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跋3

 ある夏の日、と言っても相変わらず暑いことには変わり無く、代わり映えしない日々に辟易してしまう程である。夏ももうすぐ終わる頃だというのに晴れ渡る空はそのような兆しを全くと言って良い程垣間見させてくれずにいる。

 太陽が照り付ける地面を一歩ずつ歩く度に額から汗が零れ、肌を伝い地面に薄い斑点を作っている。連日の雨天が少し羨ましく思えしまうが、雨が降ったら降ったでまた気分が憂鬱になってしまうだろうから何とも言えない。


「せんせー、まだ着かないんですか? 俺もう暑すぎて体の水分が半分になってると思いますよ」


ふと後ろから着いて来る悠司の声で僕は我に返った、暑さのあまり意識が朦朧として一人モノローグに浸っていた。


「そんな訳無いだろう、本当だったら今頃野垂れ死にしているだろうね」


「……先生、それってあんまりじゃないですか? 大事な助手が死に直面するかもしれないんですよ?」


「だったら半袖を着ればいいだけの話じゃないか、何故君は年中長袖なんだ?」


「いやー、やっぱり俺には長袖より半袖が似合うと思いましてね……てか俺のファッションより脱水症状の方を話題にしましょうよ」


「…じゃあ因みに聞くけど今身体からどのくらいの水分が失われているんだ?」


「えーと……少なくても2リットルくらいですかね?」


「だったら大丈夫だ、その程度じゃ死ねないよ」


花を咲かせる程でもない下らない話を続けながらも僕達は目的の場所へと歩いて行く。

 束の間の沈黙が神経を研ぎ澄ませ辺りの木々達のさざめきやその幹に居座る蝉達のざわめきが鮮明に聞こえ、耳元に吹き抜けるそよ風の声が程良い心地を与えてくれる。静寂の音色に心を奪われていたが、沈黙を破ったのはやはり後ろから追従する男であった。


「それにしても先生、どうしてまた俺達がわざわざこんな事しなきゃならないんですか?」


今朝から何度聞いたか分からない程聞き飽きたその言葉に、流石の僕も限界だった。


「いい加減にしてくれよ、そんなに言うんだったらどうして着いて来たりするんだ? 探偵社で留守番していた方がよかっただろう?」


「えーと、それはですね……やっぱり助手として先生と行動を共にするのは当然の事ですし…なんか一人で事務所に残るのも寂しいかなー、って思った訳です」


本人は照れているようだが、僕には単にふざけているようにしか見えない。僕よりも大人びて見える姿である筈なのに、内面がこうも幼稚だと相手をするこちらは疲れが溜まってしまう。



 僕達は今ちょうど墓地の真ん中にいる、時期外れの盆参りをしている訳では無くある人物の墓参りに来ている所だ。僕は花束を、悠司には水と杓の入った桶を持たせている。


「だから俺達が向かわなくても学校や寮の人達が丁重に弔ってくれたんですから、別にわざわざ俺達がお参りに行く必要は無いと思うんですけど」


「何で君はさっきから口を開けば愚痴しか出ないんだ? 仮にも僕達は彼女と面識があったし短い時間だったが人間関係を持ったんだ、行っちゃならない理由も無いだろう? それに…」


次の言葉を発する前に僕は口を閉ざした、本当の事なのだから言っても問題無い筈だが言葉に出せば姿を隠していた虚無感が一気に押し寄せてしまいそうだったからである。

 今僕達が向かっているのは吉川翔子の墓標である、あの事件の後被害者の遺体は可能な限り遺族のもとに帰されたらしく三島楓も母親のもとに帰り無事葬儀をあげる事が出来たと聞いている。しかし肉親も血縁者もいない吉川翔子は碌な葬儀も受けれず、学校と寮の親切心で墓標だけは建てられたらしいがそれ以来誰も訪れていないとの噂だ。両親も亡く誰からも相手にされず、人生でたった一度の恋も唯一の親友に奪われ、その果てに殺人まで犯し最期は迷走と絶望の中無惨に散って逝った報われぬ彼女の魂、事実を知らないとはいえこの仕打ちはあまりにも残酷過ぎやしないだろうか。しかし僕も言えた立場では無い、必死に守ろうとしたが結局は見殺しにしてしまったのだから。ならばせめてもの手向けとして四十九日に訪れる事が今の僕には精一杯だった。今更だ、只の自己満足だと蔑まれても仕方無いが紆余曲折に塗れた彼女の人生に少しでも哀れんでも良いのではないのだろうか。


「誰の死だろうと多少なりとは悼むものだろう? 君も少しは被害者の気持ちを察してみたらどうだ?」


「気持ちを察しろって言われても……やっぱ本人にしか分かりませんよ、そんな事」


やはりこの男はまだ子供だ、悪意は無いが大人が汲み取るべきものが未だに汲み取れずにいるらしい。吉川翔子への感傷と悠司への不満、相反する二つの感情に囚われながら二人のは人気の無い墓地を進んで行った。



 それから少し歩いたくらいの所であろうか、吉川翔子の墓標を探していると今まで人の姿すら映らなかった視界にうっすらと人影が映った。始めは夏特有の陽炎か何かの見間違えかと思った、しかしその人影は距離を追うごとに虚ろだった姿は鮮明となりその形を確かなものにした。その人物は日常から逸脱した格好をしていたが、僕にとってはもはや見飽きる程日常的なものになっていた。


「…鏡水…さん……」


「おや、誰かと思えば薄幸な探偵先生と助手のチンチクリン野郎じゃないか。こんな所で何やってんだ、まさかこんな炎天下の中肝試しに興じようって魂胆か?」


出会って早々この言われ様である、基本的にこの男が口を開けば誰かが何かしらの形で皮肉られてしまうので非常にタチの悪い事この上無い。


「そう言う鏡水さんこそこんな所で何やっていたんですか?」


見ると鏡水も杓を入れた桶を持っている、ただしあちらはもう桶に水は入っていないようだ。


「…ひょっとして鏡水さんも誰かのお参りに?」


「…先生、相変わらず俺の悪口には反応しないんですね……ていうよりいつの間にか俺、ポンコツからチンチクリンに格上げされてるんですけど!?」


悠司は驚いたそぶりを見せたが、ふざけた口調は相変わらずである。しかし僕の質問にも悠司の不満にも一切応答せず、鏡水は横並びになった僕と悠司の間を擦り抜けそのまま足早に去ってしまおうとする。


「…悠司君、ごめんけどこれを持って此処で少しばかり待っててくれないか」


「え……て、ちょっと先生!?」


僕は供え用の花束を悠司の空いているもう片方の手に渡すと、慌てて元来た道を戻り鏡水を追い駆ける。


「待って下さい鏡水さん!」


「え、ちょ、待っ…先生、どうするんですこれ!?」


戸惑いながら僕を呼ぶ悠司には一切目もくれず名前を呼びながら近付いて行く、すると手を伸ばせば掴める程の距離でようやく鏡水は足を止めこちらに振り返った。


「どうした望月さん、わざわざ俺を呼び止めるなんてよぉ。それに吉川翔子の墓はあっちにあるぜ、あんたが此処に来たのはその為なんだろう?」


先程まで僕がいた場所を指差し鏡水は言った、確かにそれが本命だが今はまた別の事象が関係している。


「それが……事件についての事なんですけど…」


僕の言葉を聞いた途端、鏡水は眉間に皺を寄せ少し怒り気味に答えた。


「まだその話を振り返すつもりか!? あの事件はもう当の昔に終わっちまったんだ、今更掘り返してどうするつもりだ?」


「で、でも伝えなければならない事も有りますし……」


言ってはみたものの恐らくこの男は聞く耳を持たぬだろうと心の中で思っていた、この男は自分の興味の有る事以外には関係を持ちたくない程毛嫌いしているのだからだ。しかし鏡水は僕の想像とは違った反応を見せた、頭を掻き深い溜息を一つ漏らし話し出した。


