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第一章 第十二話

 新山さんがいつも家にいて、クロウが我が物顔で好き勝手している……

これが、最近、俺が置かれている状況である。



 ガラッと変わった俺の日常。だが思いのほか、のびのびと楽しめている俺であった。

 その一番の理由は、新山さんの思いのほか気さくだったことにあると思う。超美女で良家の一人娘であるのに、全くそれを気負ったところがない。

 確かに初めのころはお堅い感じで、格式や、家柄を重んじる、旧家のお嬢様という印象がなかったでもなかった。

 でも、うちに通うようになってから、直に硬さは取れて、背負っていたあの近寄りがたいオーラは、ホンワカとしたものに変わっていった。

 それにクロウが絡んでくる。クロウのやつ、新山さんを丁度良い悪戯の相手だと思っていて、事有るごとにちょっかいを出して弄っている。

 単純で素直な彼女は、いちいちそれに驚いたり戸惑ったりして、すっかり弄られ役が、板についてしまった今日この頃である。


 そういえばこんなことが有った。

 夕食が終わり片付けが終わると、みんなでお茶会をするのが、昔からある我が家の伝統であるが、彼女はこの時のためにと、毎日、何か差し入れを持ってくる。


 ある日の彼女の差し入れは、自らが学校帰りに買ってきたショートケーキだった。

 テーブルに並べ、みんなでさあ食べようした時、彼女は悲鳴を上げた。


 「あー! それ、わたしの、……楽しみにしてたのに」


 彼女の声にそっちをみると、彼女のケーキだけイチゴがなかった。見ると、クロウがイチゴを飲み込むところだった。俺はそんなクロウを睨みつけ、自分の皿を彼女の前に差し出した。

 

「ほら、俺のあげる」

「え、良いですよ……」


 あわてて遠慮する彼女だが、俺は彼女がイチゴをどれほど愛しているか……。ここに来るようになってからの極短い期間で、あきれるに十分なほど、それに対する熱い思いを見せられていた。


「新山さんが買って来てくれたんだろ、それなのに、イチゴ無しなんて悪いじゃん。ほら、まだ手つけてないから」


 俺は「良いです!」と言う彼女の前から、イチゴなしケーキの皿を取り上げ、俺のケーキと彼女のケーキを替りに置いた。


「……あ、ありがとうございます」


なんだか、赤くなってうつむいてる。


「こら、クロウ、良い加減にしろよ」


 やっぱ、一言ぐらい苦言は要るだろう。女の子に意地悪なんて、いくらカラスでも良くない。クロウは自分が叱られたのが分かったようで、フンとあっちを向いた。


「……クロウさん」


 そう言うと、ショボンとする新山さん。

 最近になって分かったことだが、彼女は一つ、寂しい過去を背負っていた。それはなんと、虫から、ペット、家畜などなど、兎に角、生き物という生き物に、一度も懐かれたことがないそうなのだ。

 それを聞いた時には、さすがに俺は呆れた。そんなんで、彼女が言う「動物使い」の最高峰なる「カラス使い」目指すというのだから。

 でも、どこまでも真剣な彼女に諦めろと言うわけにもいかず、こっちとしては頭の痛い話である。

 俺はクロウにそっぽを向かれて肩を落とす彼女を横目で見ながら、これは結構深刻かもと、ため息をついた。



  *****


 

「今日も美味しかったです」

「ん? そっか」


 俺たちは満天の星を眺めながら、夜道を新山家を目指し自転車を走らせていた。彼女が言ったのは、うちの母親の作った夕飯に対する感想である。


「あのう」

「なに」

「いつも済みません」

「なにが」

「送らせてしまって……」

「べつに、そんなこと良いよ」


 彼女が毎日通うようになって、夜、全部終わって彼女を家に送るのは、俺の仕事である。

 彼女は毎日、送ってもらうことを申し訳けながるが、俺は正直、楽しみではあっても苦痛などと考えたことはなかった。

 家で手伝ってもらっている仕事量からすると、これぐらいは当然だし、何より、部屋では一緒にいだけで緊張し、何も話す気になれないけれど、こんな風に、自転車に乗りながらの雑談ならそう緊張することもなく、気兼ねなく話せるので、それが嬉しかった。


