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衷2

 柊警部補からの電話の後、僕は急いで警察署へと向かった。悠司を一人事務所に置いて行くのは少しばかり気が引けたが、彼ももう二十五歳なので大丈夫だろうと思い事務所を出た。黙って彼の愛車を使うが、緊急事態なので仕方がない。

 車を走らせる僕の心には焦燥感が滲み出し、口一杯に嫌な味がした。今起こっている状況が飲み込め無い程僕は馬鹿じゃない、しかし飲み込めば飲み込む程に深みにはまって行く気がする。二度と浮かぶ事無き深みへと。


(一体何が起きてるっていうんだ……)


僕は車を走らせ続けた、その先に待つものへの恐怖と嫌悪をひしひしと胸に感じながら。



 警察署に着くと、僕は勢い良く車から飛び出し鍵を閉めると正面口へと走った。いつの間にか空は顔を変え、日を覆い隠す程の暗雲が立ち込めていた。



 警察署に入ると、いきなり二人の警官が僕のもとに駆け寄って来た。


「望月幸斗さん、ですね」


「え、えぇそうですけど」


「事件について聞きたい事があります。案内するのでついて来て下さい」


二人の警官は交互に喋ると、案内すると言い僕は連れて行かれた。

 連れて来られたのは案の定前と同じくあの狭い取調室だった。


「すぐに警部を呼んで来ますので、しばらく中でお待ち下さい」


二人の警官はそう言うと何処かへと行ってしまい、僕は扉の前に取り残された。

 仕方なくドアを開けると中は真っ暗で電気は点いていなかった。自分だけかと思ったが、よく見ると部屋の片隅に誰かがいた。恐る恐る部屋の電気を点けると、そこには知った顔の人物がいた。


「鏡水……さん?」


「なんだ探偵先生か。しかし、こんな場所で再開するとは夢にも思ってみなかったなぁ」


鏡水は僕に愛想笑いをしたが、その眼には明らかに不満の色が見て取れた。


「いついらしたんです?」


「あんたが来る二、三十分前だな。あの怒りっぽい女刑事に呼ばれて仕方なく来てやった次第だ」


どうやらまだ柊警部補を根に持っているらしい。しかし、恐らく彼女の方も彼を眼の仇にしている様なので、どっちもどっちである。


「何故今になって僕達が呼ばれたんでしょうか。確か事件のことで聞きたい事がある、とか行ってましたね……」


「こりゃいよいよ危ないな。とりあえず、捕まって刑務所暮らしになった後の事でも考えておくか」


「それはまずありえないので安心して下さい」


立って待つのも疲れるだけなので、取り調べ用の椅子に座り柊警部補が来るのをひたすら待った。

 僕が警官と別れてからおよそ五分程経った頃、ドアの向こうの廊下から足音が聞こえてきた。それも一人ではなく複数人の足音である。

 足音はドアの前で止まり、間を置いてドアが開いた。


「久しぶりだな望月、こんなに早くまた会えるとはつくづく縁が有るようだ」


入って来たのは柊警部補と数日前取り調べを行った篠塚という若い刑事、そして顔は知っているが名前は知らない数人の刑事だった。


「全くだ。しかし俺はあんたには二度と会いたくなかったんだがなぁ、若作りの婦警さんよぉ」


「貴様には話してない若造、それに私も全く同じ事を考えていたよ」


二人共互いに毒づき合う姿を見ると、まるで子供の口喧嘩の様である。このままではこの前の二の舞に成り兼ねないので、間に割って入ろうとしたその時であった。


「てめぇ等、何やってんだ!! ガキじゃねぇんだからごちゃごちゃ騒いでんじゃねよ!!!」


怒鳴り声を上げ部屋に入って来たのは、背が高く精悍な顔付きの男であった。


「お……鬼村警部……」


「おぉ久しぶりだな望月、刑事辞めてもう何年だ?」


豪快な声を上げ入って来たのは、またしても自分の元上司であった。短髪に無精髭、腕まくりしたワイシャツに上着片手にという相変わらずの姿で登場した鬼村警部は、鏡水と同じ程度に異彩を放っていた。


「なんだ? また随分と渋い奴が来やがったな」


「ち、ちょっと鏡水さん」


初対面の人間に対してもこの言い草、無差別にも程がある。


「貴様その減らず口…」


「あぁいい、別に気にするな」


鏡水の態度に柊警部補は怒りを露にしたが、鬼村警部がそれをたしなめる。


「し、しかし警部…」


「お前の悪い所は、そうやってすぐに頭に血が昇る所だ。少しは我慢するよう心掛けろ」


「うっ……分かりました」


鬼村警部のおかげでこの場は何とか丸く収まった。また前回みたく小競り合いが起こっては堪ったものではない。


「悪かったな、見苦しいもん見せちまって。まぁとりあえず、忙しいところよく来てくれたな」


「生憎だが俺もそこにいる探偵先生も年がら年中ムカつく程暇なんで、そんな気遣いは無用だぜ」


「探偵? 何だお前今探偵やってんのか!」


鏡水の余計な発言によって話が脱線してしまいそうである。とにかく僕は話を戻すことにした。


「そんな事より、何故また今になって僕達が呼ばれたんですか?」


「あ? おぉそういえばそうだったな。悪い悪い、すっかり忘れてた」


鬼村警部はそう言うと、僕の方へと向き直った。


「お前達を呼んだのは他でも無い、つい数日前に発覚した殺人事件の事だ」


(やっぱりそうだったか)