「仕様が無いな、話だけでも聞いてやる。それが終わったらもう二度とその事件の話はするな、あんな嫌な記憶さっさと忘れちまうこった」


手に持った桶を下ろし鏡水は腕組みをしながらこちらを見つめている、一応話だけでも聞く気はあるようであった。

 しかし忘れろとは無理な忠告をされたものだ、今も僕の脳裏には忌まわしい事件の記憶と悍ましい被害者達の苦悶の顔が鮮明に残っており引き剥がされずにいる。だが記憶を呼び覚ますと共に浮かび上がるのはあの場面、ちょうど二週間前この事件に終止符を打ったあの出来事である。



++++++++++++



 暗く湿り気を帯びた空間、居座るだけで身も心も得体の知れぬ何かに全て喰らい尽くされる様な感覚を否応無く味合わせる部屋、覚める事無い悪夢に苦しめられ続けた僕達に遂に夢から覚める機会が訪れた。

 鏡水が神宮院長を殴り飛ばした、鈍い音と共に神宮院長の体は床に強く叩き付けられそのまま床に突っ伏してしまった。


「はぁ、久しぶりだよ、思い切り人を殴り付けたのは…」


神宮院長を殴り飛ばした手を振りながら、鏡水は自分が殴り飛ばした男を見下ろしている。僕は鏡水が突き飛ばし今も尚床に伸びている悠司を引き起こす、今まで感じた事が無かったが彼の体重が自分では起き上がらせれない程重いのだと知った。仕方無く体を引きずり壁にもたれ掛かる形にし肩を揺らし意識を戻そうとする。


「悠司君……悠司君、起きてくれ」


何度か声を掛けた所で彼は眼を開け顔を上げた、まるで寝起きの悪い子供の様な顔をしていたが僕の顔を見るなり慌てた様子で目を覚ました。


「あ……せ、先生!! す、すいません俺急に気を失ってしまって……い、一体何が起こったんです!?」


動揺を隠せず只周りの状況に戸惑う悠司に僕は優しく声を掛けた。


「大丈夫だ悠司君、全て終わった……なにもかも………」


僕の言葉でようやく冷静さを取り戻した悠司、彼の表情からは喜びと同時に疲労の色も映し出されていた。悠司の腕を僕の肩に回し彼を立たせようとした時、先程まで無言で立ち尽くしていた男がいつの間にか煙草をくわえて話し出した。


「何寝ぼけた事言ってやがる、まだ終わっちゃいないだろう。最期の後始末が残っている、安堵するのはまだ先だ」


そう言いながら鏡水は顎で床に倒れる神宮院長を指した、確かに鏡水の言う通りまだ犯人である男が捕まっていない限り安心など出来やしない。


「そうだ、早く警察に電話を…」


「その必要は無い」


「え?」


僕の言葉を鏡水はいともたやすく打ち消した。


「もうとっくの昔に連絡してある、大事な役目を奪って済まなかったなぁ」


「い、いつ連絡したんですか!?」


「この気違い野郎が昔話を饒舌に語っていた間に電話したんだ、その時分あんたとポンコツは阿呆みたいに口開けたまま話に聴き入ってたじゃないか」


彼があの間に電話していた事など全く気付かなかった、その時の僕は愕然と神宮院長の話を聞いてしかいなかった。


(…この男の神経はどうかしている、あの状況下でよくそこまで頭が回るものだ…)


罵りにも近い言葉が頭を掠めたが、この男の天才的な知能に退けを取られやがて霞んでしまった。


「さて、そろそろ警察が押し寄せる時間だな。とっととこんな薄気味悪い部屋からはおさらばしてぇ所だ」


そう言うと鏡水は僕と悠司、未だ目覚めぬ神宮院長には見向きもせず煙草を燻らせながらこの場から退場した。僕も悠司を半ば無理矢理立たせ、気を失っている神宮院長に一瞥し去って行った鏡水の後を追った。

 廊下に出るとそこは先程までいた部屋と同じで相変わらずの暗黒、しかし此処を訪れた時とは違い今は夜と変わらない暗い世界であった。この場所に巣喰っていた邪念が消え去ったのだと改めて僕は感じた、霊安室まで向かった道を今度は逆に進んで行く。鏡水の背を追いながら出口へと向かって進む、まるで希望を失った者達を導く主導者の様であった。



 病院の玄関を出るとすでに外は明るみを帯びていた、まだ太陽は顔を出しておらず光と闇が交錯する世界が広がっていた。

 しかしこちらには強く眩しい光が向けられ、今まで暗闇の中で行動していた僕は瞼を閉じて耐える事で精一杯だった。どうやら鏡水が呼んだ警察が廃病院から現れた正体不明の人物達を照らすものらしい、しかしこれでは映画でよく見られる脱獄者を追跡する場面の様で気分が良いものでは無い。その光の中からこちらに近付いて来る人影が見えた、逆光の為はっきりと判別は出来無いがすぐ手前で足を止めた時その人物が誰かようやく特定出来た。


「ひ…柊警部補……」


やって来た人物は自分の元上司である柊警部補だった。僕を中心に右に悠司、左に鏡水と横三列に並ぶ僕達を鋭く威圧するような眼で見回している。僕は内心焦った、警察が駆け付けるという事は柊警部補に僕達がまだ懲りず事件に首を突っ込んでいた事実を教えてしまう事になるからだ。さらにこちらへと詰め寄る柊警部補に何とか弁解しようとする。


「ひ、柊警部補実は」


弁解をする前に柊警部補の平手が僕の右頬を激しく叩いた、おかげで顔全体に痛みが広がったがそれでも彼女の怒りは治まらないらしい。


「望月!!! これは一体どういう事だ、何故貴様等が此処にいる!!」


「いや、ですからそれは」


「なんだ!! 下手な言い訳をしようものなら承知せんぞ!!」


今この状況を打破する方法を考えるが、厳しい怒号が鼓膜を通じて脳に響き思考を鈍らせる。この状況下ではどんな言い訳も通用しないだろうが、取り敢えずごまかそうと口を開く前に鏡水が話し出した。


「あんたら警察が中々犯人捕まえねぇから俺達で犯人呼び出して大人しくさせた所、質問等が有れば後日聞いてやるぜ」


僕の計画は彼の一言で全て打ち砕かれた、まさかこんなにも堂々と自らの非を喋るとは信じられない。そしてその言葉は柊警部補の更なる怒りを買う事になった。


「な…き、貴様等私があれ程事件に関わるなと忠告しておきながら、また身勝手な行動をとったのか!? それに犯人を大人しくさせただと!? 警察をからかうのも大概しろ!!」


「ったく、うるせぇ野郎だな…そんなに口喧しいと嫁入りが出来無くなるぜ、華燭之典にはまだ程遠いな」


「…若造か、貴様は相変わらず口の利き方というものを知らないようだな…貴様はどれだけ我々の邪魔をすれば気が済むんだ!!」


また始まった、この二人は会う度に喧嘩をする、犬猿の仲とはまさにこの事だ。二人の喧嘩を眺めていると再び柊警部補がこちら側に顔を向けた。


「望月、貴様も同じだ!! 今度という今度は許さんぞ、篠塚の拳銃を奪っただけで無く無断で資料室へ忍び込み事件の資料を盗み見るとはどういう了見だ!!」


(…え? どうしてそれを!?)


