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第一章 第十話

 

 「『カラス使い』だったんですね!」


 あの日、彼女は俺のことをそう言って、羨望と憧れの目を持って見つめた。


 俺の彼女に対する不可解さは、まさにあの一言から生まれた。

とするなら、彼女の言う「カラス使い」というタイトルの意味を知るなら、彼女に対して感じる色々な違和感を、解決することが出来るんじゃないか。

 彼女に「カラス使い」について教えてほしいと頼んだのは、そういう理由からだった。


 彼女が「カラス使い」について話すために選んだ場所は、他ではなく、彼女の自宅だった。そして通されたのは、いわゆる応接間でも彼女の部屋でもなく、鴨居にずらっと古い写真が並んだ、まるで彼女の家の歴史が凝縮されたような部屋だった。

 この伝統と格式みたいなのの象徴的な場所に、当然ながら見事に溶け込んでいる新山さん。街中では少し浮いているような仕草や言い様も、ここでは本当にしっくりきている。

 

 「カラスっていうのは、本当に賢い鳥ですよね」


 カラスは一説によると、サル並みの知性があるという。

そして、カラスは最も人間の生活に近い野生動物であり、最も嫌がられ、敵対している鳥である。彼女は静かに話を続けた。


 「わたしの家は代々、動物を使役する技が家伝として伝わっていて、昔はそれを生かして、色々な役割を担ってきたそうです。戦争とか、農業とか……」

「まあ、今より動物はずっと身近で重要だっただろうから、相当重い役割だったんじゃないですか、それ」

「確かにそうです。それでですね、そしてその中に、『カラスを使う』ということがあったんです。でも、カラスを本当に使える人というのは、伝説になるぐらい稀でした。」

「なんでですか?」

「カラスを使うって、大変、難しいそうです。それに、牛馬ならまだしも、カラスを使えても、あまり意味ないですし。」

「なるほど、難しい上に『使いで』がないときちゃ、そりゃ、トライしようと思う人は少なくなる」


 頷く新山さん。


「だからカラス使いは動物使いの中で異色であり、天賦の才に恵まれた人が、最後に挑戦するのが、カラスを使うことだったと言われているんです。だから『カラス使い』と正式に認められた人は、江戸時代以降、現れていないんです」

「ほお、そんなに?」


 そこで、俺の胸に湧いてきた疑問、早速、新山さんにぶつけてみた。

  

 「じゃあ、なんで俺が『カラス使い』なんです。それって全部、新山家の話じゃないんですか?」


 彼女はすっと視線をこっちに向け、俺の目を真っ直ぐじっと見た。微妙に気恥ずかしくって視線を切りたくなるが、それこそ、こっちが照れてることを認めるような気がして、必死に平静を装う。


 「御深山家と新山家はルーツは一つなんです。というか、御深山家のほうが本流です。ほらこちらを」

「え??」


 彼女が指さした古い額。そこには何とか勲章とか書いてあり、受賞者として、『御深山 幸之真』と書いてある。

 ビックリしてその賞状を見つめていると、新山さんが話を続ける。


「新山家は科学者の家系で、そこで動物について研究することに熱心に取り組まれました。だから私の父も獣医で、他に生物学者の人たちがたくさんいます。」


 自慢話にも聞こえなくはないが、そう話す新山さんの顔は、話すうちに見ても可愛そうなほど苦しげになっていった。


「でも、わたしは『動物を研究する』って、どうしても嫌なんです。だって、動物の命を材料に、実験したりするんですよ? …… わたし、動物のお友達でいたいんです。」

「そ、そういうものかな?」


 いつも感情を表に出さない、冷静で礼儀正しい新山さんは、こぶしを握りしめ、叫ぶようにそう言った。

 しかし、この科学万能主義の現代世界、動物の実験を頭から否定することは許されないだろう。なぜなら、彼らの犠牲無しには、科学も医学も発達していかないだろうから。また、それらの発達こそが、さらに多くの命や健康を守るものとなるのだから。