「その事件でお前達は第一発見者となった訳だが事件の事で詳しく聞く、その為にお前達を呼んだんだ」


「鬼村さん、でしたっけ? 確かあんたの連れが後は自分で調べるとか言ってたんだが、それでも俺達から何かを聞き出そうって魂胆ですか?」


部屋の隅で不機嫌そうな顔をした鏡水が割って入った。しかし、その言葉は柊警部補に言っている様に聞こえた。


「残念ながら私も君達の手を借りたくはなかったんだが、現場と被害者の近辺調査をしていたところどうにも厄介な方に転がってしまってな」


柊警部補は一歩前に出ると、まるで言い返す様に話し出した。


「厄介な方?」


「あぁ、それも今最も傾いてほしくない方向だよ」


溜め息混じりに言うと、彼女はさらに続けた。


「最近話題になっている連続殺人事件は知っているだろう」


(連続殺人……そういえば、この前テレビのニュースで見た様な……)


「今回の被害者も、その連続殺人の被害者である可能性があるんだよ」


「え!? そ、それは本当なんですか!?」


「こんな時に嘘なんか付いても仕方ないだろう。残念ながら本当だよ」


そう言うと柊警部補は若い刑事の方を向いた。それに反応して若い刑事は手帳を取り出した。


「殺害現場の壁に貼ってあった葉書を調べたところ、その内の数枚に連続殺人の全ての被害者の名前がありました。その中には今回の被害者である三島楓の名前も有り、この事から病院の噂と連続殺人事件は繋がりがあると考えられます」


「つまり犯人は呪ってほしい連中の名前と葉書の内容から被害者を特定し犯行に及んでいた、という事だ」


若い刑事の後に柊警部補が続けて発言した。

 呪いの正体は連続殺人鬼だったという事か。僕達は本当にとんでもない依頼を受けてしまった。


(……という事は)


「あの、一つ聞いてよろしいですか?」


僕は疑問をぶつけずにはいられなかった。


「僕達は三島楓の知り合いから依頼を受けました。その時彼女の恋人が彼女を呪ったと聞き、さらに恋人は死んだと言ってましたがまさか…」


「あぁ、調査の途中で知った事だが三島楓には恋人がいたが、その男も死体で見つかった。名前は後藤行雄、自宅マンションのゴミ捨て場で発見された。知っているだろう?」


(後藤行雄……確かその名前は……)


僕は霊安室で見つけた葉書を思い出した。そこに書かれていたのも後藤行雄、前にニュースで見た名前であった。

 これ程入り組んだ事件は刑事だった頃でもあった事が無い。柊警部補の言う通り、事態は予期せぬ方向へ進んでしまっている。


「そこでお前達を呼んだ理由だが…」


鬼村警部は低く調子の声で話し始めた。


「お前達が失踪した三島楓の所在を探していた事は調べが付いている。同じ高校に通う女子高生だったな、確か吉川翔子とかいう奴だ」


この数日でそこまで調べられていた事に少し驚いた。


「そこでお前達にはその依頼をした奴の居場所を教えてもらいたい。この事件の被害者二人に関わっている人間だ、重要参考人として取り調べる必要がある」


「それは不思議な話だな。そこまで知ってんなら、何故俺達をわざわざ呼んでまでそんな事を聞かなきゃならねぇんだ?」


声のする方を見ると鏡水はパイプ椅子に胡座をかいて座っており、腕組みをしたその姿はとても横柄に見える。


「それが行方が分からず仕舞いなんだよ。高校に行っても最近は無断欠席だと言われるしな」


鏡水の問いに柊警部補が答えた。


「家は? 自宅にはいなかったんですか?」


「吉川翔子の両親はすでに他界していて、寮暮らしだが今だに帰って来てないらしい」


「つまり俺達の吉川翔子はの捜索は八方塞がりという事だ。そこでお前達に協力を要請したんだ」


鬼村警部は質問の核心を話した。つまり僕達が呼ばれた理由は依頼と同じ人探しという事か。


「本人から依頼を受けたなら連絡先ぐらい知ってるだろう。吉川翔子から連絡、もしくはお前が連絡してくれれば居場所が突き止められる」


確かに僕は吉川翔子の連絡先を知っている、しかし此処で協力すれば彼女を巻き込む事になる。


「そ、それが……」


「それが?」


「……電話をかけてみたんですが、一向に出る様子がなく連絡を取ろうにも出来無い状況なんです」


僕は嘘を付いてしまった。僕は彼女に電話をしてなどいない。しかし、親友が亡くなった事を知ってまだ二日、心の傷はまだ癒えていないと考えるのが妥当、捜査など以っての外である。