僕は驚きの表情を隠せなかった、あの資料室には監視カメラは無く僕が侵入した所など誰も見ていない筈、なのに何故知っているんだ。心の中で困惑する僕の顔を見下した眼で見ながら柊警部補は答えた。


「その表情から察するにどうやら気付いていない様だな、まさかばれずに済むとでも思っていたのか? だが残念だったな、あの資料室の警備員は酷く几帳面な奴でな、篠塚の拳銃を取り返す手伝いから戻った後気になって資料室をチェックしたらしい。すると僅かではあるが資料の並びが乱れている事に気付きつい先程私に報告して来たのだ」


その話を聞き僕は体から血の気が退いて逝くのを感じた、あの時は時間に焦らされ資料の並び方などに気を向けている余裕は無かった。鏡水の計画に強引に乗らされた挙句この誤算、よもや返す言葉すら浮かんで来ない。


「拳銃の強奪に資料の乱丁、少し考えただけですぐに分かったぞ、また貴様達が良からぬ事を企んでいることにな!! 此処まで我々を愚弄して…覚悟は出来ているな……」


恐怖の種が去ったと思ったら一難去ってまた一難と言った所か、って呑気に考えている場合では無い。

 鬼の様な形相という表現が恐ろしい程似合う今の柊警部補を止める術が無い、もはや此処までかというその時鏡水は一歩先に進み彼女に向かって頭を下げた。


「済まなかった、許しをこうのは御門違いとは思うが今しがた慈悲の念を抱いていただきたい」


「え……な……」


「き、鏡水さん…」


僕も柊警部補も面を喰らい情けない声を漏らしてしまう、彼が頭を下げてまで謝るとは思いもみない事象にしばらくの間驚きで何も喋れずにいた。


「申し分無い、実は………こちらの探偵先生が事件の早期解決を願われどうにか諭そうと尽力したのですが、彼の揺るがぬ正義感に負けてしまい仕方無く協力した次第でして…」


(え……え、えぇ!!?)


彼の事を少し見直そうとした僕の気持ちは見事に砕け散った、この男は自分はあくまで従っただけで責任は無いと主張した。しかも敢えて僕の意見を尊重したような口ぶり、あまりにもあくどい手法だ。


「うわー先生、俺の知らない所でそんな事してたんですか? いつも生真面目かとばかり思ってましたけど、案外無茶するんですね」


僕の肩を借り力無く答える悠司であるが、どう考えてもおちょくっているようにしか聞こえない。悠司は件の騒動に関して全く知らず鏡水は僕を首謀者だと嘯く、味方のいない孤立無援に陥ってしまった。


「き、貴様この期に及んでまだ言い逃れをしようとするつもりか!? 忌ま忌ましい奴だ、そんなに捕まりたいなら望み通りにしてやろう」


しかし結局は柊警部補の逆鱗に触れてしまったか、取調室の常連となるのはなんとしても避けたかったが今はこの現実を受け入れるしか他無い。


「比良坂鏡水、望月幸斗、そしてその部下一名、貴様等まとめて連行する!! 前までの尋問と同じと思うな、すぐにでも留置所に叩き込んで」


「やめろ」


低いだみ声が荒れ狂うこの空気を一瞬の内に沈黙させた、柊警部補が後ろを振り向くとそこにはまた別の人影が存在していた。


「…鬼村…警部……」


「け、警部殿しかし」


「お前の言いたい事は分かる、だがその前にまずやるべき事があるじゃねぇか…」


鬼村警部は目線を後ろにやった、後ろでは数十人の警官が待ち構えている。今はまず病院内の状況を確保する事が先決、柊警部補もそう悟ったようだ。


「…比良坂鏡水、とか言ったか若造」


「ほう、俺の名前を覚えてもらえるとは感涙に値する、それで俺に何か用件でも?」


先の敬語は一体何処に行ったのやら、今度はため口で話しをし始める。


「今の話を聞いた限りじゃ事件は既に解決した、という訳だな」


「無論その通りで」


「そんじゃまぁ中で何が起こったのか、詳しく教えてもらおうか?」


「…俺は犯人をおびき出した、警戒されるのを怖れ警察には敢えて何も言わなかった、犯人は一連の殺人事件は全て自分の犯行だと認めた、だが凶器を持ちこちらへの殺意を露にした為止むを得なく手を出してしまった。犯人は……神宮第二国立総合病院院長、神宮英章…」


「…お前のその話、信じて大丈夫なものなのか?」


「俺は舌先三寸の二枚舌だが、嘘八百の妄言は一つも口にしちゃいない」


鏡水と鬼村警部、双方の間に張り詰めた空気が立ち込める。

 程無くして鬼村警部は後ろの警官達に向かい大声で言い放った。


「全員現場へ急行せよ、犯人の身柄を拘束し鑑識班は物的証拠の収集にあたれ!!」


その一声で待ち構えていた警察達は一切に職務真っ当の為に動き出した。玄関中央を陣取る僕達の横を抜け、今は空っぽとなった狂気の魔窟へと足を踏み入れて行く。


「柊、こいつらを保護してやれ、それ以上は何もするな」


「な…警部殿、しかしそれでは」


上司である鬼村警部の命令は絶対であるが、柊警部補はどうやら納得がいかないらしい。


「確かにこいつらは罪を犯した、だがそれは俺達の不甲斐なさ故の行いだ、多少は眼をつぶっても良くはないか」


「しかし我々の職務は規律を守り秩序を乱さぬ事、今の彼等には甘さなど不要です」


「その通りだ、俺達には多過ぎる程の枷をして仕事をしている、だがこいつらはこいつらなりのやり方で事件を終わらせた。賛同は出来んが否定は出来ん、まぁ今回だけは大目に見てやるか」


鬼村警部はそこで言い終えると周りの警官と共に病院内に向かって行く、だが玄関前で一度こちらに振り返った。


「何やってる柊、俺達の仕事は終わっちゃいない、此処からが俺達の仕事だぞ」


そう言い残し鬼村警部は僕達の潜って来た闇へと姿を消した。一人残された柊警部補はばつの悪そうな表情を浮かべていた。


「…今回は鬼村警部の御好意に感謝するといい。だが忘れるな、貴様等には次が無いという事をよく肝に銘じておくんだな」


厳格な台詞を吐き捨て、柊警部補は鬼村警部の後を追った。しかしその言葉には、僅かながら人情味が伝わって来た気がした。


「……取り敢えず、僕達どうしましょうか?」


「その肩に掛けてるポンコツを向こうの警察車両にでも突っ込んでおくんだな」


冷たく辛辣な言葉を発する鏡水は、くわえていた煙草を投げ捨てふらふらと何処かへ行ってしまった。嘘を付き僕を嵌めようとした件について問い詰めようとしたが、今更だと諦め憔悴し切った悠司を待機していたパトカーへと連れていった。



