元の流れへと戻っていったのった。俺がホッとしていると、彼女が声をかけてきた。

  

「どうして、帰ろうとされてたんです」

「え? いや、そんな……」

「帰ろうとされてたでしょ」

「……ま、まあ」

「クロウさんに気づかなかったら、わたし」


 どうも、クロウが騒ぎを起こしたのを見て、俺が来ているということに気づいたようだった。しかし、クロウのやつ、いつの間、ここに来ていたのか。

 全く持って、不思議なカラスだと思っていると、今度はさも嬉しそうな声が耳に飛び込んできた。


「でも、来てくださったんですね。」

「まあ、約束だから」


すると、俺の前に居住まいを正して、真っ直ぐこっちを見た。


「ようこそ『聖姉妹祭』にお越しくださいました」


そう言うと、ため息が出るような身のこなしで、俺に向かって最敬礼をした。


「あ、いや、お招きに与り、光栄至極です」


そんな凄い彼女を目の当たりにし、ちょっとテンパってしまった俺は、やったこともない返礼をしてみた。彼女はなんかそれを目を瞬かせながら見ていたが、凄く気に入ってくれたようで、それで彼女の機嫌は完全に戻った。

 そして増々いつもの新山さんになっていく。


「じゃあ、わたしがご案内します!」

「え? 忙しいんじゃないの」

「いいえ大丈夫です。どの生徒も『聖姉妹祭』の間、どなたか一人は、こうやって御案内して良いことになっているんです」


 そっか、そうなんだ。でも、たった一人なの? んで、俺がその一人でいいのかな? 

 そんな考えが浮かんでは来たが、本人が良いと言ってくれているのだから、拒否することはないだろう。

 それにしても、世の羨望の的である聖ミリの生徒を、自分だけの案内のために独り占めにするなんて、考えたらこれって、相当、凄くないかい? なんだか恐縮してしまう。  

 俺がそう感じたのは、当然だった。この長い歴史のある聖ミリアム学園において、聖姉妹祭で女生徒が許される、すべてに優先して案内が許される特別な接待。

 俺はその制度が作られた経緯、そしてそれが意味するものを、当然この時、俺は何も知らなかった。


「わたし、夢が叶いました」


仄かに色づいた頬で、彼女はそう言った。


「あ、そう」

「わたし、こんな風にご案内したかったんです。やっと出来ました」

「そっか」


 本当に嬉しそうにしている新山さんを見ていると、とんだゴタゴタに巻き込まれたりもしたが、こうなって良かったと本当に思った。そんなことを考えていると、ふと気になったことに思い至る。 


「あのさ、後でちゃんと言っておいた方がいいよ。俺が君の『主人』だなんて」

「え? 宗太郎さんはわたしのご主人ですよ? わたし、御深山さんのお宅に、お世話になっていて、宗太郎さんはそちらの跡取りの方じゃありませんか。うちだって、お手伝いに来てくださっている方たちは、父を『主人』と呼ばれますよ」

「そ、そっかな、ちょっと苦しいような気がするけど。っていうか、『主人』て言うのは、場合によっては、配偶者にも使うんですけど?」

「……そうですね」

 

 彼女はちょっと肩をすくめただけで、それ以上、何も言わなかった。


 *******


 聖ミリアム学園。明治維新直後に前身の女学校が創立したという、この地域では屈指の伝統校である。そして今日に至るまで、日本国内だけではなく、世界に名だたる名士たちの奥様を輩出している。そういうことで、ファースト・レディー育成学校とまで、言われていたりもするのだ。

 そういう訳で、山の手地区にある別荘を持っているような都心に住んでいる金持ちや有名人たちは、自分のところの娘たちを、こぞって聖ミリに行かせる。そんな学校なのである。

 俺の横を歩いている新山雪菜は、都会からの人ではないが、ここら辺りでは誰もが知っている、新山家の一人娘である。

 新山家は本業が獣医師であるが、その血族には、首都圏の大学の先生とか、海外の有名大学の教授とかが沢山いたりする。 

 

 そんな彼女に引き連れられて、俺は聖ミリアム学園の中を歩いていく。

物凄く古い、明治・大正期を思い起こさせるような、西洋的な装飾がふんだんに使われた校舎もあり、超ハイテクの施設が揃った最先端を行く校舎もあり、見ていて飽きない。面白いコントラストだなと思った。