「そうか…無駄足だった、という訳か……」


鬼村警部は残念そうな顔をし、柊警部補は力無く溜め息をこぼした。


「すいません、力添え出来ず……」


「いやいい、気にすんな。わざわざ呼び出してすまんかったな」


そう言うと鬼村警部は席を立ち、部屋を後にしようとした。


「あの、鬼村警部!」


「あぁ? どうした、望月?」


僕は警部を呼び止めた。警察署に来た以上、駄目元でも聞いておきたい事があった。


「差し支え無ければ、あの廃病院が封鎖された理由を教えてくれませんか」


周りの刑事達は不審そうな顔をしたが、鬼村警部は表情一つ変えなかった。


「…分かった。いいだろう、教えてやる」


「け、警部殿それでは…」


「別にたいした支障は出ないだろ。それにコイツ等の事だ、此処で教えなくても意地でも調べるだろうよ」


「ありがとうございます」


警部に礼を言うと、再び椅子に座り話し始めた。


「あれはもう二十年以上前の事だ。俺がこの警察署に配属された時初めて携わった事件だ」


鬼村警部は懐かしむ様に話しているが、その眼には何処と無く悲しみに満ちている様であった。


「あの病院で昔、患者の失踪事件が多発したんだ。警察も当初は患者達が逃げたと思ったが、歩けもしない程の病人がどうやって消息を絶ったのかが分からなかった。だがその答えはすぐに露見した」


「それは何故?」


「犯人が自首したからさ。当時その病院の院長だった「神宮政和」、神宮英章の父親であるその男が自分がやったと自白した。その後の調べで、どうやら違法な臓器売買を行っていたらしい」


「臓器売買……ですか?」


「あぁ、神宮は治る見込みの無い患者を殺し、その患者から摘出した臓器を売っていたんだ。しかし、あまりにも騒ぎが大きくなり耐え兼ねた院長は罪を自白、そのまま逮捕された」


「そうだったんですか、それで封鎖せざるをえなかった訳ですね」


「あぁ、そういう事だ」


話し終えると、警部は静かに眼を伏せた。

 鬼村警部の話を聞き終えると、僕の背中に悪寒が走った。まさかあの廃病院でそんな恐ろしい事件があった等知らなかった。これこそ神宮院長が言っていた「負の遺産」なのであろう。彼が言いたくないのも頷ける。