 慌ただしく病院の入口を行き来する警官達の様子を少し離れた場所に駐車するパトカー付近で窺っていた。悠司は車内で横になり静かな寝息をたてている、思えばこの数日間彼には迷惑ばかり掛けてしまった、自分も少しは反省せねばならないだろう。

 しかしこうも生気溢れる者達が蔓延ると、この廃病院の呪いの噂も霞んでしまう。しばらく眺めていると何処かへ消えてしまった筈の鏡水が戻って来た。


「…今まで何やってたんですか?」


「呼吸」


ぶっきらぼうに答えると、僕の隣に立ちパトカーに寄り掛かった。


「いや……そうで無くて……」


「じゃあなんだ、生命活動してたと言えばよかったか?」


「違います、今まで何処で何をやっていたのかを聞いているんです」


ふざける鏡水に此処まで振り回されるとは僕も情けない、だが常日頃からふざける悠司の相手をしているのであまり苦では無かった。


「どうしても聞きたいのか? 立ち小便してただけだ、これで満足か?」


「またそんな、はしたない真似を…」


「何故そう思う、体内の老廃物を排泄する行為は生物学上重要な事だ。それに今あんたがかいてる汗も体外へと排出された老廃物だ、汗は情熱の結晶だの下らない事を吐かす輩がいるが所詮は同じ様なものだ」


なんという詭弁、さらに僕が言いたいのはそこでは無く屋外で立ち小便をするなという事だ。しかし鏡水は袴を履いている、立ち小便は骨が折れる行為だろう。

 馬鹿らしい話をしていたが、何気無く病院の入口に目線をやると神宮院長が二人の警官に連れ出されていた。力無くうなだれ自分の意思というより無理矢理歩かされているようだ、表情は絶望感で塗り固められ眼はとても人間のそれとは思えない暗い色をしていた。


「…貴方は…あの男に何をしたんですか?」


僕の問い掛けに隣の男はすぐには答えず、一つ間を置きようやく答えた。


「残虐な行為を行う者の主な要因は二つ、傷付き過ぎてるか或いは傷付いた経験が無いかだ。あの男は恐らく本当の痛みというものを知らずに生きてきたんだろう、自分の痛みも理解出来ずどうやって他人の痛みを知る事が出来ようか、だから俺は奴に傷を付けた。すると俺の読み通りあの男は痛みによりようやく自らを解放出来た、という訳だ」


「じゃあ…自分が何者か知る方法っていうのは……」


「…人間は普段生きている上で自分の存在を忘れている、自分が本来生きている事を忘れている。だが痛みは精神と肉体、脳髄と神経を直結させる重要な役割を担っている、俺はその事実を教えてやっただけだ。まぁ、あの男には多少辛かったかもしれないがなぁ」


遠い眼で虚空を見つめながら鏡水は少し気怠そうに答えた。確かに痛みは神経を研ぎ澄ませる、神宮院長にはこれまで自身に痛みを教えてくれる存在がいなかったのだろう。彼は実の父を失ったが、それだけの十分過ぎる痛みさえも彼にはさほど実感が無かったのだろう。普段の生活の中でも痛みは伴うがどれも正気にさせるには至らない、しかし鏡水の付けた傷には反応した、それは唯一彼が自身を見直すきっかけとなる環境に追い込んだからであろう。

 話をしていると話題となっている人物がこちらに顔を向けた、こちらを見る眼は覇気が無く空虚に満ちている。次の瞬間、神宮院長は両隣にいる警官の腕を振り払いこちらへと駆け寄って来た。しかし手錠を嵌められ脚も覚束ない状態、またすぐに警官達に取り押さえられてしまうも神宮院長は抵抗を止めようとはしなかった。


「き、鏡水!! おい鏡水、聞こえているんだろう!! わ、私を助けてくれ、私は病気だ、私は呪われている、頼むから助けてくれ、私を助けてくれ!!!」


そこにはもはや大病院の院長の面影は無く、無様に叫び続ける報われぬ殺人鬼しかいなかった。警官達もほとほと呆れ果てた顔のまま男をパトカーへと連行した。尚も叫び続ける神宮院長に僕は些か悲哀の念を抱かずにはいられなかった。


(…確かにあの男は正気に戻った、しかしこれで本当によかったのだろうか? 今の彼に残されているのは失望感だけだ、ならば彼の望みを今一度叶える為に救いの手を差し延べても良いのではないだろうか…)


自分の提案を鏡水に告げる為彼の方へ顔を向けたが、鏡水は神宮院長を見ながら薄い笑みを浮かべていた。


「哀れよなぁ、あの男は自身の心に空いた虚無の洞穴を埋める事に必死になるあまり未だ自分が犯した罪を認識出来ずにいる、奴は精神病棟へ行ってもまともに戻るのは長丁場だな」


「鏡水さんは……あの男を救わないんですか?」


まるで他人事の様な口ぶりで話す鏡水に、僕は躊躇いながらも素直な気持ちを吐き出した。


「…さっきから辛気臭い顔してると思ってはいたが、なんだそんな下らない事考えてやがったのか。やっぱりあんたはとことん甘いなぁ」


「僕は下らないとは思いません、例え殺人犯であっても助けようとする心掛けは間違ってはいないと思います」


「いいや大間違いだ、あの男はこの後の人生を贖罪の糧として生きなければならない、ならその行為に干渉するのは理に反する。それに俺達はあの男を救っただろう、あの男の狂気を捨て去らせ少なからず理性を取り戻させた、十分過ぎる功績じゃないか?」


「でも…やはりそれは」


「人は人を救えない、これは至極当たり前な道理だ。最終的な完治は外傷であれば自然治癒力次第、内傷であれば本人の気持ち次第、つまり外科医も内科医も完全には他人の傷は癒せない。ならば俺達の役目は此処まで、後は見送る以外方法は無い」


僕は鏡水の言葉にただ耳を傾けるしかなかった、その間こちらを見ることは一度も無かったが話している時の彼の表情は真剣そのものであった。彼の言う通り僕はかなり情に流されていたのかもしれない、今は神宮院長の公正を願う事しか出来無かった。



 この場所を訪れてはや四時間、夜明け前の薄明かりを名残惜しみつつもようやく朝日が僕達の前に姿を現した。


「いつも昇る日の出だが、こうまじまじと眺めるのは数年ぶりだ」


「僕も…此処何年見ていないですね…」


日の光が眼に滲み思わず手で日陰を作ってしまう、体に光が当たり今まで積もっていた疲労が堰を切った様に勢い良く体中に広がって行く。しかしこの光が廃病院に纏わり付く呪いと一連の忌まわしい事件を終わりを告げる瑞光であると僕は感じた。