 でも、彼女はそうは思えないらしい。 


「動物をそんな風に思ってしまうなんて、お子様で、ロマンティストなんでしょうか。近視眼的で愚か者なんでしょうか? それじゃあダメなんでしょうか?」

「あ、いや」

「でも、わたしの家族は、みんなそう言って、わたしの言うことなんか、全く聞く耳を持ってくれないんです」


 俺は、新山さんが一緒に掃除をするようになる以前、毎朝のように、小鳥たちや、通りかかった猫なんかと、会話みたいなことをして楽しんでいた。

 もちろん通じているなんては思っていないが、でも時として、お互いにちょっとだけでも気持ちを、分かち合えたような気がしたこともあった。


 いや、クロウのこと思うと、あいつとはマジで話し、出来てるような感じしてるな……


 でもそんなこと、絶対に周りの人間に話そうとは思わない。きっと、イタイ奴とレッテルはられ、それでおしまいになるのだろうから。


 「新山家は新興で一族の中では、伝統も格式も下なんですけど、でも獣医師とか生物学者というのは、それなりに収入もありますし、社会的地位もあります。

 方や御深山家の方々は、そういうことを嫌がられて背を向けられたようで、結果、その後あまり、表舞台には出られなくなって……」

「……そっか」

「曽祖父の時代には、新山と御深山家は、もう全く行き来しなくなってしまったようです。」

「なるほどねえ」


 俺の中で、今飛び出してきた言葉が回っていた。

 カラス使い、新山家、御深山家、研究材料、それとも


 「……友達か、か」

 「あ、はい」


 思いっきり心当たりがあった。というのは、うちでは「愛玩動物」という言葉は禁句なのだ。

 動物はおもちゃではないと。だから、そういうものを飼ったことがない。

 クロウはだから、例外……というか、あいつは「愛玩動物」ではなく、家族だ。

 

  ……って、ことなのか、新山さんの言いたいこと。

  なんか分かった。


「ですので、御深山さんは、長い年月を経てやっと現れた、伝説の『カラス使い』だと思うんです。」

「で、伝説って」

「いいえ、伝説です!」


 物凄い確信が込められた新山さんの眼差し、その前には、おちゃらけることもスルーすることも、到底、許されそうもなかった。


「まあ、俺的には『カラス使い』というのには??だけど、『カラスの友達』っていうのは分からないことはない……」

「そ、それです、本当にそれです。それなんです!」


 熱のこもった返答に思わず彼女の顔を見ると、思いつめた目し涙を潤ませ、頬を赤く染めていた。俺は思わず身構える。


「御深山さん、わたしを」

「は、はい」

「わたしを、弟子入りさせてください!」


そういうと、座布団から降り、ズズッと後ろに下がると、ガバッと土下座した。



 ********



 新山さんは俺の前で土下座したまま頭を上げない。


 「あ、あのう、弟子?ですか」

「はい、そうです、『カラス使い』の力が、わたしにあるかどうか分かりませんが、兎に角見習いから、いや、下働きからさせていただいて、少しでもその秘技を……」

「って、俺、そんな『秘技』とか、受け継いでませんし」

「でも、現にその力を使っておられるじゃありませんか。クロウさんと」


 クロウ……さん?? カラスに「さん」付け?


「っていうか、助けた時から、クロウとは友達ですし」

「カラスとそんなに自由に、やり取りされているんですか?!」


 彼女はガッカリするどころか、なんか感嘆しきって、涙浮かべている。


「っていうか、弟子入りするって、どういうことなんです?」

「『技は習うより慣れろ』とか、『技は盗め』とか言います。ですから、『カラス飼い』の技を用いてられる時を、拝見させていただけるだけで」

「っていうか、別に一緒に生活しているだけで、特にそんな」

「では、御深山さんの生活を、拝見させていただくというのは……」


  そう言うと、しまった!問う顔をして固まった。彼女はふーっとため息をつく。

彼女の顔を見ていると、色々頭に浮かんでは消えているのが見て取れた。


「流石に、それは失礼ですね。他人が生活を覗くなんて、厚かましいにも程がありました」


しばらくそうしていたが、最後に彼女は微笑んだ。確かに微笑んだ。

でも、俺はその微笑みの意味を見て取った。


 ……ああ、無理だった

 

諦めて、大切なすべてを手放したような、寂しく悲しい笑み。


 次の瞬間、俺は自分でも予想していなかったことを口走っていた。


「いいっすよ、弟子入り。でも、師匠としての俺のクオリティーは、全く保証しませんし、遠慮なしで、見られたくないことは見るな!と言います。」

「え?」

「それで、得ること全くなくったって、後悔しないということでしたら」

「も、もちろんです!」


 白い彼女の頬が、リンゴのように赤くなった。



俺はかくして、弟子をとることになった。

     

       

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