「もういいか? すまんがこれからまだ事件の捜査が有るんだ、これ以上時間は取りたくないんだが…」


「あ、もう十分ですので僕達の事は気にせず、どうぞ行ってもらって構いません」


「そうか、ならそろそろ退散させてもらうぞ」


席を立ち警部が部屋を出ると、それに続き若い刑事と名も知らぬ刑事二人も部屋を出た。


「じゃあな望月、これ以上事件に巻き込まれない様にしろよ」


姿は見えなかったが、廊下から響く鬼村警部の声は十分僕の耳に届いた。二年前と変わらぬ警部でいてくれて、少し安心した。


「一つ忠告しておこう。この事件が連続殺人と分かった以上、もうこの事件には関わるな」


逆に柊警部補は僕達にそう釘を刺すと、部屋に出ようとする。


「くれぐれも首を突っ込む様な真似はするな、望月……あと若造もな」


そう言い捨てると、彼女も彼等の後を付いて行った。


「……けっ、ふざけた事抜かしやがって」


彼等の姿が廊下の先に見えなくなると、先程まで黙っていた鏡水はそう吐き捨てた。



 暫くしてから僕達は取調室を出た。相変わらず鏡水は不機嫌そうで動く気配が無いが、さすがに長居するのは気が引けたので無理にでも連れて行く事にした。


「ったく、わざわざ呼び出しといてあんな事言われるなんて思ってもみなかったぜ」


鏡水の手を引きながら、僕は彼の愚痴をひたすら聞き続けていた。


「いい加減機嫌を直してくれませんか? 僕に愚痴っても何にもなりませんよ」


「あんたしか愚痴る相手がいないんだから仕様が無いだろ」


どういう理屈か知らないが、聞いているこっちの身にもなってほしいものだ。

 廊下をひた歩く僕に引っ張られている鏡水は、抵抗すること無くまさに流れるままに身を任している様である。そんな鏡水が突然僕に尋ねてきた。


「望月さん、あんたまさかこのまま引き下がる訳じゃないだろうな」


「!!?」


僕は立ち止まると手を離し、鏡水の方を見る。その質問に僕は内心驚いた、またしても僕の考えが読まれてしまっていた。


「……引き下がれませんよ。柊警部補からはああ言われましたが、僕だって関係者です。このまま黙って見過ごす訳にはなりません」


「しかし、あんたに関係があってもあんたには責任は無い。此処は諦めて手を引いた方が得策だぜ」


鏡水の意見はもっともだが、僕はそれを聞き入れなかった。


「例えそれが合理的であっても、僕は絶対に諦めません」


僕は一つ間を置き、再び話し始める。


「それが………僕の信念です」


呆れられたかもしれない、特にこの男なら尚更であろう。しかし、僕には途中で手を引く事など出来なかった。


「……まぁ、そう言うだろうとは思っていたがな」


「え?」


「生憎だが、どうやら俺もあんたと同じで聞き分けが無いらしい。俺もあんたに乗っかるとしよう、構わないか?」


そう言うと彼は歯を見せて笑った。


「…どうぞ、御自由に」


僕は投げやりな感じで返事をしたが、内心は自分に賛同してくれる人間がいてくれて少し嬉しかった。


「さてと、そうなるとこれまでの事件の情報が必要だな。此処に資料室みたいなものは有るんだろう?」


「有ります、しかし……」


「ん? どうした?」


「ドアの前には常に警備員がいて、入れるのは警察署内の人間だけです」


「鍵はかかっているのか?」


「確か壊れていてかかってなかった筈です。しかし、二年前の事なので何とも言えませんが…」


「成る程な……よし決めた。望月さん、あんたその資料室が見える範囲に隠れておいてくれないか」


「え? そ、それは一体どういう…」


少し考え込んだ後、鏡水は突然不思議な事を言い出した。


「詳しい事は後で話す。時間が無いんだ、とにかく俺の言う通りにしてくれないか?」


「…わ、分かりました」


訳も分からぬまま僕は同意してしまった。しかし、鏡水の顔に見える笑みは明らかにこれから起こる事が良からぬ事であると暗示していた。



 鏡水に言われるままに僕は廊下の角、ちょうど刑事事件の資料室が見える場所に身を潜めていた。


(一体何を企んでいるのやら……絶対に良からぬ事だと思うけどな…)


鏡水は合図があったら急いで資料室に向かえと言っていたが、僕の予想では恐らく囮か何かで注意を引くのだろう。

 何をするでもなくただひたすら合図を待っていると、資料室の少し向こうの方に取り調べをした若い刑事の姿が見えた。


(確か篠塚とか言ってたな……二年前にはいなかったから、つい最近配属されたか……)


元気が無さそうにとぼとぼと廊下を歩く若い刑事の正面から、平然とした様子で鏡水が歩いて来た。


「あれ、君まだこんな所でうろついてんの? てっきりさっきの探偵さんと一緒に帰ったものだと思ってたけど」


「おや、誰かと思えばさっきの刑事さんじゃないですか。実はあの探偵先生とはぐれてしまって、今探してる所なんですよ」


鏡水の姿に気付き、篠塚は話しかける。それに応える様に鏡水は話を続けた。


「篠塚さん、でしたっけ? 随分と元気が無い様ですが、如何したんです?」


「そうなんですよ。此処ん所例の連続殺人のせいでほぼ毎日寝ず仕舞いで疲れてるんですよ」


「成る程ねぇ。そういえば貴方の上司のあの柊とか言う女刑事、気が強くて大変じゃないです?」


「全くですよ。人使いも荒いですし、何より夜間勤務が主流なんで彼女に合わせる僕等の気持ちも考えてほしいですよ」


「夜の女王って言われる所以ですか、貴方達も気骨が折れますね」


数日前の取り調べが嘘の様に敬語混じりに話す鏡水は、普段の彼からは想像出来ない程おしとやかに見えた。


(あれが本当の姿なのか、それとも仮の姿なのか……)


隠れつつその一部始終をつぶさに見ていると、鏡水は突然話題を変えた。


「ところで警察署内で拳銃なんかぶら下げて、ただ事じゃありませんね」


「ああこれですか? ちょうど今から捜査に行く所なんですよ」


「捜査に拳銃とは些か物騒じゃありませんか?」


「まあ何処に犯人が潜んでいるか分からないからね、厳戒態勢を取らくちゃならなくなったんだよね」


「成る程、だからこんな危ない物常備している訳ですか」


「そうなんだよ……て、え、あれ!?」


ふと見ると先程まで篠塚の腰にあった筈の拳銃は、いつの間にか鏡水の手に握られていた。


(ち、ちょっとあの人何やってんの!!?)


「き、君何やってんだ! 早く返しなさい!!」


「俺が聞き分け悪いのはあんたもよく御存知の筈だろう?」


拳銃を振り回し挑発する様なそぶりをしながら後退りをする鏡水、その拳銃を必死で奪い返そうとする篠塚、端から見ればまるで玩具を取り合う子供に見える。


「わ! ち、ちょっと、危ないから早く返して!!」


大声を上げる篠塚に気付いた警備員が、二人のもとに走って行き加勢をした。二人に挟み撃ちにされた鏡水は尚も拳銃を離そうとしない。


「ハァハァ…ようやく追い詰めた。もう諦めて、大人しく返しなさい」


「残念だが俺は他人の言う事聞ける程従順じゃないが、無闇に発砲する程餓鬼じゃないんで安心しな」


何処で安心すれば良いか分からないが、鏡水は再び行動に出た。二人の間を抜けると、全速力でこっちに向かって来た。

 僕は素早く身を隠すと、鏡水はそのまま横を通り過ぎた。その時一瞬だが、鏡水が手で合図をした様に見えた。


(今のが合図……なのか?)