 柄に無く日の出に見とれていると、鏡水は静かにその場を去ろうとした。


「何処に行くんです?」


「一々面倒臭い男だなぁあんたは、帰るに決まっているだろ。この場所にはもう用は無い、あんたも早く帰らないと癇癪女にまたどやされるぜ」


「…なら一緒に帰った方が良くないです? 帰る手立てが無いなら送りますし」


「残念だが俺は馴れ合いが嫌いでな、悪いが一人で帰らせてもらう。それにあのポンコツがまともに動けないんだから必然的にあんたが運転する事になる、俺はまだ死にたく無いから遠慮するよ」


前の僕の運転が余程嫌なのか、鏡水は徹底して否定の構えを崩さなかった。確かに自分でも上手い方だとは思わないが、此処まで拒否されると流石にへこむ。

 結局僕への皮肉を言い終え鏡水はこの惨劇の舞台から退場した、後に残ったのは多量の疲れと少しのゆとり、ごく微量の怒りが撹拌された何とも言い難い気分であった。再び空に昇り逝く朝日を見上げた、あの朝日は僕に優しく微笑み掛けているのか或いは滑稽だと嘲笑っているのか、どちらにせよこちらに向かって笑みを零している、そんな気がした。



++++++++++++



「…あの後、警察の取り調べで神宮院長は自らの犯行を素直に認めたそうです。犯行に使われた凶器も自宅から押収され、その全てに被害者の血液が付着していて有力な物的証拠として提出されました。また二十五年前、あの廃病院で起こった事件の真相も鬼村警部の手で公表されました、こちらの方は時効が過ぎているので立件は出来ませんが殺人動機の重要な手掛かりとして今も捜査が続けられています」


「……それで?」


「……はい?」


鏡水の言葉はこれまでの僕の説明の存在を全て根底から覆すかの様であった、間近で聞いた僕も思わず聞き流してしまう程に呆気無いものであった。


「ち、ちょっと待って下さいよ鏡水さん!! こちらが丁寧に説明しているというのに、それでとは一体どういう事ですか!?」


「それじゃあ俺はどういう事だという意見に対してどういう事だという考えの下、あんたにどういう事だと聞き返させてもらおうか。あんたまさかそんな事伝える為にわざわざ俺を呼び止めたのか、もしそうならこれはかなり悪意に満ちた嫌がらせだな」


言いたい放題とはまさにこの事、この男程臆面も無い人間はそうはいないだろう。


「全く……貴方って人はどうしてそういつも他人の逆鱗に触れたり神経逆撫でしたりするんです? もっとこう穏便に終わらせた方がしがらみも薄くて済む筈ですけど…」


「悪いが俺は生来こういった性分なんだよ、つまり遣れどうこうと他人の性格に口出しすんのは御門違い、って訳だ…」


話を終えると鏡水は再び水桶を持ち早々に立ち去ろうとした、だがそうはさせじとこちらも彼を呼び戻す。


「待って下さい、今度は貴方が話す番ですよ」


「あぁ? 今度は俺に一体何を話せって言うんだ?」



再びこちらを向いた鏡水はあからさまに不機嫌な態度を撒き散らしていた、本来ならこれ以上関わりたくは無いが今はどうしても聞かなければならない事がある。


「話す、というより質問に答えてほしい、と言った方が正しいかもしれません。まぁ答えたくなければそれはそれで良いのですが…」


「…相変わらず腹立たしい事この上無い野郎だな、どっちが神経逆撫でしてやがるってんだ……だがしかし、どうせ俺もあんたと同じ暇人だ、暇潰しがてら相手になってやるか」


案の定鏡水は僕の不意な提案に乗って来た、こんな男でもやはり先程の暴言に対する負い目が残っているようだ。


「それじゃあお尋ねしますが……貴方はいつ頃から吉川翔子の犯行に気付いていたんですか?」


「…何だそりゃ、そんなのあんたが推理した時に決まって」


「嘘ですよね、貴方はあの時とても驚いていましたが恐らくあれは全て演技、本当は僕が話すずっと前から知っていた筈です」


先程よりも少し低い口調で僕は話す、その違いに気付いてか鏡水も眉間に皺を寄せ目付きを鋭いものに変えた。


「…何故そう思う、あんた程の人間が推理するんだから出来れば聞いておきたいんだが」


「まず不思議だったのは僕が三島楓宅に訪れる際に貴方は全く興味の色を示さなかった、それは貴方の性格だとも受けて取れるが今思えば始めから全て知っていたから見向きもしなかったんですよね」


「……他には?」


「貴方の吉川翔子に対する態度は普段の貴方からすればあまりにも感情的だった、確かに殺人犯を良く思えない人は大勢いますが貴方程の理解力があるのであれば十分冷静にいれた筈です」


僕が話す度に鏡水の表情は険しくなるが、いつもの事なので動じる気すら起きない。


「此処からはあくまで僕の推理ですが……貴方が吉川翔子を精神的に追い込む真似をしたのは、彼女が自分の意思で出頭させる為だったんじゃないんですか? 彼女はどうすればいいか分からず路頭に暮れていた、貴方は彼女に決心を付かせる為に自ら汚れ役となり彼女に挑発的な態度をとった、心の寄り所の無い彼女が追い込まれれば必然的に彼女が縋り付くのは警察しか無い、多少強引なやり方ですが…」


僕の声は自分でも気付かないうちに震え出していた、今の僕は事件を思い出す度に後悔の念が湧き上がってしまう。


「…今思えば僕は愚かだった……貴方の事を何も知らないで自分勝手に怒りをぶつけてしまった、彼女の犯行を知りながら敢えて泳がせたのは出頭させるタイミングを見計らう為……貴方は僕達よりも遥かに先を行き、誰よりも彼女の身を守ろうとしていたんです…」


不思議と眼には涙が溢れていた、自分でも情けないとは思うが今はそんな事どうでもよかった。


「…それだけじゃない、吉川翔子の死体が発見された時これ以上事件への干渉は危険と見た貴方は…事務所へと赴き僕達を止めようとした……一連の行動は破天荒かつ非人情的でしたがそれは同時に冷静かつ献身的な行動とも見て取れる……貴方の頭の中では全て計画通りに進んでいた…吉川翔子を死に追いやったのは他でも無い僕自身だったのに……」


僕はそこで言葉を切った、ようやく自分の感情に歯止めがかかったが時すでに遅く感情は決壊寸前であった。自身への罵倒と後悔の念が脳内で渦巻いていたが、鏡水は溜息をつき答えた。


「何を言い出すかと思えばそんな事か、そんな事で一々悲観的になっていたら身がもたんぞ」


「き…鏡水さん……」


「あんたの推理は分かった、だがどれも勘違い甚だしいな。俺はあんたが思っている程の天才奇才じゃ無いし誰ふり構わず救おうとする程の御人良しでも無い、俺を過大評価するのは良いが出来れば自分の頭だけに留めておくんだな」


地面に置いた水桶を持ち上げ踵を返しこの場を立ち去ろうとする鏡水、彼の歩みを止める為に僕は声を荒げた。


「じゃあ……どうして貴方は吉川翔子の墓参りに来たんですか!?」


僕の言葉に反応し鏡水は足を止めた、しかしこちらには振り返らず低い口調で語り掛けてくる。


「…何故俺が吉川翔子の弔いに来たのだと思うんだ?」


「それは…此処で先程会った際聞いてもいないのに彼女の墓標の場所を教えてくれましたし貴方自身もその場所を知っていた、同じ目的を持った者同士だと考えるのが妥当じゃありませんか?」