 しばらく行くと、「優待者の方以外はご遠慮下さい」という、表示がある部屋に行き当たった。

 俺は、ああ、これがリュウが言っていた要・優待券の場所なのだと思った。

じゃあ、俺は入られないと思ったら、新山さんは何の躊躇もなくそのドアを開いて、俺を招き入れようとした。


 「えっと、ここさ『優待券』っての要るんでしょ」

「はい、そうですよ。『優待券』は一人、10枚ずつ貰えるんです。そして、家族とか差し上げたい方に差し上げるんです」

「俺、持ってないし」

「え? 要りませんよ?」

「なぜ?」

「わたしが『優待券』です」

 

 そういって、ニコニコと笑いながら、両掌を胸に置く彼女は、正直、息が止まるかと思うほど可愛かった。


 俺は???な顔のまま、その部屋に連れて入られると、すぐに受付があった。

先客が何組かあり、そこでチケットを提示していた。どうもあれが優待券らしい。

 俺たちの番になると、新山さんがもっていたポーチから何やら出して、受付に提示した。受付の人は「え!?」という顔をして、新山さんと俺を替りばんこに見て、分かりましたと言って通してくれた。

 

「ほら、要らないでしょう?」

 

 俺はこの遣り取りを見て、やっと自分で案内するつもりだったから、優待券渡さなかったのかとやっと理解したのだった。


 これまた入った展示室は、俺の知らない世界が山盛りな場所だった。展示品などを見ると、この部屋が聖ミリの生徒たちの日常を紹介する部屋であることがわかった。

 古めかしい歴史的なことから、今の学生の極々日常までが紹介されている。

 目立って仕様がない聖ミリの内側の話というのは、誰もが興味を持つものかもしれない。確かに不心得者が入ってきて、ここで得た情報を他に流したりすると、結構問題になりそうだと思った。

 

 彼女は俺の周りを舞う、蝶の様だった。

楽しくって、嬉しくってならないというのが、普通、こういうことには鈍い俺にも、よく分かった。


 それからもいくつか「要・優待券」の部屋を回ったが、そんな中には、聖ミリの娘たちのスナップや、外から見た超お嬢様的ではない、普通の女の子たちの弾けた様子とかうかがえるものが、あちこちにあった。

 そして、その中には当然、新山さんの姿もある。

生徒会での活動や、サークル活動、クラスでの毎日、彼女は展示を切っ掛けに、今まで話したことのなかった自分の学校での毎日を、事細かに話してくれるのだった。

 

 その後、誘われてカフェで遅い昼食をとることになった。俺はすでにハンバーガーで腹いっぱいだったが、彼女は昼ご飯がまだだった。どうも、俺を待っていたらしい。俺はもう食べたと言う訳にもいかず、二回目の昼食を取った。

 このカフェは、いつも聖ミリの生徒たちが、昼ご飯を食べるところで、都内の有名なレストランが、全面的にバックアップしているようだった。

 俺たちの学校の売店とは、全く違う。雰囲気もハイソな感じだし、メニューもレディースもの中心、兎に角、お上品で本物志向。きっと相当な値段がするのだろうなというものだらけであった。


 しかし、さっきから閉口しているのは、行く先々、廊下で他の人と通り過ぎるたびに向けられる、この冷ややかな視線である。

 そして、聖ミリの生徒らしき女の子には、必ずと言っていいほど、驚いた顔をされ、俺は新山さんを見比べられ、悲しげな顔をされるのだ。

 新山さんも、どんな目で見られているかは気づいているはずだ。でも、全くそんなことは関知していないように振る舞っていた。


 しばらく色々と歩き回って、人が少なくなっていき、静かな雰囲気が辺りに漂い出す。


 「こちらが、礼拝堂です」


そこは、聖ミリアム学園で、一番、奥まったプライベートなところだった。生徒たちが礼拝の旅に集まり、様々な大切な催しが持たれる場所なのだ。


 全生徒が入ることが出来るぐらいの広さがあるので、結構、大きい。俺はこんなところ来たことがなかったので、かなり緊張したが、それでもそのおごそかさと清らかさには、何とも言えない心地よさを感じていた。


「宗太郎さん」

「なんです?」


先に行った新山さんは、祭壇の前に立ってこっちに向いていた。 


 「済みませんが、こちらにお越しいただけますか?」

    

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