その後ろから篠塚と警備員が同じく全速力で駆け抜けて行った。

 自分以外誰もいなくなった廊下は、忍び込むには打ってつけの状況だった。


「……急がなくちゃ」


僕は周りを見渡し人がいないことを確認すると、急いで資料室へと走った。資料室のドアノブを回すと、運良く鍵は壊れたままで掛かっておらずすんなりと開いた。僕は暗い口を開けたその部屋へと足を踏み入れた。



 この部屋に入ったのは何年ぶりだろう、僕は久方の警察時代の思い出に浸っていた。しかし今はそんな事している場合ではない、早く事件の資料を探さなくてはならない。この部屋の膨大な資料の中から此処数ヶ月に起こった事件というヒントだけで探すのは困難だと思われたが、ちょうど年代別に振り分けてあったので探す手前が省けた。今年の事件資料を取り出し僕はページをめくった。


「……違う……違う……」


資料をめくりながら今回の連続殺人事件のページを探し続ける。いつ警備員が帰って来るか分からない、もしくはいつ誰が入って来るか分からぬ焦燥感からかページをめくる速度が早くなっていく。それに伴い資料は取り出されたのではないかという不安にも駆り立てられる。


「……違う……あった!」


ようやくお目当ての資料を見つけ、その資料にしっかり目を通していく。


「最初の事件は………これか」


それは六ヶ月程前に起きた事件であった。被害者は「柳田佳美」、大学に通う普通の女子大生で大学の付近にある公衆トイレで遺体で発見された。第一発見者はボランティアの清掃員で、死亡推定時刻は夜八時、大学を出た後に拉致され殺害されたと断定されている。

 次のページに添付されている写真を見て、僕は思わず顔を背けた。そこに写っていたのは、あまりにも悍ましい凄惨たる死体の姿であった。眼球はえぐられ鼻は削ぎ落ち口内に有るべき歯が全て抜け落ちたその顔は、もはや人と認識出来ない程いびつになっていた。頭は裂かれ頭蓋が外気に触れており、割れ目から脳髓が溢れ出している。体中の至る所から骨が露出し、そこから流れた血液がタイルの床を赤黒く染め上げている。一際目を引いたのは、胸元から下腹部に架けて体が完全に開かれている所だ。開腹というレベルではない、肋骨が花開く様にこじ開けられ本来そこに収まっているべき物がそこには無かった。体内を司る五臓六腑は体に開いた巨大な口から吐き出され、もはやその務めを果たしていない。

 酷い、何という有様だろうか。これが同じ人間の成せる所業であろうか、陰惨で度が過ぎているとしか言い様が無い。口を押さえ吐き気を堪えながら、他の事件の資料を調べる。

 その他に眼に付いた資料にも一通り目を通していく。しかし、他の事件も最初の事件と変わらず死体は異様なまでに崩れてしまっていた。体が飛散してばらばらになっているもの、皮膚を全て剥がされ壁に標本の様に打ち付けられているもの、潰され原形が分からなくなる程ぐちゃぐちゃに成り果ててしまったもの等がある。また三島楓の恋人の後藤行雄は体を調理の下拵えをする様に部位毎に切断されゴミ袋に入れられ捨てられていた。形はどうあれどの写真も人間がもはや肉塊に変わってしまった様を鮮明に映し出している。

 しかし、僕は一つ気に掛かった。どの死体も凄惨である事に変わりは無い、だがこの前見つかった三島楓の死体とは何かが違う。あの時の死体は腐敗の進行により変わり果ててしまったものである、しかしこの資料に有る死体はどれも明らかに人為的、意図的に崩れてしまっている。

 何故か、僕には分からない。犯人の目星が付かない中、そんな些細な疑問に頭を使う余裕も残っていなかった。

 流石に長居し過ぎたと思い、僕は急いで次の行動に出る。ポケットから携帯電話を取り出し、カメラ機能で資料の内容を手当たり次第に写した。そして資料を元の有った位置に戻し、入った痕跡をなるべく残さない様にした。念の為にドアノブを拭いておいた、もし誰かが入ったとばれた時に少しでも証拠を残さない為に。

 僕は静かにドアを開け辺りを確認する。まだ警備員は戻っておらず、ちょうど廊下には誰の姿も見受けられなかった。部屋を出てドアを閉めると、僕は平然を装いながらすぐにその場を立ち去った。途中で何人かの刑事と擦れ違ったが、なるべく表情を変えない様に気を付け鏡水と落ち合う手筈をした警察署入口へと向かった。

 入口までの道のりが酷く長く感じた。いつもと何等変わらぬ廊下がとても長い道に感じる。自分の体がいつもより重い気がした。まるで自分の上に何か別の物がのしかかっている様だ。それは自分の焦燥と緊張による圧力か、それとも今自分が行った事への罪の意識か、嫌なもやもやを胸に感じつつ僕は入口へと向かう。暗い夜道を一人歩く童子の如き気分をひた味わいながら。