僕の言葉に鏡水はすぐには返事をせず懐から煙草を取り出し口にくわえながら答えた。


「成る程……確かにあんたの読み通りかもしれないな。だがしかし俺はあくまで仕事をしたまでだ、それ以上に褒められる様な存在じゃない…まぁ言ってしまえば俺はあんた達の片棒を担いだまで、って訳だ」


「片棒って……まるで僕達が犯罪者みたいじゃないですか」


「この短い期間で自分達がしてきた事は自慢出来る事か?」


鼻で笑いながらライターで煙草に火を点け鏡水は煙草を吹かした、ふと気が付いたが彼は着火マンではなくライターを使っておりいつもの彼とは違っていた。


「それって………ライター……ですよね?」


「なんだ、俺がライター使って煙草を吸うのがそんなに物珍しいのか?」


それはそうだろう、一般人では有り触れた光景でも普段の彼と比べればかなり違和感が有る様に思える。


「話は終わったか? 悪いが俺は此処最近は連日の事件で碌な休息が取れてねぇんだが…」


「待って下さい……最後に一つ聞いておきたい事が有ります」


「ハァ……今度は何だ?」


こちらに睨みを効かせていた眼はいつの間にか興味を削ぎ落とされた様な色をしており、顔をこちら側には向けず横目で見据えながら話している。


「僕達が貴方と初めて会った際に貴方は依頼主の条件を提示してきました、しかし……正直言って僕は納得出来無いんです…」


「ん、どうした? あまりに唐突な質問過ぎていまいち意味が汲み取れ無いんだが」


「貴方は条件が三つあるとは言いましたが貴方の口からはその内の二つまでしか明かしていません。どうしても気になっていました……決して裕福とも言えず探偵としての武器である推理力さえ裏目に出てしまう僕に……そこまで付き合った理由は何ですか!?」


僕は最後に残った謎を問い掛けた、この男は一切の利益を得れない事を承知の上で僕の依頼を請け負った、何のメリットも無いのにわざわざそこまでする訳を聞いておきたかった。自意識過剰かもしれないが僕の為にやっていたというのであれば、当然僕は形無しの惨めな道化でしかない。


「……まぁなんだ、取り敢えず眼は拭いた方がいいぞ、その背格好で泣かれたら益々女にしか見えなくなっちまう」


「なっ、ふ…ふざけないで真剣に答えて下さい!!」


涙を拭い羞恥心を紛らす為に怒り気味になりながら言った、僕の反応に彼は少し笑っていたがすぐに眼の色を変化させる。


「今のあんたを突き動かすのは自身に対する後悔の念だ、そんな奴とは語らう事すら拒否したいが……あんたの男泣きに免じて話すとするか」


口にくわえていた煙草を手に持ち替え真剣な面持ちを露にした。


「あの条件ってのはなぁ……言ってしまえば、只の思い付きだ」


「…お……思い付き?」


「あの時俺はあんた等の依頼を受ける気なんて微塵も無かった、って事だよ。適当に受け流して諦めさせて追い出してやろうと思っていたんだがあんたが先にきっぱり断った挙げ句俺への悪態を捨て台詞にしようとした、流石の俺もあの時は驚いたがこのまま帰らせちゃ俺の立場が危ぶまれるんで仕方無く引き受けちまった訳だよ」


自分でも予想の付かないなんとも呆気無い回答に少々面を喰らってしまう、これまで思い詰めていた自分がまるで馬鹿みたいで逆に泣けてくる。


「だがまぁしかし引き受けた理由はそれだけじゃねぇ。俺はあんたに興味が湧いた、あんたという存在……あんたが必死こいて守ろうとするものの存在にな……俺は今まであんたみたいな阿呆に会った事が無かった、だから此処はあんたの言う「信念」とやらに賭けてみる事にした…」


(僕の「信念」に賭ける……一体どういう意味だ、何故この男はそこまで肩入れ出来るんだ?)


僕は困惑に頭を悩ませた、思考の海へと突き落とされ足掻く程に沈んで逝くまさに溺死寸前であった。

 そんな混乱の色を隠せずにいる僕を察したのか、鏡水は救いの橋を架ける様に訳を話し始めた。


「質問への答えを言うのであれば、第三の条件はまさに「信念」だ。俺の一存ではあるが、一般的な視点から見るとちっぽけで下らない人生で持つ人間の「信念」なんざ鐚一文の値打ちもしねぇ、だがそれを理解しながらも敢えてそれを抱くあんたは少なくとも金に現を吐かし知能に固執し傾倒する大馬鹿共とは一味違う人間性を帯びているような気がしてな…」


彼の言葉で全ての意味を理解するには至らなかった。要するにこれまでの彼の話は僕への賛辞というのだろうか、だとすれば余計に消化し辛く僕からすれば非常に厄介だ。


「…だが一つ忠告しておく、あんたの揺るがぬその「信念」てのは使い用によっては己の身を守る武器にも成り得るが、同時に自らの肉体や精神を脅かす「毒」にでも成り得る存在なんだよ」


「毒……ですか?」


「あぁそうだ、今回の一件を想像すれば分かり易いだろう。「信念」を糧として行動する場合には必ず心を擦り減らし身を削らねばならない、それが出来無きゃそいつが声高に掲げてるのは所詮只の妄言でしかない。だが「信念」ばかりに気を取られ周囲が疎かになり過ぎればそれはまた別の問題を生みやがてこの身を滅ぼす事態に成り兼ねない、故に「毒」と表現したが言いようによっては「呪詛」の類とも意味取れる」


「呪詛……呪いの事ですか?」


「まぁ意味合いはそういったものだが……人間は何かの意志で或いは何かしらの理由で行動しているが、俺の見解ではそれらは全て「呪詛」の延長だと思っている。この世で起こり得る全ての事象の因果、行為と理由の狭間で常に俺達を見張り繋ぎ止めている存在だ、故に人間は出会いを喜び人生を敬うに達する」


彼の考える呪いとは僕達が思い描くものとは一線を画すものであった。事象の因果、行為と理由の狭間、彼の言う「呪詛」とはすなわち起こった現象でも無く根源たる要因でも無い、交わるべきものを紡ぎ合わせこの世界の倫理を保つ役目を担っているのである。


「認めたくは無いが捕まった神宮英章は人間とは「器」であると言っていたがその考えは恐らく正しい。俺達は元は極論空っぽなんだ、生まれた後に学び経験し初めて「自分」という存在が成り立ちさらに他なる「器」との出会いを賛美する、言ってしまえば俺達は「呪詛」を称える事により動かされている「器」、つまりは……呪詛謡う器……て事だ」


「…呪詛謡う…器……」


鏡水の後に続き僕もその言葉を反芻する、しかし体の震えを抑えるのに必死で声の震えまでは止めるに至らない。


(…この男はやはり僕達とは違う、この男は人間の真理までも汲み取ろうとしているのだ。僕が彼にいくばくの恐怖心を抱いいたのは異常なまでの怜悧では無く心の底、果てない闇までも見通すその能力だったのかもしれない……)