「宗太郎さんは、科学部ですよね。文化祭、そろそろじゃないんですか?」

「ああ、一応準備は始まってる」


 いつも、学校についての話は出ないので、ちょっとビックリした。彼女と一緒にいて夢見心地だった俺は、一挙にパッとしないリアルな自分に引き戻される。


「うちもなんですよ!」


……あの、聖ミリアム学園の学園祭:「聖姉妹祭」


 超ハイソで、テレビの地方版ニュースで必ず出る、あれか?


 一般市民が、聖ミリの中のことを、垣間見ることが出来る、唯一といってよい機会。 俺も聖ミリのことについての知識のほとんどは、その機会を通してだ。ただし俺の場合は直接ではない、テレビの画面を通してである。

 そう「聖姉妹祭」は、毎年、テレビの地方ニュースで、かなりの時間を割いて紹介され、この地域での一種の季節の風物詩となっている。

 リュウたちは、聖姉妹祭には欠かさず行く。そこで憧れている聖ミリの現実に触れ、またあわゆくば、聖ミリの女の子とお知り合いになろうと血眼になる。が、俺は違った。

 俺が聖ミリに対して取るべきと思っているスタンスは、「決して近寄ってはならない、恐るべき存在」というのがそれである。

 住む世界が違いすぎる。知り合ったって、お互い、そのギャップに嫌悪感を抱くだけだけだろうし、嫌な思い出が残るだけに違いないと思っている。

 だから、新山さんがこんなに俺と親しくしてくれることが、今でも不思議ならないのだ。


「わたしも、絶対に行きますから、絶対に来て下さいね!」

「え?」


 流石にこれだけは二つ返事とはいかなかった。


「……何かご用事ありましたっけ?」

「あ、いや」


 躊躇する俺の様子を察知して、突っ込んでくる。彼女は俺の家の中まで知り尽くしているのだ。適当な言い訳など通りはしない。


 じゃあ、どうするか? 行くのか? 


迷っているうちに、話は勝手に進んでいく。


 「うちは次の次の週末なんです。宗太郎さんは?」

「うちはその次の週だな」

「あー良かった! じゃあ、行き来できますね!」


 無邪気に喜ぶ新山さん。もう、完全に俺が行くことになっている。こんな俺が、そう、超庶民なこんな俺が、あの「聖姉妹祭」などに、簡単に足を踏み入れることなど、出来るはずないのだ。

 

「あのさ、来てもらうのは、良いんだけど」

「あのう、今まで来られたことありますか?」

「いいや」

「やっぱり! 結構、敷居高いですよね、うちの学校」

「まあ」


……分かってるじゃんと、ちょっと安心した。それなら、どうにか「棄権」というのも分かってもらえるかも。


「だからさ、こっちの準備もあるし」

「ちょっとだけで良いんです。覗いて頂くだけで。それに大丈夫ですよ。今年は、分かりやすい案内パンフ作ったんです。初めての方も、楽しんでいただけると思います。わぁ、なんだか、ドキドキしますね。知っている方に来ていただけるなんて」

「って、新山さんの家族は」

「え? あ、……うちは父も母も忙しいので、来てくれません」

「そっか」


 ちょっと言い淀んだとき見せた顔が、初めて話をしたころによく見せた、冷たい印象だったんで、俺はヒヤッとした。

 そして、彼女がいつも絶対しない、こんな無理強いっぽいことをするのには、並々ならぬ理由があるのだろうと思った。

 

 「わーった。俺、行く」

「やった! ……楽しみだな」

 

 手放しで喜ぶ彼女。そんな彼女見てたら、自分の拘りや考えとか、どうでもよいかなと思った。

 

「きゃっ!」

「あぶないぞー、そんなにはしゃぐと」


 蛇行運転など無茶運転の果て、こけかけた弟子に、俺はため息交じりの苦言を述べるのだった。

   

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