 酷く長く感じられた廊下を過ぎ去り、ようやく目的地の入口へと辿り着く事が出来た。誰にも怪しまれず着けた筈、後は鏡水が来るのを待つだけである。

 僕が着いて一分もしない内に鏡水はやって来た。特に慌てる様子も無く歩くその姿はまるで何事も無かったかの様である。僕は声を発せずにはいられなかった。


「鏡水さん!! 一体何て事してくれたんです!」


なるべく声を荒げない様に怒鳴った。警察から銃を奪うなど信じられない行為をこの男は行い、さらに大手を振って此処に来た。誰でも怒鳴りたくなるだろう。


「うるせぇなぁ、静かにしてくれ。これ以上面倒になるのは御免だぜ」


それが彼の開口一番の台詞だった。全く悪びれる様子も無い、自分で撒いた種で僕に八つ当たりとは本当に自分勝手な男だ。


「拳銃は返したんですか?」


「ああ、流石に手渡しでは返せなかったんでその辺に置いて来た」


「え、ちょ、それは返した事になりませんよ」


「なーに、心配はいらんさ。それよりあんたは自分の心配をしたらどうだ? だいぶやつれちまってる様だが」


「え?」


自分では分からないが、確かにありえない事の連続と神経を擦り減らす作業による疲れでやつれるのは当然だろう。


「そんなんで車の運転出来んのか? 何なら俺が運転代わってやろうか?」


「あれ、鏡水さんって運転出来たんですか?」


「いや、ハンドルすら握った事がない」


この男はどうしてこうもいちいち人をいらつかせるのだろうか。


「だったら嫌でも僕が運転します。貴方に任せたら僕まで犯罪者に成り兼ねないんで」


「あんたも十分犯罪者みたいなものだろ。ついさっきまで警察の捜査資料を盗み見した挙げ句、事もあろうに携帯のカメラで内容を写すなんて立派な犯罪者だろ」


「……ちょっと待って下さい、なんで携帯使った事知っているんですか?」


「あの短時間で資料を暗記するのはまず不可能、となると残る方法はまるごと写せるカメラぐらいだろうからな」


よくそこまで思い描けるものだ。それが憶測で終わらない所も素晴らしいと思えるのだが。


「とりあえずこれからどうするか……まぁ、あんたの事務所ぐらいしかないが」


「そうですね、まずは資料を見るとしましょう。事件の調査はその後で…」


携帯を取り出し鏡水に見せる仕種をして、そのまま並んで歩き出す。二人揃って警察署から逃げる様に、というより逃げる為にそそくさと退散した。

 外に出て空を見上げると、今だに雲が空を覆い隠している。しかし雲を透かして見える太陽はまだ頭上にまでは至っていなかった。


「まだ昼前か……何か得した気分がしますね」


僕の言葉を聞き流した鏡水は、さっさと僕が乗って来た車へと向かった。そういえば柊警部補に呼ばれた彼がどうやって此処まで来たのか、そんな些細な疑問がふと僕の頭に浮かんだ。



++++++++++++



 警察署からほとんど逃避目的で帰って僕達は、早速事件資料を収めた携帯電話をパソコンに繋ぎ確認することにした。その前に寝室で寝ている悠司の容態を確認したが、別段変わった所は無かったのでそのまま放置した。

 パソコンに携帯電話のデータをインストールして、その内容を改めて確認する。再びあの現場写真を見るのに抵抗はあったが、必死に耐えながら閲覧していく。ようやく最後の資料を見終わると、僕の体からは嫌な汗が出ていた。


「……これだけか?」


資料を見終わった鏡水の言葉に、僕はかなりへこたれた。あれだけこの身を呈して、精神擦り減らしてやっとの思いで探し出したのにその言い方は無いだろう。せめて労いの言葉だけでも欲しいものである。


「あの短時間で全ての事件資料を探し出すのは無理ですよ。我が儘言わないで下さい」


「何だよそりゃあ、こんな事ならもっと連中の気を引けばよかったか?」


「あれ以上やれば間違い無く逮捕されますよ。今でも貴方が捕まっていないのが奇跡的なんですからね」


「もし捕まった時はあんたに唆された、とか言ってごまかすから安心しろ」


「それだと僕は全く安心出来ませんけどね」


この男は何処となく悠司に似ている。ただ違うのは、悠司と違い彼は抑止も歯止めも効かない所だろう。


「にしてもこの被害者達は酷い有様だな。どうやらこの事件の犯人は相当イカれた奴か、よっぽどの事情が有る奴だろうな」


「えぇ、全く持って犯人の意図が掴めません。これじゃ捜査が難航するのも無理がありませんね」


そう言うと僕はパソコンから顔を離し、椅子にもたれ掛かった。そして考える、犯人の目的を。何故犯人はこの様な凶行をとるのか、僕は頭を俯かせながらひた考えた。

 しかし考えども一向に答えらしい答えは浮かばなかった。精神異常者故に、と言ってしまえば簡単だがそんな上手くはいかないだろう。そもそも精神異常者の道理など考えも及ばない域に有るのだろうから、この行為自体無意味になってしまうが。