眼前で絶えずこちらに眼を向ける鏡水に僕は初めて畏敬の念を抱いた、本来ならこの男は尊敬するに値しない人間の筈であるが今の僕は只々彼に圧倒され続けるしかなかった。



 静寂という名の音色が風に運ばれこの人気の無い墓地の合間を駆け巡り、無言の問答は脳を痺れさせまるで悠久へと続く永き沈黙であるかの様な錯覚を想わせる。現実から部分的に切り取られ別の次元へと迷い込んだ気分のせいか今自分が酷く曖昧な存在だと思ってしまう、それはとても恐ろしく悲しい事である筈なのに不思議と頭がその妄想を霞ませてしまう。

 頭の中が灰色を帯びた霧で遮られ思考が麻痺していたその時であった。


「…せ……んせ……先生…」


遠くぼんやりとした脳髄の向こう側から誰かを呼ぶ声が響いて来る、その声が突然僕の思念をこの殺伐とした非現実から無理矢理引き剥がした。


「悠司……君?」


「先生何やってるんですか! 待ってろって言うから待っていたのにさっきから話してばかりで完全に俺の存在忘れてるんじゃないかと思って痺れを切らして来ちゃいましたよ」


すっかり彼を待たせていた事を忘れ一人自分の世界に入り浸っていた。不機嫌な面持ちの悠司は少し怒り混じりで喋りだした。


「後ろ姿しか見てないですけどさっきから先生不思議な感じでしたよ、何か分かりませんけど喋ってると思ったら突然黙り出すし見てると挙動不審ていうか怪しいていうか…」


言葉の最後を濁してこちらを見つめるが、その前にほとんど内容を言ってしまっているので言葉の濁しは意味を成していないと思われる。


「怪しいって……君そういう事は本人を前にして言う事じゃないよ」


「これは先生だけへの対応なんで別段心配する程じゃありません、それよりさっきから先生何話していたかいい加減教えて下さいよ」


しつこく詰め寄る悠司に僕は頭を抱えた。まず僕をまた気落ちさせるような事を言わないでほしいし、そもそも鏡水と話していた内容を再び自分が教えるなど困難極まりない事だ。

 悠司の対応に困り助けを求める為鏡水のいる方向へ眼をやると、視線の先には先程までとは雰囲気が違う男が立っていた。


「しっかし俺も焼きが回ったなぁ、まさかただ働きを進んで行うとは自分でも驚きだ、流石の俺もあんたの御人好しが感染ったか?」


眼は真理を掻き消し普段の厳しく冷たい色に戻っていた、口調も皮肉を含有し今まさにそれを披露した所だ。


「お人好しとはまた失礼ですね、貴方だって善意で体を突き動かされる事ぐらいある筈ですよ?」


「ほぉ、まさか俺がそんな風に見られていたとははっきし言うと意外だな。よく見てみろ、こんな善人は世界中おろか天道にも涅槃にも存在しないぞ」


煙草でこちらを指しながら鏡水は得意げに語る、まるで悪ぶる子供の様だが彼にとってはあまり馴れ合いたくない心の表れなのかもしれない。


「さてと、悪いが俺はこの息苦しい場所からはさっさと退散させてもらうぜ。あんた達も用件あるんだったら早く終わらせた方が賢明じゃないか?」


確かに言われて見れば僕達は今ちょうど墓地の中心にいる、場違いも甚だしくこんな所で話をする事自体そもそも異常だった訳だ。

 話も終わり最初より幾分疲れの色を見せる鏡水は指に挟んだ煙草を再び口にくわえ水桶を持ち上げ足早に退散しようとする、だがどうにも空気が読めない僕は三度彼を呼び止めてしまう。


「あの……鏡水さん!」


「…ハァ、今度は何だ、あんたの嫌がらせは底が見えんから恐ろしいよ全く…」


「いえ、そんな大した事じゃないんですけど……」


僕はそこで一度言葉を区切り、深呼吸をしてから改めて話し出す。


「……ありがとうございます、貴方の協力のおかげで事件を解決まで導くことが出来ました……」


「止してくれ気持ち悪い、俺はそう畏まった態度が苦手なんだよ……まぁしかし感謝してくれる件については有り難く思う」


「鏡水さん…」


「だが勘違いするな、今回は俺が興味を示した故に付き合ったまでだ。俺が気乗りしなかったらわざわざ無償で仕事を受ける訳無いのは百も承知だろう、くれぐれも柳の下の泥鰌よろしく何度も無償で依頼を引き受ける等と思う阿呆になってくれるなよ」


相変わらず口が悪いがそれが彼の普段在る姿なのだ、あまり口出ししない方が賢明だろう。


「…また会える機会が有るかもしれませんね、出来れば会いたくありませんが……」


「それは俺も同じ意見だ……と言いたい所だが、もしそれなりの金額用意したら依頼の一つ請け負ってやるかもしれないぜ、何せ依頼が無けりゃこちらも死活問題に成り兼ねんからな」


芝居がかった台詞を言ってしまい彼への皮肉でごまかすが、対する鏡水はまるで再会を待ち侘びるかの様な台詞である。結局皮肉を吐いたこちらが非を負うという後味の悪い形になってしまった。


「さてと…この別れが再会への伏線となるか、或いは今生の別れとなるか……合縁奇縁とはよく言うがさほど気にするものでは無いだろうな。次会う時までには出来るだけ男らしくなるんだな、また会える日を楽しみにしておいてやる……」


鏡水はそう言い残すと一瞥しただけで颯爽と背を向け去って逝く、しかし言い残した言葉とは裏腹に別れを惜しむ様子は一瞥した際の表情からも遠ざかる背からも微塵も感じなかった。


「……今更ですけど、あの人って一体何者だったんでしょうか…何と言うか掴み所が無い煙みたいな感じでしたけど……」


「確かにそれは適切な表現かもしれない、でも単純に彼を言い表すにはまだ程遠いと思うよ」


「また駄目出しですか、じゃあ先生はどう表現するんですか?」


「僕は…そうだな…………いや、やっぱり止めておくべきかな」


「…何ですかそれ、言った俺だけ損させるなんて先生ずるいですよ」


僕が答えない事が悠司は余程不満らしい、しかし思考を巡らせても納得のいく答えには辿り着けないのが現状である。比良坂鏡水という人物は何とも形容し難い存在だ、まるで子供の様に破天荒で幼稚な行動を取るが常に暴力的な言動と他を寄せ付けようとしない双眸が辺りに独特な雰囲気を醸し出している。冷徹で人情味に欠ける部分もあるが頗る頭が切れ冷静沈着の構えを崩さずにいて良く言えば怜悧、悪く言えば冷酷とも言えよう。しかしどれだけ人間離れしようとも、どれ程人間味が薄れようとも彼も所詮は人間という概念の器から出られずにいるのか、それとも彼こそが最も人間らしい人間で在るのだろうか。

 考えている間にも鏡水は今自分達のいる場所から遠ざかって逝く、辺り一面を木々に囲まれたこの場所から離れ行くその姿はまるで彼が元の在るべき世界へと帰って逝く様なそんな想像を掻き立てられてしまう。