 結局考えがまとまらないまま、時間だけが過ぎて行く。今考えても何も出ないなら、やるべき事は一つしかない。席を立ち僕は外出の準備を始めた。


「どうした、昼飯食いにでも行くのか?」


「いえ、三島楓の自宅に行くんです。まだ気付いていない事があるかもしれませんので」


考えても出ないならば、行動するより他有るまい。そこで新しい被害者である三島楓の自宅に向かう事にした。


「そうかぁ……なら俺は例の病院にでも行くとするかな」


「病院? それって殺人事件が起きたあの廃病院ですか?」


「あんたもポンコツが移ったか? あの廃病院には今は近付けないだろう、あの女刑事に何言われるか分かったもんじゃないしな」


「じゃあ、まさか神宮院長に会いに行くつもりですか?」


それだけは絶対に避けたい、この何を仕出かすか分からない男を病院に行かせるのはあまりにも危険だ。かと言って自分も神宮院長に顔を合わせる義理も無いので何とも言えないが。


「心配すんな、別にさっきみたく騒動起こそうって魂胆じゃねぇからよ」


そもそもこの男自体が信用に欠けるのだが。僕の心配を余所に鏡水は立ち去った。


「ち、ちょっと待って下さい」


僕も彼の後に続き事務所を後にした。

 鏡水が立ち去ってから僕が事務所を出るまでにそれ程時間はかからなかった筈だが、もう鏡水の姿は辺りには見当たらなかった。

 破天荒かつ不思議な男、比良坂鏡水とは何者か、そんな幾度目か知れない疑問が頭を過ぎり去って行った。



++++++++++++



「あぁ、あの時の探偵さんですか。覚えていますよ、確か娘の消息を探しておられてましたね」


「覚えてもらえて頂き光栄です」


三島楓の自宅に訪れると、母親の君枝が姿を見せた。玄関のドアから覗かせたその顔は少しやつれて見えた。まぁ自分の娘が殺された、と聞けば身体に異常をきたすのはしょうがないだろう。


「楓さんの事は残念です………必ず助けると意気がっていた自分がのこのことやって来て言える立場じゃありませんが……」


僕は何と言って謝れば良いか、すぐに言葉が出なかった。ただ頭を下げて謝罪するだけの事なのに、口から出るのは自分を責める言葉だけであった。こんな言葉を彼女が望んでいないのは分かっているが、自分の愚かしいプライドが拒み続けている。僕は馬鹿だ、自分が痛い程よく分かっている。


「…いいんですよ、もう。娘が死んだのはあなたのせいじゃありません、無理に謝ろうとしないで下さい」


君枝の口調はとても穏やかに聞こえた。


「それに、私も薄々感じてはいました。娘が無事ではないんじゃないかと、それを信じたくなくて娘が生きている希望にすがっていただけなのでしょうね。娘からしたら迷惑な話かもしれませんが……」


少し俯き君枝は言葉を濁した。顔は見えなかったが、恐らく泣いているのではと思った。

 僕は急に胸が痛くなった。実の娘が殺された彼女は、僕に気を使ってくれている。そんな彼女に僕は心を打たれた、他人に共感などしないと思っていたのにも関わらず。

 ふとこの場所に訪れた理由を思い出し、悲しみに明け暮れる君枝に話題を変え話をふった。


「ところで今日赴いたのは、亡くなられた楓さんの部屋を見せて頂ければと思い……」


「か、楓の…部屋に、ですか……」


涙を必死に堪えながら途切れつつも話す彼女に、連れて僕も悲壮感が少し滲み出してくる。


「少しの時間でも構いませんし、無理にとは言いません。自分勝手だと思われるかもしれませんが、僕は楓さんの死の真相を知りたいのです。協力してもらえませんでしょうか……」


僕はそう願い出たが、はっきり言って彼女の協力は望み薄である。これ以上事件のことを掘り返されたくない筈なのに、自ら傷を広げる様な真似を誰が好き好んで行うだろうか、自分はそう思っていた。


「……分かりました。どうぞお入り下さい、娘の部屋に案内します」


「い、よろしいんですか」


願い出た自分が言うのも何だが、ほとんど期待はしていなかった。


「私も出来る事なら娘の死の真相を知りたいです。このまま黙っていたら、娘の事を忘れてしまう様な気がして……」


そう語る君枝の顔には先程までには見られなかった力強さが見受けられた。そんな彼女の気持ちに応える為にも、少しでも証拠が必要だ。


「どうぞ、こちらへ」


僕は部屋の奥へと誘われた。例え一縷の望みだろうと僕はただ歩み続ける、その一心で此処まで来たのだから。

 こんな気持ちは久方ぶりである。自分以外の誰かの為に尽くそうとする感情、恐らくずっと忘れかけていた思いがふと蘇ったのだろう。

 振り返り空を見上げると雲の後ろに隠れた太陽が、雲を透かして強い光を差し延べていた。



 三島楓の部屋に通されると、そこは至って普通のごく有り触れた部屋であった。別段これといって変わった様子もなく、強いて言うならば物が少ないと感じたぐらいである。


「つい先日警察の方がやって来られて調べていかれましたが、特に変わった様子は無いと言われてその日の内にお帰りになられました」


どうやら警察に先を越されたらしい。そうなるとこの部屋には事件に関係する物は無く、無駄足になってしまった事になるのだろう。


「楓さんは失踪する前誰かと電話で話していたと言われてましたが、他に何か変わった事はありませんでしたか?」


「さぁ、そう言われましても……」


少し考えた後、君枝はふと何かを思い出した様なそぶりを見せた。


「……そういえば、一つ気になる事があります」


「何です?」


「娘の部屋の掃除は基本私がするんですが、失踪する一週間位前から勉強机は絶対に開けるなと言われてました」


「勉強机?」


「えぇ、でも年頃の子にはよくある事ですし、あまり干渉しない方がいいと思い開けてはいませんが………事件に関係有りますでしょうか」


「……分かりませんが、学生にはプライベートが付き物ですから、恐らく関係無いと思われますね」


「そうですか…」


君枝は力無く言葉を返した。


「……あの、私リビングに居るんで何かあったら呼んで下さい」


「あ、はい、分かりました」


彼女は一つ御辞儀をして、その場から立ち去った。

 主のいなくなった部屋に一人残された僕は、例の勉強机へと歩み寄った。


「勉強机は開けるな、か」


彼女が去ってくれて都合が良かった、何を隠したかは知らないが母親に知られたくない物である可能性も有るからだ。まぁ、部外者の僕が言うのもどうかと思うが。


「…とりあえず調べてみますか」


僕は引き出しを全て開け、中身を確認していった。しかし、入っていたのは教科書やペン等の文房具と小物ぐらいだった。


(まぁ警察が調べて何も無いなら仕方ないか)


全ての中身を見終わり、引き出しを閉めていたその時、ふとある事に気付いた。他の引き出しはごちゃごちゃしているのに、一番下の引き出しだけ教科書しか入っていなかった。


「……ひょっとして…」


僕は一番下の引き出しを取り外し、中の教科書を全て出した。そして裏返す、するとそこには大きめの封筒が貼付けられていた。


「やっぱりか……」


一番下の引き出しなら裏側が見え難い、中が教科書だけだったのは戻す際に手間をかけない為だろう。

 封筒の中身を取り出し確認する、中には写真が複数枚と葉書が一枚入っていた。写真には男と女、三島楓と後藤行雄が写っている。二人共仲睦まじくしており、とても恨み合っていたとは思えなかった。

 そんな写真が十数枚、しかし一枚だけ違う物があった。写真の中には二人の男女、男の方は後藤行雄であるが女の方は別の人物であった。


「……え? これは、一体どういう……」


驚きでうろたえていると、一緒に入っていた葉書が目に入った。


「…これは……なんで此処に有るんだ?」


一枚の写真に一枚の葉書、そのどちら共僕の予想だにしなかった物であった。

 突然僕の頭の中がうねりを上げて廻り出した。自分の意思に関係無く勝手に思考が動き始めた様に感じた。これまで体験した事象の全てが組み上げられていき、自分の心に棲み着く違和感、疑念が打ち砕かれ一つの結論へと導かれる。急に眩暈を覚え、僕は耐え切れず倒れ込み膝を着いてしまった。

 眩暈が止み終えると、僕は力無く立ち上がり眼を伏せた。


「…分かったぞ、三島楓殺しの犯人が……」


浮かび上がった架空の結論は、やがて核心に至る真相へと昇華した。

 僕はポケットに入れた携帯電話と財布を取り出した。財布からこの前鏡水から名刺代わりに貰った御札を取り出し、携帯で電話する。番号は携帯電話のものなので、電源が入っている事を祈った。三回目のコール音が終わったところで電話は繋がった。


「もしもし望月です。鏡水さん、今何処に」


『おかけになった電話は、現在電波の届かない所に有るか本人のやる気の届かない所に有る為、電話に出る事が出来ません』


電話をかけたが聞こえたのはお決まりの台詞であるが、その声は明らかに鏡水のものであった。


「鏡水さん……」


『誠に申し訳ありませんが、もう一度かけ直すか二度とかけないようににして頂くと有り難いです』


「鏡水さん!! いい加減にして下さい!」


耐え切れず怒鳴り声を上げると、ようやく鏡水の悪ふざけが止まった。


『なんだ探偵先生か、一体どういった用件でかけてきたので候。現在病院内では携帯電話の使用は御控え下さい、ってポスターの横に居るおかげで俺は周囲から痛い程視線を浴びているんだが』


「ふざけないで聞いて下さい………三島楓を殺した犯人が分かりました」


『…そりゃ本当か? 一体誰がやったんだ?』


「とりあえず事務所の方に戻って下さい。詳しい事はそちらで話します」


『分かった、すぐにでも向かうとするぜ』


そう言い終えると、鏡水は素早く電話を切った。僕も次の行動に出る、電話が切れると直ぐさま通信履歴からある番号に電話する。今までは躊躇いがあったが、今では一片の迷いも無かった。


『…も…もしもし……探偵さんですか?』


電話をかけた相手は今回の依頼主である吉川翔子であった。


「月読探偵社の望月です。今から事務所の方へ来て頂けますか?」


『え…あ、はい構いませんが……どうしたんですか』


「突然ですが……お伝えしなければならない事が有ります」


僕は言葉の震えを堪えながら話した。

 僕の心に染み付いた感情、それは何とも形容し難い霞む様な哀愁であった。



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