「…先生、何かよく分かりませんが取り敢えず物思いに耽るの止めませんか? 俺達が此処に来た理由忘れてもらっちゃ困るんですけど…」


「あぁ済まない、随分と時間が掛かってしまったようだね、早く此処に来た目的を果たしてしまおう」


悠司の声で目を覚ますと半ば忘れ掛けていた吉川翔子の墓参りの為、僕達は再び歩き始めた。同じ道を真逆の方向へと歩いて行く僕達と鏡水、まるでこの別れを形に表している様だと思いながら今は只この胸の寂漠をひたすらに抱くしかなかった。

 ふと立ち止まり先程から否応無く照り付ける太陽を見上げた、近頃の天候はやたら僕の心境を映し出している気がしてならなかった。まるで自分の心が誰かに見透かされている様に思え僕はこちらを見下ろすそれに酷い嫌悪感を抱いていた、しかし何気無く見上げれば何等変哲も無い太陽ではないか。

 嫌悪を抱いたのは自らの内にある行き場の無い憂鬱と絶望を蓄えていたせいだ、鏡水の言葉により憂鬱感が抑えられた今この眼に映る日の光も頬を撫でる風の心地良さも全てが清々しい気分へと導いてくれる。


「先生、何ボケっとしてるんです!? ボケるのはもう二、三十年後にしてくれませんか、こんな所で日暮れを迎えるなんてそれこそ洒落になりませんよ!」


「え? あ…あぁそうだね、すぐに行くよ」


普段の自分に似合わず無心で空を眺めていると、いつの間にか悠司は二十歩程先で僕を呼んでいた。自分が此処に行くと言った手前、これ以上彼を待たせても不憫でしかないので少し速度を付け小走りで彼の後を追い掛けていった。





 また少し歩いた所であろうか、頭にふとある話が思い浮かんだ。別に誰かに話さなければならない程の重要な事ではないが、言わないとどうにも歯痒い気分に急かされる。


「……悠司君、そう言えば前から言おうとしていたんだけど……」


仕方が無いので横で暑さに悶えながら歩き続ける悠司に話す事にした。今は歩く事で精一杯だと言わんばかりの表情だが、一応僕の言葉に耳を傾けている。


「な…なんですか先生……まさかこんな所でプロポーズでもしようと企んでるんじゃないでしょうね」


「そんな薄気味悪い事は死んでも言わないから安心してくれ…」


こんな状態でもふざける姿勢を崩さぬとはある意味では称賛に値する、まぁふざけている事には変わり無いのだが。


「そんな大それた話じゃない、君はついさっき別れた男と始めて出会った時彼に教えてもらった「黄泉比良坂」についての話は覚えているかい?」


「いや、全く覚えていません、ていうかそんな話してましたっけ?」


考える間も無く悠司は即答してきた、社交辞令でいいからせめて思い出すふりだけでもしてほしいものだ。


「…死んでしまった伊邪那美を連れ戻す為黄泉之国へ向かった伊邪那岐、しかしそこにいたのは身体が腐り顔も崩れた掛かった変わり果てた姿の伊邪那美、恐怖した伊邪那岐は必死に逃げ続け「黄泉比良坂」に辿り着き入口を岩で封じた。怒りの収まらない伊邪那美は彼の国、つまりこの日本に呪いを掛けた……」


「あー……何と無くですけど思い出してきました、すんごく後味が悪くて話聞いた後俺気分が滅入ったの覚えてますよ」


仕方無しに話し始めると先程まで知らんの一点張りだったのが、急に掌を返し話を合わせるとは頗る調子の良い男だ。


「…だがね悠司君、彼は一度も話さなかったけど実はこの話にはまだ続きがあるんだよ」


「え、まだあるんですか? ちょっとこれ以上きついの来たら俺流石に精神やられちゃいますよ…」


「心配は要らないよ、この離縁話は最後きっちり片が付くんだ。伊邪那美がこの国の人々を一日に千人呪い殺すと聞き、伊邪那岐はこの国に一日万人の生命を産み落とそうと答えた、この国では毎日何処かで誰かが死に代わりに何処かで誰かが産まれる、それがこの国に掛けられた呪いの全貌なんだ」


「………先生、話の腰を折るようで悪いんですが何故その話を突然俺に教えたんですか?」


「いや、特に深い意味は無いよ。ただこの話を自分以外の誰かに話したくなった、それだけの事だよ」


「……本当ですか?」


「疑っているのかい?」


笑いを含めながら聞き返すと悠司は既に興味が無くなったようでこちらに眼を向けていなかった。

 彼にとっては至極どうでもいい事のようであるが、僕からすればどうにも裏が在るように思えてならない。この話を最初に始めた鏡水自身が何故物語の結末を言わなかったのか、偶然かそれとも故意か、彼の真意は見えず終いだ。彼は今回の一件の節々を古事記に存在する話になぞらえていた、まるでこの事件は運命付けられているかの如く彼は滔々と話していた。もしかしたらこれは鏡水が僕達に掛けた呪詛の一つなのかもしれない、生と死の繋がりを紡ぐのかの如く彼はこの話の結末を僕達に托したのではないだろうか、永久まで語り継ぐ語部の様に、そんな想像が溢れ出る。単なる考え過ぎなのかもしれないが、ただ日常風景の一場面にすぎない事象ですら彼は自身の世界へと捩曲げてしまえるという事実は変えようが無いだろう。



 思い出したついでにもう一つ気掛かりな事がある、彼の暮らすあの古めかしい神社の鳥居、そこに銘ずられた一文にも何か意味がある気がしてならない。その言葉は地獄、すなわちあの世を表してはいるがその場所との関連性が見当たらない、本人いわく無神論者であるのでそういった宗教的観点とは違うのであろう。これはあくまで推論だが鏡水はあの地あの場所をまさにあの世に見立てていたのではないだろうか、鳥居に刻まれた文章は有りのままを意味しており訪れた者達の末路を暗示させる一種の警告なのだろう、事実あの場所に訪れて以降事件の面を含めて散々な目に遭ってきた、もしかしたら運命の岐路は依頼を受けた事では無くあの男との出会いだったのかもしれない、と自分の中で考えを膨らませる。鏡水という謎多き人物の真意は未だ闇の中、いずれその真意を垣間見える日が来る事を僕は心の何処かで待ち望んでいた。



 夏がその面影を俄かに残し過ぎ去って逝く、もうじき遅れ気味の秋が辺りの姿を変え始める頃合いだろう。照り付ける日の暑さも耳障りに響く蝉の音もこれから先しばしの別れだと思うと、心無しか名残惜しむ情がほのかに滲み出る。

 閑散とした墓地の間を摺り抜けて行く三つの影、一つは孤独そうに二つは入り混じりながらそれぞれの道を歩んで行く、いつかこの合反する道が交わる時再び影は収束し新たな闇へと邁進するのであろう。

 風は静寂を伝え薄らげに秋の香りを運び入れ冷たい息吹は馴れ親しんだ体を吹き抜ける。



今年最期の夏は悲しくもこうして幕を閉じた


もうじき秋が顔を覗かせる、そんな思いを抱きながら今はただこの流れを感じていた



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